第七話「あの日のあの場所」
――新種。
それは、地底人にとっては耳にしたくはない言葉。
新種というのは、魔獣の新種。
地底世界では魔獣の新種などほとんど現れない。
理由は生物が進化しないからではと推測されている。
だが、そんな地底にも歴史上を見ても、ごく稀に新種が現れる。
それは決まって地底に災いを起こす。
20年前の惨劇がそうであったように――。
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――次の日の朝
とある知らせが地底世界中に知れ渡った。
人伝に聞いた者、実際に目にした者、人々がそれを知り得た方法は様々だが、歴史を変えかねないその知らせは地底世界に生きる人々に不安と恐怖を与えた。
みんなと同じようにその知らせを知ったアルスとフェンリルは真偽を確かめるべく、朝一で中央大きな部屋の掲示板へと向かった。
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朝一であるにも関わらず、中央大きな部屋の人々は物凄い形相で走っていく人や何が起こってるのか気になり、通行人に話しかける人など。
尋常ではない焦りを感じいた。
耳を疑うような知らせにみんな困惑しているのだろう。
アルスたちの学校も今日、その知らせを受け取ると同時に休校であることが知らされた。
そんな中、二人は街の人々と同じように怪訝な表情を浮かべながら何も言わず、掲示板の方に向かって走っていた。
有り得ないだろ!
そんな…………あの化け物集団だぞ!?
それが………なんで…………!!?
商店街の角を曲がり、掲示板が見えた。
そこには大勢の人集りが出来ており、みんな掲示板を囲うようにして見上げている。
アルスたちはその人集りを掻き分けるようにして前へ前へと進んでいく。
「悪ぃ!通してくれ!」
「すみません!通ります!通らせてください!」
そして掲示板の見える一番前へと出た。
二人はその掲示板を見上げ、貼られてあるものを見る。
そこにはサイズの異なる二枚の紙が張り出されており、こう書かれていた。
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※ 緊急事態発生 ※
北大大きな部屋東部にある自然発光地帯付近にて、新種の魔獣を発見。周囲の魔獣を惨殺した後、事前調査隊を襲撃。重傷者多数確認。
凶暴性、異常性の観点から見て、
" 特別警戒レベル " と判断する。
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※ 警告 ※
北大大きな部屋にて緊急事態発生。危険度の高さを考慮し、依頼が達成されるまで北大大きな部屋への渡り道の通行を禁ず。また、万が一に備え避難準備を整えて自宅待機を命ずる。
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特別警戒レベル。
それは、地底世界が滅びかねないレベルの警戒度。
つまり今、地底世界は最も危険な状況にあるということ。
二つの紙を読み、アルスたちは固まった。
事の重大さに驚いている訳ではない。
確かに驚いてはいるが、そうではない。
そこではないのだ。
二人の目を惹くもの。
それは魔獣の発見場所である、北大大きな部屋東部の自然発光地帯。
そこは、彼ら二人、いや、彼ら三人にとって、何にも替えのきかない、大切な場所なのだ。
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――それは、約三年前。
アルスたちが初めてその場所を知った日のこと。
北大大きな部屋東部には変わった空間がある。
通常、大きな部屋には、中央大きな部屋と繋がる渡り道というものがある。
それは大きな部屋と大きな部屋をつなぐ一本の道である。
本来ならば中央以外の東西南北の大きな部屋には渡り道は一つしかない。
