(改善版)第2話 「休日とは、成立しないものらしい」
騎士にとって、休日とは貴重なものだ。
——少なくとも、エルマー・ヴァレントはそう思っている。
「……静かだな」
ぽつりと呟く。
昼に向かう市場は賑わっている。
人の声、物の音、焼き物の香り。
それでも——騒ぎはない。
「いいね、平和って」
隣で、のんきな声が返る。
双子の弟、オスカーはすでに串焼きを片手にしていた。
「任務なし、呼び出しなし、面倒ごとなし」
「……最後のは言うな」
「え?」
「フラグにしか聞こえない」
オスカーは一瞬きょとんとしてから、笑った。
「大丈夫だよ。たぶん、今日は本当に何もな——」
「エルマー!オスカー!」
声が割り込んだ。
——来た。
エルマーは目を閉じた。
「……来たな」
「来た」
人混みをかき分けて、こちらへまっすぐ歩いてくる影。
銀灰のショートボブ。
見慣れた顔。
そして——完全に私服。
「なんでここにいるんですか、お嬢」
「暇だったから」
即答だった。
「茶会は?」
「抜けてきた」
「抜けてきた、じゃありません」
「終わらないのよ、ああいうの」
悪びれない。
オスカーが笑う。
「いやあ、通常運転」
「褒めてないわよね?」
「褒めてます」
「絶対嘘」
エルマーは額を押さえた。
「で、何をしに来たんです」
「買い物」
「嘘ですね」
「半分本当」
「残り半分は?」
レティシアは少しだけ考えて、肩をすくめた。
「まだ決めてない」
「決めてから来てください」
「来たら決まることもあるでしょ?」
「ありません」
「ありますよ」
オスカーが口を挟む。
「だいたい、面白そうな方に転がるんで」
「それが問題なんです」
三人で市場を歩く。
というより——
レティシアが先頭で、双子が後ろから追う形だ。
「これ美味しそう」
「お嬢、待ってください」
「あとで」
もう次の店にいる。
「こっちもいい匂い」
「だから待って——」
オスカーが楽しそうに肩をすくめる。
「エルマー、顔死んでる」
「誰のせいだと思っている」
「お嬢」
「分かっているなら止めろ」
「無理でしょ、見てれば分かるじゃん」
即答。
「止まるタイプじゃない」
「……それはそうだ」
その時だった。
人混みの奥が、ざわりと揺れた。
「離せって言ってるだろ!」
荒い声。
レティシアの足が、ぴたりと止まる。
「……あれ」
視線が向く。
エルマーとオスカーも同時に見た。
若い男が、商人に掴みかかっている。
周囲は距離を取るだけで、誰も止めない。
「……またですか」
エルマーが低く言う。
「さっき助けたばっかりなのにね」
レティシアがため息をついた。
「今日は多いなあ」
オスカーが軽く言う。
——そして。
レティシアの表情が、少しだけ変わった。
「……面倒くさい」
ぽつりと呟く。
間。
「でも」
一歩、踏み出す。
「見ちゃったもの」
——そう来ると思っていた。
「行くぞ」
エルマーが静かに言う。
「はいはい」
オスカーが肩を回した。
「そこまでだ」
エルマーの声は、よく通る。
男の手が止まる。
「……誰だ、お前ら」
「通りすがりの騎士です」
「は?」
次の瞬間。
オスカーが動いた。
——早い。
視界から消えたかと思うと、すでに背後。
「力抜いてもらえます?」
軽く言いながら、腕をひねる。
男の身体が崩れる。
「っ……!」
もう一人が反応する。
だが。
エルマーが半歩、前に出た。
それだけで距離が消える。
「危険です」
淡々と告げて——制圧。
無駄がない。
一切の。
あまりにも、早い。
「……え?」
周囲が一瞬、静まり返る。
オスカーが肩をすくめた。
「はい、終了」
エルマーは商人に向き直る。
「怪我はありませんか」
「あ、ああ……助かった……」
オスカーが軽く手を振った。
「はい、終わり」
「……やっぱり強いわね」
レティシアが腕を組む。
少しだけ満足そうに。
「仕事ですから」
「つまんない返し」
「事実です」
オスカーが笑う。
「でも、お嬢がやる前に終わってよかったですね」
「なによそれ」
「絶対突っ込むでしょ」
「……否定しない」
「ですよね」
少し離れた場所で、三人は立ち止まる。
「で、どうします?」
エルマーが問う。
「何が?」
「帰ります」
「えっ」
「えっ、ではありません」
「まだ来たばっかりじゃない」
「もう十分です」
「まだ何もしてない」
「しました」
「してない」
「騒動に首を突っ込みました」
「それは不可抗力」
「違います」
オスカーが吹き出す。
「お嬢、諦めましょ」
「あなた味方じゃないの?」
「味方ですよ? 面白い方の」
「最低」
レティシアは大きくため息をついた。
「……ほんと、面倒くさい」
だが。
「でも」
ほんの少しだけ、笑う。
「退屈じゃないわね」
「だから言ったろ」
「……だろ」
エルマーは目を細める。
オスカーは笑う。
——結局。
こうなる。
騎士にとって、休日とは貴重なものだ。
少なくとも、エルマーはそう思っている。
だが。
「次はどこ行く?」
「行きません」
「行きましょ」
「行きません」
その理想が叶う日は——
たぶん、来ない。




