第30話「逃げ込む場所」
王都、深夜。
雨が降っていた。
強くはない。
だが、じわじわと体温を奪う雨だった。
「……最悪」
レオが、小さく呟く。
外套は濡れている。
肩も痛い。
南東区の件から、数時間。
街は静かになった。
だが——
「静かすぎる」
エルマーが低く言う。
「うん」
オスカーも頷いた。
「嫌な静けさ」
人気がない。
いや。
「消されてる」
レオが、短く言った。
その瞬間。
「——右!」
オスカーの声。
同時に。
矢が飛んだ。
「っ!」
レオが身体を捻る。
頬を掠める。
「……は?」
次。
屋根。
影。
複数。
「伏せてください!」
エルマーがレオを引く。
次々に飛ぶ矢。
「多いな!」
オスカーが笑う。
だが、目は完全に戦闘の色だった。
「狙いが正確です」
エルマーの声が低い。
「……完全に待たれてた」
レオが舌打ちする。
(読まれてる)
完全に。
「どうする!?」
オスカーが叫ぶ。
一瞬。
レオは、周囲を見る。
逃げ道。
路地。
屋根。
——ない。
「囲まれてます」
エルマーが言う。
その瞬間だった。
「こっちだ」
低い声。
全員が振り向く。
そこにいたのは——
「……カイ?」
カイゼル・ヴァルシュタイン。
黒い外套。
雨の中。
静かに立っている。
「話は後だ」
短く。
「来い」
次の矢。
カイゼルが剣を抜く。
弾く。
「っ……!」
レオの目が、わずかに見開く。
「走れ」
その声で。
全員が動いた。
細い裏路地。
雨。
足音。
「左!」
オスカー。
「前方二名!」
エルマー。
だが。
カイゼルは止まらない。
迷いがない。
「なんで道知ってるのよ!」
レオが叫ぶ。
「昔、お前と逃げ回ったからな」
即答。
「今その記憶いる!?」
「役立ってるだろ」
「腹立つ!」
オスカーが吹き出した。
「ちょっと今の好き」
「黙れ!」
さらに奥。
高い壁。
行き止まり。
「……は?」
レオが止まる。
だが。
カイゼルは、壁際の扉を開いた。
「入れ」
「隠れ家?」
「滞在先だ」
「王子の?」
「一応な」
「一応で済ませる規模じゃないでしょ絶対」
だが。
背後。
気配。
「来ます」
エルマーが低く言う。
「中へ」
カイゼルが短く言った。
扉が閉まる。
静寂。
雨音だけが、遠くなる。
「……」
レオは、その場で壁にもたれた。
一気に。
緊張が切れる。
「お嬢」
エルマーが近づく。
「肩を」
「平気」
即答。
だが。
顔色が悪い。
「全然平気じゃないね」
オスカーが覗き込む。
「うるさい」
レオが言う。
その瞬間。
ぐらりと、身体が揺れた。
「っ」
支えたのは、カイゼルだった。
「……無理をしすぎだ」
低い声。
近い。
「……してない」
「している」
即答。
レオは、顔をしかめる。
「……説得力がある顔で言わないで」
「事実だからな」
エルマーが、静かに息を吐いた。
「傷を見ます」
「あとで」
「今です」
「帰りたい」
「まだ帰ってません」
「じゃあここを家にする」
「駄目です」
オスカーが笑いを堪えている。
「お嬢、完全に干物モード入りかけてる」
「省エネと言え」
「今それ言う?」
カイゼルは、何も言わない。
ただ。
レオの肩を支えたまま、
静かに立っている。
「……カイ」
「なんだ」
「助かった」
小さい声。
ほんの少しだけ。
力が抜けた声。
カイゼルは、わずかに目を細めた。
「知っている」
穏やかに。
「だから来た」
沈黙。
レオは、一瞬だけ黙って——
「……そういうとこ、厄介」
ぽつりと呟いた。
カイゼルが、小さく笑う。
「よく言われる」
外では、まだ雨が降っていた。
だが。
その場所だけは。
少しだけ、静かだった。




