第59話「鐘の記憶」
昼の鐘が鳴り終わったあとも。
書斎は静かだった。
誰も喋らない。
レティシアも。
双子も。
ルシアンも。
沈黙。
先に口を開いたのはオスカーだった。
「で?」
レティシアが睨む。
「何」
「鐘」
即答だった。
レティシアは顔を逸らした。
「知らない」
「三回目」
「黙って」
「記録更新」
エルマーが小さく吹き出した。
ルシアンも少しだけ口元を押さえる。
最近。
二人ともオスカーに毒されている気がした。
本当に嫌だった。
「姉上」
ルシアンが本を閉じる。
「鐘のある場所に心当たりは」
「ない」
即答。
でも。
その瞬間だった。
頭の奥が痛む。
石畳。
白い壁。
高い塔。
そして。
鐘。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
知らない景色が浮かぶ。
レティシアは眉をひそめた。
「姉上?」
「何でもない」
何でもなくなかった。
でも。
言いたくなかった。
沈黙。
その時。
オスカーが窓の外を見た。
「鐘ならあるな」
全員が見る。
「中央広場」
レティシアが固まる。
本当に。
分かりやすく固まった。
オスカーが指摘する。
「ほら」
「違う」
「何が」
「知らない」
「知ってる時のやつ」
「黙って」
四回目だった。
エルマーが額を押さえる。
最近。
このやり取りばかりだった。
「行くか」
オスカーが言う。
「どこへ」
レティシアが嫌な顔をする。
「中央広場」
「行かない」
即答。
「行く」
「行かない」
「行く」
「行かない」
「行く」
子供だった。
本当に子供だった。
ルシアンがため息を吐く。
「姉上」
「嫌」
「まだ何も言ってません」
「言う前から嫌」
二回目だった。
沈黙。
そして。
エルマーが静かに言う。
「お嬢」
レティシアが顔を向ける。
「確認するだけです」
静かな声。
責めるでもない。
追い詰めるでもない。
ただ。
心配している声だった。
レティシアは黙る。
ずるかった。
本当にずるかった。
オスカーなら断れる。
ルシアンも断れる。
でも。
エルマーはずるい。
沈黙。
長い沈黙。
そして。
レティシアは諦めたようにため息を吐いた。
「……見るだけ」
オスカーが笑う。
「交渉成立」
「違う」
「成立したな」
「してない」
誰も信じていなかった。
窓の外。
遠くに見える鐘楼。
昼の光を浴びながら。
静かにそこに立っていた。
そして。
レティシアはまだ知らない。
その場所が。
失われた名へ続く最初の扉になることを。




