第70話「封印された手紙」
地下室には静寂が戻っていた。
セドラスの手には。
アウレリア家の紋章が刻まれた封蝋付きの手紙。
誰も急かさない。
それだけ、この一通が重かった。
オスカーが口を開く。
「兄上」
「ああ」
「今度は開けてもいい?」
セドラスは苦笑する。
「ここなら構わない」
「許可が出た」
「出たな」
双子は顔を見合わせた。
「お前たち」
セドラスが小さく笑う。
「少しは落ち着きなさい」
「無理」
「ああ」
即答だった。
ルシアンが吹き出す。
レティシアも肩を震わせた。
少しだけ地下室の空気が和らぐ。
セドラスは封蝋を慎重に割った。
乾いた音が響く。
長い年月、閉ざされていた手紙が静かに開く。
古い羊皮紙。
丁寧な筆跡。
最初に書かれていたのは。
『この手紙を読む者へ』
セドラスが静かに読み始める。
『我らアウレリア家は、罪人ではない。』
全員が息を呑む。
『我らは王家を裏切ってはいない。』
レティシアの鼓動が速くなる。
『真実を守るため、自ら名を捨てた。』
沈黙。
オスカーが呟く。
「自分から?」
エルマーも眉を寄せる。
「消されたんじゃない」
セドラスは頷いた。
「少なくとも、この手紙を書いた人物はそう記している」
さらに読み進める。
『王都に残した紋章は、未来へ真実を繋ぐための印。』
『名が戻る時、王国もまた真実を知る。』
最後の一文だけは。
墨が滲んでいた。
『その時、我らの娘――』
そこで終わっていた。
紙が破られている。
誰かが意図的に切り取った跡。
「またか」
オスカーがため息をつく。
「ああ」
エルマーも静かに頷く。
「一番大事なところだけない」
セドラスは破られた跡を見つめた。
「いや」
眼鏡の奥の視線が細くなる。
「残っている」
全員が振り向く。
セドラスは紙の端を指差した。
そこには。
切り取られたはずの文字がわずかに残っていた。
『……ティ』
レティシアが息を呑む。
「まさか」
セドラスは答えない。
オスカーが静かに言う。
「兄上」
「ああ」
「お嬢の名前?」
「断定はできない」
それでも。
誰も偶然とは思えなかった。
その瞬間だった。
地下室の奥から。
コトッ。
小さな音が響く。
全員の視線が暗闇へ向く。
ランタンの光は届かない。
「聞こえたな」
オスカーが腰の剣へ手を添える。
「ああ」
エルマーも一歩前へ出る。
セドラスは手紙を懐へしまった。
「警戒しろ」
短い指示。
双子は同時に頷く。
地下室には。
自分たち以外の誰かがいる。
そんな気配だけが。
静かに広がっていた。




