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第五話「向き合う」

 一週間後、アルスたちはいつも通り学校に行き、授業を終えた。


 普段のアルスなら、放課後そのまま狩りに向かうところだが、今日は違う。


 今日はアルスにとって、二週間に一回の定例の日。

 アルスにとって、大事な日だ。


  " 定例の日 " のアルスはいつもよりウキウキしている。


 何故なら、今日が()()()でないか、と待ち望んでいるから。


「アルス〜。今日狩り行くんだけどさ、お前も来ねぇ?」


 最後の授業を終え、ホームルーム前にクラスメイトの一人がアルスを狩りに誘う。

 が、アルスがその誘いに気づく様子はなく、ルンルンで帰りの用意をしている。


「?」


 そのクラスメイトは首を傾げつつも、もう一度同じように誘おうと、今度は気づくようにアルスの肩に手を伸ばした。

 だが、隣で聞いていた奴がアルスの代わりに答えた。


「いや、今日のアルスは来れねぇよ。」

「え?なんで?」

「今日はほら、()()()だよ。」

「あの日?…………あの日って………もしかして……」

「そう、そのもしかしてだ。」

「えぇ!?まじかよ!!アレまだ続けてたのか!」

「まぁアルスは諦めの悪い男だしな」

「それにしてもだろ」


 二人はため息をつきながらアルスを見る。


 クラスメイトのほぼ全員は " アレ " が何なのかを知っている。

 その内容は驚くようなことでもないのだが、まさかあのアルスがそれをするとは思わなかったため、アルスから聞いた当初はクラス中で話題になったのだ。


「まぁ、今日のアルスは先約があるんだわ。」

「そうか〜。じゃあ誰誘おうかな」

「フェンリルにしとけよ。頼りになるじゃん。」

「いやあいつ一番忙しいだろ」

「確かに。」


 そんな会話をしながら二人はアルスの席から離れていく。


 だが、アルスは二人に気づく様子はなく、ルンルンと鼻を鳴らしながら席に着き、ホームルームを待っている。


 狩りをする日よりも明らかにテンションの高い様子から見て、アルスにとって相当嬉しいものだと分かる。

 だがその内容は、おそらくアルス以外はあまり嬉しいものではない。


 剣に愛されたアルスだからこそ、心踊らされるものなのであろう。



---



 ホームルームを終え、アルスは足早に校舎の裏庭へと向かった。


 そこは何もない場所で、ただ地面一帯が芝に覆われている場所。


 校舎の裏にあるその場所は学校の敷地を囲う壁と校舎の壁に挟まれており、何かに使われる場所でもなく、誰かが使用するような場所でもない。

 強いて言うなら教師たちがたまに愚痴をこぼしに来るぐらいだ。


 そんな場所でも、二週間に一回、決まってここに来る者がいる。


 それは、グランベル学園の教師にして、

 " 地底世界最強の剣士 " の名を持つ男。


 ――名はラスティーニという。


 金髪に白髪混じりの髪を後ろに流し、横は刈り上げるというかなりいかつい頭をしており、腕まくりをしたシャツから見える綺麗な血管と筋肉、そしてそれに見合ったハンサムな面。

