第13話「我慢の限界」
我慢、というのは。
向いていない。
——レティシア・フォン・アルヴェールは、そういう人間だった。
社交界の翌日。
そのまた翌日。
「……つまらない」
窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
街は、いつも通り動いている。
人がいて、声があって、匂いがあって——
そこに、自分はいない。
「三日目だよ」
オスカーが言う。
「何が」
「お嬢が外に出てない日数」
「数えないで」
「珍しいからさ」
「うるさい」
「ですが」
エルマーが口を開く。
「正しい判断です」
「知ってる」
即答だった。
「今動けば、確実に捕捉されます」
「分かってる」
「ユリウスはすでに仮説を持っている」
「知ってる」
「王太子は確信に近い」
「……それも知ってる」
分かっている。
だから、動かない。
動けない。
「でもさ」
オスカーが軽く言う。
「限界近いでしょ」
沈黙。
「……まだいける」
レティシアは言う。
その数分後。
「……あれ」
視線が止まった。
屋敷の前。
通りの端。
人だかり。
ざわつく空気。
「……」
見なければいい。
関わらなければいい。
——今は、それが正解だ。
「……」
(無理)
(分かってた)
レティシアは、ため息をついた。
「行く」
「だろうね」
「でしょうね」
双子、即答。
レティシアは外套を羽織る。
帽子を深くかぶる。
視線が落ちる。
その瞬間——
彼女はもう“レオ”だった。
「止める?」
オスカーが軽く聞く。
「止めるべきです」
エルマーは言う。
だが——
「止まらない」
即答だった。
「……行きます」
エルマーが短く言う。
「はいはい」
オスカーが肩を回す。
屋敷を出る。
人混みに紛れる。
距離を詰める。
「返せって言ってるだろ!」
怒鳴り声。
荷を巡って揉めている男たち。
周囲は、見ているだけ。
レオの足が止まる。
「……面倒くさいな」
ぽつりと呟く。
だが。
一歩、踏み出した。
その瞬間——
「——やっぱり」
低い声。
空気が、凍る。
振り向かなくても分かる。
この声は。
「来ると思っていました」
ユリウス・ヴァン・クロイツ。
レティシアは、目を閉じた。
(最悪)
「……偶然ですね」
振り返らずに言う。
「ええ」
ユリウスは答える。
「ですが——」
一歩、近づく気配。
「“偶然が重なりすぎている”」
逃げるか。
誤魔化すか。
——間に合わない。
「お嬢」
エルマーが小声で周囲に聞かれないよう低く言う。
「判断を」
一瞬。
「……やる」
レオは言った。
「了解」
「了解」
双子、同時。
次の瞬間——
レオは動いた。
男の腕を取る。
崩す。
払う。
一連の動き。
無駄がない。
そのすべてを——
ユリウスは見ている。
(……一致)
視線が、鋭くなる。
「なるほど」
小さく呟く。
レオは、振り返らない。
振り返ったら終わる。
「行くぞ」
エルマーが言う。
三人は、流れに紛れる。
視線を切る。
音をずらす。
だが。
「……逃がしません」
「今回は、距離を詰める」
ユリウスは、動いていた。
追う。
迷いなく。
「ちょっとまずくない?」
オスカーが笑う。
「まずい」
エルマーが即答。
「……面倒くさい」
レオは呟く。
でも。
止まらない。
我慢は、終わった。
そして——
状況は、最悪に向かって動き出す。
それを止められるのは、
もう誰もいない。




