第48話「読める側」
白煙が、ゆっくりと夜へ溶けていく。
東通路側。
さっきまで悲鳴で溢れていた場所は、ようやく騎士団と監察側によって押さえ込まれ始めていた。
転倒した屋台。
散乱した荷。
怯えた子ども。
泣き声。
そして。
石畳の上に崩れ落ちた、黒衣の男。
「……死んでる」
オスカーが低く呟く。
さっきまでの軽さはない。
エルマーは男の口元を確認した。
「毒ですね」
「口封じ?さっきと一緒」
レオが低く問う。
ユリウスは静かに頷いた。
「ええ」
短い返答。
でも。
監察官補佐の目は、死体ではなく。
レオへ向いていた。
完全に。
“見つけた側”の目だった。
「……いつまで見てる」
レオが嫌そうに言う。
ユリウスは少しだけ目を細めた。
「あなたが、“普通”の反応をするまでです」
「無理難題」
オスカーが吹き出す。
「監察官殿、それレオに求めるの無茶」
「オスカー」
「はいはい」
軽い返事。
でも。
双子の目は、まだ周囲を警戒していた。
群衆の流れ。
騎士の配置。
監察側の導線。
全部見ている。
レオは小さく舌打ちした。
最悪。
完全に、“読める側”として認識された。
その時。
「補佐官!」
監察側の男が駆け込んでくる。
「西路地側、封鎖完了しました!」
「東側の一般人も避難誘導済みです!」
ユリウスは即座に視線を動かした。
「負傷者は」
「軽傷多数。死者はありません」
沈黙。
ほんの僅か。
ユリウスの空気が緩む。
レオは、それを見逃さなかった。
「……仕事人間」
ぼそり、と呟く。
「はい?」
「別に」
ユリウスの目が細くなる。
オスカーが横で笑った。
「レオ、今ちょっと監察官殿のこと理解した顔した」
「黙って」
「はいはい」
軽口。
でも。
空気は重いままだ。
さっき男が残した言葉。
“読める側”。
“選ぶ側”。
その意味が、誰にもまだ分からない。
「監察官殿」
エルマーが静かに口を開いた。
「監察側は、この件をどこまで把握してるんです?」
ユリウスは数秒だけ黙った。
それから。
「正直に言えば、半分も読めていません」
静かな返答。
オスカーが少しだけ目を丸くする。
「へぇ」
「意外?」
「いや」
オスカーが笑う。
「監察官殿って、“全部読んでます”顔するから」
ユリウスは少しだけ沈黙した。
それから。
「分からないから、見ているんです」
静かな声。
レオは、その瞬間だけ視線を逸らした。
最悪。
本当に。
この男、自分と似た種類だ。
「で?」
レオが低く問う。
「何がしたいの、そっち」
「そっち?」
「監察側」
ユリウスは広場を見る。
騎士。 監察。 野次馬。 死体。
全部を見渡す。
「知りたいだけです」
「何を」
沈黙。
それから。
「誰が、“盤面を見る側”なのか」
空気が止まる。
オスカーの笑みが消えた。
エルマーの視線が鋭くなる。
レオは静かにユリウスを見る。
監察官補佐は、真っ直ぐこちらを見ていた。
逃がさない目。
でも。
敵を見る目ではない。
確かめる目だった。
「……面倒」
レオが低く吐き捨てる。
「本日最多更新?」
「オスカー」
「はいはい」
軽口を挟みながらも。
三人とも、もう分かっていた。
今夜の騒ぎは。
ただの暴動でも。 ただの襲撃でもない。
誰かが。
“読める人間”を探している。
その事実だけが、夜の王都に静かに残っていた。