 年齢は五十代でありながらも地底世界屈指のモテ男とされている。


 そんな彼がここに来る理由は一つ。


 ――剣の鍛錬だ。


 彼はグランベル学園の教師の中で、唯一の剣士である。


 魔法ももちろん扱えるし、座学なども教えれるちゃんとした教師だ。


 しかし、彼は教師である以上、その多忙さ故、剣を触れることが出来るのは授業でのみ。

 アルスのように、毎日剣に触れることはままならない。


 剣士として、あまり剣に触れれないというのはストレスになる。

 中には物にあたり散らしたり、素行が悪くなったりするような禁断症状のようなものが出る者もいる。


 そのため、彼は鬱憤を晴らしつつ、剣の鍛錬を二週間に一回、この裏庭で行っている。


 彼にとってこの鍛錬の間は至福に等しい。


 誰の目も気にすることなく思うように剣が振れる。

 正しく、全てを忘れて没頭出来る。


 そんな場所なのだ。


 しかし、そんな彼の至福に、唯一入り込んでくる者がいる。


 それは、


「先生ーーーー!!!待ってたぜこの日を!!!」


 その言葉と共に、ある一人の生徒が彼の目の前に現れる。


 そして、彼に指を差し、


「今日こそ弟子にしてもらうぜ!!ラスティーニ先生!!!」


 明るく自信の溢れるその声と目は彼の気力を削るには十分なものだった。


 腰に剣を携えたその生徒は彼もよく見るあの " 問題児 " 。


 ――アルスだ。


 アルスが何故、今日学校で浮き足立っていたのか。

 それは、「今日こそラスティーニの弟子入りが出来るんじゃないか」と楽しみにしていたからだ。


 彼は剣の素振りを止め、ため息をつきながら答える。


「何度言ったら分かる。弟子など取らん。今すぐ帰って勉強しろ!」


 面倒くさそうに放たれたその言葉に、アルスは小さい子供のように駄々をこねる。


「なんでだよ!いいだろ?一人ぐらい!」


 ここまでがセット。


 アルスとラスティーニの弟子入りの話は二週間に一回、必ず行われる。

 だが、ラスティーニが首を縦に振ったことは一度もない。


 当然だ。

 ただでさえ忙しい上、ようやく出来た自分の稽古の間を弟子に使うとなるとますます自分が剣を振れなくなる。

 教師とて、やはり優先したいものはあるのだ。


 それに、ラスティーニが頑なに首を縦に振らない理由は他にもある。


 例えば、


「アルス。お前、魔法はどれくらい使えるようになった?」


 その言葉にアルスはギクッと体を弾ませ、目を逸らす。


「…………しょ、初級魔法……を、少々……。」


 ラスティーニは呆れたように額に手を当て、またため息をつく。


「卒業近い最上級生が初級魔法しか使えないでどうする?」

「ぐっ……!」

「座学も最下位だろ?」

「うっ……!」

「それに、お前は『固有魔法』も使えないだろ?」

「げっ………!」


 『固有魔法』とは、誰もが習得出来る一般魔法とは違い、その人しか使()()()()魔法の事である。


 人の数だけそれは様々な種類があるが、固有魔法は全員が使えるわけではない。

 地底人の約六割は固有魔法が使えない。


 固有魔法は親の遺伝であったり全く関係なかったりと様々なため、どういう仕組みで使えるようになっているのか分からない。


 アーミス(母)は固有魔法を使えるが、アルス(息子)は固有魔法が使えない。

 アルスにとっては、固有魔法を使えないことも、魔法を苦手とする一端なのだ。


「そんなんで卒業出来るわけないだろ。仮に出来たとして、どこに就職するつもりだ?」

「いや、それは……!」

「今のままだったらお前、村の畑家業継ぐことになるぞ」

「な!?それだけは勘弁してくれ……」


 アルスは怪訝そうな顔しながら体を縮こませる。


 これらも毎度言われるのだ。


 魔法に学業、就職のこと。

 全て当たり前のことだ。


 魔法も学業も、剣よりもはるかに生活に繋がるものだ。

 剣で生きていくことも出来るが、剣()()では生きていけない。


 だが、まだ考えの至らないアルスにとってはその現実に向き合うほどの覚悟と思慮深さが足らないのだ。


「じゃあさ、尚更弟子にしてくれよ!そしたらもっと強くなって、就職とか色んなところから声が」

「ダメだ!!」


 アルスの言葉をラスティーニの怒声がかき消した。


「何度も同じことを言わせるな!

 剣を振るだけでは人は生きていけない!

 剣だけで生きていくというのは、

 愚かな者がすることだ!」


 アルスはその言葉にぐうの音も出ない様子で下を向いた。


 この言葉も何度も言われてきた言葉だ。


 剣だけでは生きてはいけない。

 この言葉の意味も分かる。

 分かってるけど、納得出来ない。


 魔法や学問は出来れば褒められ、将来を期待されるのに対して、なんで剣は、それだけじゃ生きれないと言われるんだよ。

 言いたいことは分かるけど……………どうしても納得出来ない。


 その様子を見て、ラスティーニが呟く。


「………何もお前の剣を否定してるわけじゃない。お前の剣の才に関しては私以上だ。私以外にもお前の将来を期待する者は多くいるだろう。

 だが、今のお前のそのやり方では、誰にも認められないし受け入れられない。

 今お前の隣を一緒に歩んでくれている者も、いつかは違う道を歩き出すだろう。

 その時にお前は、そのままで居続けるつもりか?

