第39話「読まれる側」
北側の空気は、妙だった。
静かすぎる。
爆発があった。
火も上がっている。
なのに、人の流れが薄い。
逃げていない。
避けている。
「……嫌な感じ」
レオが低く呟く。
オスカーが捕らえた男の腕を極めたまま、周囲を見る。
「誘導されてるねぇ」
「ええ」
エルマーの返答は短い。
北側倉庫街。
積まれた木箱。
狭い裏道。
夜霧のように漂う煙。
そして。
——妙に、人がいない。
「普通なら、もっと騒ぎになる」
レオが周囲を見る。
「火が出たなら、野次馬も来る。逃げる人間もいる。でも静かすぎる」
「つまり?」
オスカーが問う。
レオは少しだけ目を細めた。
「“来ないようにされてる”」
沈黙。
男が、そこで小さく笑った。
「察しがいいな」
レオの視線が冷える。
「喋る気あったんだ」
「別に隠す必要もない」
男は笑う。
嫌な笑い方だった。
「どうせ、もう遅い」
「それ、さっきも聞いた」
オスカーが軽く言う。
「語彙少なくない?」
「黙れ」
「短気〜」
軽い。
でも、その軽さのまま、
オスカーの拘束は一切緩まない。
男が顔を歪めた。
「っ……」
エルマーが静かに周囲を見る。
「レオ」
レオは小さく頷く。
同じことを感じていた。
視線。
どこかから見られている。
「……いるわね」
レオが低く言う。
「複数」
オスカーの目から笑みが消える。
「囲まれてる?」
「まだ距離ある」
エルマーが静かに答える。
「でも、見てますね」
沈黙。
レオはゆっくり周囲を見渡した。
屋根上。
物陰。
裏路地。
閉じた窓。
見えない。
でも。
いる。
「監視」
レオが呟く。
「最初から、“誰が来るか”を見るための場所」
男がまた笑った。
「正解」
その瞬間。
レオの中で、何かが繋がった。
「……ユリウス」
低く漏れる。
オスカーが目を向ける。
「監察官殿?」
「たぶん、あの人も気づいてる」
「何に」
レオは男を見る。
「これ、“事件”じゃない」
静かな声だった。
「選別よ」
空気が止まる。
男の笑みが、少しだけ深くなる。
図星。
エルマーの目が細くなる。
「誰を選んでいる」
男は答えない。
でも。
否定もしない。
それが答えだった。
「……面倒」
レオが吐き捨てる。
オスカーが笑う。
「今日それ何回目?」
「数えてない」
「過去最多更新してそう」
「うるさい」
軽口。
でも、
空気は張ったままだ。
レオは北側を見る。
火。
煙。
静かな倉庫街。
そして、
“見ている側”の気配。
「レオ」
エルマーが低く呼ぶ。
レオは視線を向けない。
「なに」
「引きますか」
オスカーが一瞬だけ目を動かした。
それは、
かなり珍しい言葉だった。
エルマーは基本、
レティシアを止めない。
でも今。
引く選択肢を出した。
つまり。
危険度が高い。
レオは数秒だけ黙る。
そして。
「……まだ」
低く返した。
オスカーが小さく息を吐く。
半分呆れ。
半分納得。
「だと思った」
レオは男へ近づく。
しゃがみ込み、
視線を合わせる。
「質問変える」
男は笑わない。
レオの目が、
さっきまでと違うことに気づいたからだ。
「本命は誰」
静かな声。
でも、
刃みたいに冷たい。
男は数秒黙った。
それから。
「……知らない方がいい」
その返答で、
逆に確信した。
レオの目が細くなる。
「やっぱり人間側ね」
物資じゃない。
火災でもない。
混乱でもない。
誰か。
特定の人間。
そこまで考えた瞬間だった。
——風。
レオの背筋が反応する。
「下がって!」
叫ぶより先に動いていた。
次の瞬間。
矢が飛ぶ。
「っ!」
金属音。
エルマーが剣で弾く。
オスカーが男ごと横へ飛ぶ。
矢は木箱へ突き刺さった。
沈黙。
そして。
屋根の上。
黒装束が三人。
レオの目が冷える。
「……へえ」
低い声。
完全に、
レオの顔だった。
「ようやく出てきた」




