第25話「街に落ちた火種」
王都、夕刻。
人の流れは、ある。
灯りも、ある。
だが——
「……空気が変だな」
レオが、小さく呟いた。
中央区。表通りから一本外れた通り。
人はいる。
だが、視線が落ち着かない。
「ピリついてるね」
オスカーが軽く言う。
「ええ」
エルマーも頷く。
「通常のざわつきではありません」
——違和感。
「原因は?」
レオが聞く。
「分からない」
オスカーが肩をすくめる。
「だから気持ち悪い」
数歩進む。
その時。
「っ——!」
小さな悲鳴。
振り向く。
屋台の裏手。
揉み合い。
「……行く」
レオは、迷わない。
踏み込む。
男の腕を取る。
崩す。
押さえる。
一瞬。
「何しやが——」
言い終わる前に、沈む。
「大丈夫?」
レオが短く言う。
「あ、ああ……」
商人が頷く。
「……最近、多いんだ」
震えた声。
「こういうの」
レオの目が、わずかに細くなる。
「どんなの」
「小さい揉め事だよ。でも——」
一拍。
「増えてる」
オスカーが視線を上げる。
「……やっぱりね」
エルマーも、周囲を見る。
「点ではありません」
「線だね」
オスカーが続ける。
レオは、何も言わない。
ただ——
(……面倒くさい)
だが。
その目は、完全に冷静だった。
夜。
レティシアの部屋。
外套を外す。
帽子を外す。
黒髪が消える。
レオは、レティシアに戻る。
「……増えてる」
ソファに沈みながら、呟く。
「ええ」
エルマーが答える。
「規模は小さいですが、頻度が異常です」
「しかも場所が散ってる」
オスカーが言う。
「バラバラに見えるけど——」
「繋がってる」
レティシアが続けた。
沈黙。
その時。
「姉様」
静かな声。
三人が、同時に振り向く。
ルシアンだった。
扉の近くに立っている。
「……聞いてたの?」
レティシアが言う。
「ええ」
淡々と。
「問題があると判断しましたので」
オスカーが笑う。
「ルー、来たね」
「必要だと思ったので」
ルシアンは机に近づく。
「北区、南区、中央区」
紙に軽く印をつける。
「発生位置に偏りがあります」
エルマーの目が細くなる。
「意図的、ですか」
「はい」
即答。
「偶発ではありません」
一拍。
「配置です」
空気が、変わる。
「……配置?」
レティシアが聞く。
ルシアンは、顔を上げる。
「誰かが、“流れ”を作っています」
静かな声。
だが——はっきりしている。
「流れって?」
オスカーが聞く。
「人の動き」
「物資の移動」
「騒動の発生」
一つずつ。
「すべて連動しています」
沈黙。
「……つまり?」
レティシアが言う。
ルシアンは、ほんのわずかに間を置いた。
「姉様が、どこに動くかを見ている」
その一言で。
空気が、冷える。
「……は?」
オスカーが笑う。
「それ、だいぶ嫌なやつじゃない?」
「事実です」
ルシアンは表情を変えない。
「介入の傾向は、すでに読まれています」
レティシアは、目を細めた。
(……見られてる)
「で?」
短く。
「どうするの」
ルシアンは、すぐに答えない。
一拍。
「選ぶべきです」
「それは分かってる」
「ですが」
視線が、まっすぐ向く。
「“選ばない場所”にも意味が出る段階に入っています」
沈黙。
「……面倒くさい」
レティシアは、ため息をついた。
「知っています」
ルシアンは淡々と返す。
「ですが——」
一拍。
「ここからは、遊びではありません」
その言葉で。
レティシアの目が、少しだけ変わる。
軽さが消える。
「……いいわ」
小さく言う。
「じゃあ、やることは一つ」
立ち上がる。
「選ぶ」
短く。
「どこを動くか」
「はい」
ルシアンが頷く。
「そして——」
わずかに目を細める。
「誰に見せるかも」
沈黙。
オスカーが笑った。
「うわ、完全に来てるね」
エルマーは、何も言わない。
ただ——理解している。
これは。
「仕掛けられてる」
レティシアは、小さく呟いた。
一拍。
「……なら」
顔を上げる。
「利用するしかないでしょ」
王都のどこか。
「……反応したな」
低い声。
影の中。
「想定通りだ」
一拍。
「では——」
静かに。
「次は、選ばせる」
誰に、とは言わない。
だが——
答えは、決まっている。




