第68話「隠された部屋」
誰も動かなかった。
肖像画に描かれた少女。
『アウレリア』
髪の色だけが違う。
それ以外は。
幼い日のレティシアそのものだった。
静寂を破ったのはオスカーだった。
「お嬢」
レティシアは返事をしない。
視線は肖像画に釘付けだった。
「どう見てもお嬢だな」
「ああ」
エルマーも頷く。
「髪の色だけだ」
「だからそこが一番違うの!」
レティシアが思わず声を上げる。
ルシアンが吹き出した。
セドラスは軽く咳払いをする。
「今は肖像画より周囲を確認しよう」
その一言で空気が戻る。
エルマーは肖像画の額縁へ近づいた。
指先でゆっくりとなぞる。
「兄上」
短い声。
「どうした」
「ここ」
額縁の右下。
石壁との間に僅かな隙間がある。
オスカーも隣へ来た。
「これは」
二人は顔を見合わせる。
何も言わない。
それでも同時に頷いた。
「また無言で通じてる……」
レティシアが呟く。
セドラスは苦笑した。
「昔からだから諦めなさい」
オスカーが慎重に額縁を持ち上げる。
ギギ……
重い音が館に響く。
長い年月動かなかった音だった。
額縁の裏。
そこには丸い窪みが一つだけ刻まれている。
全員の視線がペンダントへ向いた。
「兄上」
「ああ」
セドラスは布に包まれたペンダントを取り出す。
「形は一致している」
「入る」
オスカーが言う。
「ああ」
エルマーも続く。
「お前たちは毎回結論が早い」
「そうかな」
「かもな」
「直しなさい」
本当に慣れていた。
セドラスは慎重にペンダントを窪みへ合わせる。
ぴたり。
まるで最初からそこにあったかのように収まった。
次の瞬間。
カチリ。
乾いた音。
そして。
ゴゴゴ……
石壁全体がゆっくりと動き始めた。
埃が舞う。
冷たい空気が流れ出す。
壁の向こうには。
地下へ続く石階段。
誰も言葉を発しない。
オスカーがランタンへ火を灯す。
橙色の光が暗闇を照らした。
「行くか」
「ああ」
双子は自然と前へ出る。
「待て」
セドラスの声だった。
二人が止まる。
「先頭は構わない」
「だが、無理はするな」
オスカーが笑う。
「兄上」
「何だ」
「心配してる?」
「当然だ」
即答だった。
エルマーが静かに笑う。
「兄上、心配性」
「お前たちが心配をかけるからだ」
レティシアが思わず笑みを漏らす。
少しだけ緊張が解けた。
双子は顔を見合わせる。
「じゃぁ」
「ああ」
またそれだけだった。
「だから説明を省略するな」
セドラスの声にルシアンが吹き出す。
そのまま一行は地下へ降り始めた。
石段は思っていたより長い。
湿った空気。
古い石の匂い。
やがて階段の先に小さな部屋が現れる。
ランタンの光が壁を照らした瞬間。
全員が足を止めた。
壁一面に刻まれていた。
削られていない。
完全な紋章。
中央広場で削られたもの。
アウレリア館で見つけたもの。
そのすべてよりも大きく、美しかった。
そして紋章の下には。
『我らは名を失っても』
その続きだけが。
誰かによって。
深く削り取られていた。
セドラスは静かに息を吐く。
「……やはり、ここまで消されていたか」