 成長しないそのやり方で、一人取り残される道を行くのか?」


 アルスは顔を上げ、目を彷徨わせる。


「……………そういうわけじゃ………」

「ならば、やり方を変えろ。お前のやり方じゃ誰にも認められない」

「やり方………」

「剣だけに縋るな。魔法も勉学も一人前にして、ようやく剣を振る資格を持てる。今のお前は剣だけしか見えていない。そのせいで、他のことを全て投げ出している状態だ」

「………」

「つまり、お前が今すべきことは何か分かるな?」

「…………魔法と勉強を頑張る……」


 アルスは嫌そうな顔をしながら答える。


「そうだ。魔法と勉学を剣の腕前までとは言わない。少なくとも、余裕で卒業出来るくらいにまではなれ。お前に剣の稽古をつけるのはそれからだ。」

「……………分かった」


 複雑だが納得はしたようだ。


 魔法や勉学を剣の腕前と同じくらいとなるとそれはもう途方もない努力が必要になってくる。

 フェンリルやアイビスと同じくらい魔法や勉強が出来なければならないということなのだから。


 だが、卒業出来るくらいにまでになれということなら、アルスでも出来るだろう。


 現時点でもアルスはギリギリ卒業出来るかどうかのラインだ。

 少しでも魔法や勉強が出来るようになれば、余裕で卒業出来るだろう。

 まぁ、それまで稽古はお預けということになるが。


「なら、今お前がすることは何か分かるな?

 帰って魔法の特訓をするなり、勉強をするなりしろ。

 さぁ、帰った帰った!」


 話は終わったと言わんばかりに雑にあしらうラスティーニ。


 アルスはそれを聞いて、何故か今までの話が全部早く帰らせるための口実な気がしてきて釈然としない様子で眉をひそめる。


 ラスティーニ先生の言うことは確かにそうだと思うし、嘘ついてる感じはしない。

 何より剣士として参考すべき点はちょっとでも参考にするべきだ。

 だから先生の言う通り帰って魔法の特訓するか勉強するべきだが…………。

 なんだろ。

 なんか釈然としないな。

 なんか言いくるめられたような気がする。


 アルスは再びの稽古に戻るラスティーニの後ろ姿を目を細めながらじっと見る。

 ラスティーニはすぐにその視線に気づいた。


「どうした?」


 うーーーん…………。

 先生の言ってることは納得出来たけど…………今すぐはなんかアレだな。

 なんか違うわ。

 そんな気分じゃねーし。


 アルスはラスティーニの言葉を無視して、彼の隣に歩いき、そして並び立った。


「? 何を……」


 次の瞬間、アルスは腰に差している自分の剣を抜き、まっすぐ前に構える。


「おい、アルス。お前」

「今日だけ!明日から言われた通り魔法の特訓なり勉強なりすっからよ!今日だけ、剣振らしてくれ。」


 そう言ってアルスは素振りを始めた。


 別にやらねぇわけじゃねぇんだ。

 ちゃんと明日からやるし!

 でも、なんか今日は違う。

 今日は本当に剣の気分だから!

 帰ってもたぶん絶対剣振ると思うだけだから!

 明日からは絶対やるから!!!


