第四話「魔法実習学」
地底世界の街の風景というのは基本変わらない。
常に魔法陣が作動しているため、明るいままだ。
変わるとするなら人気ひとけの多さだろう。
人々が寝静まる頃には当然街に出る人は少なくなり、街は静まり返る。
人の往来で風景が変わる、そんな世界なのだ。
「地底世界の歩き方」より抜粋
---
次の日。
アルスたちは学校へ向かっていた。
地底世界の朝の街並みは人気が少なく、静まり返っている。
西大大きな部屋は中央大きな部屋の次に人口が多い場所だが、朝は人影がほとんどない。
そんな閑散とした場所をいつも通り歩くフェンリルとその隣をげっそりした表情で歩くアルス。
げっそりしている理由は昨日のあの件でだ。
昨日のアルスは酷いものだった。
あの後、アルスはかなり長い間怒られていた。
だが、アルスの家から怒声が響き渡ることはなかった。
それなりに怒られて反省しているのかと村の人たちは思っていたが、それと同時に違和感があった。
――静か過ぎる。
説教されている家とは思えないほど静かだった。
普通なら怒声の一つや二つ飛んできてもおかしくはないし、なんならあの時のアーミスの怒りようならナイフが飛んできてもおかしくはない。
村の人たちは心配になりつつも触れていいものか分からず放置し続けた結果。
アルスは家の中へ入る前と変わらず無表情で家から出てきた。
それを見て全員ほっとするも、次の瞬間、アルスの目から見たこともないほど綺麗な涙が落ちた。
後ろから出てきたアーミスはいつものような笑顔に戻っており、村の人たちはただ混乱していた。
二人はその後アイビスのもとへ行き、謝罪をした後、また畑仕事に戻って行った。
フェンリルはその光景を目にし、後でアルスに何があったのか聞くも、何も答えてくれなかった。
ただ一言、「鬼に殴り殺される方がまだマシだった……」と呟いていた。
どれほどの説教を受けたのか。
それともアーミスはあんな笑顔でいながら息子に拷問したのではないかという噂も出た。(※あまりに怖すぎてアルスが泣いただけ)
どちらにせよアイビスとは和解という形に終わった。
その点だけ見るなら良かったと言うべきか。
「アルス、大丈夫?なんか………魂が抜けたみたいになってるけど。」
アルスは機械のようにぎこちなく首をまわし、フェンリルの方見る。
「いいかフェンリル。親にバレたらまずいことは絶対にするんじゃねぇぞ」
「え?う、うん。………まぁ、当たり前だと思うけど。」
そう言うとアルスは何も言わずまた前を向いて歩き出した。
---
しばらく歩くと中央大きな部屋に着いた。
アルスたちが家を出た時には少なかった人影もこのぐらいになるとそこそこいる。
中央大きな部屋は東西南北全ての大きな部屋に繋がる場所だ。
故に物も人も多く、街が動き出すのも早い。
商人、狩人、主婦、色んな人たちが行き交う中、アルスたちはいつものように街の大通りを歩き学校へ向かう。
学校前に着くと、そこはもう学生しか歩いていない。
アルスたちはそのまま校舎内へと入った。
---
校舎に入ってすぐ左の教室がアルスたちの教室だ。
二人は数人の友人と挨拶を交わしながら教室に入った。
教室には既にほとんどのクラスメイトが登校しており、アルスたちに声をかけてくる。
「おはよう、アルス。フェンリルもおはよう。」
「おうアルス!一昨日はアイビスにキレられてあんなに喚いてたけどもう喚かなくて大丈夫か?はっはっはっ!」
「委員長おはよう!チッ、アルス死ね!」
「おはっよう!お二人さん!」
「あっ!フェンリル宿題見せてくんね!?俺やるの忘れてたんだよ!」
「おはようフェンリル。アルスもおはよう。今日もアイビスと別々だね〜。いつまで夫婦喧嘩してんの?」
「アルス死ね!」
「アルス死ね!」
「アルス死ね!」
何人ものクラスメイトが声をかけてきて、二人はそれを一人ずつ返事して各々の席へ向かう。
後半女子からアルスへの罵声は置いといて、この一連の流れでわかるように、二人はクラスの人気者である。
フェンリルはクラスの委員長を務めており、男女共に人気がある。
座学はダントツで学年一位をキープし続け、教師からの信頼も厚く、クラスの頼れるリーダーである。
アルスは女子からの人気は低いが男子からの人気はかなり高い。
元々のリーダー気質とクラスのお調子者として男子の中では常に中心にいる。
だが、教師陣からは問題児としてかなり目をつけられている。
アルスは自分の席に着くと、ため息をつきながら腰を下ろした。
