間話「アイビスの気持ち」
適当で不真面目。
子供っぽくて剣にしか興味がない。
意見の対立が多く、腹の立つ奴。
でも、一緒にいて楽しかった。
だから、こいつについて行こうと思った。
それが私から見たアルスだった。
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初めて出会ったのは三歳の時だった。
当時の私は人見知りで引っ込み思案な性格だった。
だが、父と母にはものすごく可愛がられていた。
そんな私の家は移動型自営業を営んでいて、村を転々としていた。
何を売ってるのかは当時は知らなかったが、父が私に友達ができるようにと移動型自営業をやめて、今の住んでいる村で暮らすようになった。
最初は村の人が怖かった。
引越し当時は挨拶回りをするために、よく村の人と顔を合わせていた。
だけど、私は挨拶回りの時、いつも母の後ろに隠れていた。
村の人はそんな私を見て微笑んでいたが、私は目も合わせられなかった。
そんなある日、一件の家に挨拶回りに行った。
質素な家。
この村ではごく普通の家に見えた。
コンコンコン………
父が扉にノックする。
「はーい」
甲高い声とともに出てきたのは地底世界では珍しい綺麗な黒髪と黒い瞳を持つ、優しそうな顔をしたおっとりとした女性だった。
「すみません。この度この村に引っ越してきたものです。挨拶回りに来ました。」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。この家に住んでるアーミスと言います。よろしくお願いします。」
「先に名乗らせてしまってすみません。私はファビスと言います。こっちは妻のアイナス。そして、こっちが娘のアイビスです。」
父が母、私の順番で紹介していく。
母は紹介と同時にお辞儀をしていたが、私は以前隠れたままだった。
「あら?女の子かしら?何歳なの?」
いきなり私に食いついてきた。
「………」
だが、私は何も言わず隠れる。
「こら、アイビス。質問されてるんだからちゃんと答えなさい。」
「ふふふっ。恥ずかしがり屋さんなのね。」
私が母に怒られるもその女性は気にした様子はなく、笑っていた。
「……………さ、さんさい………」
私は隠れながらも小さな声でそう答えた。
聞き取れるかどうか分からないぐらい小さな声だったと思う。
だが、その女性は
「え〜!そうなの!?うちの息子と同じね!」
と、朗らかに笑いながら答えた。
急に大きな声を出されビクついてしまった。
「そうなんですか!息子さんが居られるんですか」
「えぇ。でも今遊びに行ってて、もうすぐ帰ってくると思うんだけど」
「ただいまーーー!!!!」
会話に割って入るように後ろから大きな声が響いた。
私は驚きのあまり今度はその声の主から逃げるように隠れた。
父と母も唖然としていたように思う。
「母ちゃん!この人たちだれ?」
あまりに遠慮のない質問に私は初めてそいつの姿を見た。
黒髪混じりの赤髪に紅い瞳。
背丈は私と同じくらい。
頭からつま先まで泥だらけで、如何にもわんぱく小僧といった顔をしていた。
これが、当時のアルスである。
「こら!アルス!人の後ろでいきなり大きな声を出さないの!」
親の叱りに対して全く悪びれる様子もなく
「え?そうなの?んじゃあ、ごめん。」
と、適当に謝った。
いや、当時のアルスはこれが普通だったのかもしれない。
だが、私にとっては初めて見るタイプの人間だった。
「いやいや、いいんだ。私たちが君の家の前を塞いでしまっていたのが悪いからね。」
父はあっさりと許した。
「アルス。こちらの方たちはついこの間この村に引っ越してこられたのよ。」
「ふーん。そうなのか。俺、アルスって言うんだ!この村のばんちょうってやつやってんだ!わからねぇことがあったらなんでも聞いてくれよな!」
大きな声で自分を指差しながらの自己紹介。
「はははっ。それは頼もしいね。是非よろしく頼むよ。」
父は笑いながらアルスと握手した。
「それにしても元気のある子ですね。」
「えぇ。ほんとに有り余るくらいで……。」
「いえいえ、男の子ならこれぐらいあった方がいいですよ。」
父と母、そしてアーミスの三人で話し始めた。