だが、この北大大きな部屋にはもう一つ渡り道が存在する。
それは、北大大きな部屋の東部にある謎の空間に繋がるものだ。
その空間には魔法陣は置かれているものの、何も無い場所だ。
人が住んでいる訳でもないし、魔獣が住みついている訳でもない。
ただ広い空間がポッカリとあるだけの場所。
だが、その場所には魔法陣が置かれる理由がある。
それは、そこに自然発光地帯があるからだ。
自然発光地帯というのは、地底世界でも魔力濃度の高い場所で、存在そのものが貴重である。
そして何より、自然発光地帯は地底世界では考えられない程の壮大な景観で、人々の心を魅了する場所だ。
誰もが訪れたい場所なのだが、この北大大きな部屋の東部にある自然発光地帯には、誰も足を運ばない。
それも当然だ。
北大大きな部屋の東部というのは北大大きな部屋の中でも最も魔獣の数が多いとされる場所である。
わざわざそんな大量の魔獣を相手してまで来ようという者はそうそういない。
それに、そこに行かずとも地底世界には他にも自然発光地帯はあるため、特に行きたいとも思わないのだ。
国でも遊び半分で行かないようにと決められている。
それでも行くと言う者は生粋のマニアか猛者、もしくは決まりを守らない " 悪ガキ " くらいだろう。
――そしてここに悪ガキが三名。
「おい、どんだけいる?」
「ん〜、ざっと見た感じ30は居そうだね」
「狩りまくりじゃねぇか!」
「全部狩るの?」
「当然でしょ?じゃないとつまらないわ!」
アルスたちが今いる場所は北大大きな部屋東部にある、謎の空間へと繋がるとされる渡り道の入り口前。
この渡り道を抜けた先にはあまり知られていない自然発光地帯があるらしい。
今日その噂を聞いて、いつものようにアルス、フェンリル、アイビスの三人でやって来た。
だが、今現在彼らは足止めを食らっている。
思ってる以上に魔獣の数が多い。
ここに来るまで10を超える戦闘を終えた後、ようやくここまでたどり着いた。
そして、今いる入り口前にはグランドウルフの群れが居座っている。
アルスたちはそれを岩陰からそれを見ていた。
「どうするのアルス。さすがにこの量は大変だと思うんだけど………」
不安気に聞くフェンリル。
当時のアルスたちにとって、今いる場所は当然始めてくる場所であり、今までにない数の戦闘により少々疲弊している。
だが、当時は狩りにおいての休憩などを知らなかったアルスたちは止まることなくどんどん前へと進もうとする。
「大丈夫だろ!数が多いならぱぱっと作戦会議して行こうぜ!」
アルスたちはその場に輪を囲むようにしゃがみ込む。
そしてアルスは自分の剣の先で地面に図を書いていく。
「よし! まず俺が特攻して群れを散らすから残りを二人がやってくれよ」
アイビスが眉をひそめる。
「いや、それだと効率が悪いわ。群れでいるんだから最初に魔法で攻撃した方がいいわよ」
そう言ってアイビスが図を書き換える。
「それだと俺の狩る量少ねぇよ」
「いいのよそんなことは。」
アルスの顔がぶさくれる。
アイビスはそんな様子なんて知ったものかと無視する。
「良くねぇよ!」
「いいの!」
「シーッ!二人とも落ち着いて。そんなに声を出すと気づかれちゃうよ」
大声を上げる二人に対して、フェンリルが口元に人差し指を当てて二人を止める。
二人は注意を受け、お互い睨み合うも静かに黙り込んだ。
フェンリルはその様子にホっとしながらも、二人の案に対して気づいたことを指摘する。
「二人の策は両方ともいいと思うけど、でも、両方とも欠点がある」
そう言いながら、今度はフェンリルが図を書き換え出す。
「この二つの策は両方とも、狩りにおいてのルールを忘れてる。」
狩りにおいてのルール?
そんなんあったっけ?
「『〜狩りにおいての鉄則のルール〜 その3 魔獣は依頼でない限り無闇に狩ってはならない。』二人の策は両方ともこれに反してる。」
あー、あったな、そんなルール。
フェンリルがいてくれたから忘れてたけど、それ破るとめちゃくちゃ怒られんだっけ?
