第12話「二つの顔、揺らぐ」
社交界の翌日。
屋敷の中は、いつも通り——のはずだった。
「……視線が増えてる」
レティシアは、窓の外を見ながら呟いた。
「当然です」
後ろから、淡々とした声。
エルマーだ。
「昨日の一件で、関係者が一気に増えました」
「増えすぎよ」
「同意します」
オスカーが肩をすくめる。
「アレクシス殿下、カイゼル殿下、それにリオン殿下」
指を折る。
「フルコース」
「やめて」
レティシアは額を押さえた。
「聞きたくない」
「アレクシス殿下はまだしも、カイゼル殿下とリオン殿下はなぜ王都に?」
「親善訪問と婚姻に関する話って言っていた」
「婚姻ですか」
エルマー。
「まさかですが、お嬢と?」
「……そんなわけない」
(ない、はず)
ほんの一瞬だけ、間があった。
「で」
オスカーが言う。
「どうするの?」
「何が」
「いつものやつ」
——街。
——“レオ”。
レティシアは一瞬、黙った。
“いつもなら”。
迷わない。
面倒くさいとため息をつきながら、それでも外に出る。
だが。
(……今は)
アレクシスの声が、頭の奥に残っている。
『その仮面、どこまで保つか、見てみたい』
ユリウスの視線も。
『次は、逃がしません』
「……」
レティシアは、何も言わない。
その沈黙で——
双子は理解した。
「……やめとくか」
オスカーが軽く言う。
「今日は」
「そうですね」
エルマーも頷く。
「今動けば、確実に追跡されます」
「……分かってる」
レティシアは、小さく返した。
分かっている。
分かっているから——
面倒だ。
「ねえ」
レティシアが言う。
「もし、バレたらどうなると思う?」
「最悪」
即答だった。
オスカー。
「王太子が絡む時点で、普通じゃ済まない」
「同意します」
エルマー。
「“正体不明の介入者”が貴族令嬢だった場合、政治案件になります」
「やめて」
「事実です」
レティシアは、深くため息をついた。
「……ほんと、面倒くさい」
「今さら」
「今さら」
「でもさ」
オスカーが少しだけ真面目な声で言う。
「やめる?」
「……やめない」
間を置かず、言い切った。
「だよね」
「でしょうね」
双子は同時に頷く。
「ただ」
エルマーが続ける。
「やり方は変えるべきです」
「どう変えるのよ」
「単独行動を減らす」
「無理」
「でしょうね」
「知ってる」
「じゃあ」
オスカーが笑う。
「もっとバレにくくするしかないね」
「それが一番難しいのよ」
「知ってる」
沈黙。
少しだけ、重い空気。
レティシアは、立ち上がった。
クローゼットの前に立つ。
手を伸ばす。
——外套。
——帽子。
——黒髪。
(……行く?)
指先が、止まる。
(今、出たら)
ユリウスに捕まる。
アレクシスに見抜かれる。
(……)
ゆっくりと、手を引いた。
「……やめた」
そう言いながら、
わずかに指先に力が残る。
その一言で。
部屋の空気が、変わった。
「……珍しい」
オスカーが言う。
「初めてじゃない?」
「初めてですね」
エルマーも同意する。
「うるさい」
レティシアは顔を背けた。
「分かってるわよ」
——変わった。
状況が。
自分の立ち位置が。
(今までと同じやり方じゃ、通用しない)
その頃。
王宮の一室。
ユリウスは、机に向かっていた。
並ぶ報告書。
位置。時間。目撃証言。
「……一致率が高すぎる」
低く呟く。
「移動経路も、反応も」
ペン先が止まる。
「体格の差が説明できない」
「力の使い方も違う」
小さく。
「……もし、性別が違うとしたら」
初めて、その可能性に触れる。
「……あり得る」
目が、細くなる。
別の場所。
王宮の窓辺。
アレクシスが、外を見ていた。
「……今日は、動かないか」
小さく呟く。
「賢い」
だが、その口元はわずかに上がる。
「だが」
一拍。
「止まる性格ではない」
「——いずれ、動く」
さらに別の場所。
リオンは笑っていた。
「我慢してるね」
カイゼルは静かに言う。
「追い詰められている」
「でもさ」
リオンが肩をすくめる。
「そのうち出るでしょ」
「だろうな」
屋敷の部屋。
レティシアは、窓の外を見ていた。
街。
人の流れ。
いつもなら、そこにいる。
「……」
(つまらない)
ぽつりと、呟く。
面倒ごとは、嫌いだ。
関わりたくない。
——はずなのに。
動けないことが、一番面倒だった。
二つの顔は、揺らぎ始めている。
その均衡は——
もう、崩れかけている。
そしてその中心にいるのは、
間違いなく、自分だった。




