第18話「レオがいなくても回る街」
昼下がりの市場。
いつもと変わらない喧騒。
人の声、街のざわめき、花や食べ物の匂い。
——そして。
「はい、これで全部」
低い声。
袋が差し出される。
「ありがとうございます!」
受け取った商人が、何度も頭を下げた。
「本当に助かりました。」
「大したことじゃない」
淡々とした声で答えるのは——
エルマーだった。
「いやあ、今日は俺たち大活躍だね」
横で、オスカーが笑う。
「だな」
「もう完全に“街のお助け役”じゃん」
「本来の任務とは違うけどな」
「でも需要あるよ?」
「否定はしない」
少し離れた場所。
その様子を、レティシアは見ていた。
令嬢の姿のまま。
人混みに紛れて。
(……普通に回ってる)
トラブルは起きている。
揉め事もある。
困っている人もいる。
けれど。
そこに“レオ”がいなくても——
回っている。
「エルマーさん、こっちもお願いできますか!」
「はい」
迷いなく向かう。
オスカーも、軽く手を振りながらついていく。
「ほんと、頼りになるよなあ」
「最近、安心して店出せるようになった」
「前はさ、ちょっと怖かったんだよ」
商人たちの声。
自然な会話。
そこにあるのは——
信頼だった。
(……私じゃなくても)
レティシアは、視線を落とした。
(ちゃんと、守れてる)
胸の奥に、少しだけ何かが広がる。
安心。
それとも——
少しの寂しさ。
「……複雑」
小さく呟いた。
その時だった。
「おや」
柔らかな声。
「こんなところで会うとは思わなかった」
レティシアが振り向く。
そこにいたのは——
「カイ」
「レティー」
カイゼル・ヴァルシュタイン。
「視察?」
「まあ、そんなところだよ」
穏やかな笑み。
だが、その目はちゃんと周囲を見ている。
「見ていたのかい?」
「……見てた」
素直に答える。
「どう思った?」
同じ問い。
前にも聞かれた。
レティシアは、少しだけ考えて。
「……ちゃんと回ってる」
正直に言った。
「そうだね」
カイゼルは頷く。
「彼らは優秀だ」
視線の先。
エルマーとオスカー。
「君がいなくても、回る」
穏やかな声。
「それは、悪いことではない」
レティシアは、少しだけ眉を寄せた。
「……分かってる」
「うん」
「でも」
視線を落とす。
「……少し、面白くない」
それから、ぽつりと続けた。
「……寂しい」
カイゼルは、ほんの少しだけ笑った。
「正直だね」
「うるさい」
「だが、それでいい」
静かな声。
「全部を自分でやる必要がないと分かった上で、動く方が強い」
レティシアは、目を細める。
「……選ぶ、ってやつ?」
「そう」
短い言葉。
だが、しっかりと届く。
その時。
「——レオは来ないのか?」
ぽつりと、誰かの声がした。
レティシアの視線が、そちらへ向く。
「最近見ないよな」
「でもまあ、今は騎士様たちいるしな」
「それはそれで安心だし」
「レオも、そのうちまた来るだろ」
軽い会話。
深い意味はない。
けれど。
(……待たれてる)
胸の奥が、少しだけざわついた。
「君はどうする?」
カイゼルが、静かに問う。
レティシアは、しばらく黙った。
街は回っている。
守られている。
自分がいなくても。
それでも。
「……必要な時だけ、出る」
ぽつりと、言った。
「いい判断だ」
カイゼルは、穏やかに頷く。
「全部を背負わない」
「うん」
「でも、見捨てない」
「うん」
レティシアは、小さく息を吐いた。
「ほんと、面倒くさい」
「知っている」
だが、その顔は——
少しだけ、軽くなっていた。
街は回る。
レオがいなくても。
それでも。
レオが必要な瞬間は、確かにある。
その“瞬間”を選ぶのは——
レティシア自身だった。
そしてそれは、
もう衝動ではなかった。




