第75話「鐘楼の地下」
翌朝。
王都中央広場は、朝早くから慌ただしかった。
鐘楼の周囲には足場が組まれ、作業員たちが資材を運んでいる。
「改修工事か」
オスカーが小さく呟く。
「思ったより人が多いな」
「当然だ」
セドラスは周囲を見回した。
「王都の象徴だからな。警備も厳しい」
レティシアは帽子を深く被る。
「正面からは入れないわね」
エルマーが視線だけで周囲を探る。
「裏口も塞がれている」
「兄上」
オスカーが小声で呼ぶ。
「あそこ」
鐘楼の裏側。
資材置き場の陰。
古びた鉄扉が半分だけ開いていた。
セドラスの目が細くなる。
「あれは……」
地図を取り出し、位置を確かめる。
「地下道の入口だ」
レティシアが静かに頷く。
「工事で入口が露出したのね」
「まだ気づかれていないようだ」
周囲では作業員たちが別の場所へ集まっている。
今なら行ける。
「行くぞ」
短く告げると、一行は資材の陰を縫うように進んだ。
オスカーが先頭。
続いてエルマー。
その後ろにレティシア。
セドラスが最後尾で周囲を警戒する。
鉄扉を抜けると、冷たい空気が流れてきた。
石段が地下へ続いている。
「昨日の地下室と空気が違う」
エルマーが壁へ触れる。
「乾いている」
「人の出入りがあった跡もある」
オスカーが床を指差した。
薄く残る靴跡。
新しい。
数日前のものだった。
「私たち以外にも誰かが来ている」
レティシアが静かに言う。
その一言で空気が張り詰めた。
石段を降り切ると、長い通路が現れる。
壁には等間隔で古い灯台が並び、床には王家の紋章が薄く刻まれていた。
そして、その横にもう一つ。
見覚えのある紋章。
アウレリア家。
「残っていたのか」
セドラスが低く呟く。
「削られていない」
「ここは隠された通路だからな」
エルマーが周囲を見渡す。
「長い間、誰の目にも触れなかったはずだ」
その時。
レティシアが立ち止まった。
「どうした?」
オスカーが振り返る。
レティシアは壁を見つめている。
古びた石壁。
そこへ、ゆっくり手を伸ばした。
指先が触れた瞬間だった。
カチッ。
乾いた音。
「また?」
オスカーが顔をしかめる。
ゴゴゴ……
通路の奥から重い音が響く。
「今度は何!」
「お前、その台詞何回目だ」
エルマーが冷静に返す。
通路の先。
石壁が左右へ開いていく。
埃が舞い上がる。
その奥に現れたのは、広い円形の部屋だった。
中央には巨大な石の台座。
その上に置かれていたのは、一冊の分厚い古い帳簿。
誰も動かない。
レティシアだけが小さく呟く。
「これ……」
セドラスが慎重に近づく。
帳簿の表紙には、擦れながらも文字が残っていた。
『王国記録簿』
全員が息を呑む。
オスカーが思わず声を漏らす。
「兄上」
「ああ」
セドラスは静かに頷いた。
「王国の正式な記録だ」
レティシアは帳簿を見つめたまま動かない。
胸の奥が強く疼く。
頭の中に、幼い少女の声が響いた。
『ここにあるよ』
まただ。
あの声だった。
レティシアは無意識に一歩踏み出す。
その瞬間。
部屋の奥から、小さく石が転がる音が響いた。
カラン。
全員の視線が一斉に向く。
誰かいる。
セドラスが静かに右手を上げた。
「……隠れろ」
双子は即座に動き、レティシアを庇うように左右へ散開する。
静まり返る円形の部屋。
暗闇の奥から、ゆっくりと足音だけが近づいてきた。