 ラスティーニはアルスのその様子を見て、何を思ったのか、軽くため息をこぼし、


「今日だけだぞ?」


 と呟いて、剣を振るアルスの隣で同じように剣を振り出した。



---



 ――翌日


 アルスはフェンリルを連れて中央大きな部屋(タンガ)に来ていた。


 今日は学校は休みの日。

 畑仕事の手伝いもなく、自由を持て余した二人は狩りをしようと掲示板へ向かっていた。


 掲示板というのは魔獣の討伐依頼や街のお知らせなどが貼られてある場所で、アルスたちはいつもそこから依頼を取り、魔獣の討伐に向かっている。


 地底世界には魔獣たちの異常行動や緊急事態に備え、狩りを専門とする、『狩人』という職業がある。

 魔獣の討伐依頼は本来彼らがするものなのだが、彼らは依頼が掲示されてから討伐に向かうまで、色々な手続きの関係上、約二、三日はかかる。

 そのため、早めに依頼をこなして欲しい時などは掲示板に貼り、受理されるのを待つ。


 依頼を受けたい者がいれば掲示板から依頼の紙を取り、依頼こなした後、紙を役所に渡す。


 これが一連の流れだが、専門職以外で魔獣の討伐依頼を受けようという者はあまりいない。


 それもそのはず。

 専門職以外の者が討伐依頼を受けた場合、報酬は何一つとして()()()()()のだ。

 いわばボランティアのようなものだ。


 危険な場所に身を投げ入れる上報酬も出ないとなると誰もやりたがらない。

 しかし、アルスたちのような「趣味は狩りです!」のような人間は報酬がなくとも受けるのだ。


 二人は会話をしながら歩いていると、いつの間にか掲示板の前まで来ていた。


 今日も当然、狩りの依頼を受ける。


 ――つもりだったのだが……。


 アルスが掲示板に張り付くように端から端まで顔をスライドさせていく。


「…………無い………無いッ…………無いッ!!!!!」

「アルス……」

「なんで討伐依頼が一つも無ぇんだよ!!!」

「それは僕に言わないでよ。」


 頭を抱えながら叫ぶアルス。

 どうやら今日は依頼がないらしい。


「まぁ最近は魔獣の動きもかなり落ち着いてきてるしね。討伐依頼がないことは、平和な証拠だよ」

「違ぇよ!そういうことが言いたいんじゃねぇんだよ!なんでよりによって今日!今日討伐依頼がねぇんだって言ってんの!!久しぶりの狩りを楽しみにしてたのによ!!!」


 地団駄を踏みながら幼い子供のようにごねる。


 アルスたちにとって、今日は二週間ぶりの狩りの日。

 狩り大好き人間アルス君にとっては、この日を待ちわびていたのだ。


「ま、まぁ、そう言う日もあるよね………。っていうか、さっき言ってた魔法の特訓とか勉強の方はどうしたの?ラスティーニ先生に言われたんじゃないの?」

「んな!?……いや、その………なんというか……やっぱり俺一人でするより、出来る奴に教わりながらの方がいいじゃん?だからフェンリルに勉強を教えてもらおうかな〜って………」

「あぁ、なるほど。そういう事か。確かにその方が効率もいいし、手詰まりになっても教えてくれるからいいと思うよ。でも、教えてもらうのはいいんだけどさ…………狩りをしながらどうやって教えてもらうつもりだったの?」

「………うっ……」

「さすがに教科書が無かったら、いくら僕でも君に勉強を教えれないけど?」

「いや………それは………」


 どさくさについた嘘がすぐにバレた。

 アルスの目が泳ぐ。


「まぁ、今日は最初から狩りをするつもりだったんでしょ?

 君の事だ。ただやる気が出ないだけでしょ?」

「うっ……!」


 図星をつかれ、ぐうの音も出ない。


「まぁ、僕は今から帰って勉強教えてもいいけど……どうする?」


 フェンリルは今日特に予定もなく、アルスの希望で狩りをしに来た。

 そのため、狩りをせずともなんの問題もないし、アルスに勉強してもらういい機会だとも思っている。


 だが、アルスはフェンリルの言葉に顔をひきつらせていた。


 確かに………フェンリルの言う通り、今すぐ帰って勉強教えてもらった方がいいんだろうけど……。

 やっぱりなんかやる気が出ねぇんだよなぁ。

 昨日先生が言ってたことは理解出来るし納得もしたけど……。

 でもなんかやる気出ないんだよなぁ。

 余裕で学校卒業出来たら剣の稽古もしてくれるって言ってたけど、なんかなぁ……しっくりこねぇっていうか。

 なんかなぁ〜……。


 脳内で言い訳を呟き出すアルス。


 アルスは今までずっと剣のことしか頭になく、それ以外のことはほとんど興味を示すことはなく、剣以外に対して本気で打ち込むという経験をしたことがなかった。


 しかし、昨日のラスティーニの言葉を聞いて、魔法や勉強に少し興味が湧きつつある。

 あとはそれらを行動に移すだけなのだが、アルスにとっては足りないのだ。

 それらを行動に移すほどの、 " 何か " が。


「おうおう!見た事ある顔だなと思ったらお前らか!!」


 掲示板の前で留まっていた二人に後ろから声が掛けられた。


 その活きのいい声に二人は振り向く。


「げっ!暇人店主……!」

「誰が暇人店主じゃ!!!」


 そこには街の店を営む店主たちが数人。

 アルスたちを待っていたと言わんばかりに立っていた。


 フェンリルが前に出て挨拶をする。


「こんにちは。どうしたんですか?皆さんお揃いで………あっ、もしかして邪魔でしたか!?」

「いやいや、違うよ!僕たちは掲示板には用はないよ。僕たちは君たちにお願いがあって来たんだ」

「僕たちにですか?」

「そう君たちに」


 何故自分たちに用があるのかと首を傾げるフェンリル。


「実はね、ちょっと困っててね。

 今日来るはずだった店員が休んじゃってね。人手が足りないんだよ。

 そこで誰かにお願いしようと街道を歩いていたところ、ちょうど君たちが目に入ってね」

「あぁ、なるほど。それで声をかけてくれたんですね」


 合点がいったようだ。


「もし二人が良ければ手伝って欲しいんだ!

