第66話「残されたもの」
書斎は静まり返っていた。
机の上。
古いペンダント。
『――リア家』
そして。
削られた紋章。
レティシアはまだ言葉を失っていた。
胸の奥がざわつく。
懐かしい。
だが思い出せない。
「兄上」
沈黙を破ったのはオスカーだった。
「そのペンダント」
「ああ」
セドラスは頷く。
「この家に繋がる手掛かりだろう」
ルシアンが顔を上げた。
「だろう?」
「断定できないんですか」
セドラスは苦笑する。
「記録が消されているからね」
エルマーが資料をめくる。
「だが、偶然ではない」
「ああ」
セドラスも同意した。
「紋章」
「中央広場」
「ペンダント」
「全部繋がっている」
レティシアは机の上を見つめた。
その時だった。
オスカーが不意に言う。
「兄上」
「なんだ」
「お嬢が持ってたな」
沈黙。
レティシアが顔を上げる。
「何を」
「その模様」
エルマーも頷く。
「ああ」
セドラスの目が細くなる。
「詳しく聞こうか」
嫌な予感がした。
本当にした。
オスカーは迷いなく言った。
「十年前」
「お嬢が庭で拾った石」
レティシアが固まる。
「あ」
思い出した。
小さな銀色の石。
綺麗だったから持ち帰った。
だが。
数日後にはなくなっていた。
「覚えているのか」
セドラスが聞く。
レティシアは頷いた。
「少しだけ」
「模様があった」
エルマーが言う。
「同じだったな」
机の上のペンダント。
そこに刻まれた紋章。
レティシアの記憶が重なる。
確かに同じだった。
「なぜ今まで黙っていた」
セドラスが双子を見る。
オスカーが肩をすくめた。
「忘れてた」
「忘れていた」
エルマーも頷く。
「お前たちは……」
セドラスが額を押さえる。
ルシアンが吹き出した。
「重要情報じゃないですか」
「そうか?」
「そうだ」
セドラスの即答だった。
オスカーとエルマーは顔を見合わせる。
「怒られたな」
「ああ」
「反省してるか」
「少し」
「少しか」
「少しだな」
セドラスは深いため息を吐いた。
本当に慣れていた。
その時だった。
机の上の羊皮紙を見ていたエルマーが動きを止める。
「兄上」
声色が変わった。
全員が振り返る。
エルマーは一枚の地図を指差していた。
「ここだ」
セドラスが近づく。
オスカーも覗き込む。
そこには古い王都の地図。
中央広場。
鐘楼。
そして。
その少し外れ。
消えかけた文字。
「残っている」
セドラスが呟く。
完全には読めない。
だが。
確かに書かれていた。
『アウレリア館』
沈黙。
誰も動かない。
ルシアンが聞く。
「館?」
「ああ」
セドラスは頷く。
「家名ではない」
「建物だ」
レティシアの鼓動が速くなる。
セドラスの表情が変わった。
切れ者の顔だった。
「ようやく見つけた」
オスカーが笑う。
「兄上」
「ああ」
「面倒になってきたな」
セドラスも笑った。
「最初からだ」
エルマーが静かに言う。
「行くのか」
セドラスは迷わなかった。
「もちろんだ」
ランプの光が揺れる。
消された家。
失われた名。
そして。
アウレリア館。
止まっていた謎が、ようやく動き始めていた。




