第78話「黒衣の再来」
鐘楼を出る頃には、すでに日が傾き始めていた。
王都中央広場は朝とは違う賑わいを見せている。
工事は続いている。
誰も地下で起きた出来事など知る由もない。
「今日はここまでだな」
セドラスが静かに言った。
オスカーは大きく伸びをする。
「疲れたー」
「お前は騒いでいただけだ」
エルマーが即座に返す。
「ちゃんと働いてた!」
「落とし穴にも落ちた」
「それ昨日!」
「昨日も今日も似たようなものだ」
「兄上、この人ひどい」
セドラスはため息をついた。
「少し静かにしろ」
三人のやり取りを聞きながら、レティシアだけは歩みを止める。
視線は鐘楼へ向いていた。
青空へ伸びる鐘。
石造りの塔。
胸の奥がまた疼く。
『忘れないで』
少女の声。
『約束だから』
小さく息を吐く。
「……まだ足りない」
セドラスが振り返る。
「何か思い出しましたか」
「いいえ」
レティシアは首を振った。
「でも」
鐘楼を見る。
「このまま令嬢として動いても限界がある」
その一言で空気が変わった。
オスカーが目を丸くする。
「まさか」
エルマーも口元だけ笑う。
「久しぶりだな」
セドラスだけが静かに頷いた。
「必要ですか」
「ええ」
レティシアは迷わない。
「ここから先は令嬢では動けない」
「目立ちすぎるし、自由にも調べられない」
「なら」
帽子のつばを持ち上げる。
「レオで行く」
静かな宣言だった。
その言葉を聞いた瞬間。
オスカーの顔が明るくなる。
「来た!」
エルマーも苦笑する。
「久しぶりに王都が騒がしくなる」
「お前は毎回それを楽しみにしているだろ」
「否定はしない」
セドラスだけが額へ手を当てた。
「……頼むから今回は目立たないでください」
レティシアは真顔で答える。
「努力はする」
「努力ということは保証はないのですね」
「保証はできない」
「でしょうね」
オスカーが吹き出した。
「兄上、諦めろ」
「もう遅い」
「レオが出るなら絶対何か起きる」
「毎回だからな」
エルマーも静かに頷く。
セドラスは天を仰いだ。
「……アルドリック兄上へ先に報告しておくべきか」
「賛成」
エルマーが即答する。
「保険は必要だ」
「あと」
オスカーが笑う。
「カイゼル殿下が知ったら、また飛んで来そうだな」
その名を聞いた瞬間。
レティシアだけが足を止めた。
風が吹く。
懐かしい空気。
あの面倒な男の顔が頭に浮かぶ。
「……嫌な予感しかしない」
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
その頃。
王都西地区。
黒い外套の男は、一枚の報告書を静かに閉じた。
『鐘楼地下 異変あり』
男は小さく笑う。
「……ようやく動き始めたか」
外套を翻し、その場を去る。
暗がりには、誰も残らなかった。
王都の新たな騒動が、静かに動き始めていた。




