第71話「消された約束」
地下室は静まり返っていた。
誰も手紙から目を離せない。
『我らアウレリア家は、罪人ではない』
その一文だけで。
これまでの歴史が揺らいでいた。
「兄上」
オスカーが静かに呼ぶ。
「ああ」
「続き、あるよな」
セドラスは破れた羊皮紙を机代わりの石台へ広げた。
「まだ終わっていない」
眼鏡の奥の視線が細くなる。
「この紙には続きを剥がした跡がある」
エルマーが隣へ来る。
「紙を重ねていた」
「その可能性が高い」
双子は羊皮紙を光へかざした。
オスカーがランタンを近付ける。
「あった」
短い一言。
全員が息を呑む。
羊皮紙には。
薄く押し跡が残っていた。
文字ではない。
筆圧だけが残っている。
セドラスは静かに微笑んだ。
「完全には消せなかったらしい」
ルシアンが目を丸くする。
「読めますか?」
「試してみよう」
セドラスは炭の粉を革袋から取り出した。
薄く羊皮紙へ振りかける。
筆圧だけ残った部分へ。
ゆっくりと文字が浮かび始めた。
「すごい……」
レティシアが思わず呟く。
オスカーも感心する。
「兄上、それ知ってたの?」
「古文書の修復で使われる方法だ」
「やっぱり兄上だな」
「ああ」
エルマーも頷く。
浮かび上がった文字を。
セドラスは静かに読み上げた。
『約束は王家ではなく』
そこで一度切れる。
さらに下。
『……子へ託す』
また切れていた。
「王家じゃない?」
ルシアンが首を傾げる。
「つまり」
エルマーが考え込む。
「守った相手は別にいる」
「ああ」
セドラスは頷いた。
「王家を守るためではない」
「未来へ何かを残すためだ」
沈黙。
レティシアの胸が大きく鳴る。
未来。
その言葉に。
頭の奥で景色が揺れた。
陽の差し込む部屋。
金色の髪の女性。
優しく笑っている。
『約束よ』
小さな子どもの手へ。
銀色のペンダントを渡している。
『いつか必ず』
そこで映像は消えた。
レティシアが膝をつく。
「お嬢!」
オスカーが支える。
エルマーもすぐ隣へ来た。
「またか」
「ああ」
レティシアは苦しそうに息を整える。
「思い出せない……」
「でも」
震える声。
「ペンダントを渡されたの」
その一言で。
セドラスの表情が変わった。
「誰に?」
静かな問い。
レティシアは首を振る。
「顔が……見えない」
地下室に沈黙が落ちる。
その時だった。
エルマーが壁際へ歩いた。
「兄上」
低い声。
全員が振り向く。
巨大な紋章の下。
石壁の隅に。
小さな文字が刻まれていた。
削られずに残った。
たった一行。
『約束は、アウレリア最後の娘へ』
誰も言葉を発しなかった。
レティシアだけが。
その文字から目を離せなかった。