「二人の策はこちら側から攻撃する前提だ。依頼以外で狩りをする際は、魔獣の方から攻撃してこない限りは攻撃しちゃいけないんだ」
アルスとアイビスは上の空を見上げ、記憶の中の狩りにおいてのルールを思い出す。
攻撃してこない限りは攻撃してはいけない…………確かにそんなルールがあったようななかったような……。
まぁ、フェンリルが言うからには合ってんだろうけど。
狩りにおいて、「魔獣の方から攻撃してこない限りは攻撃してはいけない」というルールは魔獣の乱獲を避けるためである。
魔獣だからといって無闇に狩っていいわけではない。
生態を崩すと人にまで影響が及びかねないのだ。
「だから、僕たちに対して向こうから攻撃してくるように仕向ける必要がある」
フェンリルが図を指差しながら説明する。
「その上で僕が考えた策はこうだ。まず、アルスが囮で前に出る。襲ってきたらアルスは倒していいよ」
さっきまでは魔獣が勝手に襲って来たからそのまま倒すだけだったけど、今回の奴らは襲ってこない。
あそこがアイツらの縄張りなんだろうけど………なんかじれったいなぁ。
「その後に待機させてる僕の固有魔法で操った魔獣たちで周囲を囲う。この時、魔獣たちは囲うだけで攻撃はさせない」
「? なんで攻撃させないのよ。アルスが攻撃されたら攻撃していいんじゃないの?」
アイビスが「何言ってんだこいつ」みたいな顔でフェンリルを見る。
「確かにそうなんだけど、魔獣同士で殺し合いをさせるのはちょっと見たくないかな。それも自分自身の手で操るってなると、気が引ける」
アイビスは渋い顔をする。
「ふーん、そう。でも、大丈夫なの?それってつまり、魔獣たちは攻撃される可能性が出てくるじゃない。そんなことしたら元に戻っちゃうんじゃないの?」
フェンリルの固有魔法はかなり便利で強力な分、欠点もある。
それは、操ってる魔獣たちに強い衝撃を与えられると魔獣たちは正気に戻ってしまうという点だ。
これは、実はかなり危険なのだ。
もし、戦闘中に正気に戻ってしまえば、味方が減り、自ら敵を増やすことになるのだ。
「それは大丈夫だよ。攻撃されるって言っても敵意を向けこちらに向かって来たら魔獣たちには逃げるよう指示を出しておくよ。ここでの魔獣たちの役割は数の多さを目に見せるところだ」
はえー、それでそれで?
「それで、相手が全てこちら側に敵意を向けた時点で、アイビスの魔法で一網打尽にする。こういう作戦なんだけど、どうかな?」
なるほど、確かに色々とめんどくさいが、これならルールも守ってるし一番効率的に見えるな。
だけど、
「なぁ、これだと俺の狩る量少ねぇし、アイビスの魔法で一網打尽にするのは分かるけど、その時の俺どうすんだよ?」
フェンリルの作戦を聞く限り、おそらくアルスはアイビスが魔法を放つ時にはグランドウルフの群れのど真ん中にいることが予想される。
作戦を聞かされた上でも、アルスは制御出来ず前へ前へ行ってしまう自信がある。
「アルスは来る途中で随分狩ったでしょ?アイビスの魔法に関しては巻き込まれないように適当に逃げて。」
おい、俺の扱い雑だろ。
「分かったわ!それで行くわよ!」
お前も俺の扱い雑だな。
「よし、決まりだね。」
そう言ってフェンリルとアイビスが立ち上がる。
決まりじゃねぇよ。
何がどう決まったんだよ。
今の作戦だともれなく一名敵と一緒に処理されることになるだろうが!
アルスは渋い顔で二人を見上げる。
その様子に気づいたのか、アイビスがアルスに向かって傲慢な口調で言う。
「何いつまで座ってんのよ!早くしなさい!私は早くあの噂の場所に行きたいの!」
アルスはアイビスの言葉に呆れるようにため息をつく。
お前の魔法に巻き込まれたくないから渋ってんだろうが。
中級魔法とかなら別に問題ねぇけど、広範囲の魔法なら絶対上級魔法使うだろ。
お前の魔法の精度だと広範囲でも余すことなく綺麗に魔法ぶつけてくるから逃げ場なんてどこにもねぇんだよ。
全く、なんでこいつらは肝心なところで俺への扱いこんな雑なんだ?
こういうのって日頃の行いってのが出るんじゃないの?
