第20話「報告の代償」
王都騎士団本部。
夜だというのに、灯りは消えていない。
「——以上です」
低く、簡潔な報告。
エルマーだった。
その隣で、オスカーが壁にもたれている。
机の向こうに座るのは、第一騎士団団長——アルドリック・ヴァレント。
双子の一番上の兄。
「……倉庫街での不審な流通」
アルドリックは報告書に目を落とす。
「武器の隠匿、及び運搬」
一拍。
「規模は?」
「確認できたのは一拠点のみ」
エルマーが答える。
「ただし、流通量から見て——末端です」
「だろうな」
短く返す。
「他にもある」
オスカーが口を挟む。
「絶対」
アルドリックの視線が、わずかに上がる。
「根拠は」
「勘」
沈黙。
「……お前は昔からそれだな」
「当たるって」
「知っている」
アルドリックはため息をついた。
「で」
視線が鋭くなる。
「誰が見つけた」
一瞬。
空気が止まる。
エルマーは、ほんのわずかに目を伏せた。
「……我々です」
嘘ではない。
だが、すべてではない。
アルドリックは、何も言わない。
ただ、数秒——見ていた。
「……そうか」
それ以上、踏み込まない。
だが。
「——監察官には既に情報が行っている」
その一言で。
空気が変わった。
「……早いな」
オスカーが呟く。
「当然だ」
アルドリックは立ち上がる。
「これは“街の揉め事”ではない」
一拍。
「王都の治安に関わる案件だ」
同時刻。
王宮、監察官室。
「……来ましたか」
ユリウス・ヴァン・クロイツは、静かに報告書を閉じた。
北区倉庫街。
武器の隠匿。
騎士団による制圧。
「動いたな」
誰が、とは言わない。
だが、分かっている。
「……やはり」
小さく呟く。
「“必要な時だけ出る”タイプですか」
椅子に深く腰掛ける。
「厄介だな」
追いやすい相手ではない。
だが——
「行動が“選択”に変わった」
目が細くなる。
「ならば、読める」
王宮、別室。
「へえ」
リオンが楽しそうに笑った。
「動いたんだ」
「一度だけ、だがな」
カイゼルが静かに言う。
「でもさ」
リオンは肩をすくめる。
「我慢できなかったんでしょ?」
「違う」
「え?」
「選んだ」
短く。
リオンは一瞬だけ黙って——
「……ああ」
納得したように笑った。
「そっちか」
「だから厄介だ」
「楽しくなってきたね」
「お前はな」
王太子執務室。
「騎士団が動いたか」
アレクシスが、淡々と言う。
「はい」
側近が頭を下げる。
「発端は北区倉庫街」
「そうか」
一拍。
「では——」
ゆっくりと、視線を上げる。
「その“発端”も、動いたな」
誰のことかは、言わない。
「面白い」
わずかに、口元が上がる。
「自分で抱え込まなくなったか」
指先で机を軽く叩く。
「ならば」
「揺さぶり方を変える必要がある」
アルヴェール公爵家、庭園。
「……思ったより早かったわね」
レティシアは、空を見上げながら呟いた。
風が、静かに流れる。
「騎士団が動いた」
「監察官も動いてる」
オスカーが言う。
「王太子も、たぶん気づいてる」
エルマーが続ける。
「……でしょうね」
レティシアは、小さく息を吐いた。
報告した。
任せた。
その結果。
(全部、動いた)
想像していたよりも、ずっと早く。
「後悔してる?」
オスカーが軽く聞く。
一瞬。
「……してない」
レティシアは答えた。
「これでいい」
静かな声。
だが、迷いはない。
「全部抱えるより、マシ」
「だね」
「ただし」
エルマーが言う。
「その分、目は増えます」
「知ってる」
「動きは制限される」
「知ってる」
「それでも?」
一瞬の間。
レティシアは、少しだけ笑った。
「だから、選ぶんでしょ」
短く。
その答えに。
双子は、同時に息を吐いた。
「……本当に変わりましたね」
「変わってないわよ」
「いや、変わった」
「どこが」
「面倒くさいのに、ちゃんと考えるようになった」
「失礼ね」
「褒めてる」
「絶対違う」
オスカーが笑う。
エルマーも、わずかに目を細めた。
その夜。
王都のどこか。
「……潰されたか」
低い声。
「一つだけ、だ」
「だが、早い」
「予定よりも」
沈黙。
「……予定を変える」
「段階を上げろ」
影が、動く。
静かに。
確実に。
そして——
レティシアの選択は。
確実に、何かを変えた。
街が動く。
騎士団が動く。
王宮が動く。
そして。
見えなかった敵も——
動き出す。
それが、“報告の代償”。
面倒ごとは、減らない。
むしろ——増える。
だが。
もう、迷いはなかった。
選ぶ。
その覚悟だけは——もう、揺らがない。