私は変わらずアルスから隠れるように母にの後ろにいた。
だが、私もアルスに少し興味があった。
同い年でここまでものを言える子なんて初めて見たものだから新鮮だった。
私は恐る恐る顔を覗かせた。
少し、、少し顔を見るだけ……。
そんなつもりで覗いたのだが、アルスの顔は私の顔の目の前にあった。
「わぁ!!」
私は驚きのあまり声を上げて尻もちをついた。
最初は驚きのあまり分からなかったが、アルスは私がアルスを覗く前から、私のことをかなりの至近距離で覗いていたのだ。
「あら、大丈夫?」
アーミスが一声。
だが、すぐさまアルスが
「お前、なんでずっと隠れてるんだ?」
と、意味が分からないみたいな顔で見ていた。
私は恥ずかしくなり、今度は父の足に隠れた。
「あーすまないね、アルス君。この子は少し人見知りなんだ。根はいい子だから仲良くしてやってくれないかな。」
と、少し困ったような声音で父が返した。
「そうなのか。お前、名前なんて言うんだ?」
「……………ア、アイビス………。」
「アイビスって言うのか!よろしくな!んじゃあ早速遊びに行こうぜ!」
と、アルスはいきなり私の手を掴み遊びに行こうとする。
だが、私は父の足から離れなかった。
「い、いや……!」
と、拒んだ。
アルスは引っ張るのをやめて振り返り、キョトンとした顔で私を見ていた。
「アルス!いきなり女の子の手を引っ張っちゃダメでしょ!!」
アーミスがまたアルスを叱る。
「どうしたんだ?アイビス。折角誘ってくれたんだから遊んできたらどうだい?」
「そうよ。きっと楽しいわよ?」
父と母は遊びに行かせようとしてきた。
だが、私は首を横に振った。
行きたくなかった訳ではない。
ただ、たった今会った子と遊ぶなんて、人見知りの私には出来なかった。
アルスはその一連を見て、
「そうか、んじゃあ遊びたくなったらいつでも来いよ!」
と、笑っていた。
その時、私には一瞬アルスが眩しく見えた。
私から拒まれたのに、気にすることなくまた誘ってくれた。
私には到底出来ないことだった。
初対面の大人に堂々とものを言い、拒絶された子に対しても関係なく普通に接している。
そんな姿が私には光って見えた。
それから少しずつアルスについて行くようになった。
当時はいつも一緒とはいかなかったが、アルスと遊ぶようになって、フェンリルと知り合って、遊ぶ頻度が増え、常に一緒にいるようになった。
私の内気な性格が治ったのはアルスと出会ってからだった。
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あれから十二年。
私たちは一緒に居なくなった。
何するにも一緒だった私たちがバラバラになった原因は
―――私だった。
特に何か喧嘩をしたとかそういうのではなかった。
二年前ぐらいからなにか違和感を感じるようになった。
何故だかあの頃は、気にしなくなった人の目をまた気にするようになっていた。
というのも昔みたいにキョロキョロオドオドといった感じではなくて、なんか見られているという妙な胸騒ぎだったように思う。
当時は分からなかったけどこれは男女が大人になるのに必ずと言ってもいいほど通るであろう現象なのだろう。
フェンリルはそういうのには気づいていただろうけど、アルスはそんなこと一切気にしない。
だから、私は余計に腹を立てていたのだと思う。
なぜもっと気を遣わないのか。
なぜもっと大人になれないのか。
それが積もりに積もった結果。
心のどこかで二人を遠ざけるようになった。
男子全般がそういう訳ではなかった。
ただ、アルスたちといると特に周りの目が気になって仕方なかった。
そしてある時、クラスの子からこんな事を聞かれた。
「アイビスって、アルスとフェンリルのどっちが好きなの?それとももうどっちかと付き合ってる?」
意味が分からなかった。
何故そんな事を聞かれたのか。
だけど同時に、胸の奥から恥ずかしさのようなものが込み上げてきて、声を荒らげて否定したのを覚えている。
そして、この感覚を何故か不愉快に感じた。
あっ、そうか。
これが嫌なんだ。
そう自覚した時から、彼らと共に行動するのをやめた。
