表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
干物系チャラ男男装令嬢は、面倒ごとの中心でため息をつく  作者: 織村蜜柑


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/108

第11話「王太子、距離を詰める」

音楽が、遠い。

笑い声も、ざわめきも——すべてが薄くなる。

「こちらへ」

短い一言。

王太子アレクシスは振り返らない。

だが、その背を追うしかない。

レティシアは、完璧な微笑みのまま一礼し、歩き出した。

    

通されたのは、会場から少し離れた回廊。

窓から差し込む月光。

人の気配は、ない。

足音だけが、やけに響く。

(……最悪の場所)

逃げ場がない。

視線を逸らす理由も、誰もいない。

——一対一。

「緊張しているのか?」

歩いたまま、アレクシスが言う。

「まさか」

即答する。

「光栄に思っております」

「そうか」

短い返事。

嘘を指摘するでもなく、肯定するでもない。

ただ——受け流す。

   

回廊の端で、アレクシスが足を止めた。

振り返る。

距離は、近すぎない。

だが、逃げられる距離でもない。

「アルヴェール公爵令嬢」

「はい」

「君は、いつもそうやっているのか」

「何を、でしょう」

「完璧に振る舞うことだ」

   

一拍。

レティシアは微笑む。

「それが、淑女としての役目ですもの」

「役目、か」

アレクシスはわずかに首を傾けた。

「では——」

視線が、まっすぐ刺さる。

「その役目は、どこまでが本物だ?」

    

——来た。

レティシアは、ほんのわずかに呼吸を整える。

「すべて本物ですわ」

「そうか」

即答だった。

だが、その声に納得はない。

    

「妙だな」

アレクシスは言う。

「君は“崩れない”」

「それが取り柄でございます」

「違う」

即座に否定する。

「崩れないのではない」

一歩、距離が詰まる。

「崩さないようにしている」

    

心臓が、一拍だけ強く打つ。

だが、表情は変えない。

「ご想像が豊かでいらっしゃいますのね」

「そうかもしれない」

あっさりと認める。

「だが」

声が、少しだけ低くなる。

「君は“演じている”」

    

沈黙。

風が、カーテンを揺らす。

レティシアは微笑んだまま。

「何のことでしょう」

「さあ」

同じ返し。

だが、意味が違う。

    

「君は面倒ごとが嫌いだろう」

唐突な言葉。

「……は?」

わずかに、反応が遅れる。

「だが」

アレクシスは続ける。

「放っておけない」

「だから、わざわざ“面倒な場所”に行く」

    

心臓が、嫌な音を立てる。

——なぜ知っている。

(このままでは、いずれ“当てられる”)

「推測だ」

答えを読んだように、言う。

「表情に出ている」

「出ていません」

「少し」

   

レティシアは、目を細めた。

「……失礼では?」

「事実だ」

迷いがない。

    

「だから」

アレクシスは、静かに言う。

「君は退屈ではない」

    

距離が、さらに一歩だけ縮まる。

逃げられない距離。

だが、触れはしない。

「完璧に見えるものほど、綻びが面白い」

淡々とした声。

感情は見えない。

だが——興味はある。

    

「……綻びなど」

レティシアは言う。

「ございませんわ」

「そうか」

アレクシスは頷いた。

そのまま、ほんのわずかに笑う。

「では、探してみるとしよう」

    

空気が、変わる。

はっきりと。

これは宣言だ。

——逃がさない。

    

「殿下」

レティシアは一礼する。

「私を試すおつもりですか」

「試す?」

アレクシスは首を傾ける。

「違うな」

そして、言い切る。

「楽しむだけだ」

    

ぞわりとしたものが背を走る。

この男は——

遊びで人を追い詰める。

    

「君は、そのままでいい」

唐突に、言葉が落ちた。

「……は?」

思わず、素の声が出る。

すぐに戻す。

だが、遅い。

   

アレクシスの目が、わずかに細まる。

見逃さない。

「その仮面」

静かに言う。

「どこまで保つか、見てみたい」

    

完全に——見抜かれている。

いや。

まだ、確定ではない。

だが。

“確信に近い何か”を持っている。

   

「……光栄ですわ」

レティシアは、完璧に笑った。

「期待に添えるよう、努めます」

「期待はしていない」

即答。

「裏切ってくれれば、それでいい」

    

最低だ。

本気でそう思う。

だが、顔には出さない。

    

「戻ろう」

アレクシスが言う。

「長く姿を消すと、余計な憶測を呼ぶ」

「ご配慮、痛み入ります」

    

歩き出す。

並ばない。

少し前を行く背中。

だが、その距離は——

さっきより、近い気がした。

    

会場に戻る直前。

「アルヴェール公爵令嬢」

呼び止められる。

「はい」

「次に会う時は」

一拍。

「もう少し、面白い顔を見せてくれ」

    

レティシアは、微笑む。

完璧に。

「努力いたしますわ」

    

——無理に決まってる。

心の中で、ため息をつく。

(……最悪)

(完全にロックされた)

(しかも、一番面倒なタイプに)

    

社交界へ戻る。

音が戻る。

視線が戻る。

だが——

もう、同じではない。

    

遠くで、リオンがこちらを見ていた。

楽しそうに。

カイゼルは、静かに観察している。

そして——

双子は、すでに位置を変えていた。

守るために。

    

逃げ場は、ない。

外でも、内でも。

すべての方向から、詰められている。

——そして、一番厄介なのは

その中心に、自分がいることだ。

それでも——

レティシア・フォン・アルヴェールは、笑う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