 もちろん、お給料は弾むよ!」


 かなり切羽詰った様子で懇願してくる店主たち。


 まぁ中央大きな部屋(タンガ)に構える店は大体忙しいし、人手不足になるのも分かるが……………俺ら二人で大丈夫なのか?

 フェンリルは器用にこなせるからともかく、俺はなんも出来ねぇぞ?


 店主たちのお願いにフェンリルが少し考えた後、顔を上げ、アルスの方を見る。


「僕はいいんだけど………アルスはどうする?勉強するなら教えてあげるけど?」

「げっ………俺は………」


 アルスは誰から見ても分かるほど顔を引きつらせる。


 店の手伝いか………。

 つまんなそうだな……。

 今日は狩りの気分だったのに一気に変わっちまった。

 今から狩りは絶対無理だし、かと言ってここで手伝いをやるって言わなかったらほぼ強制的にフェンリルに勉強させられるのが目に見えてる。

 どうするかなぁ………。


 アルスは横目でチラッと店主たちを見る。

 店主たちは両膝をつき、まるで神頼みをするかのように手を握りしめ、アルスを真ん丸な目で見つめてくる。


 おいやめろ!

 そんな目で見るな!

 なんか……なんか気持ち悪ぃ!


「分かったよ!!やるよ!やればいいんだろ!!!」


 店主たちの視線にむず痒くなったアルスは渋々了承した。

 アルスの了承を聞き、店主たちの顔がパァーっと晴れる。


「ッ!!ありがとう!じゃあさっそくお願いだ!ついてきてくれ!」


 そう意気揚々と店の方へ歩き出した。

 二人もそれについて行く。


 あっ………そう言えばどれくらい働くか聞いてねぇな。

 まぁいいか。

 どうせちょっとやって終わりだろ。

 ささっと終わらせるか。


 そんなことを考えるアルスを横からじっと見てくるフェンリル。

 アルスはフェンリルが何を言いたいのか瞬時に理解したのであえて無視する。


「ねぇ、アルス。」

「………」

「勉強したくないから手伝う方選んだでしょ?」

「………………悪ぃかよ」

「別に?君が選んだならいいんだ。でも、明日からは毎日勉強教えてあげるよ」

「うぇっ!!?」

「ふふふっ!楽しみだね〜」


 体を弾ませるフェンリル。


 こいつ…………絶対俺が苦しむの楽しんでるだろ!!!



---



 中央大きな部屋(タンガ)は商店街や住宅、様々な施設などがある。

 中央大きな部屋(タンガ)は唯一全ての大きな部屋(タンガ)と繋がる場所であるため、色々なものが多くある場所だ。


 人の往来も一番多いこの場所で、アルスたちは商店街の客寄せ中。


「いらっしゃあああいい!!!安いよォ!!いい商品ばっかだよォ!!!おらアルスッ!お前も声出せ!!」


 鳴り響く怒声に近い客寄せに、明らかに嫌な顔をし、低い声で呟くアルス。


「おい、」

「どうした」

「どうしたじゃねぇよ。人手不足で手伝いに来いって言ったから来たのによぉ。客全然居ねぇじゃねぇか!」


 商店街の一角に構えるこの食料店は店主とその息子の二人で営んでいる店である。


 アルスは普段これといった用事がない限りは商店街の方へは来ないため知らないが、この店はかなりの人気店である。

 品揃えは良いし、なんでも、店主の方はゴリラ顔をしているが、息子の方はかなりの美男子として主婦たちから人気なのだ。


 しかし、そんな看板息子が今日は風邪で寝込んだときた。

 そうなると客は一気に遠のく。


 何せ息子がいなければこの店はただ暑苦しいゴリラがいるだけの店だ。

 そのため、店内は見ての通りすっからかん。


 強いて言うなら、見通しのいい店内にもかかわらず、店内を彷徨っている老婆()がいるくらいだ。


「いや………あれだ!今からたくさん来るんだよ!そのためにお前を呼んだんだ!」


 慌てふためく店主にため息をつく。


 どう見ても人が来る気配ないだろ。

 一人休んでんだから店の方も休めばいいのに……。


 それにしても、フェンリルは良いなぁ。

 お姉さんばっかで。


 アルスとフェンリルは今、別々の店を手伝っている。


 何故か今日は人手不足が複数の店で出てしまってらしい。


 そのため、アルスは食料店。

 フェンリルは向かいの花屋を、それぞれ手伝っている。


 花屋は比較的に若い女性が多く訪れる。

 そのためフェンリルは今、美人なお姉さんたちに囲まれて仕事をしている。


 アルスはそんなフェンリルの姿を見て歯ぎしりをする。


 なんであいつは綺麗なお姉さんと一緒なんだよ!

