第40話「選ばれた側」
屋根の上。
黒装束が三人。
夜風に外套が揺れる。
誰も喋らない。
でも、
空気だけで分かる。
——強い。
「……へえ」
レオが低く言う。
完全に、
レオの顔だった。
「ようやく出てきた」
次の瞬間。
黒装束の一人が跳んだ。
速い。
屋根から一気に距離を詰める。
「左!」
エルマーの声。
同時に、
レオが地を蹴る。
刃が走る。
木箱が裂ける。
「うわ、物騒〜」
オスカーが笑いながら男を片腕で押さえ込んだまま、短剣を抜く。
金属音。
二撃。
三撃。
速い。
でも、
オスカーは笑っている。
遊んでいるみたいな軽さ。
なのに。
一歩も通さない。
「ねえ、ちゃんと仕事しよ?」
軽い声。
だが、
短剣の軌道は鋭い。
黒装束が距離を取る。
「……ちっ」
「怖。舌打ちされた」
レオは視線だけ動かした。
残り二人。
囲む位置。
連携型。
「エルマー」
「ええ」
短い返答。
次の瞬間。
エルマーが前へ出る。
踏み込みが重い。
剣が振られる。
真正面。
無駄がない。
黒装束が受け流そうとした瞬間、
衝撃で体勢が崩れた。
「っ!?」
「軽いですね」
静かな声。
でも、
その剣は容赦がない。
レオはその隙に動く。
視線。
呼吸。
立ち位置。
読む。
誰が中心か。
誰が指示を出しているか。
その時。
一人だけ、
視線が違う。
「……あれか」
レオの目が細くなる。
一番後ろ。
動いていない。
見ている。
「オスカー!」
「了解!」
説明はいらない。
「エルマー」
オスカーが軽く男を押しやる。
「そっちお願い」
「ええ」
エルマーが男の腕を拘束したまま前へ出る。
オスカーが即座に動く。
黒装束の間を滑るように抜ける。
速い。
本当に、
遊んでいるみたいな動き。
でも。
後衛の男だけを、
真っ直ぐ狙っている。
「っ!」
男が初めて動揺した。
遅い。
オスカーの蹴りが、
男の腕を弾く。
落ちる。
小型の筒。
レオの目が変わる。
「煙!」
瞬間。
白煙が弾けた。
視界が潰れる。
「うわ、やったな〜」
オスカーの声。
軽い。
でも、
位置が動いていない。
レオは息を止める。
煙の流れを読む。
風向き。
足音。
殺気。
いる。
右。
レオが身体を捻る。
刃が頬を掠めた。
「……近っ」
低く吐く。
煙の中から、
黒装束が現れる。
速い。
でも。
「甘い」
レオの声が落ちる。
次の瞬間。
相手の懐へ踏み込む。
肘。
体勢を崩す。
黒装束が後退しようとした先に、
エルマーがいた。
捕らえた男の腕を押さえたまま、
半歩だけ位置をずらす。
逃げ道が消える。
「そちらは通せません」
静かな声。
剣先が、黒装束の喉元ぎりぎりで止まる。
黒装束が息を呑んだ。
一歩、退くしかない。
連携。
息をするみたいに自然だった。
「うわぁ」
煙の向こうで、
オスカーが笑う。
「ほんと息ぴったり」
「お前も合わせろ」
エルマーが静かに返す。
「合わせてるって」
その時。
白煙の向こうで、
誰かが小さく笑った。
レオの目が細くなる。
この笑い方。
さっき捕まえた男と同じ。
「……まだいる」
嫌な感覚。
その瞬間だった。
——パンッ!
乾いた音。
レオの背筋が凍る。
「っ!?」
火。
倉庫街の奥。
一気に赤が広がる。
「油か!」
エルマーの声が低くなる。
火の回り方が異常だった。
早すぎる。
仕込み済み。
「なるほど」
レオが低く言う。
「これ、“選別”だけじゃない」
煙の向こう。
黒装束が笑う。
「今さら気づいたか」
レオの目が冷える。
「足止め」
静かな声。
「最初から、こっちを北側に固定するための誘導」
沈黙。
そして。
レオの中で、
最悪の可能性が繋がる。
「……ユリウス」
低く漏れる。
オスカーが目を向けた。
「監察官殿?」
レオは北側の火を見る。
その向こう。
中央区。
「まずい」
声が落ちる。
「“本命”は別だ」