それからというもの、私はクラスの女の子たちと一緒に行動するようになった。
教室内や放課後など、常に彼女らと共に行動した。
今まではアルスたちと三人で行動し、狩りをしたり、色んなところで遊んだりしていた。
だけど、彼女らと行動するようになってからは狩りに行くことはなくなった。
代わりにショッピングやお茶会と言った今までしてこなかった事をするようになった。
最初のうちは「これの何が楽しいんだろう?」と思っていたが、今ではそれなりに楽しみ方もわかるようになった。
お店を見てまわり、可愛い装飾品を買い、みんなでお茶を飲みながらお話をして、一人で家に帰る。
これが日常になった。
そしてこの日常をむず痒く感じていた。
女の子として、買い物をしたりお茶会をしたりというのは普通のことなのだろう。
――ただ、私には合わない。
これが嫌いかと言われると、そうでもないが、好きかと言われると、そうでもない。
普通だ。
何の刺激のないもの。
そんな感覚。
私は女の子らしくない。
彼らと長く居たせいか、楽しさの主軸が男の子と同じものになっていたのかもしれない。
「男の子のように遊びたい」
そう思う気持ちが強かった。
でも、それは普通じゃない。
それは女の子らしくない。
アルスたちと居たいと思うけれど、またあんな風に言われる。
だから、我慢しなきゃいけない。
狩りをするのも、泥だらけになって騒ぐのも、先生にいたずらしたりして悪さをするのも。
これが普通だから。
そんなある日、授業でアルスとペアを組まされた。
正直乗り気じゃなかった。
アルスの魔法の腕は絶望的だったのもそうだが、一番は周りからの目だった。
案の定、移動すれば周りのみんなが目を向けた。
そして、ヒソヒソと話し出した。
その行動があまりにも不愉快だった。
何故そんなことをされるのか。
それで隠しているつもりなのか。
今に思えば感情が顔に出ていたのかもしれない。
だから、アルスは私の気持ちを察してか、それとも自分自身が不快に思ったのか、周囲に強く言い返した。
「言いたいことがあるなら面と向かって言え」、と。
周りはみんなポカンとしていた。
私も最初はそうだったが、次第に心の奥から笑いが溢れてきた。
なにが面白かったのかは今でも分からないが、アルスが強く言い返したこと。
昔と比べて何も変わっていないとこ。
その事に何故か安心した。
やっぱりこいつは、私にとって指標にすべき、存在。
並ぶなら、こいつの隣がいい。
そう感じた。
だが、変わらず私の行動は変わることはなく、女の子たちと行動を共にしていた。
アルスたちと一緒に居たいと思うが、踏み出す勇気が足りなかったと思う。
けど、何の因果か。
――踏み出す " きっかけ " が出来た。
――緊急事態発生、場所は北大大きな部屋東部の自然発光地帯にて。
その知らせを受けて、居てもたってもいられなくなった。
思わず家を飛び出し、中央大きな部屋へ向かった。
中央大きな部屋には大勢の人集りとそれらに囲まれている掲示板。
私は大勢の人の山をかき分けながら掲示板を見上げた。
書かれてある内容に絶句した。
何故、そんなことが起きたのか。
どうして……
そんなことを考えていると、気づけば周りに人が居なくなっていた。
代わりに居たのはアルスとフェンリル。
彼らがどうしてここにいるのかなんてものはどうでも良かった。
ただ、久々に面と向かう彼らに対して恥ずかしさと申し訳なさがあった。
だが、彼らが今望んでいるのはそんなものではない。
彼らが求めているのはあの頃の『私』。
三人でバカをやる頃の――
そう思うと自ずと心は軽く、踏み出す一歩が必然的に前に出た。
「オドオドしてんじゃないわよ!言わずとも分かってるわ!早く行くわよ!もう我慢出来ないわ!」
女の子として、これはおそらく普通ではない。
また嫌な目で見られるかもしれない。
ヒソヒソと陰口を言われているかもしれない。
でも、もうどうでもいい。
――我慢の限界だ。
私の大事な場所を荒らす輩にも、自分を偽るのも。
これが私が決めた選択だ。
彼らと出会えたこと。
彼らについて行くこと。
女の子らしく取り繕わないこと。
後悔などクソ喰らえだ。
――アルスとフェンリルと三人で、この歩みを進めよう。




