(改善版)第5話「完璧な令嬢と、完璧でいたい令嬢」
アルヴェール公爵家の庭園。
白いテーブル。整えられた花々。
差し込む光は柔らかく、風は穏やか。
——完璧な茶会。
「相変わらず、隙がありませんわね」
カップを傾けながら、シャルロット・ド・ベルニエは言った。
華やかな美貌。整った姿勢。
どこを切り取っても“社交界の花”。
「恐れ入りますわ」
向かいに座るレティシアは、穏やかに微笑む。
長い銀灰の髪。
一分の隙もない所作。
——完璧な令嬢。
「……」
シャルロットは、わずかに目を細めた。
「本当に、崩れませんのね」
「何のことでしょう?」
「その顔」
率直だった。
「疲れたり、面倒になったり——そういうことはありませんの?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、間が空く。
だが。
「ございませんわ」
即座に、笑みが戻る。
「そういうものは、見せるべきではありませんもの」
「……そう」
シャルロットはカップを置いた。
わずかに視線を逸らす。
「ずるいですわね」
「え?」
「あなたは、最初から完成している」
小さく吐き出すように言う。
「努力している側からすると——少し、腹立たしいですわ」
空気が、少しだけ変わる。
だが。
レティシアは、穏やかに笑った。
「努力していない、とは申しませんわ」
「……そう見えませんもの」
「見せていないだけです」
さらりと返す。
その言葉に、シャルロットがわずかに目を見開いた。
「それで」
シャルロットが、ゆっくりと身を乗り出す。
「最近の噂、ご存じ?」
レティシアの指先が、わずかに止まる。
「どの噂でしょう?」
「“黒髪の青年”」
さらりと出された名。
レティシアは、瞬きひとつせずに微笑んだ。
「存じ上げませんわ」
「そう」
シャルロットは頷く。
だが、その視線は外れない。
「神出鬼没で、人助けをするらしいですわね」
「噂は誇張されがちですもの」
「ええ、そうですわね」
少しだけ、間を置いて。
シャルロットは言葉を続けた。
「でも」
静かに。
「あなたは、そういう話——嫌いではないでしょう?」
その一言に。
ほんの一瞬だけ——
レティシアの笑みが、揺れた。
すぐに戻る。
だが。
ゼロではない。
「……どうでしょう」
柔らかく返す。
「面倒ごとは、避けたいものですわ」
「でしょうね」
シャルロットも笑う。
「でも」
カップを持ち上げる。
「避けられない方も、いらっしゃる」
視線が、まっすぐ向く。
「特に——あなたのような方は」
沈黙。
だが、重くはない。
むしろ——心地いい緊張。
「……面倒ですわね」
ぽつりと、レティシアが漏らす。
「え?」
「いえ、何でもありませんわ」
すぐに、令嬢の顔に戻る。
シャルロットは、それを見て——
小さく笑った。
「やっぱり」
「何が、ですの?」
「少し、安心しましたの」
「安心?」
「ええ」
素直に頷く。
「完璧すぎる方は、苦手ですもの」
「……それは光栄ですわ」
「褒めていませんわよ」
「存じております」
ふっと、空気が緩む。
その頃。
庭園の外。
「……中、静かだな」
オスカーがぼそりと呟く。
「嵐の前かもしれないぞ」
エルマーが短く返す。
「やめてよ、それ」
「事実だ」
「否定できないのが嫌なんだけど」
オスカーは肩をすくめた。
「でもさ」
「なんだ」
「絶対あの中、面倒な方向に転がってるよな」
間。
「……ああ」
短く、肯定。
「止める?」
「無理だろ」
「だよな」
オスカーが笑う。
「それで?」
シャルロットが言う。
「あなたは、このままでいるの?」
「どういう意味でしょう?」
「そのまま、“完璧な令嬢”で」
まっすぐな問い。
レティシアは、少しだけ目を細めた。
「……難しい質問ですわね」
「逃げないで」
「逃げておりませんわ」
静かにカップを置く。
「ただ」
ほんの少しだけ、力を抜く。
「面倒くさいことは、避けたいだけですわ」
「……でしょうね」
シャルロットも笑う。
「でも」
言葉を重ねる。
「あなた、避けられないでしょう?」
その一言に——
レティシアは、わずかに視線を逸らし。
そして、戻した。
「……ええ」
小さく認める。
「そうですわね」
完璧な令嬢。
完璧であろうとする令嬢。
似ているようで、違う。
だが——
だからこそ、噛み合う。
「……疲れた」
茶会の後。
誰もいない部屋で、レティシアはソファに沈んだ。
「ほんと、面倒くさい……」
天井を見上げる。
その瞬間——
ノック。
「姉上」
ルシアンの声。
「入っていいですか」
「どうぞ」
扉が開く。
柔らかな笑み。
だが、その奥は深い。
「お疲れさまです」
「疲れたわ」
「知っています」
当然のように言う。
「外も騒がしいですね」
「でしょうね」
「監察官も動いています」
「それも知ってる」
ルシアンは、静かに一歩近づく。
「大変ですね」
「他人事みたいに言うわね」
「他人事ではありません」
少しだけ、声を落とす。
「姉上のことですから」
静かに。
「どうせ、関わるんでしょう?」
レティシアは目を閉じて——
「……やめたいんだけどね」
小さく呟く。
「やめませんよね」
「やめないわね」
即答。
ルシアンは満足そうに微笑んだ。
面倒ごとは、避けたい。
だが。
避けられない。
そして——
その中心には、必ず。
レティシア・フォン・アルヴェールがいる。