それだったら俺がこんな仕打ち受ける理由なんて………理由なんて………。
うん、めちゃくちゃあるわ。
つべこべ言わずやろ。
アルスは立ち上がり、二人の隣に立つ。
そして、岩陰から敵の状況を見る。
グランドウルフは変わった様子はなく、気を抜いたようにくつろいでいる。
だが、グランドウルフは魔獣の中でも一番俊敏で連携の取れた動きをする。
少し面倒ではあるが、アルスたちにとっては造作のない事だ。
ここに来るまでも何度も魔獣と戦闘してきたが、アルスたちにとっては腕鳴らし程度だった。
国は危険と指定する場所だが、この歳ですら常日頃から狩りに身を置いている彼らにとっては、危険どころか赤子を相手にしているようなもの。
「準備オッケーだよ」
「私も準備出来たわ」
二人が合図を出す。
アルスはゆっくり背伸びをする。
「んじゃあ、行ってくるか。」
アルスは躊躇う様子もなく、スっと岩陰から出てきた。
そしてそのままグランドウルフの群れに向かって歩き出す。
数は30くらいって言ってたけど、小さい個体もそれなりにいるな。
思ったよりすぐ終わりそうだ。
アルスに気づき、群れ全体が殺気立つ。
おー流石だな。
目がいいだけの事はある。
おそらくここら辺がアイツらの領域だろう。
アルスが今歩いているのはグランドウルフの群れの中心からおよそ80メートルあたり。
領域に入れば言わずもがな魔獣は襲ってくる。
アルスは躊躇わずその領域に足を踏み入れた。
次の瞬間、数匹のグランドウルフがアルス目掛けて一直線に走り出した。
アルスもそれを見て走り出し、剣を抜く。
そしてグランドウルフたちがアルスに飛びかかったが、瞬く間に数匹が斬られた。
それを見て、後ろでフェンリルが操っている魔獣に指示を出す。
と同時に、後ろから聞こえてくる大量の足音。
その音に伴い、グランドウルフの殺気もどんどん大きくなっていく。
そして次の瞬間、我慢の限界が来たグランドウルフの群れが先に飛び出した。
かかった!
「退いて!!!」
アルスは目の前に走ってくるヤツを斬ろうしたが、アイビスの声が聞こえ、すぐにやめ、後ろを振り向く。
後方には、アイビスが杖を上に上げ、魔力を溜めていく姿が見えた。
溜まっていく魔力が詠唱と同時に徐々に魔法へと変換されていく。
それは、ここ一帯を燃やしかねないほどの火魔法。
離れた位置にいるアルスですら、汗が吹きでそうなほどの熱気が伝わってくる。
「!!! やべっ!」
アルスはその規模の大きさを見て、一瞬で戦いの思考から逃げの思考へと切り替わる。
あいつ絶対俺のこと考えてねぇだろ!
ほんっと…………気遣いぐらいはしてくれ!!!
詠唱を終えたアイビスが思いっきり杖を振り下ろした。
次の瞬間、巨大な火の玉がこちらを目掛けて飛んできた。
「っ!」
大きな音ともに辺り一帯が焼け焦げそうな熱を帯びながら真っ赤に染まった。
俺はと言うと、避難に間に合わず、ここで一生消えないほどの火傷を負って……………ないです。
ちゃんと回避しております。
アルスは寸前で近くの岩場に避難し、難を逃れた。
ただ、アルスの髪の一部は無惨にも焼き焦げた。
「アルス!大丈夫!?」
フェンリルの心配の声。
それに対しアルスは………。
あのさぁ?そんな心配な声上げてくれるのは嬉しいんだけどさ。
俺からしたらそんな声上げるくらいなら作戦考える時にもっとちゃんと俺の事考えてくれたら良かったんじゃないかなァ!?
なんだよ作戦考えてる時は適当に逃げてって言っときながら?
もし、死んじゃったりしたらそんなつもりはありませんでしたってか?
ふざけんな!!!
危うく髪どころか頭皮まで持ってかれるところだったんだぞ!!?
もう許さないから!!
今更優しくされたところで、もう遅いんだから!!!
「大丈夫よ。あの程度で死ぬわけないでしょ」
と、アルスを焼きかけた張本人がいかにも他人事のように呟く。
お前はちょっとは心配しろよ。
「作戦の時に僕もアルスを適当にあしらっちゃったけど、いくらなんでもあそこまでの魔法を使う必要なかったんじゃないの?もう少し威力と範囲の小さい魔法とかあったと思うけど……」
フェンリルが眉を八の字にしてアイビスを見る。
アイビスにそう言われ、少しいじけたように顔を逸らしながら呟いた。
「……………ちょっと………ムシャクシャしてたから……。」
あっそう。
ムシャクシャしてたのね。
ムシャクシャして俺を燃やそうとしたのね。
うん、ふざけんな!!!
