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干物系チャラ男男装令嬢は、面倒ごとの中心でため息をつく  作者: 織村蜜柑


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(改善版)第4話 「監察官は、見逃さない」

王都の昼。

人の流れが最も多くなる時間帯。

その中を——一定の速度で歩く男がいた。

ユリウス・ヴァン・クロイツ。

王宮監察官補佐。

視線は周囲を流すように見ているが、実際は違う。

ひとつひとつ、拾っている。

人の動き。

声の方向。

わずかな違和感。

「……ここだな」

足を止めた。

市場の一角。

人が多い。

だが——流れに“歪み”がある。

自然に見える、不自然。

「——いたな」

小さく呟く。

   

「ねえ、これどう思う?」

レティシアが果物を持ち上げた。

「甘そうじゃない?」

「見た目はそうですね」

エルマーが淡々と返す。

「見た目“は”?なにそれ」

「外れを引く可能性もある、という話です」

「夢がないわね」

「現実です」

オスカーが横から覗き込む。

「いや、それ当たりっぽいよ」

「なんで分かるのよ」

「勘」

「信用できない」

「ひどくない?」

軽口が続く。

その中で——

エルマーの視線だけが、わずかに動いた。

「……お嬢」

「なに?」

「少し、寄ってください」

「え?」

言われるまま、半歩寄る。

エルマーが自然な動作で位置をずらした。

オスカーも同じように動く。

「なに?」

「静かに」

「余計に気になるんだけど」

「気づかれます」

「誰に?」

その問いに、答えはなかった。

代わりに——

「その必要はありません」

低い声が、すぐ後ろから落ちた。

    

「っ——」

レティシアが振り返る。

そこにいたのは、見覚えのない男。

だが。

空気で分かる。

「王宮監察官補佐、ユリウス・ヴァン・クロイツです」

名乗る声は、無駄がない。

視線は、まっすぐ。

逃がさない、という意思が見える。

「少し、お話を伺っても?」

丁寧な言葉。

だが、断る余地はほとんどない。

「……なにか?」

エルマーが一歩前に出る。

自然な動きで、レティシアを庇う位置。

「通りがかりの騎士です」

「存じています」

即答だった。

「ヴァレント家の双子」

オスカーが小さく眉を上げる。

「有名人だね、俺たち」

「ええ。良くも悪くも」

ユリウスの視線が、わずかに動く。

——レティシアへ。

「そちらの方は?」

「関係ありません」

エルマーが即座に切る。

「買い物に付き合っているだけです」

「そうですか」

ユリウスは頷いた。

だが。

視線は外れない。

「では、簡単な確認だけ」

一歩、距離を詰める。

「本日、この周辺で発生した揉め事について」

間。

「何か、ご存じでは?」

   

「さあ?」

レティシアが、首を傾げた。

自然に。

完璧に。

「市場は賑やかですから、そのようなこともあるのではなくて?」

声も、表情も、完全に“令嬢”。

オスカーが横で笑いを堪えている。

(切り替え早……)

エルマーは何も言わない。

ユリウスは、じっと見ている。

「……そうですね」

短く返す。

だが、そのまま言葉を続けた。

「では、もうひとつ」

ほんのわずかに、声が低くなる。

「“黒髪の青年”については?」

    

一瞬。

空気が止まった。

「……何の話ですか?」

エルマーが割って入る。

「最近、よく聞くもので」

ユリウスは淡々と言う。

「神出鬼没。痕跡が少ない。行動は一貫している」

一歩、踏み込む。

「そして——必ず、騒動の“少し前”に現れている」

オスカーが肩をすくめる。

「へえ、そんな人がいるんだ」

「ええ」

ユリウスの視線が、再びレティシアへ向く。

「……興味深い」

短く言う。

その一言に、含みがある。

    

(ああ、これは——面倒くさい)

「でも」

すぐに顔を上げる。

にこりと笑う。

「噂って、盛られますから」

「そうですね」

ユリウスも笑った。

同じように。

だが——目は笑っていない。

「だからこそ、確認したくなる」

    

数秒。

沈黙。

そして。

「……失礼しました」

ユリウスが一歩引いた。

「お時間を取らせました」

形だけの礼。

「また、お会いするかもしれません」

その言葉だけを残して、去る。

    

「……帰った?」

レティシアが小声で言う。

「一応」

エルマーが短く返す。

「完全には離れていません」

「だね」

オスカーが笑う。

「めちゃくちゃ見てる」

「やめて」

レティシアが顔を覆った。

「なにあれ」

「監察官です」

「知ってる」

「優秀ですね」

「知ってる」

「執着も強い」

「それは聞いてない」

「今、分かったでしょう」

「分かった」

間。

「……面倒くさい」

深いため息。

オスカーが肩をすくめる。

「でもさ」

「なに」

「楽しくなってきたでしょ」

「ならない」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「顔に出てる」

「出てない」

「出てるって」

エルマーが小さく息を吐く。

「……どちらにせよ」

「何」

「今後は、少し動きにくくなります」

「でしょうね」

「やめますか?」

その問いに——

レティシアは一瞬だけ黙って。

すぐに答えた。

「やめない」

即答。

「だね」

「だな」

オスカーとエルマーが同時に言う。

    

監察官は、見逃さない。

そして。

面倒ごとは、避けられない。

それでも——

レティシア・フォン・アルヴェールは、

今日もまた、面倒ごとの中心にいる。

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