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第八話「悪ガキたち」

 なんだここは…………。

 自然発光地帯(メモワール)……………なのか………?


 一面に広がる花々、魔法陣では出せない程の光源、温かい空間と優しい匂い。

 そして見たこともない天井の色。


 アルスが見ている天井の色は地底世界の自然界には存在しない、 " 青色 " だ。


 自然発光地帯(メモワール)はどんな場所でも天井は地底世界と同じように岩で出来ている。

 故に、天井が青いなんておかしいのだ。


 アルスは天井を見上げ、目を凝らす。


 なんだあれ?

 青い岩なのか?

 いや、見た感じに岩には見えねぇな。

 ……なんというか、白いモヤみたいなのも見えるし、空気が動いているような………。

 それによく見ると花畑の先にでっかい木があるなぁ。

 この距離であのデカさってことは、相当デケェぞ。


 花畑の先に見える一本の巨大な大樹を眺めていると、今度は穴の方からフェンリルの声が聞こえてくる。


『アルスーーーー!!!大丈夫!!?生きてたら返事をしてーーー!!!』


 あまりの光景に二人のことを忘れていた。


「おうーーー!!大丈夫だーーーー!!!」


 声を張り上げるアルスに対し、安堵の声が聞こえる。


『良かったーーー!もし何かあったらどうしようかと思ったよ!

 それより、アイビスさっきのは危ないよ。気持ちは分かるけど、それで誰かが怪我とかしたらどうするの?』


 フェンリルがアイビスに対して注意する。

 アイビスもさすがに反省しているのかたどたどしく謝る。


『……………ご、ごめんなさい。その………まさかアルスが落ちるなんて思わなくて……』

『思ってなくても、危ないことは危ないんだ。今回は何もなかったけど、もし取り返しのつかないことにでもなっていたら、後悔するぐらいじゃ済まされないよ?』

『………………わ、分かったわ……』


 フェンリルの説教にアイビスは小さく答える。


 アルスにはそのやりとりが穴から筒抜けだ。

 その会話に「ふんっ!」と鼻を鳴らす。


 そんな風にしょげるなら最初から気をつけろっての!


『ところで、アルス。そっちはどんな感じ?』

「う〜ん、どんな感じって言われても…………まぁ、とりあえずこっち来いよ!めちゃくちゃすげーぞ!!」


「どんなの?」と聞かれても口では言い表せない程の景色だ。

 見た方が早い。


 そう思って言ったのだが、この言い方は良くなかったらしい。

 先程まで説教されて反省していたはずのわがまま娘がアルスの言葉に一瞬にして反省の色が飛んだ。


『ほんと!!!?分かったわ!今すぐ行くわ!』

『え!?ちょっとアイビス危ないよ!ゆっくり!』

『大丈夫よ!アルスが大丈夫って言ってるんだから!』


 何やら上の方が騒がしくなった。


『いや、大丈夫って……そりゃあアルスは頑丈な体をしてるから大丈夫だったってだけかもしれないし、ここは僕の魔獣に乗ってゆっくり慎重に………』

『うるさいわよ!そんな慎重にしなくたって大丈夫よ!』


 なんかさっきも同じやり取りしたな。

 こっからじゃどうなってるか見えねぇけど、アイツらの今の状態がどうなってるか容易に想像出来るな。


 たぶん、強引に穴に入ろうとするアイビスとそれを後ろから掴んで離さないフェンリル。

 というより、あまりのアイビスの力にフェンリルがしがみついてるような形になってるんだろうな。(※正解である)


『ちょっと、離しなさいよ!』

『危ないって!』


 二人の声が大きくなったその時。


『『…………あっ』』


 二人のこぼれるような声が聞こえたと同時に次の展開が読めた。


「あぁ…………俺が言うのもなんだけど………アイツら………馬鹿だな。」

『きゃああああああああぁぁぁ!!!』

『わああああああああぁぁぁ!!!』


 アルスの呟いた言葉を掻き消さんばかりの叫び声が穴から響いてくる。


 さっき俺が同じことしたじゃん。

 なんで学習しねぇーかなぁ。

 アイツら学年でもトップクラスに賢い奴らなのに、ほんと情けねぇなぁー。


『『ああああああああぁぁぁ!!!』』


 どうすっかなぁ。

 落ちてくる二人をキャッチするか?

