第63話「セドラスの土産」
書斎は静かだった。
誰も口を開かない。
セドラスだけが落ち着いていた。
机の上。
古い資料。
紋章の写し。
そして。
中央広場で見つかった削られた紋章。
レティシアは腕を組む。
嫌な予感しかしない。
本当にしない。
セドラスが資料を開いた。
「まず結論から言おう」
穏やかな声。
だが。
内容は穏やかではなかった。
「その紋章は実在する」
沈黙。
レティシアが固まる。
ルシアンも言葉を失う。
オスカーだけが言った。
「やっぱり」
エルマーも頷く。
「ああ」
レティシアが振り返る。
「知ってたの?」
「いや」
オスカーが笑う。
「兄上が来た時点で面倒確定だった」
「つまり知ってたのと同じよね」
「違います」
「違わない」
セドラスが咳払いした。
「話を戻していいかな」
全員が黙る。
セドラスは慣れていた。
本当に慣れていた。
資料をめくる。
そこには。
古い紋章。
そして。
削られたものとよく似た意匠。
ルシアンが身を乗り出す。
「同じ……」
「いや」
セドラスが否定する。
「正確には違う」
一枚の紙を置く。
「これは現存する記録」
さらに一枚。
「こちらは削られる前の推定図」
レティシアの背筋が冷えた。
そこに描かれていたのは。
中央広場の石壁。
そして。
完全な紋章。
「そんな……」
レティシアが呟く。
セドラスは続けた。
「問題はここからだ」
空気が変わる。
オスカーの笑みも消える。
エルマーも資料を見る。
セドラスは静かに言った。
「この紋章を持つ家は存在しない」
沈黙。
誰も理解できなかった。
ルシアンが聞く。
「存在しない?」
「ああ」
セドラスは頷く。
「家名が残っていない」
レティシアの心臓が鳴る。
失われた名。
その言葉が頭をよぎる。
セドラスは資料を閉じた。
「正確には」
そこで一度言葉を切る。
「残されていない」
書斎が静まり返る。
オスカーが小さく息を吐いた。
「消されたか」
エルマーが答える。
「ああ」
双子だけが理解していた。
中央広場。
石壁。
削られた紋章。
全部繋がる。
セドラスは二人を見た。
「報告通りだな」
レティシアが固まる。
ルシアンも固まる。
オスカー。
エルマー。
二人は視線を逸らした。
嫌な予感がした。
本当にした。
「報告?」
レティシアが聞く。
沈黙。
オスカーが天井を見る。
エルマーも本棚を見る。
「オスカー」
「はい」
「エルマー」
「はい」
二人とも素直だった。
レティシアは確信する。
何か隠している。
絶対に。
セドラスが笑った。
「中央広場の件は聞いていた」
「報告が来たのは昨日だ」
「昨日?」
「正確には、オスカーからは昨夜。エルマーからは今朝だ」
レティシアが立ち上がる。
「聞いていた?」
「聞いていた」
「誰から?」
沈黙。
オスカー。
エルマー。
双子が同時に視線を逸らした。
レティシアが指差す。
「エルマー、オスカー!」
「いや」
「必要な報告だった」
「裏切り者!」
「違う」
「違わない!」
ルシアンが吹き出した。
珍しく。
本当に珍しく。
セドラスも笑う。
書斎の空気が少しだけ緩む。
だが。
それも束の間だった。
セドラスは最後の資料を机へ置いた。
その表紙には。
古い文字が書かれていた。
『王都中央広場改修記録』
全員の視線が集まる。
セドラスは言う。
「そして」
静かな声。
「問題はここからだ」
レティシアの鼓動が速くなる。
セドラスは表紙を開いた。
最初のページ。
そこには。
削られた紋章と同じ印が描かれていた。
そして。
その下に。
かろうじて読める一行。
『〇〇家』
家名だけが。
意図的に切り取られていた。
沈黙。
セドラスは静かに言う。
「ようやく見つけた」
セドラスの視線が、切り取られた家名へ落ちる。
「二十年前に消えた家だ」
その言葉に。
レティシアの背筋が震えた。




