第16話「騎士の格」
王都南区。
物資の集積所。
本来なら、静かに荷が流れる場所だった。
だが——
「……おかしい」
エルマーが足を止めた。
人の気配はある。
だが、流れがない。
音が、不自然に途切れている。
「完全に止まってるね」
オスカーが軽く言う。
だがその目は、笑っていない。
「偶然じゃない」
「だろうね」
二人は同時に、視線を交わした。
数歩進む。
見えたのは——
倒れた荷。
散らばった木箱。
そして、その奥。
「動くな!」
怒鳴り声。
武器を持った男たちが、商人たちを囲んでいた。
ただの揉め事ではない。
「……組織的だな」
エルマーが低く言う。
「数も揃ってるしね」
オスカーが軽く肩を回した。
「どうする?」
「決まってる」
短く。
その時だった。
「——あら」
背後から声。
二人は振り返る。
「……お嬢」
そこにいたのは、レティシアだった。
令嬢の姿のまま。
「なんでここにいるんですか」
「気になったから」
「来ないって言ったでしょ」
「言った」
「来てる」
「来た」
即答。
オスカーが吹き出す。
「通常運転すぎる」
「笑い事ではありません」
エルマーは小さくため息をついた。
「下がっていてください」
「やだ」
「やだ、ではありません」
「邪魔しないから」
「信用できません」
「ひどい」
「事実です」
その間にも。
男たちは、じりじりと商人たちを追い詰めている。
「……時間がない」
エルマーが言う。
「だね」
オスカーが頷く。
「行くぞ」
「了解」
次の瞬間——
二人は同時に動いた。
速い。
視界から、消える。
「なっ——」
男の一人が振り返る。
その瞬間にはもう、遅い。
オスカーの手が、腕を取る。
「力抜いて。抜かないと怪我するよ」
軽い声。
だが、逃げ場はない。
関節を制し、重心を崩し——
落とす。
同時に。
エルマーが前に出ていた。
一歩。
それだけで距離が消える。
「危険です」
静かな声。
次の瞬間、武器を持った相手は地面に沈んでいた。
無駄がない。
一切の。
「っ、囲め!」
別の男が叫ぶ。
数が動く。
だが——
「遅いよ」
オスカーが笑う。
すでに、位置は取っている。
背後。側面。逃げ道。
すべてを塞ぐ配置。
「連携、完璧すぎない?」
レティシアが小さく呟く。
見ているだけでも分かる。
動きが噛み合いすぎている。
呼吸すら、合わせているように。
男が突っ込む。
だが。
エルマーが半歩だけ動く。
それだけで、攻撃は逸れる。
同時に、オスカーが押す。
倒れる。
一瞬。
本当に、一瞬で。
場が、静まった。
「はい、終わりっ」
オスカーが肩をすくめる。
「怪我は?」
エルマーは商人に向き直る。
「あ、ああ……助かった……」
震えた声。
当然だ。
今のは——
“普通の騎士”ではない。
「……やっぱり」
レティシアが腕を組む。
「強いわね」
「仕事ですから」
「つまんない返し」
「事実です」
だが。
エルマーの視線が、わずかに鋭くなる。
「お嬢」
「なに」
「見ていたなら分かるはずです」
一拍。
「これは、簡単にできることではありません」
レティシアは、少しだけ黙った。
さっきまでの軽さが、消える。
「……分かってる」
小さく言う。
その時だった。
奥の影が、わずかに動いた。
「……まだいる」
エルマーが低く言う。
オスカーも、すぐに気づく。
「逃げる気だね」
「逃がすな」
二人は同時に動いた。
追う。
迷いなく。
細い路地。
影の中。
男が走る。
だが——
「逃げられないよ」
オスカーが笑う。
すでに、回り込んでいる。
エルマーが前に出る。
「終わりです」
逃げ場はない。
男は膝をついた。
静寂。
「……ただの揉め事じゃない」
レティシアが呟く。
「知っています」
エルマーが答える。
「組織的です」
「最近、増えてるよね」
オスカーが言う。
レティシアは、視線を落とした。
(……広がっている)
“レオ”の関わる範囲が。
騒動の規模が。
「お嬢」
エルマーが言う。
「これが現実です」
一拍。
「あなたが踏み込んでいるのは、この領域です」
レティシアは、何も言わなかった。
ただ。
静かに、理解した。
自分がやっていることは——
“お助け”では、もう済まない。
騎士の領域に、踏み込んでいる。
そして。
その最前線にいるのが——
この双子だ。
「……」
レティシアは、ため息をついた。
「ほんと、面倒くさい」
だが。
その目は、少しだけ変わっていた。
軽さではない。
覚悟に近い、何か。
騎士は、守る。
そのために、強い。
そして今。
その“守る側”に、自分もいるのだと。
初めて、自分の立ち位置を理解した。