 出来なくはねぇけど……………やりたくねぇな。

 フェンリルには悪いけど、アイビスへの罰としてここはキャッチせず無視するか。

 そうと決まれば逃げよう。


 と、壁に背を向けて立ち上がろうとした時。


『ぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

「ぐえぇっ!!」


 二人の篭もる声がクリアになると同時にアルスは背中に強い衝撃を受け、そのまま勢いよく地面に突っ伏す。


 その場から逃げようとした時、ちょうど穴から出てきたアイビスとフェンリルが綺麗にそのままアルスの上へと落ちてきたのだ。


 アルスの背中にはアイビスとフェンリルがアルスを下敷きにするような形で乗っかっていた。


「痛っ………!!!何するのよ!!!危ないでしょ!!!」


 自分が原因であるにもかかわらず大声をあげるアイビス。

 フェンリルもゆっくり顔を上げながら呟く。


「さっきのはどう考えても君が…………」

「………? 何よ?」


 まっすぐ前を向いて何も言わなくなったフェンリルに対して首を傾げる。


 その衝撃を受けたような顔にアイビスつられて同じ方向を見る。


「っ…………!!!」


 目の前に広がる光景に二人は声が出ない。


 だが、そんな二人とは真逆で、苛立ちの声を上げる者が一名。


「おい、いつまで人の上で浸ってるつもりだ。早く退け!」


 その声に二人は現実に引き戻される。


「あぁ!!ごめんアルス!気づかなくて!」

「あら、あんたそんなところで何してるの?」

「何してるの?じゃねぇよ!どう見てもお前らの下敷きにされてんだろうが!!」


 二人がアルスの上から降り、フェンリルがアルスに手を差し伸べた。

 アルスはその手を取り立ち上がる。


「ったく!何やってんだよお前ら!」

「…………ここが、探してた自然発光地帯(メモワール)………」


 景色に気を取られ、アルスの声が聞こえてない様子。

 アルスももう一度その景色を眺め、相槌を打つ。


「………そうみたいだな」


 自然発光地帯(メモワール)はこの場所以外にもあるのだが、これほどまでに壮大な景色は見たことがない。

 ヨルメールの泉も神秘的ではあるが、こことは全然違う雰囲気だ。


 アルスとフェンリルはその圧巻の景色に気を取られていたが、アイビスはそんなことお構い無しに花の方へ向かって走り出した。


「ちょ、アイビス!どこ行くの?」


 振り返り、手を振りながら満面の笑みを浮かべる。


「アルス〜!フェンリル〜!早く早く!綺麗よ!」


 まるで無邪気な幼子のような姿に何故か懐かしさを感じた。


 美少女に花は似合うな。



---



 その日から、アルスたちは毎日のようにその場所に通うようになった。


 学校帰りにも、狩りを終えた日にも、こっぴどく怒られた日にも、三人は変わらずその場所へ行った。

 そして、彼らがその場所へ訪れる時は必ず三人揃ってだった。




 そんなある日、少し変わった出来事があった。


 それは、いつものようにその場所で遊んでいた日の事。

 アイビスが突然、こんなことを言いだしたのだ。


「ねぇ、そう言えばここって名前とか無いわよね?」


 いつも通り彼らの定位置になっている大樹の根元でアルスが昼寝をしようと寝転んでいた時だった。

 隣にはアイビスが魔法の本を読みながら座っており、フェンリルは花畑で花を摘みに行っていた。


