第三話 舞台裏の罠
翌朝から、私とカイエン陛下は動いた。
陛下はすでに二度目の人生で得た情報をもとに、証拠の収集を進めていた。
私も記憶を手繰り寄せ、前回の人生で気づかなかった細かな違和感を洗い出した。
前世の記憶の中に、その名前はあった。
リリア・エイヴン。
エドワード殿下の隣に立っていたあの少女の名前を、私は死の間際まで知らなかった。
知ったのは死んだ後――いや、正確には、この巻き戻った時間の中で、陛下から教えてもらったのだ。
どこにでもいる平民の女性に見えたが、彼女の正体は隣国ダーレンハイムの工作員だった。
王太子に近づき、情報を引き出し、この国の王家を内側から揺さぶる計画の一端だったのだという。
「王太子殿下は……操られていたのですか」
「半分はそうだ。しかし半分は本人の弱さだ」
陛下は淡々と答えた。
「リリアを愛したのは本物だろう。ただ彼は、愛するあまり何もかも彼女の言う通りに動いた。その結果がああなった」
エドワード殿下を哀れとは思わなかった。
でも、怒りだけでもなかった。
前の人生でも、今の人生でも、彼は私を必要としていなかった。ただそれだけのことだ。
パーティー当日の昼過ぎ、使者が来た。
「リリア・エイヴン様より、アリシア・フォン・グランツェ様へのお呼び出しです」
陛下は「罠かもしれない」と言ったが、私は「行きます」と答えた。
「呼び出しに応じることで、相手の手の内が見える。それに……自分の足でケリをつけたいんです」
陛下は少し考えた後、「わかった。ただし私は近くにいる」と言った。
指定された場所は、王城裏の小さな庭園だった。
リリアは一人で立っていた。
薄いピンクのドレス。無邪気そうな顔。
でも今の私には、その笑顔の裏が見えた。
「来てくれたのね、アリシア様」
彼女は優しく微笑んだ。
「今夜のパーティー、楽しみね。あなたの婚約者は、もう私のものだけど」
前の人生の私なら、ここで涙を堪えて走り去っただろう。
でも今の私は、違う。
「ええ、そうですわね」
私は微笑み返した。
「ところで、あなたの本当のお名前は何とおっしゃるの? ダーレンハイムでは何とお呼びだったのかしら」
リリアの表情が、一瞬で凍りついた。
「……何を、言って」
「あなたがここ三年間でエドワード殿下に流した情報の写しも、あなたの雇い主の書状も、すべて陛下の手元にありますよ。証拠の隠滅を試みるのは構いませんが、もう手遅れだと思いますけれど」
彼女の顔から、すべての色が抜けた。
その瞬間、庭の木陰から陛下が現れた。
護衛が四人。リリアは逃げ場を失い、静かに両手を差し出した。
あっけなかった。
でも不思議と、爽快感よりも疲労感の方が大きかった。
これほどの罠が私の知らないところで張り巡らされていたのだと思うと、怒りを通り越して、ただ虚しかった。
リリアが連行された後、陛下が私の隣に並んだ。
「よくやった」
「……震えてますよ、わたくし」
「知っている。それでも自分で立って、言葉を言った。それで十分だ」
午後の庭に、風が吹いた。
「アリシア」
陛下がひざまずいたのは、唐突だった。
突然のことで、私は固まった。
「私の妻になってほしい。今度は絶対に離さない。君が望むなら何でも守る。君が行きたいところにはどこへでも連れていく。君の笑顔を、私だけに向けてもらえるなら」
胸が、痛いほどに熱くなった。
「……はい、わたく――」
そこで遠くから鐘の音が響いた。
夜会の開始を告げる、大きな鐘の音が。
「……続きは、後で聞かせてもらえるか?」
陛下が苦笑した。
私は思わず笑ってしまった。
こんな大事な場面で邪魔をするなんて、と思いながら。
「はい。必ず」




