表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
干物系チャラ男男装令嬢は、面倒ごとの中心でため息をつく  作者: 織村蜜柑


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/108

第62話「削られた紋章」

石壁に触れた瞬間だった。

景色が揺れる。

中央広場が消える。

昼の光が消える。

代わりに現れたのは。

夜だった。


雨。

石畳。

鐘楼。

濡れた石壁。

冷たい風。


レティシアは息を呑む。

見ている。

でも。

そこにいるわけではない。

記憶だった。

誰かがいる。

石壁の前。

黒い外套。

男か女かも分からない。

ただ。

必死だった。


ガリッ。

石を削る音。

ガリッ。

ガリッ。

紋章が削られていく。


「急げ」

低い声。

誰かが言う。

「時間がない」

また石を削る。

紋章。

名前。

何かを消している。

必死に。

まるで。

存在そのものを隠すように。


「残すな」

別の声。

「誰にも残すな」


レティシアの背筋が震える。

なぜ。

なぜ消す。

その時。

黒い外套の人物が振り返った。

顔は見えない。

フードの奥。

闇しかない。

だが。

その声だけは聞こえた。


はっきりと。

――見つかるな。


そこで。

記憶は途切れた。


「お嬢!」

オスカーの声。

視界が戻る。


中央広場。

昼。

鐘楼。

石壁。

全部戻っている。


レティシアは膝をついていた。

呼吸が乱れている。

ルシアンが駆け寄る。


「姉上!」

エルマーもしゃがみ込む。

「見たか」

静かな声。


レティシアは答えなかった。

答えられなかった。

今のは。

夢ではない。

幻でもない。

確かに見た。


沈黙。


やがて。

レティシアは石壁を見上げる。


そして。

ぽつりと呟いた。


「消された」

全員が止まる。

「この紋章」

小さな声。

「誰かが消した」


ルシアンの目が見開く。

オスカーも。

エルマーも。

何も言わない。


だが。


全員が同じことを考えていた。

失われた名。

それは。

忘れられたのではない。

消されたのだ。


意図的に。

誰かによって。


中央広場の喧騒が遠く聞こえる。

鐘楼の影が石畳へ落ちていた。

その影は。

まるで過去そのものだった。


帰宅した頃には夕方になっていた。


公爵家の書斎。

レティシアは椅子へ沈み込む。

頭が重い。

考えたくない。


だが。


考えずにはいられない。

失われた名。

鐘楼。

石壁。

消された紋章。

全部が繋がり始めている。


オスカーが紅茶を置く。

「今日は終わりにするか」

エルマーも頷く。

「ああ」

レティシアもそうしたかった。

本当に。

そうしたかった。


その時だった。


コンコン。


扉が叩かれる。

珍しく。

双子が顔を上げた。

オスカーが小さく笑う。

「来たな」

エルマーも答える。

「ああ」

レティシアが眉をひそめる。

「何が」

二人は答えない。


扉が開く。


入ってきた人物を見て。

レティシアは固まった。

「セドラス?」


銀縁眼鏡。

整った顔立ち。

穏やかな微笑み。

ヴァレント公爵家次男。

次期宰相候補。

セドラス・ヴァレントだった。

「久しぶりだね、レティシア」

穏やかな声。


レティシアは首を傾げる。

「どうしてここに」

セドラスは答えない。

代わりに。

手に持っていた資料を机へ置いた。

厚い書類。

古い記録。


そして。

一枚の写し。

そこには。

石壁の紋章とよく似た印が描かれていた。


書斎が静まり返る。


レティシアの鼓動が速くなる。

セドラスは眼鏡の位置を直した。


そして。


静かに言った。

「その紋章について話がある」


その瞬間。


物語は。

また一歩。

過去へ近付いた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