第24話「王太子の一手」
王宮、夜。
静まり返った回廊。
灯りはある。
だが、人の気配は薄い。
「こちらへ」
短い一言。
アレクシスは振り返らない。
レティシアは、一礼し、歩き出す。
完璧な所作。
隙はない。
だが——
(……面倒くさい)
内心では、ため息をついていた。
通されたのは、奥まった一室。
広くはない。
だが、閉じている。
逃げ場がない。
「座るといい」
「ありがとうございます」
優雅に腰を下ろす。
視線は落とさない。
数秒。
沈黙。
「中央区で、面白い動きがあった」
唐突に。
レティシアは、微笑む。
「そうなのですか?」
「知らないか?」
「ええ」
即答。
「そうか」
短く。
だが、その目は——見ている。
「では、別の話をしよう」
一拍。
「君は、最近静かだな」
「……そうでしょうか」
「そうだ」
即答。
「以前は、もっと“動いていた”」
心臓が、わずかに跳ねる。
だが。
「存じませんわ」
微笑みは崩さない。
「そうか」
アレクシスは、わずかに首を傾ける。
「では——」
一歩、距離が詰まる。
「なぜ、動かない?」
空気が、変わる。
「……何のことでしょう」
「分かっているだろう」
即答。
逃がさない。
「君は」
声が低くなる。
「止まる人間ではない」
沈黙。
「……評価が高すぎますわ」
レティシアは、笑う。
「違う」
即座に否定。
「観察だ」
その一言で。
逃げ道が、一つ消える。
「中央区」
アレクシスが言う。
「南区」
「北区」
淡々と並べる。
「すべての“起点”に、共通点がある」
レティシアは、黙る。
「現れる」
「介入する」
「消える」
一拍。
「そして——」
視線が、刺さる。
「最近は、“消えない”」
心臓が、嫌な音を立てる。
(……見てる)
「偶然ではない」
「……そうですか」
声は、揺れない。
「意図的だ」
アレクシスは言い切る。
沈黙。
「なぜだ?」
問われる。
だが——答えない。
「答えられないか」
「質問の意図が分かりかねます」
「そうか」
短く。
「では」
一拍。
「質問を変えよう」
空気が、さらに冷える。
「君は、何を“選んでいる”?」
止まる。
完全に。
(……最悪)
核心。
「……何も」
レティシアは言う。
「選んでおりませんわ」
「嘘だな」
即答。
逃げ場が、ない。
「君は選んでいる」
「動く場所」
「関わる規模」
「距離」
「そして」
一歩。
「“見せる相手”も」
沈黙。
完全に、詰められている。
「……殿下は」
レティシアは、静かに言う。
「何をお望みですの?」
初めて、問い返す。
アレクシスは、わずかに笑った。
「望み?」
一拍。
「簡単だ」
視線が、まっすぐ刺さる。
「君の“選び方”を知りたい」
静かな声。
だが——重い。
「それが分かれば」
一拍。
「次が読める」
完全な宣言。
「……恐れ入ります」
レティシアは微笑む。
「ですが」
一拍。
「ご期待には添えないかと」
「そうか」
あっさり。
だが。
「ならば」
一歩、引く。
「こちらが“選ばせる”」
その一言で。
空気が、変わった。
「……」
レティシアは、黙る。
(来る)
確信。
「次は」
アレクシスが言う。
「君が動かざるを得ない状況を作る」
冷静に。
当然のように。
「楽しみにしている」
背を向ける。
「今日は以上だ」
終わり。
レティシアは、立ち上がる。
一礼。
完璧に。
だが——
(……最悪)
(……逃げ道がない)
王宮の回廊。
歩く。
音だけが響く。
「……どうでした?」
影から声。
エルマー。
「聞いてたでしょ」
「ある程度は」
「一番面倒なタイプね」
オスカーが小さく笑う。
「完全に来たね」
「ええ」
エルマーは低く言う。
「逃げ場を潰しに来ています」
「分かってる」
レティシアは、立ち止まる。
「……でも」
顔を上げる。
その目は——
「選ぶのは、こっちよ」
静かに。
だが、はっきりと。
王太子が動く。
レオも動く。
ユリウスも動く。
そして——
次に動くのは。
“どちらか”ではない。
“全員”だ。