 アルスはアイビスの質問に眠りかけた目を開く。


 名前か。

 確かに言われてみればそうだな。

 ヨルメールの泉みたいに国で付けられた名前もないらしいし、俺たちはずっと「花畑」って呼んでたけど、それ以外の名前はないな。

 まぁでも、名前が無くともそこまで不便でもないし、「花畑」でも十分伝わるし、気にもしてなかったな。


「そうだけどそれがどうしたんだ?」

「名前が無いならさ、私が名前付けてもいい?」


 アイビスは目を逸らし、頬を少し赤く染めながらそう言った。


「…………照れてる?」

「うるさいわよッ!」


 アイビスは三人の中でも一番この場所を気に入っている。

 名前を付けたいと思う程この場所に愛着が湧いたのだろう。


 それに対して、彼女は何故か少し恥ずかしさを感じているようだ。


「別にいいけど、どんな名前にするんだ?」

「それは……………その……………。」


 恥ずかしそうにモジモジしながら言い淀む。

 どうやら名前はもう決めているらしい。


 正直、名前なんてものは分かればなんでもいいと思うけどな。

 付けたいなら付けてくれていいが。


「なんだよ、恥ずかしがらずに言えよ。」

「…………『――――――の花畑』」


 一瞬の間の後、アイビスは照れながらもアルスの目を見てそう答えた。


 それはこの場所と言うより、三人の誓いのような言葉だった。


 結構いい名前だな。

 アイビスにそんなセンスがあるなんて思ってなかった。


「いい名前――」

「それはいい名前だね」


 アルスが褒めようとした時、それを遮るようにもう一人の人物が顔を出した。


「うわっ!ちょっと何するのよフェンリル!ビックリしたじゃない!」


 フェンリルはアイビスの背後からいきなりヌルッと現れた。


「ごめんごめん、脅かすつもりはなかったんだけど、つい……」


 ニコッとした笑顔を浮かべながら二人の前に立つ。

 そして、手に持っていた花冠をアルスとアイビスの頭に乗せた。


「アイビスが付けたその名前、素敵だと思うよ!」

「花冠?これ作るために花摘んでたのか?」

「そうだよ。綺麗でしょ?」


 綺麗に編まれた花冠をフェンリルも自分の頭に乗せて、アルスたちの間に座る。


 この場所にある花は地底世界では見られないような花ばかりだ。


 赤に青に黄色といった多彩な色の花が多い。

 それに加え、咲いている場所も少し珍しい。


 各大きな部屋(タンガ)には至る所に花は咲いている。

 土の道だろうが関係ない。


 だが、こうやって緑の芝一面に、花が一箇所に集まる場所なんてほとんどないのだ。


 アルスはてっきりフェンリルがその花の珍しさに興味が惹かれて観察でもしているものだと思っていた。


 アイビスはその花冠を手に取り、ぐるっと全体を見回したあと、もう一度花冠を頭に乗せた。


「どう?似合ってる?」


 少し頬を染めながら首を傾げて聞いてくるアイビス。


 その姿は、誰が見ても可愛いと思うほどよく似合っていた。

 アイビスのその笑顔に見惚れるフェンリルと鼻の下を伸ばすアルス。

 

 なるほどなるほど。

 ………いや可愛いなオイ!

 頬っぺたを赤くして首傾げるというその仕草!

 無意識に男子をイチコロさせるほどのあざとさ!

 なんて罪な女だ。

 これに上目遣いが加わればパーフェクトだ!