 こっちの店主を見てみろ!

 モサゴリラじゃねぇか!

 髭生やして胸毛も見せて、誰も見たかねぇんだよ!


 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。


「坊や、どうしたんだい?そんな顔をして」


 アルスは反射的に後ろを振り向いた。


 するとそこには、紺色のハット帽に黒のローブを身に纏い、杖をつき、腰が曲がり、背も低くく、顔はかなりしわまみれの老婆がいた。

 店内を彷徨っていた老婆だ。


「……え?なにが?」


 アルスはその老婆に驚く様子もなく、自分の顔を触る。


 本人は気づいていなかったようだがどうやら顔に出ていたようだ。


 そしてその老婆はそのまま近くにあった椅子に座り、アルスに語りかける。


「店に立つ者がそんな顔をするんじゃないよ。

 そんな顔してたら、誰も寄ってこないよ」


 その言葉にアルスはまたぶすっとした顔をして答える。


「別にやりたくてやってるわけじゃねぇし。俺の店でもねぇし。

 どんな顔してようが俺の勝手だろ?」


 だが、老婆はその言葉に目を丸くする。


「やりたくてやってるわけじゃない。自分の店でもない。

 じゃあ、あんたは何でここにいるんだい?」

「………人手不足で手伝ってくれって頼まれたからやってるだけだ。断ったら勉強させられそうだったから仕方なくだ」


 そう言って店主の方を見る。

 老婆と話しているアルスに気づいてないのか、変わらず客寄せに声を張り上げている。


「仕方なくやってる、か。まだまだ子供だね」


 小さく呟かれた言葉だったが、その言葉はアルスの耳に届いた。


 アルスはさらに眉間にしわを寄せる。


「あんた、勉強は嫌いかい?」

「勉強?」


 話の流れに沿わない質問に思わず素っ頓狂な声が出る。


「ん……まぁ、嫌いだな。面白くねぇし、楽しくねぇ。」

「ふふふっ、素直でよろしい。

 じゃあ、普段はあんまり勉強はしないのかい?」

「あんまりっていうより、全然しねぇな。

 そんなことするより剣振ってたほうがずっといいぜ。

 ………けど、昨日先生にいろいろ言われてやろうとは思ってんだけど、なんかやろうって気になんねぇんだよなぁ」


 ため息交じりに呟いた言葉に老婆が目を見開く。


「ほう………先生にはどんなことを言われたんだい?」

「ど、どんなこと……?」

「なんでもいいんだよ。私はただあんたの話を聞いてみたいだけさ」


 老婆の目が優しい目に変わる。


 聞いてみたいだけって、聞いたところでどうすんだよ。


 アルスは怪訝そうな顔をするも話してみる。


「剣振ってるだけじゃ生きていけないって言われたんだよ。魔法も勉強もやってこそ剣を振る資格があるんだとさ」

「ふむ…………それで?」

「それで…………まぁ、先生の言う通り、今まで本気で魔法とか勉強に向き合ってこなかったから、もしかしたら、今からでも本気で向き合えば少しでも出来るようになるかなって思ったんだけど、

 ……なんというか、行動に移せないっていうか、やろうって気になれないっていうか………。」


 そう言って老婆を見ると老婆は何も言わずじっとアルスを見ていた。


 アルスはその視線がむずがゆく感じた。


 なんだよ。

 聞くだけ聞いてなんもなしかよ。


「もういいだろ?俺は手伝いに戻る。」


 そう言ってアルスは踵を返した。

 が、すぐに止められた。


「待ちな」


 老婆が犬に「待て」をさせるようにアルスを止める。


「なんだよ。俺今手伝い中なんだけど?」

「まだ私の話が終わってないよ。人と会話中に勝手にどっか行こうとするんじゃない!失礼だろ!」

「っ………!」


 その言葉にアルスは顔を引きつらせる。


 確かにそうだけど………。

 なんなんだこのばあさん……!