なんだムシャクシャしてたからって!!
限度ってもんがあんだろ!!限度が!!!
ムシャクシャで人を燃やそうとすんな!!!
あとそのいじけた言い方やめろ!
こっちが悪いみたいに見えるだろ!
「ムシャクシャって。まぁ確かに今日アイビスの出番ちょっと少なかったけど……。でも、だからと言ってあんなにしたらアルスが焦げちゃうよ」
焦げちゃうよ、じゃねぇよ。
焦げるで済むわけないだろ。
完全に火葬する勢いだっただろ。
骨までいく勢いだったよ!
「アルス、大丈夫?というか拗ねてるね」
アルスは岩陰で体育座りをしながらジトっとした目で二人を見ていた。
その様子を見て、アイビスが悪びれもなく言う。
「アルスあんた髪の毛燃えてるわよ」
「お前のせいだよ」
「まぁ大丈夫そうだね。それじゃ、他の魔獣に見つかる前に先に進もうか」
そう言ってフェンリルは渡り道へと入っていく。
アイビスはアルスに向かって「ふんっ!」と鼻を鳴らした後、そのままフェンリルについて行った。
なんであいつあんなに偉そうにできるんだ???
そう疑問に思いながらも、アルスもとりあえず二人について行った。
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長い渡り道を進み続けると、大きな部屋と言うには少し小さ過ぎる空間に出た。
そこは、長径200メートルくらいの半円型の空間で、ヨルメールの泉より少し大きい感じがする場所だ。
辺りは特に何があるという訳でもなく、無作為に設置された魔法陣がいくつかある以外はただただ殺風景な広場と言った感じの場所だ。
大きな部屋内をぐるっと見渡した後、アイビスが不満そうに呟く。
「何ここ。自然発光地帯なんて無いじゃない」
この情報は職員室で話すフィーネスたちの会話を盗み聞きして得た情報だ。
自然発光地帯好きのアイビスにとっては、この情報を聞いた瞬間一番はしゃいでいたが、この光景を見れば肩透かしもいいところだろう。
確かに何も無いな。
噂ではここにあるってはずだったんだが。
どう見てもある雰囲気じゃない。
ガセネタか?
だが、二人の考えとは真逆に、フェンリルはまっすぐ前を見ながら言う。
「いや、あるはずだよ、ここに。」
「? いや、あるはずって、どこにも………ってどこ行くんだよ。」
フェンリルがまっすぐ歩き出した。
「いいからついてきて!」
何かを知ってそうなフェンリルの自信満々の顔に、アルスとアイビスは顔を見合わせる。
そして首を傾げつつもフェンリルについて行く。
「あるはずって、そんな感じしねぇけど?」
「確かにここの雰囲気ではなさそうな感じがするね。
でも、たぶん敢えてこういう雰囲気にしてるんだと思う」
「敢えて?」
「そう、敢えて」
敢えてってなんだ?
誰かがわざとこういう風にしたってことか?
