第49話「煙の残り香」
夜風が、白煙をゆっくり攫っていく。
東通路側。
さっきまで混乱していた広場は、監察側と騎士団によって封鎖され始めていた。
濡れた石畳。倒れた荷車。散乱した果物。そして。
黒衣の男の死体。
「……趣味悪」
レオが低く吐き捨てる。
ユリウスは死体のそばへ膝をついたまま、男の手首を確認していた。
赤い印。
さっき見たものと同じ。
「補佐官」
監察側の男が低く声をかける。
「周辺確認終わりました。接触痕は複数ありますが、同一組織かはまだ——」
「分かっています」
ユリウスの返答は短い。
でも。
その目は、印から離れない。
レオは小さく舌打ちした。
嫌な空気だった。
まるで。“繋がっていく”。
「レオ、帰る?」
オスカーが軽く言う。
「帰りたい」
「珍しく即答」
「面倒だから」
「今日ずっと言ってるねぇ」
「誰のせい」
オスカーが肩を竦める。
エルマーは静かに周囲を見ていた。
「監察側、増えてます」
レオが視線だけ動かす。
確かに。
広場外周。黒外套が増えていた。
逃がさない配置。
「……最悪」
「本日最多更新?」
「オスカー」
「はいはい」
軽口。
でも。三人とも分かっていた。
今夜の監察側は、完全に“何か”を掴みかけている。
その時。
「レオでしたっけ」
静かな声。
レオの空気が変わる。
ユリウスだった。
監察官補佐は立ち上がり、静かにこちらを見る。
「何」
「少し確認を」
「嫌」
「即答ですね」
「面倒だから」
ユリウスが少しだけ目を細める。
オスカーが横で笑った。
「監察官殿、今日のレオ、機嫌悪いから」
「いつもでは?」
「今日は特に」
レオが睨む。
「オスカー」
「はいはい」
ユリウスは数秒だけ黙った。
それから。
「あなた、“どこで”気づきました?」
静かな声。
空気が止まる。
レオは視線を逸らさない。
「何に」
「北側の誘導です」
沈黙。
オスカーの笑みが少し薄れる。
エルマーの視線が鋭くなる。
ユリウスは続けた。
「騎士側も監察側も、北へ意識を向けていた」
「でもあなたは、中央を警戒していた」
「なぜです?」
レオは数秒だけ黙った。
それから。
「勘」
短い返答。
ユリウスの目が細くなる。
「それで片付く量じゃない」
「じゃあ才能」
「なお悪い」
オスカーが吹き出した。
「監察官殿、真面目だなぁ」
「仕事ですので」
「仕事人間」
ぼそり、とレオが言う。
ユリウスの視線が動いた。
「何です?」
「別に」
沈黙。
ほんの少しだけ。
ユリウスが息を吐いた。
「……本当に隠す気あります?」
「ないわけじゃない」
「でも下手ですよね」
オスカーが吹き出す。
「うわ、言った」
「監察官殿、ついに言った」
「事実でしょう」
レオが額を押さえる。
最悪。
本当に。
この男、どんどん遠慮がなくなっている。
その時。
「補佐官!」
監察側の男が再び駆け込んできた。
「回収物です!」
布に包まれた何かを差し出す。
ユリウスが受け取る。
古い金属片。
紋章のような。でも。
見たことのない印。
空気が変わる。
レオの目が細くなる。
ユリウスは、その反応を見逃さなかった。
「……知っている顔ですね」
静かな声。
レオは即座に視線を外した。
「知らない」
「今、空気変わりましたよ」
「気のせい」
「分かりやす」
「オスカー黙って」
でも。
遅かった。
ユリウスは静かにレオを見る。
逃がさない目。
読む目。
そして。
確信へ近づく目。
「……あなた」
低い声。
「何を知っているんです?」
夜風が吹く。
白煙の残り香だけが、静かに広場へ漂っていた。