「私の話、最後まで聞いてくれるかい?」

「っ!……分かったよ!聞けばいいんだろ!?聞けば!!!」


 そう言ってアルスは老婆の隣の椅子にドカッと腰を下ろした。


「ふふふっ、ありがとねぇ。」


 老婆は微笑む。


 ったく、どんだけ暇人なんだよこのばあさん。

 歳いったら俺もこうなんのかなぁ。


「じゃあまず、人生ってなんだと思う?」

「…………は?」


 いきなり訳の分からない質問にポカンと口が開く。


「なん…………人生???」

「そう人生。なんだと思う?」


 聞き間違いかと思い聞き返すも同じことを聞かれる。

 どうやら間違いではないらしい。


「人生って、何言って」

「いいから答えな!」


 言葉を遮られる。


 質問の意図が全く読めない。

 だが、答えろと言われたからには答えるしかない。


 アルスは腕を組み、首を傾げ、唸りながら答えを捻り出す。


「人生………………人……生……。………その……その人が………生きた…………生きた……………道?」

「ふふふっ、そうだねぇ。人が生きた道、証、それも合ってるだろうねぇ。

 あたしが思う人生はそれに少し似てるかなぁ」

「………なんだよ。」


 アルスが躊躇いながらも呟く。

 老婆はその言葉に、少し口角が上がる。


「人生っていうのはね。 " 旅 " だよ。」

「旅?」


 アルスはまた意味の分からない言葉が出たと首を傾げる。


 旅って、あの旅をするの旅だよな……。

 人生が旅?

 何言ってんだ。

 つくづく変な人だな。


「今変な人って思っただろ?」

「えっ!?」


 思っていたことをそのまま言われた。


「な、なんで」

「分かるよ、それぐらい。顔見れば書いてあるんだから。まだまだボケちゃいないよ」


 アルスは自分の顔を抑える。


「これぐらいじゃあボケられないよ」


 老婆が聞こえないぐらい小さな声で呟いた。

 アルスはそれに気づいてない様子で自分の顔を抑え続けている。


「で、話を戻すけど。」


 アルスは手を元の位置に戻す。


「あんたは旅と聞いてどんなことを思い浮かべる?」

「えぇ??………どんな事って………旅なんてしたことねぇしな……。強いて言うなら………楽しそう……だな」


 戸惑いながらも答える。


 なんの質問だよ。


「楽しそう、か。純粋な答えだね。嫌いじゃないよ。」


 そう言って老婆遠い目をする。


 まるで何かを思い出すかのように。


「私はね、昔、旅をしてたんだよ。長い長い、旅をね。」


 アルスは老婆その話を食い入るように耳を傾ける。


 旅の昔話か。

 面白そうだな。

 暇潰しにはなりそうだ。


「その旅はね、未知への冒険だった。誰も知らないような場所に誰も知らない景色。

 ただ見てみたいって好奇心で飛び出したよ」


 アルスが隣で目を輝かせながら急かすように首を縦に振る。


「私も、旅をする前はあんたと同じで旅なんてしたこと無かったし、そこまで興味があったわけでもなかった。

『へぇー、あっそ。』って感じだったよ。…………でも、なんでか分からないけど、いざ旅に出るってなった時は異様にテンションが上がったね。

『この世界の全てを見てやる』って、息巻いてた。」


 そう話す老婆の目は段々悲しそうな目になっていた。


 アルスはその事にすぐに気づいた。


「楽しくなかったのかよ。」


 思わず口に出た。

 が、老婆をすぐに微笑みながら


「………いや、楽しかったよ。見る景色、出会う人や物、文化や歴史、色々なものが輝いて見えた。

 正しく、旅をする前に見たいと思っていた以上の景色が見れた。あの時の感動は、今でも忘れないよ。」


 そう言った老婆の表情は本当に幸せそうな顔をしていた。


 だが、また老婆の表情が曇った。


「でもね、楽しいことだけじゃなかったよ。しんどいことも、悲しいことも、辛いことも、たくさんあった。

 なんでこんなことになるんだって嘆いたこともあったし、取り返しのつかないようなことが目の前で起きたこともあった。なんで旅なんかに出たんだろうって塞ぎ込む日も……あった。たくさん後悔したわ。」