そんなことを悶々と考えていると、気づくといつの間にか反対側の壁に着いていた。
アルスは来た道を振り返り肩を落とす。
結局肩透かしかよ。
なんもねぇじゃねぇか。
そんなアルスの様子を尻目に、フェンリルが壁に手をつき、何かを探るように手を彷徨わせる。
「この地底世界は僕たち人間のように魔法や道具がなければ生活しづらい場所だ。でも、自然発光地帯はそれと真逆。何も無くても生活がしやすい場所。そうなると人間以外の生き物がとる行動は一つ。住みやすい場所を得るため、自然発光地帯に移動してくる。
だけど、それは人間にとっても同じだ。人間にとっても、自然発光地帯というのは重要な場所だ。だから、魔獣たちに取られないように敢えて隠したんだよ。人の手でしか開けられないように、ね。」
フェンリルの手が止まった。
周りと何ら違いも見当たらない少し出っ張った岩壁。
アルスとアイビスが何やってるんだと首を傾げる。
すると次の瞬間、フェンリルがいきなり聞いた事のない詠唱を始めた。
「『地に沈みし静穏よ。鏡の如く映し出すその光を持って、我が道を開き給え。開放』」
詠唱を終えると同時に魔力が壁へ流れていき、魔法陣の紋様が浮き出る。
そして、ガタン!と重いものが落ちるような音がして、紋様が消えた。
フェンリルはそれを見て、手をついていた壁を片手で軽々とズラした。
するとそこには、アルスたちがしゃがんで通れるぐらいの大きさの穴が出てきた。
「「っ!!!?」」
目の前で起こってることに驚きを隠せず、開いた口が塞がらないアルスとアイビス。
フェンリルは何気ない表情で二人の方を振り返る。
「開いたよ二人とも。」
「…………アイビス、さっきのはなんだ?」
「私に聞かないでよ。あんな魔法なんて聞いた事ないし、知らないわよ」
二人は怪しむような目でフェンリルの方を見る。
フェンリルはそれに気づき、慌てて説明する。
「え、えーとね。実はここ、魔法陣で入り口を塞がれたちょっと特殊な自然発光地帯なんだ!ある壁の場所に手を当てて、魔力を注ぎながら詠唱すると、魔法陣が反応して入り口が出てくる仕組みになってるんだよ。二人には黙ってたけど、以前図書館に行った時におそらくここに関する内容の本を見た事があって、もしかしたらと思って試してみたんだ」
それを聞いた二人はいつもの表情に戻る。
なるほど、それで開け方を知っていたわけか。
さすが、フェンリルって言いたいとこだが。
アルスがフェンリルを指差す。
「それはそうと、そういうの知ってたなら教えろよ!面白そうじゃねぇか!」
「そうよ!それがあったらもっと前から探せてたじゃない!」
アルスに並んでアイビスも同じように言う。
フェンリルは苦笑しながら、
「じゃあ、二人も一緒に図書館に来る?面白いことが書かれてある本が沢山あるよ?」
「…………やっぱり遠慮しとく……」
「行かねぇ!あそこは迷路な上に絶対目眩がする!」
フェンリルはいつも二人を図書館に誘うのだが、二人はあまり行きたがらない。
アルスはともかく、アイビスもアルスに似て好きな物しかしたがらない。
故に、魔法のこと以外はそこまで興味がないのだ。
「そんなことより、この先に自然発光地帯があるってことだよな?」
アルスは穴に近づき、覗き込む。
「そうだね。ここで間違いないと思うよ。」
覗き込むアルスの顔に暖かい風が当たる。
ここで間違いないだろうな。
けど、ちょっと困ったな。
これは……………全然先が見えねぇや。
穴の中は下に下る坂のようになっていて先が見えない。
「全然先が見えねぇけど、どうする?」
穴を覗きながら呟くアルス。
反響してくる音からして、かなり長いトンネルのようだ。
「それなら、僕が魔獣を使って穴の先を見てくるよ。その方が一番安全だと思うから。」
フェンリルが先行に名乗りを上げる。
「分かった。じゃあ頼むわ」
「うん、今から魔獣たちを呼んでくるよ」
フェンリルがそう言って、大きな部屋の外で見張りとして待たせている魔獣たちのところへ、戻ろうとした、その時だった。
誰よりもこの自然発光地帯に来ることを楽しみしていたあのわがまま娘がとうとう我慢限界を迎えた。
「いや、私が先に見てくるから!」
そう言ってアイビスは穴のところまで行き、中へ入ろうとする。