アルスの前の席はアイビスの席だ。
席に彼女の姿はないが、教室の片隅の方で七、八人の女子の中にその姿はあった。
昨日のことはなかったかのように笑顔で話している。
アイビスも二人と同様、クラスでは人気者だ。
女子の中ではリーダー的な存在で、天才と言わしめるほどの魔法の腕を持っており、皆から慕われている。
顔は美少女でツンデレな性格もあり、男子からの人気も高い。
そんな彼女と仲直りしたとは言え、二人の間にある蟠りのようなものは消えていない。
喧嘩どうこうの前に、最近のアイビスは妙に男子と距離を開けている。
アルスはアイビスのそんな様子を少し気にしつつも、目を背ける。
「アルス〜。アイビスとは仲直りしたのか?」
「したわ!母さんにめちゃくちゃ怒られてな!っていうか、なんで俺だけなんだよ!お前らも一緒にいたろ!?」
「いやいや何を言ってるですかぁ?隊長ぉ〜。こういうのは全部上司の責任ってやつだよっ!」
腹立つ口調で煽ってくる。
「その隊長ってのももうやめろ!俺はもう覗きなどしない!俺はもう足を洗ったんだ!もう関係ねぇ!」
「へぇ〜、そうか。足を洗ったのか。
ところで来週近所の姉ちゃんが女友達連れてヨルメールの泉に泳ぎに行くらしいんだよな。俺もおいでって誘われたんだけどお前も来る?」
「行かせて頂きます!」
「ダメだこいつ」
キーンコーンカーンコーン………
喋っていると朝のチャイムが鳴った。
全員が各々の席へと着く。
教室の扉が開き、入ってきたのは一人の老人。
一昨日、教師としての威厳をほぼ失った、あのフィーネスだ。
「全員揃っておるな。今日連絡することは特にない。なんてことのない一日じゃが、みんな今日も最上級生としての自覚を持ちつつ、勉学に励むんじゃ。良いな?」
キリッとした目で生徒の方を見る。
一昨日のことを気にして少しでも改善出来るようにしてるみたいだが、どうやら空回りのようだ。
生徒はほぼ全員無表情。
中には殺意の籠っためで睨んでいる女子がチラホラ。
フィーネスは肩を落とす。
「では、ホームルームはこれで………。」
情けない後ろ姿で教室を出ていく。
彼なりに考えての行動だろうが、これに関しては完全にフィーネスが悪いので誰も彼を擁護しない。
教師って大変そうだな。
まぁ自業自得だし、仕方ねぇだろ。
---
授業が始まった。
このグランベル学園で学ぶのは大きく分けて三つ。
座学、魔法実習学、戦闘実習学の三つだ。
座学は読み書きや計算、歴史や地底常識を学ぶ。
魔法実習学は名前の通り魔法を実際に使用して学ぶ授業だ。
魔法は初級魔法、中級魔法、上級魔法の三段階に分けられており、火、水、土、風系統がある。
普段生活でよく使われるのは初級魔法。
中級魔法、上級魔法となると狩りなどで使うことが多い。
段階が上がるにつれ詠唱は長くなるが、詠唱を短縮したり無詠唱で魔法を使える者もいる。
魔法は詠唱と魔力操作によって発動できるが、魔法陣という紋様が書かれたものには魔力を流し込むだけで魔法が発動する。
それらの使い方なども含め、全てを学ぶのが魔法実習学。
戦闘実習学は実際の戦闘を行い身を守る術を身につける授業だ。
これに関しては魔法を使ったり剣などの武器を使うことも許可されている。
普通の人はあまり必要のないものだが、身につけておいて損は無いというやつだ。
そしてこれらにはそれぞれ定期考査が存在し、成績がつけられる。
成績優秀者は卒業後の進路が大幅に広がり、中にはフェンリルのように声が掛かったりもする。
故に生徒全員が成績トップを欲しているのだが、アルスたちの学年の生徒はみんなそれを諦めている。
何故なら、その順位は入学から現在に至るまで一度も変わったことはないのだ。
・六年連続座学一位:フェンリル
・六年連続魔法実習学一位:アイビス
・六年連続戦闘実習学一位:アルス
でたらめのような成績だが、彼らが生徒として群を抜いているのは確かなのだ。
卒業後の進路先もほぼ決まっており(※アルス以外は)、教師からの信頼も厚く(※アルス以外は)他学年からは目指すべき目標とされるほどだ(※アルス以外は)。
アルスは戦闘実習学以外はほぼ全て学年最下位であるため優等生なのか劣等生なのか分からない。
ただ言えることは――
「ではこの問題を………アルスに解いてもらおうか。アルス、この三角形の内角の角度は?」
「はい!やっぱり大きさは手に余るほどで、中心にあるモノの向きはやや上を向いている方が俺的には曲線美だと思います!」
「なんの話しをしてるんだお前は」