 その横顔はなにか大事なものを失った顔をしていた。

 そして横目でアルスを見て、


「あんたは今まで生きてきた中で一番辛かったことはなんだい?」

「えぇ……」


 アルスは困惑の表情を見せる。


 また急に変な質問してきやがった。


 だが、アルスはその質問にはあまり悩むことはなく答えた。


「ついこの間、母さんに女子の水浴び覗いたのがバレて叱られたことだ。」

「はっはっはっ!男の子らしいねぇ!」


 高笑いとともに表情が和らぐ。


「私が見てきたのはそんなのよりも比べ物にならないほどのものだったよ」


 また遠い目をする。


「思い出しては吐いて、物にあたり、自暴自棄になることもしょっちゅうだった。

 死のうと思ったことも………ね。」

「………それって、本当に楽しかったのか?」


 アルスが言葉を挟んだ。


 老婆の言う言葉と表情は楽しい旅をしたと言うには程遠いものだ。


 さっきは楽しかったと言ったが、アルスにはそう見えない。

 楽しいことがあっても、それだけ辛い目にあったのなら楽しいとは思えないのではないかとアルスは感じた。


「うぅ〜ん………。そうだねぇ。楽しい思い出よりも、辛い思い出の方が多いかもねぇ。」

「じゃあ」

「でも、旅をして良かったと思ってるよ。」


 老婆はアルスの言おうとしたことを先読みしてか、アルスの言葉を退けるようにそう言った。


 その時の老婆の表情は微笑みでも憎しみでもなく、ただただ懐かしむような。

 そんな顔をしていた。


 言葉を遮られたアルスは実直に聞き返す。


「………なんで、なんでそう思うんだ?」

「ふふふっ、簡単だよ。最初に言ったでしょ?私にとっての人生は旅だって。」


 アルスは最初に老婆が質問してきた内容を思い出す。


「旅で得た喜びも、後悔も、全部。全部私の(じんせい)なの。この(じんせい)は私だけが知る、私だけのもの。どんな形であれ、誇りに思ってるわ。」


 アルスは老婆の言葉を聞き、老婆の横顔をチラッと見た時、唖然とした。


 アルスの目には、一瞬老婆が若返った姿に映っていた。

 綺麗に輝く瞳に溢れんばかりの笑顔。


 さっきまで隣にいた老婆が宝石のような若い女性に変わった。


 アルスは目を疑い、瞬きをした瞬間、その女性はいなくなっていた。

 いるのはさっきまで話していた老婆。


 アルスは目を擦り、周りを見渡す。


 あれ?

 なんだ今の。

 このばあさんが若いお姉さんに…………。

 いや、それとも別の誰か……。

 ???

 なんだったんだ?


 挙動不審に首を傾げるアルス。


「人生、歩んでいればしんどい事も辛い事もめんどくさい事も腹が立つ事もある。それでも尚自分の『好き』を謳歌するために歩く人生がみっともなく映るかい?

 あんたは今逃げてるんだよ。自分の『好き』を邪魔する存在から。あんたがそれでいいなら私は知らないよ。あんたの人生さ、好きにすればいい。誰もあんたの人生を肩代わりなんてしてくれないし、避けて通れるほど人生は簡単なものじゃないよ。結局、みんな通る道さ。いつか通るなら今のうちに通った方がいいんじゃないかい?」

「………」


 逃げ………てる。

 そうか、俺はずっと逃げてたのか。

 自分の剣だけで生きて行けるなんて思ってたけど、違うよな。

 ただの言い訳だ。

 魔法も勉強もやりたくない自分に大好きな剣を言い訳にしてた。


「んだよ………クソダセェじゃねぇか」


 歯ぎしりを立てる。


「そう思えるならもう十分じゃないかい。後は老婆の戯言がなくとも大丈夫だね。それじゃあ、私は帰るとするかね」


 よっこらせと老婆は重い腰をゆっくり上げた。


「もし躓いても、それも人生の一興さ。躓く時は盛大に躓きな。ハハハハっ!」


 ひと笑いあげて老婆は店の外へと歩いていく。


 旅の話、今日の事、きっと俺の人生にとって大事なものになる。

 覚えておこう。

 いつか自分が迷った時の道標に出来るように。


「話聞いてくれてありがとな!」


 老婆は何も答えず、帰路に着こうとした。

 だが、老婆は急に立ち止まり、そしてゆっくりアルスの方を振り返った。


 アルスはどうしたのかと首を傾げる。


「?」

「………ところで、あたしの家って………何処じゃ?」


 その時アルスは思い出した。


 そう言えばこのばあさん、迷子じゃねぇか。




 その後、アルスは老婆を背負って中央大きな部屋(タンガ)中を走り回って、ようやく老婆を家まで送ったのだった。

♦ちょこっと雑学♦

アルスが最初にラスティーニに弟子入りを懇願したのは五歳。学園に入学すらしていない頃からラスティーニの剣に執着していた。そのため、当時から学園教師をしていたラスティーニに会いに行くため、何度も学園内に侵入し、授業を妨害していた。そこからアルスは学園内で『悪ガキ』と呼ばれるようになった。後に学園入学後に『問題児』へと呼び名が変わった。

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