第51話「まだ早い」
路地の空気が凍った。
「——見つけた」
低い声。
笑っている。
だが。
愉快そうではない。
ぞわり、とした。
レオの目が細くなる。
暗い路地の奥。
黒外套。
顔は見えない。
でも。
向こうは、こちらを知っている。
そんな確信だけがあった。
沈黙。
最初に動いたのはオスカーだった。
「誰?」
軽い声。
だが。
笑っていない。
いつでも飛び出せる位置。
エルマーも半歩前へ出る。
剣へ手を添えたまま。
影は小さく笑った。
「やっぱりだ」
静かな声。
「その反応」
レオは何も答えない。
答えたくなかった。
嫌な予感しかしない。
「お前、誰」
低く問う。
影は答えない。
代わりに。
ゆっくりと視線だけを向ける。
レオへ。
真っ直ぐ。
「思ったより若い」
空気が変わる。
オスカーの笑みが消えた。
エルマーの目も鋭くなる。
知らない人間の反応じゃない。
まるで。
探していた物を見つけたような。
そんな声だった。
「レオ」
エルマーが低く呼ぶ。
レオも分かっていた。
危険。
でも。
知りたい。
その気持ちもあった。
影はゆっくり一歩下がる。
「まだ早い」
静かな声。
「でも、近い」
意味が分からない。
オスカーが眉をひそめる。
「何の話?」
影は答えない。
代わりに。
視線を地面へ落とした。
刻まれた印。
古い紋様。
そして。
「ちゃんと残ってる」
小さく呟く。
レオの背筋が冷えた。
その言い方。
まるで。
作った側みたいだった。
「待て」
レオが一歩出る。
その瞬間。
影が笑った。
「監察官に見つかる前に帰った方がいい」
沈黙。
次の瞬間。
路地の向こう。
複数の足音。
監察側だ。
影は振り返りもしない。
「また会おう」
夜風。
黒外套が揺れる。
そして。
消えた。
まるで最初からいなかったみたいに。
沈黙。
誰も動かなかった。
数秒後。
路地の入口からユリウスが現れる。
黒外套。
鋭い目。
監察官補佐は周囲を見渡した。
「今、誰かいましたね」
即答だった。
レオは顔をしかめる。
「最悪」
「いましたね」
「知らない」
「嘘ですね」
「なんで分かるの」
オスカーが吹き出す。
エルマーは額を押さえた。
ユリウスは静かに地面を見る。
印。
足跡。
そして。
誰もいない路地。
監察官補佐の目が細くなる。
「……面白くなってきましたね」
レオは本気で帰りたくなった。
今度こそ。
本当に。
帰りたかった。




