第32話「それは好意ですわ」
翌日。
アルヴェール公爵家。
「……眠い」
レティシアが、机に突っ伏した。
完全に干物である。
「当然です」
エルマーが紅茶を置く。
「昨夜、限界まで動いていましたので」
「動きたくない」
「知っています」
「三日くらい寝たい」
「一日で許してください」
「ブラック職場」
「お嬢が勝手に激務にしてるんです」
オスカーが笑う。
昨夜。
結局、朝方近くに帰宅した。
しかも。
「……」
レティシアが、じわじわ机に顔を埋める。
「お嬢?」
「記憶消したい」
「急にどうしたの」
「なんか」
くぐもった声。
「変な寝方した気がする」
オスカーとエルマーの視線が、一瞬だけ合った。
「……あー」
「ですね」
「なによその反応」
「別に?」
「絶対なんかある」
その時。
「レティシア様!」
勢いよく扉が開いた。
「シャル」
シャルロットだった。
「聞きましたわ!」
「何を」
「カイゼル殿下が、昨夜かなり慌てて動かれていたと!」
沈黙。
レティシアが、ゆっくり顔を上げる。
「……どこ情報?」
「令嬢社会を舐めてはいけませんわ」
「怖」
シャルロットは、ずいっと身を乗り出す。
「しかも、今朝すぐに贈り物まで!」
「まだ来てない」
「来ますわ絶対!」
シャルロットは、
ずいっと身を乗り出した。
「それで!?」
「何が」
「昨夜、何があったんですの!?」
「……色々?」
「雑ですわ!」
レティシアは、真顔になった。
「疲れてた」
「あと雨」
「帰りたかった」
「感想がまったく色気ありませんわ!」
オスカーが吹き出す。
「お嬢、マジでそれしか覚えてない?」
「半分くらい寝てた気がする」
「気がするじゃないんだよなあ」
その瞬間。
シャルロットの目が、きらりと光った。
「まさか……」
一拍。
「殿下に寄りかかったり、とか……?」
「ぶっ」
オスカーが耐えきれず吹いた。
エルマーが静かに目を閉じる。
レティシアは、固まる。
「……は?」
「え?」
「……寄りかかった?」
完全停止。
「お嬢、記憶飛んでる」
「飛んでますね」
「ちょっと待って」
レティシアがゆっくり顔を上げる。
「私、何した?」
オスカーが肩を震わせる。
「いやあ……」
「綺麗に膝枕コースでしたね」
エルマーが静かに追撃した。
完全な沈黙。
レティシアは、
数秒固まって——
再び机に沈んだ。
「無理」
「お嬢だもん、仕方ない」
オスカーが笑う。
「死ぬ」
「生きてください」
エルマーが淡々と返す。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「気持ちよさそうだったので」
「優しさが今は痛い!」
シャルロットは、
両手で口元を押さえている。
「レティシア様……」
「なに」
「それは、殿下からの好意ですわ」
「介抱ではなく?」
「違いますわ!」
即答。
「普通、殿方は誰にでも膝を貸したりしません!」
「カイは昔から優しい」
「優しいだけであそこまでしませんわ!」
レティシアは、真顔になった。
「どういうことなの?」
「そこ質問で返しますの?」
シャルロットが崩れ落ちそうになる。
オスカーが腹を抱えて笑っている。
「お嬢ほんとズレてる」
「気が付かないの?」
「何を?」
「……マジかあ」
その時。
「姉上」
静かな声。
ルシアンだった。
入ってきた瞬間、
部屋の空気を見る。
沈黙。
「……何の話ですか」
「どこかの鈍感な人の話!」
オスカーが即答。
「違う!」
レティシアが反射で否定した。
ルシアンの目が、
ほんの少しだけ細くなる。
「……そうですか」
穏やか。
だが。
温度が少し低い。
エルマーが、静かに察した顔をした。
「カイゼル殿下の話ですの!」
シャルロットが追撃する。
「あ」
オスカーが察した。
「シャル、それ今」
遅い。
ルシアンが、静かに笑った。
「随分、親しいのですね」
空気が変わる。
レティシアが、嫌な顔をした。
「やめて」
「今めんどくさい空気になった」
「姉上」
「なに」
「僕はまだ、何も言っていません」
「言ってないのに怖い」
オスカーが横を向いて震えている。
「ルー来たなあ」
「静かな圧タイプだからね」
その時。
コンコン。
扉が叩かれる。
「失礼します」
使用人だった。
「カイゼル殿下から、お届け物です」
沈黙。
全員の視線が、
レティシアに集まる。
「……嫌な予感」
箱が開く。
中には。
高級菓子。
大量。
そして。
小さな紙。
『休め、レティー』
完全停止。
「……」
レティシアが、固まる。
シャルロットが、
ゆっくり両手で顔を覆った。
「きゃああああ……!」
「うるさい!」
オスカーが机を叩いて笑っている。
「このタイミングって。カイゼル殿下、強すぎる」
エルマーは、
静かにため息をついた。
「本当に、隠す気がありませんね」
ルシアンだけが、
笑っていなかった。
「……姉上」
「なに」
「食べ過ぎないでください」
「そこ?」
「甘味で釣られないでください」
「私をなんだと思ってるの」
「姉上以外の何者でも」
即答。
沈黙。
「……否定できないのが腹立つ」
その瞬間。
部屋が、一気に笑いに包まれた。




