第四話 逆転の婚約破棄パーティー
パーティー会場は、夜の光に満ちていた。
でも今夜の私は、昨年のあの夜とは違った。
真紅のドレス。丁寧に結い上げた髪。
陛下に用意していただいた、深紅のガーネットのネックレス。
鏡に映る自分を見たとき、初めて「綺麗だ」と思えた。
前の人生では一度も、そんなふうに思えなかったのに。
「準備はいいか」
陛下が扉の外で待っていた。
私を見て、その目が静かに細まった。
「……似合っている」
「ありがとうございます」
「行こう。終わらせる」
今夜の段取りは事前に打ち合わせていた。
陛下は最初、会場の少し離れた位置に控えている。
エドワード殿下が宣言を終えるまで、あえて姿を見せない。
それが、この舞台の演出だった。
会場に入った瞬間、視線が集まった。
私に、ではなく、私の隣に立つ陛下に。
国王が今夜も臨席している、という驚きの視線が。
陛下は私を扉まで送り、そそっと手を離した。
王太子エドワード殿下は、壇上に立っていた。
私の姿を見て表情を変えたが、それでも彼は、前に進んだ。
「アリシア・フォン・グランツェ」
よく通る声。
「お前との婚約を、ここに破棄する!」
会場がざわつく。
前の人生とまったく同じ言葉。同じ舞台。
でも今夜だけは、受け取る私が違う。
私は微笑んだ。
「ええ、結構ですわ」
「な……」
「こちらからも、お断りいたします。喜んで」
エドワード殿下が絶句した。
予想していなかったのだろう。
泣き崩れるか、取り乱すかを想定していたのかもしれない。
でも私は揺るがなかった。
そこへ陛下が一歩前に出た。
「私からも宣言する」
静寂が落ちた。
国王の声に、この場の全員が息を止めた。
「アリシア・フォン・グランツェを、このカイエン・レギス国王の正妃として迎える。異議のある者は、今この場で申し出よ」
誰も声を上げなかった。
ただ、エドワード殿下の顔が青ざめていくのが遠くからでもわかった。
続いて、扉が開いた。
リリアが衛兵に連行されて入ってくる。
昼間の庭園服から夜会用のドレスへと着替えさせられた彼女は、もはや恋する乙女の表情ではなく、ただ怯えた顔をしていた。
陛下の側近が証拠の書状を読み上げた。
隣国の印章。暗号文の解読。
三年間にわたる情報漏洩の記録。
会場が静まり返った。
「嘘だ!」
エドワード殿下が叫んだ。
「でたらめだ、リリアはそんな人間じゃ――」
「殿下」
陛下が静かに遮った。
「証拠を見よ」
殿下の前に書状が差し出された。彼の手が震えた。
それからのことは、早かった。
側近と法官が協議し、その場でエドワード殿下の廃嫡が宣言された。
リリアは国家反逆罪として拘束。
会場に集まった貴族たちは、誰もエドワード殿下の味方をしなかった。
なんと呆気なく、前の人生の悪夢が終わったのだろう。
私は陛下の隣で、それを見ていた。
胸に広がるのは、勝利の喜びではなかった。
ただ、長い夢から覚めたような、静かな解放感だった。
「終わったな」
陛下が私の耳元でそっと言った。
「……はい」
「疲れたか?」
「少し」
「今夜だけは、何もしなくていい。ただ隣にいてくれ」
私は頷いた。
夜が更けて、二人きりになった寝室で、陛下は私の向かいに座っていた。
「昨日の続き、聞かせてもらえるか?」
私は笑った。
「はい。答えは、はい、です」
陛下の表情が、初めて大きく和らいだ。
あの無表情の奥に隠れていた、本当の顔が覗いた気がした。
沈黙の中で、私はふと気づいた。
陛下の首元に、細い傷跡があった。
礼服の襟で隠れているが、明かりの角度でわずかに見えた。
浅くはない。それでいて、どこか古びた痕だ。
「……陛下。その傷は」
陛下の目が、揺れた。
「前の人生で……わたくしを守ろうとしてついた傷ですか?」
長い沈黙があった。
陛下はゆっくりと、口を開いた。