極めて馬鹿であること。
---
次の授業は魔法実習学。
魔法実習学は魔法を扱うため、教室ではなく別の場所で行われる。
校舎の隣に併設されており、校舎の倍もある大きさの建物。
―――訓練場だ。
訓練場は全面石で造られている建物で、もし魔法の暴発事故が起こったとしても最小限に抑えることが出来る。
高学年から使用出来るこの施設はアルスたちにとっては使い慣れた場所である。
「今日は苦手系統の上級魔法を克服する訓練をしてもらう。卒業も近いのに苦手系統だけは全然出来ませんじゃ話ならない。苦手系統を補え合える者同士でペアを組み、教え合いながら取り組んでいってくれ。」
担当教員の言葉にアルスは顔を歪める。
苦手系統同士補い合えって、俺全系統苦手なんだけど………。
魔法にはそれぞれ得意とする系統と、苦手とする系統がある。
学校で学ぶ火、水、土、風の四つの系統の中から火と水、土と風が対になっている。
つまり、火系統の魔法が得意な人は水系統の魔法が苦手属性になることが多い。
土系統が得意な人は風系統が苦手とされている。
このようにそれぞれの魔法には対になるように得意不得意が別れてくる。
中には火系統が得意だが、土系統が苦手という人も何人かはいる。
そういう人を対逆と言う。
得意系統と対の系統でない限り、他系統の魔法を習得するのはそう難しくはないのだが、そういう人たちはどうも苦手系統の魔法の仕組みがいまいち理解出来ていないらしい。
そもそもの話、魔法というのは体に巡る魔力を体外に出す際に、詠唱などを用いて形を変えて放出することで、一つの魔法として作用する。
四つの系統魔法はそれぞれ魔力の練り方や体外に放出する際の技術などが四つとも全く違うのだ。
ただ単に体に合わないって理由もあるが、それらの魔法の仕組みが得意魔法と真逆だったりすると、頭の中で色々とこんがらがり、苦手意識が芽生えてしまう。
苦手系統の魔法は必ずしもみんな一つは持っているし、中には二つある者もいる。
克服にはかなりの胆力を要するし、もしくは一生克服できないなんてことも有り得る。
教師たちは簡単そうに克服しろと言うがそう簡単に克服出来るならエリートと呼ばれるだろう。
だがしかし、アルスのように全系統苦手というのはそれはそれであまりにも異常なのだ。
苦手系統は一つ、多くて二つだ。
そして得意系統も同様だ。
一つ、多くて二つだ。
誰でも必ず一つは得意系統はあるはず。
全ての系統が苦手というのは有り得ないし、アルスの場合、系統以前に魔法そのものに苦手意識を抱いているとしか考えられない。
「おいアルス!一緒に組んでやろうか?」
クラスメイトの一人が声をかけてくる。
だが、それを隣で聞いていた奴らが馬鹿にするように続けて言う。
「いやいや、お前じゃ無理だって!」
「そうだぜ。この方はあのアルス様だ!俺たちじゃ到底教えられないぜ!」
「アルスの場合、少なくとも四人はいるでしょ。」
「それな!まぁ、俺ら四人よりアイビス一人に教えてもらった方がいいだろうけどな」
アルスはぶすっとした顔をするも否定はしない。
アルスは全系統苦手という異例の存在。
全系統を克服するには四つそれぞれの得意系統を持つ者に一人一人から教わらなければならない。
まぁ、教えられたところでアルスが克服出来るかは甚だ疑問だが。
だがしかし、幸運と言うべきか、アルスの欠点をまんま補える存在が同じ学年にいる。
――それは、アイビスだ。
彼女もまた異例の存在だ。
アルスが全系統魔法が苦手なのに対して、アイビスはその逆。
全系統魔法が得意なのだ。
つまり、欠点がないということだ。
あのフィーネスですら得意系統は複数あるものの全てではない。
地底世界で最も優れた魔法使いと呼ばれるあのフィーネスですら。
それほど全系統魔法が得意というのは異常なのだ。
それだけに留まらず、アイビスは地底世界で数人
しか扱えない精霊魔法を扱える。
精霊魔法というのは文字通り、精霊を呼び寄せて魔法を行使することだが、これは普通なら子供が出来るようなものではない。
これは長年魔法を研究してきた人間の中でほんのひと握りの者しか到達出来ない領域だ。
しかし、魔法から愛された彼女は齢五才にしてそれを習得してしまった。
これらは彼女が千年に一度の天才と呼ばれる理由の一つだ。
「ちなみにアルスは今どれくらい魔法使えるんだ?」
「…………初級魔法」
「おいマジかよ低学年で習得し終えるレベルだぞ」
周りが呆れてアルスを見る。
