(改善版)第6話「二つの顔は、重なりかける」
王都、中央広場。
昼下がり。人の流れは多く、音も、気配も濃い。
「レティー!」
場違いなほど明るい声が響いた。
レティシアが、ぴたりと止まる。
「……その呼び方やめて」
振り返るまでもない。
「え、なんで?昔からじゃん」
笑いながら近づいてくるのは、リオン・ヴァルシュタイン。
距離が近い。やたら近い。
「ここ王都よ」
「知ってる」
「人目があるの」
「あるね」
「分かってる?」
「分かってるよ」
即答。
だが、距離は詰めたまま。
「相変わらず、つれないなあ」
「普通よ」
「久しぶりなのに」
「だからこそよ」
軽口が続く。
その背後で——
「……増えたな」
エルマーが低く言った。
「厄介なの」
オスカーが笑う。
「いや楽しいやつでしょ、これ」
「場合による」
「で、今日は何してるの?」
リオンが覗き込む。
「買い物」
「へえ。令嬢が?」
「何か問題でも?」
「ないけど」
にやりと笑う。
「似合わない」
「言ったわね」
「事実」
「失礼」
軽く肘で押す。
リオンは楽しそうに笑った。
「でもさ」
「何?」
「昨日、面白い話聞いた」
その一言に——
エルマーの視線が動く。
オスカーも同時に反応する。
「“黒髪の青年”」
レティシアの呼吸が、ほんのわずかに止まる。
「知ってる?」
「存じ上げませんわ」
即答。
だが。
声が、ほんの少しだけ硬い。
「えー、ほんとに?」
「ええ」
にこりと笑う。
「そのような方がいらっしゃるのですね」
「ふーん」
リオンは、じっと見る。
近い。
距離が、やたら近い。
「……何よ」
「いや?」
にやっと笑う。
「なんか今、ちょっと面白かった」
「意味が分からない」
「そのままでいてよ」
「何が」
「今の感じ」
レティシアは顔をしかめた。
「ほんと、面倒くさい」
「なあ」
リオンが、ふと視線を横に流す。
「……ん?」
人混みの向こう。
一瞬だけ、黒い影が見えた。
素早い動き。
気配を消す足取り。
「今の、見た?」
「何が?」
「いや——」
その時。
「きゃっ!」
甲高い声が上がった。
「離しなさい!」
女性が腕を掴まれている。
男が乱暴に引いている。
周囲は、距離を取るだけ。
「……またか」
オスカーが小さく呟く。
「今日は多いな」
エルマーが続く。
そして。
レティシアの足が——動いた。
「お嬢」
「分かってる」
短く返す。
だが。
その視線は、完全に“行く側”。
「……面倒くさい」
小さく呟く。
「でも」
一歩、踏み出す。
「見ちゃったもの」
「待って」
その腕を、掴まれた。
リオンだった。
「今の」
真剣な目。
「行くつもり?」
「離して」
「答えて」
距離が近い。
逃げられない。
「……ただの揉め事よ」
「それにしては、顔が違う」
鋭い。
軽さの奥に、ちゃんとある。
「さっきの黒い影」
低く言う。
「お前、知ってるだろ」
——一瞬。
空気が止まった。
その時。
「失礼」
割って入る声。
エルマーだった。
自然に、二人の間に入る。
「危険です」
短く言う。
「離れてください」
「……ああ、はいはい」
リオンが手を離す。
だが。
視線は外さない。
「後で聞かせてよ」
小さく言う。
「逃げるなよ?」
次の瞬間。
レティシアは——もういなかった。
「……やっぱりな」
リオンが、くつりと笑う。
「面白い」
その目が、細められる。
「レティー」
小さく呟く。
「お前、何してる?」
路地裏。
人目のない場所。
「……ほんと、面倒くさい」
黒髪の青年が、息を吐く。
——レオ。
すでに切り替わっている。
「今回は、ちょっとまずいかもね」
小さく笑う。
だが。
足は止まらない。
社交界の令嬢。
街の青年。
その境界は——
少しずつ、曖昧になっていく。




