第14話「振り切る選択」
路地を抜ける。
人の流れを切る。
視線を外す。
——はずだった。
「見えてるよ」
軽い声が、横から差し込む。
「……は?」
レオが振り向く。
そこにいたのは——
「やっぱり面白いね、レティー」
リオン・ヴァルシュタイン。
楽しそうに笑っている。
「なんでいるのよ」
「暇だったから」
「帰って」
「やだ」
即答。
「追われてるんでしょ?」
リオンが軽く言う。
「さっきの、監察官」
「……見てたの?」
「ばっちり」
「最悪」
「楽しい状況だね」
「あなたはね!」
「で?」
リオンが一歩寄る。
「どうするの」
「逃げる」
「それだけ?」
「それだけよ」
「つまんない」
「黙って」
「もっとさ」
リオンが笑う。
「振り切るくらいやろうよ」
その一言で。
レオの目が、わずかに細くなる。
「……却下」
「えー」
「却下」
「絶対楽しいのに」
「今それやると死ぬ」
「死なないって」
「社会的に死ぬのよ!」
「お嬢」
エルマーが低く言う。
「遊んでいる場合ではありません」
「知ってる」
「でもさ」
オスカーが口を挟む。
「振り切るのはアリじゃない?」
「は?」
「中途半端に逃げるより、一気に崩した方が追跡切れることあるよ」
レオが止まる。
「……それ」
「アリかもね」
リオンが即乗る。
「おい」
エルマーの声が低くなる。
「悪い予感しかしない」
「いつもじゃん」
「だから言ってる」
「……決めた」
レオが言った。
「振り切る」
「いいね!」
「よくない!」
「行くわよ」
レオが笑う。
——完全に、スイッチが入った顔。
「懐かしいな」
リオンが笑う。
「その顔」
「昔の話でしょ」
「今も同じじゃん」
「違うわよ」
「どこが?」
「……多少は成長したわ」
「逃げ足が?」
「殴るわよ」
次の瞬間——
レオは走った。
角を曲がる。
屋根に飛ぶ。
壁を蹴る。
「ちょっと待って、お嬢!」
オスカーが笑いながら追う。
「お嬢ストップ!」
「……本気か」
エルマーも追う。
「いいねこれ!」
リオンが隣に並ぶ。
「昔みたい」
「やめて思い出させないで」
「止まれ!」
後方から声。
ユリウス。
「追ってきてるね」
「分かってる」
「どうする?」
「決まってる」
「巻く」
レオは方向を変える。
細い路地へ。
さらに奥へ。
「そこは行き止まりだ」
リオンが言う。
「だからよ」
壁に手をかける。
一気に跳ぶ。
「うわ、強引」
「黙って」
屋根へ。
さらに跳ぶ。
「……やっぱりだな」
ユリウスの声が、下から聞こえる。
(来る)
レオは歯を食いしばる。
「次!」
「右!」
「了解!」
リオンとの連携。
無駄がない。
息が合いすぎている。
「ほんと相性いいね、俺たち」
「最悪よ」
「褒めてる?」
「けなしてる」
その時。
足場が崩れた。
「っ——」
レオの体が傾く。
「危ない」
リオンが腕を掴む。
一瞬。
距離が近い。
「……ありがと」
「どういたしまして」
笑っている。
本気で。
「お嬢!」
エルマーの声。
「集中してください!」
「してる!」
再び走る。
だが——
「追いつく」
ユリウスの声。
確信に近い。
「……しつこい!」
「いいね、熱い」
「よくない!」
レオは、歯を食いしばる。
(……まずい)
振り切れていない。
「次で決める」
「どうやって?」
レオは、前を見る。
——市場。
人混み。
「……あそこに飛び込む」
「なるほど」
「絶対カオスになる」
「知ってる」
「行くわよ」
跳ぶ。
人の中へ。
視界が、崩れる。
音が、混ざる。
——消える。
「……」
ユリウスは立ち止まった。
「……やるな」
完全には、捕まえきれない。
だが。
「……もう少しだ」
確信は、固まっている。
一方。
「はあ……」
物陰で、レオが息をつく。
「……疲れた」
「楽しかった」
リオンが笑う。
「最悪」
「最高」
「帰って」
「やだ」
オスカーが吹き出す。
「やっぱこの二人、危険だわ」
エルマーは、何も言わない。
ただ——
静かに、怒っていた。
その日。
レオは、振り切った。
だが——
代わりに、確実に距離は縮まった。
そして次。
その代償が、来る。




