第31話「休め、レティー」
雨音が、静かに響いている。
カイゼルの滞在先。
王族用の別邸。
豪華ではある。
だが、不思議と落ち着く空間だった。
「……で」
オスカーが室内を見回す。
「なんで王子の仮住まいって、こんな隠れ家みたいなの?」
「表立って動けない時もあるからな」
カイゼルが答える。
「へえ」
「お前は気に入りそうだな」
「うん、秘密基地感ある」
「帰るぞ」
レオが即答した。
「まだ無理です」
エルマーも即答する。
ソファ。
レオは座らされていた。
完全に。
「……拘束では?」
「保護です」
「言い方変えただけでしょ」
「傷、見せてください」
「軽い」
「軽くありません」
「重くもない」
「そういう問題ではありません」
オスカーが笑いを堪えている。
「お嬢さあ」
「今レオ」
「じゃあレオ、諦めな?」
「嫌」
即答。
「包帯巻かれるの面倒」
「子どもですか」
「今さら?」
カイゼルが、小さく笑った。
その瞬間。
レオが、じろりと見る。
「……笑った」
「笑うだろう」
「怪我人に」
「怪我人とは思えない返しをするからな」
「元気なわけじゃない」
「知ってる」
その声が、少しだけ低い。
穏やかで。
優しい。
「だから休めと言ってる」
沈黙。
レオは、視線を逸らした。
「……厄介」
ぽつり。
数十分後。
応急処置は終わった。
「はい、終わりです」
エルマーが包帯を整える。
「……帰りたい」
レオが呟いた。
「今そこ?」
オスカーが吹き出す。
「騒動の直後だよ?」
「疲れた」
「でしょうね」
「もう今日の体力ない」
「知ってる」
沈む。
ソファに。
完全に。
「お嬢、魂抜けてる」
「まだ生きてる」
「ギリギリ感あるなあ」
「もう令嬢モード無理」
「最初からやってません」
エルマーが冷静に返す。
カイゼルは、少し離れた場所で見ていた。
その目が、静かに細くなる。
「……変わらないな」
小さく。
「何が」
レオが、ぐったりしたまま聞く。
「限界まで動いてから、急に止まるところ」
「省エネ設計だから」
「設計がおかしい」
「褒め言葉?」
「違う」
オスカーが、エルマーに小声で言う。
「ねえ、これ完全に気許してるよね」
「ええ」
「カイゼル殿下相手だと、お嬢の干物化が早い」
「警戒が薄いのでしょう」
「本命感あるなあ」
「聞こえていますよ」
エルマーが静かに返した。
その時だった。
「……ん」
レオの身体が、少し揺れる。
「あ」
オスカーが止まる。
レオの頭が、
そのままカイゼルの肩にもたれた。
沈黙。
完全な。
「……寝た?」
オスカーが、小声になる。
「ですね」
エルマーも、声を落とした。
カイゼルは、動かない。
ただ。
静かに、レオを支えている。
「……レティー」
低い声。
返事はない。
完全に寝落ちしている。
「限界だったか」
その声は、ひどく優しかった。
ゆっくりと。
カイゼルは座り直す。
レオの身体が、自然に倒れる。
そのまま。
頭が、膝の上に落ちた。
「うわ」
オスカーが目を見開く。
「膝枕いった」
「静かに」
エルマーが言う。
だが。
その視線は、珍しく鋭かった。
カイゼルは、
眠ったレオ——いや、レティシアの髪を、
静かに避ける。
「……無理をしすぎだ」
小さく。
誰に聞かせるでもなく。
その顔を見て。
オスカーの空気が、少し変わった。
笑っている。
でも。
「……あー」
小さく呟く。
「これは強いやつだ」
「言うな」
エルマーが低く返す。
「いやでもさ」
オスカーは苦笑する。
「これ、お嬢落ちる前に、周りが先に気づくやつじゃん」
沈黙。
エルマーは、何も言わない。
ただ。
カイゼルを見る目が、
少しだけ変わっていた。
雨は、まだ降っている。
だが。
その部屋の空気だけは、
妙に静かで。
妙に、温かかった。