 いつか俺たちが成長した時に俺の方が背が高くなって、アイビスにナチュラル上目遣いされる日が待ち遠しいな。

 その時はアイビスの貧相な部分もふくよかになってる事だろう。


「に、似合ってるよ!ほんとに………綺麗だよ」


 今度はフェンリルが顔を赤くして答える。


「でしょ?やっぱり私は美少女だからなんでも似合うのよ!」


 そうやって健気に笑うアイビス。

 微笑むフェンリル。

 妄想を膨らますアルス。




 何気ない会話、何気ない仕草。

 これが彼の日常。

 誰にも邪魔されない彼だけの世界。


 変わるはずのないものだと思っていたが、それが形を変えることを知ったのは最近のことだった。





-----





 アルスはそんな記憶を思い出しながら、学校へと向かっていた。


 今日は学校は休みだが、掲示板を見て納得出来ないアルスはフィーネスのところへ押しかけることにした。


 もちろんフェンリルもついてきている。

 止めてこないということはフェンリルも気になることがあるのだろう。


 二人が徐々に学校のある北側の区域に進んでいくと、人の数もどんどん減っていき、最終的に誰一人として姿を見せなくなった。

 北大大きな部屋(タンガ)に近いと言うだけあって、みんな警戒度も強くなっている。


 校門が見えた。


 誰もいない開けた道の先でフェンリルが何かに気づいた。


「!!……アルス!こっち!」

「ぐへっ!」


 アルスは首根っこを捕まれ、そのまま物陰へと隠れた。


「ゴホッ!………何すん」

「静かに!」


 フェンリルがアルスの口を塞ぐ。


 そしてフェンリルが物陰から顔だけを出し、校門の方を伺っている。

 どうやら見つかってはいけない何かがいるようだ。


 アルスはフェンリルの手を退かし、フェンリルと一緒に顔を覗かせる。


「どうしたんだ?」

「………………あれを見て。」


 アルスはフェンリルの視線の先を辿る。


 フェンリルの視線の先はもちろん校門。

 そこには門番が二人。


「あ?なんだアイツら」


 傭兵のような武装をしているのが一人、魔法使いのようなローブを纏っているのが一人。

 怪訝な表情を浮かべ、校門に背を向けて立っている。


「…………見た感じ、狩人と専門職の人に見えるね。あの様子だと、間違いなく門番だろう」

「門番?ただの学校だぞ?なんで門番なんかいるんだよ」

「たぶん………学校(あそこ)で会議をしているんじゃないかな?これからどうするかについて」


 地底世界では、重要な取り決めや緊急時の対応をする時はいつも重役たちによって会議が行われる。

 この国には王様がいないため、こうして重役たちによって話し合いが行われた結果、国の今後の動きを決定している。


「会議ってことは、間違いなくフィーネスもいるな」

「そうなるね」

「んじゃあ隠れてないで早速行くぞ!」


 アルスはバッと立ち上がり物陰から出ようとする。

 だが、


「待ってアルス!」

「ぐえっ!……痛ぇな!どうしたんだよ!」


 また首根っこを捕まれ物陰へ戻される。


「なんのためにわざわざ隠れたと思ってるの?あの人たちにバレないようにするためだよ!」


 フェンリルが小声で声を荒らげる。


「……なんでバレちゃいけねぇんだよ。フィーネスに会いたいって言えば通してくれるんじゃねぇのか?」

「通してくれるわけないでしょ!?今は会議中だよ?重要な情報を伝えに来たとかならまだしも、僕たちは先生たちに野次を飛ばしに行くようなもんなんだ。追い返されるよ!」


 身振り手振りで説明するフェンリル。

 眉を八の字に曲げるアルス。


「じゃあ……………どうするんだ?」


 学園の門は今門番が立つ正門しかない。

 そこから以外は学園内には入ることは出来ない。


 だが、それは正攻法の話。


「簡単だよ。表がダメなら()から入ればいい」


 アルスは首を傾げた。



---



 二人は門番の目を掻い潜り、校舎を取り囲う塀の西側をよじ登り、そのまま学園の敷地内へと入った。


「なるほど!門がダメなら塀をよじ登ればいいのか!」

「あはは、あまりしちゃいけないんだけどね」


 フェンリルは苦笑する。


 過去にここを通ったことがあるのか知らねぇけど、こういう悪ガキならではの考えは今でも変わらねぇな。

 フェンリルは案外今でも悪ガキかもな。


 二人はそのまま中庭を抜け、空いている窓から校舎内へ侵入した。


 人は少ないものの、廊下をうろちょろしているような人も何人かいる。

 二人は気配を殺しながら慎重に職員室に向かう。



 職員室の前まで来た。

 職員室の奥が校長室。

 いわばフィーネスの部屋だ。


 二人はそのまま校長室に行こうとした時、ちょうど職員室の扉の前で声が聞こえてきた。


 二人は静止し、その会話に耳を傾ける。


「校長、どうするのです!?このままではいつ被害が拡大するか…………」

「分かっておる!事態は急を要する。じゃが下手に出れば悪化するだけじゃ!」

「調査報告によるとォ、場所は北大大きな部屋(タンガ)の東部ゥ、自然発光地帯(メモワール)があるあの大きな部屋(タンガ)に新種の大型魔獣が発見されたそうだァ。どれくらいのヤツがいるか分からねぇがァ、先行隊が為す術もなくやられたァ。ものによっちゃあ我々でも手が付けられない可能性だってあるゥ。それに、一つの貴重な自然発光地帯(メモワール)を失うことも、容易に有り得る。難しい選択だが、どうか英断を」


 中で話しているのはおそらく重役たちだ。

 アルスは中の気配を探る。


 数は話してるのが数人とまだあと何人かは居そうだな。

 フィーネスもちゃんといる。


「…………そうじゃな。じゃが、第一は国民の命じゃ。最悪の場合、自然発光地帯(メモワール)ごと大きな部屋(タンガ)()()()()()ことも考慮に入れておる。」

「……………は?」


 思わず声が漏れた。


 自然発光地帯(メモワール)ごと埋め落とす?

 それって…………つまり…………


「誰かそこにいるのか!」


 気配に気づかれた。


 アルスは会話の内容に思わず体が硬直する。


 だが次の瞬間、フェンリルに手を引っ張られ、逃げるようにその場から去った。



---



 二人は学校から出た後、中央大きな部屋(タンガ)の大通り。

 掲示板付近まで戻ってきた。


 道にはもう誰もいない。

 みんな家の中に避難しているのだろう。


 二人は閑散とした道を俯きながら歩いていた。


 なんでだ。

 なんで埋め落とすんだ?

 自然発光地帯(メモワール)だぞ?

