第42話「読む者たち」
中央区は、ざわついていた。
人の流れ。
怒声。
馬の音。
走る騎士。
北側とは違う。
こっちは、
“人が動いている”。
「……完全に逆」
レオが低く言う。
オスカーが周囲を見る。
「北側は人を避けさせてた」
「中央は集めてる」
エルマーの返答は短い。
つまり。
北側は“隔離”。
中央は“観察”。
「趣味悪」
レオが吐き捨てる。
三人は人混みの端を抜ける。
レオの目が動く。
群衆。
騎士。
監察側。
野次馬。
そして。
「……いた」
低い声。
広場中央。
騎士団と監察側が集まっている。
その中心に、
さっき屋根の上からこちらを見ていたユリウスがいた。
長い黒の外套。
静かな立ち姿。
周囲が騒がしいほど、
逆に目立つ。
「うわ」
オスカーが小さく笑う。
「もう中心にいる」
「だから言ったでしょ」
レオの声は低い。
「あの人、止まらない」
ユリウスは何かを見ている。
広場中央。
倒れた荷車。
散乱した木箱。
そして。
「……血?」
オスカーの目が細くなる。
地面。
赤い。
でも。
量が少ない。
レオの目が変わる。
「違う」
静かな声。
「見せるための血」
エルマーが小さく視線を動かした。
「誘導ですか」
「ええ」
レオは周囲を見る。
騎士団の位置。
監察側の導線。
野次馬の流れ。
全部。
“見やすい場所”へ集められている。
「舞台ね」
レオが低く言う。
その瞬間。
ユリウスが顔を上げた。
視線。
一瞬だけ、レオとぶつかる。
沈黙。
オスカーが小さく呟いた。
「うわ、完全に気づいてる顔」
「黙って」
レオが吐き捨てる。
でも。
ユリウスは何も言わない。
追ってこない。
騒がない。
ただ。
“そこにいる”。
それが一番厄介だった。
「監察官殿ってさ」
オスカーが軽く言う。
「追うタイプじゃないよね」
「ええ」
エルマーが静かに返す。
「逃げ場を削るタイプです」
「最悪」
レオが即答した。
その時。
ユリウスが、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
人混みを抜ける。
焦りがない。
急ぎもしない。
なのに。
気づけば、距離が詰まっている。
「こんばんは」
静かな声。
レオは小さく舌打ちしたくなった。
今、一番会いたくない相手だった。
「監察官殿」
オスカーは普通に笑う。
エルマーは静かに一礼した。
レオは、フードを少し深くする。
ユリウスの目が動いた。
一瞬。
黒髪。
立ち位置。
視線。
全部を読むみたいに。
「随分早い到着ですね」
ユリウスが静かに言う。
「北側にいたんじゃないんですか」
沈黙。
オスカーが笑った。
「いやぁ、なんか嫌な感じして」
「勘ですか」
「俺、勘いいんで」
軽い返答。
でも。
ユリウスの目は、オスカーではなく、レオを見ている。
レオは視線を逸らさない。
「何があった」
短く問う。
ユリウスは少しだけ目を細めた。
「……あなた、本当に隠す気あります?」
「は?」
「いえ」
静かな返答。
でも。
その口元、少し笑っていた。
最悪だった。
ユリウスは広場中央を見る。
「襲撃です」
「見れば分かる」
「ええ。でも問題はそこじゃない」
空気が変わる。
ユリウスの目から、わずかに温度が消える。
「狙われたのは、“物”ではありません」
レオの目が細くなる。
やっぱり。
「人?」
ユリウスは静かに頷いた。
「正確には、“見る側”です」
沈黙。
オスカーの笑みが薄れる。
エルマーの視線が鋭くなる。
レオは低く問う。
「……誰が狙われた」
ユリウスは数秒だけ黙った。
それから。
「まだ断定はできません」
静かな声。
でも。
その目は、
もうかなり答えへ近づいている。
「ただ」
ユリウスはレオを見る。
真っ直ぐ。
逃がさない目。
「“読める人間”が、選ばれ始めています」
空気が止まった。