「お、おい!待て!下に何があるか分かんねぇんだ!何かあったらどうすんだよ!」
そう言ってアルスがアイビスを抑える。
「フェンリルが魔獣連れて来るまでなんて待てない!もう先に入る!!!」
「いいわけねぇだろ!落ちた先に見た事もねぇ魔獣がうじゃうじゃいたらどうすんだ!?お前なんか近距離戦はてんでダメだろ!!フェンリルが魔獣連れてくるなんて一瞬なんだからそれぐらい待っとけよ!」
「無理!我慢出来ない!」
あまりの勢いに押し合いになる二人。
フェンリルがその様子に気づく。
「ちょっと二人とも!何やってるの!危ないよ!!」
アルスの後ろは穴。
少しでも下がれば穴の中に落ちてしまう立ち位置だ。
「アイビスが暴走してんだ!」
「してないわよ!早く自然発光地帯を見たいだけよ!だからそこを退きなさい!」
フェンリルが暴れるアイビスを止めようとアイビスを後ろから引っ張る。
アルスもアイビスを押し返そうと踏ん張った、その時だった。
力を入れた方の足があまりに勢いがつきすぎて、地面から出っ張った岩に躓いた。
「あっ………」
小さくボソッとこぼれたその声にアイビスとフェンリルがアルスの方を見る。
二人の目には、アルスが体勢を崩し、後ろへと倒れていく姿が映る。
後ろへ倒れるアルスの手を掴もうと、二人は手を伸ばすも掴めず、アルスは頭から穴の中へ落ちた。
「うぇ!?あっ、ちょ、あっ、ああああああああぁぁぁ!!!!」
「アルスーーーーー!!!」
アルスの絶叫に近い叫び声と、フェンリルの必死の叫び声が穴の中へ響いていく。
やばいやばいやばい!!!
止まれねぇ!!!
滑り落ちるように穴の中へ落ちたアルスは瞬時に身体を広げ、掴まれるところ探す。
だが、穴の中は思った以上に急斜面で滑りやすく、止まろうにも止まれない。
どうする!!?
何も見えねぇし何がどうなってんのかも分かんねぇッ!!!
暗がりで何も見えないが、中がうねっているのは分かる。
まるで長い急斜面の滑り台のようだ。
アルスの体は頭から入ったはずなのに今は回転して足が下に来ている。
どうなってんだよ!!
出口も見えねぇ!!!
くそっ!!!
剣で何とかするしか……………!!!
そう思った瞬間、目の前に光が見えた。
出口なのか!!?
アルスはあまりの光の眩しさに目を瞑った。
同時に、アルスは吐き出されるように穴から脱出した。
一瞬の浮遊感の後、体が下へ落ちる感覚がした。
そしてすぐに体を打ちつける衝撃が全身に走った。
「痛ッ………!!」
何が起こったか分からず、アルスは眩しそうにゆっくり目を開ける。
頭の上には反り立つ壁があり、地面から数メートル上の高さに穴が見える。
おそらく、あの穴から落ちてきたのだろう。
そして、それと同時に今の自分の体勢が仰向けであることも理解する。
「生き………てるのか………」
落っこちて体を打ちつけた以外は特に体の異変は感じられない。
魔獣の気配も感じない。
というか暖かいし、心地よい風が吹いている。
掌を地面につける。
感触で草が生い茂ってるのが分かった。
ここは………どうやらアルスたちが探していた例の自然発光地帯で間違いないようだ。
はぁ、良かった〜。
まじで死ぬかと思った。
真っ暗でなんも見えなかったし、上手く身動きも取れなかったし、おかげで剣も迂闊に抜けないし、めっちゃ怖かった〜。
そう思いながらアルスは仰向けのまま天井を見る。
「なんだここ。すげぇな。暖かいし、いい風吹くし、天井も青いし………」
……………ん?
天井が青い?
アルスは閉じそうになる瞼をもう一度開け、天井を確認する。
天井が青い………。
!!!!!?
「天井が青い!!!!!!?」
そう声を上げると、反動で体が起き上がった。
天井が青いなんておかしい!!
どうなってる!という言葉が脳裏によぎる前に、アルスは目の前の光景に唖然とした。
緑の木々、青い天井。
暖かな風と嗅いだことの無い優しい匂い。
俺は、、童話の世界にでも来てしまったのか……。
アルスの眼前には、地面を覆い尽くすほどの花が一面に広がっていた。
♦ちょこっと豆知識♦
3人が初めて狩りに出たのは5歳のとき。地底世界で最弱とされるグランドワームを一体倒すのに大苦戦した。