 国としても価値のあるものだ。

 おいそれと潰していいもんじゃねぇだろ。

 それを新種の魔獣を倒せなかったら見捨てるなんて、ふざけんなよ。


 納得いかないと言った表情を浮かべるアルスを見て、フェンリルが不安そうな声で呟く。


「どうするのアルス。このままじゃ、大切な場所(あそこ)は……」

「………」


 その疑問に対しての答えはアルスの中ですぐに出た。


 覚悟を決めた目で顔を上げる。


「北大大きな部屋(タンガ)に行くぞ」


 フェンリルはその言葉を聞いて固まった。

 だがアルスはそんなこと気にせず話し続ける。


「フィーネスたちがあの場所に到着する前に俺たちが先にその新種の魔獣を倒す。そうすりゃあ、あそこも埋め落とされることはない」


 アルスの真剣な訴え掛けに対して、フェンリルはまっすぐアルスの顔を見つめる。


「…………危険だよ?死ぬかもしれない」


 その言葉は冷たく、心からアルスに警告しているものだった。


「…………あぁ、分かってる。でも、何もせず失うよりかは……………ずっとマシだ」

「………」


 何も言わないフェンリル。


 行くべきではないと言うのだろう。

 だが、それでもアルスは止まる気はない。


「フェンリルが行かないなら別にそれでいい。俺は一人でも行く」

「…………待って。僕も行く」


 アルスは眉を顰める。


「……………行くべきじゃないって思ってるんじゃないのか?」

「そうだよ。行くべきじゃないと思ってる。でも、君を一人では行かせない。行く時は()()でだ」


 そう言ってフェンリルは視線を道なりに向けた。

 アルスも同じ方向に顔を向ける。


「っ!」


 その視線の先には掲示板を見上げながらたった一人で佇む、見慣れた白髪の少女がいた。


「なんで………アイビスが……???」

「僕は昔からずっと、一番近くで君たちを見てきた。見てきたからこそ分かるんだ。君たち二人は似ている。

 喧嘩早いところも、負けず嫌いなところも、何か剣と魔法(ひとつの事)に対して誰よりも夢中になれるところも、全部知ってる。あの場所が大好きなことも。

 今日あの知らせを聞いた時から、君が大切な場所(あそこ)へ行くことは大まか予想はしていた。だから、アイビスも同じだと思ったよ」


 フェンリルは互いに疎遠になり出したアルスとアイビスのことをずっと見続けた。

 お互いのことを気にかけ、距離を取りつつもまた元通りになることを信じてずっと手を握り続けてくれたんだ。


「フェンリル……」

「ふふっ、親友だからね」


 聖母のような優しさを含む笑み。


「フェンリルママ……」

「誰がママだよ」


 アルスはアイビスに向き直る。

 可憐なその横顔を見て決心する。


 アイビスとは特別ものすごく仲が悪いかと言われるとそうでもなく、かと言って距離を開ける原因が自分にあるとも思っていない。

 アイビスの一時的な心の変化によるものとフェンリル言っていた。

 つまり、なんと言うか微妙な距離感の気まづさだ。


 アルスはそのまま5メートルくらいの距離まで近付いて、アイビスの目を見ようとするも目線が逸れる。


 なんて声をかけるべきだ?

 シンプルに一緒に来てくれ、か?

 いや、その前になんか一言いるか?

 調子はどう?的な?

 あれ、アイビスと話す時ってどんな顔してたっけ?


 あたふたと口篭りながらもとりあえず声を出す。


「お、俺ら、その………今から北大大きな部屋(タンガ)に行くんだけど……いや、その前に元気?あっ、いやまぁ久しぶりにまともに話すっつーかなんつーかって、イッテ……!」


 あたふたしてキモい感じになっているアルスの頭をアイビスが引っぱたく。


「オドオドしてんじゃないわよ!言わずとも分かってるわ!早く行くわよ!もう我慢出来ないわ!」


 まるで何も無かったかのように今まで通りに振る舞う彼女の姿に困惑を覚えるも、アイビスの瞳はそんな些細なことどうでもいいと言わんばかりに決心を宿していた。


 フェンリルと顔を見合わせるも、二人はアイビスの隣に並んで歩き出す。


「思春期は終わったのか?」

「な!?し、思春期じゃないわよ!」

「あぁそう?思春期じゃないんだ〜。まぁ俺は大人だから?思春期とかもう余裕で入っちゃってるからァ!」

「アルス、思春期=大人じゃないからね。あと思春期の人は自分で思春期って言わないから」


 懐かしく変わらない三人での会話をしながら、三人は北大大きな部屋(タンガ)へと向かった。

♦ちょこっと豆知識♦

アイビスは勉強は出来るが、かなり単純。

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