卒業間近であるのに関わらず初級魔法しか使えないとなるともうどうしようもない。
留年を覚悟するも留年したところでアルスが卒業出来るのは二十年後くらいになりそうだ。
「別にいいよ。お前らはお前ら同士で教え合ってやっとけ。俺はまず中級魔法から覚えないとだし、先生のところにでも行ってくるわ。」
「お、おう。そうか。まぁ……頑張れよ」
友人たちが心配そうにアルスを見送る。
上級魔法って、出来るわけねぇだろ。
中級魔法どころか初級魔法ですら五回に一回出来るかどうかなのによ。
俺だって真面目にやってこれだぜ?
多少授業で寝てたことはあったけど、それでもフェンリルとかちょっと前まではアイビスにも教わりながら練習してたんだ。
なのに初級魔法しか使えない。
上級魔法上級魔法って言うけどちょっとは俺の事も考えてくれよ。
ちょうど教師の目の前まで来たところでアルスは面倒くさそうな顔しながら言う。
「先生ー、俺と組んでくれよ。俺得意系統とか無ぇし」
そう言うと腕を組んで生徒たちを見渡していたその男は「またか」といった顔でアルスは見下ろす。
「お前いつまで初級魔法で止まってんだよ。もう卒業だぞ?」
「そんなこと言ったって仕方ねぇだろ。出来ねぇもんは出来ねぇ。何回やっても出来る気しねぇ。」
だるそうに応えるアルス。
教師は頭を抑えてため息を吐く。
「はぁ、お前は全く………なんで同じ幼なじみのアイビスとでここまで差がつくのか……」
おい今アイビス関係ねぇだろ。
幼なじみだからって似るわけねぇだろ!
「まぁいい。アイビス!」
教師は顔を上げ、女子たちに魔法を教えてるアイビスを呼ぶ。
「はぁ?なんで?」
教師はアルスの言葉を無視する。
「はい、なんですか?」
「友達に教えてたところ呼び出して悪いな。実はまだアルスが初級魔法しか使えなくてな。悪いがアイビスが教えてやってくれないか?」
そう言うとアイビスはドン引きの顔でアルスを見る。
「あんた嘘でしょ………全然成長してないじゃん……。」
「俺の魔法の不出来具合はお前もよく知ってんだろ。どっかの誰かさんが教えてくれなくなったせいでフェンリルが頭抱えてたぞ」
「……………頭抱える原因あんたでしょ」
教師からは最近の二人は仲が悪いように見えていたはずだが、この様子だと大丈夫だろうと判断したのか。
「じゃあアイビス、あとは頼んだ。」
そう言ってアイビスがさっきまで教えていた女子のグループの方へ向かって行った。
あぁ、ありゃあ面倒事押し付けた感じだな。
アイビスの顔を見てみろよ。
まぁまぁショック受けるレベルの顔で睨んでるぞ。
「はぁ………」
アイビスは大きくため息をつく。
そしてじっとアルスを見る。
「初級魔法…………どれくらい出来るようになったの?」
アルスその質問にギクッとなり、そっぽ向きながら口を尖らせる。
「……………に、二回に…………一回ぐらい……。でも、あれかも………今日はなんか……調子悪いかも……。」
アイビスはアルスの様子を見てすぐに嘘だと気づく。
アルスが歯切れ悪い時は大体なにか隠してる時だ。
アイビスは腕を組み、睨みつける。
「本当は?」
「………………ご、五回に……………一回です……。」
睨まれた目に怖気付いたのか、素直に答える。
アイビスはその返答に頭を抱えて天を仰いでいる。
「あんた………今まで何してたのよ……。」
呆れた顔でアルスを見る。
「私が教えたこと全然やってないでしょ」
「や、やってるわ!めちゃくちゃフェンリルに教えてもらってんだ!」
「じゃあどうして全然成長しないのよ!」
「仕方ねぇだろ!?杖持って詠唱してたら気づいたら杖が剣に変わってんだよ!」
「それただあんたが無意識に剣に持ち替えてるだけでしょ!」
「ぐぬっ………まぁ、その可能性も確かにあるかもしれない。」
頑なに「そうだ」とは認めない。
アイビスの言う通りアルスは無意識に剣を持ってしまう癖がある。
そのため杖を持っていたとしても次の瞬間には剣にすり替わってるなんてこともよくあるのだ。
だが、そんな時は剣を自分から離れた位置に置くのだが、そうすると今度は剣がないことに対して不安になってきて詠唱がままならなくなる。
アイビスが魔法に愛されて生まれてきたように、アルスも剣に愛されて生まれてきたようなものだ。
剣の才においては類を見ないほどだが、ただ頭と魔法に関しては残念にも程がある。
「まぁいいわ。ここじゃあれだし、向こうの方に行くわよ。」
「お、おう。」
そう言って人が少ない場所に向かって歩き出す。
初級魔法、いや、中級魔法か?
どっちを教えてもらうにしろそんな広いところに行く必要あんのかな。
なんか広い場所行ったらアイビスに魔法で吹っ飛ばされそうだから怖ぇんだけど。
そんなことを考えているとチラッと視界の端にフェンリルが写った。
フェンリルはアイビスと同じように数人に魔法を教えながら本人も友達に魔法を教えてもらっている。
フェンリルは魔法実習学の成績はアイビスに次いで二位。
魔法の腕もかなり優秀だが、本人は火系統の魔法が苦手だそうだ。
使えないわけではないが、コントロールが難しいんだとか。
フェンリルに教えてもらう手もあったがフェンリルは男女問わず人気な為、アルスだけに構っていられないのだろう。
アルスはため息つきながらこの後に待つアイビスのスパルタ特訓が頭に思い浮かんでくる。
はぁ〜こいつ顔は可愛いのにな〜。
ツンデレで幼なじみってところもいいのによ〜。
暴力的過ぎるだろ。
もっとさぁ、可愛く出来ないわけ?
ツンデレってデレが出てきて本領発揮するところあるじゃん?
ツンツンからのいきなりデレが来ると鼻血通り越して失神するぐらいインパクトあるもんじゃん?
なのにさぁ、こいつデレのデの字もないんだけど。
ツンの具合もさぁ、おかしいじゃん。
ツンどころかグサッ!だよ。
ナイフで刺されてるようなもんだよ。
なんかあったら次の瞬間には魔法ぶっ放してるもんなぁ。
「………」
……もしかして、こいつ………ツンデレじゃないのか?
12年間一緒に過ごしてきて今更幼なじみがツンデレじゃなくてDV女だったってことか?
おいマジかよ。
将来有望になると胸を躍らせた俺の心を返せよぉぉぉ!!!
心の中で愚痴を語りながら目の前を歩くアイビスを見る。
綺麗な白髪がゆらゆら揺れる後ろ姿。
いつものように後ろ姿だけでこの子は可愛いだろうと思わせるような存在感を放っている。
だが、
「?」
アルスはアイビスのいつも後ろ姿に違和感を覚えた。
どうしたんだ?
なんかいつもと違うな。
なんというか、強ばってる?
いや、これは…………なんか嫌がってねぇか?
アイビスの後ろ姿を見慣れているアルスにとっては他人が気づかないようなことにもすぐに気づく。
だからすぐに分かった。
何かを嫌がっている、と。
その時、アルスはようやく周りのクラスメイトたちに目を向けた。
みんな二人一組で練習しているが、中には休憩中なのかあえて手を止めているのか、アルスたちの方を見てヒソヒソと話している者が何人かいる。
話しているその目はなんというか、揶揄う様な楽しんでいるような目に見えた。
アルスは瞬時にアイビスが不快感を感じているのはこれだと分かった。
それと同時に彼らの声も耳に入ってきた。
「ねぇ、やっぱりあの二人付き合ってるんじゃない?」
「やっぱりそうだよね!だってお似合いだもん!」
「アイビスも頑なに付き合ってないって否定してるけどただ恥ずかしいだけじゃん」
「だよな。俺この前あいつが告白して振られてるところ見たぜ。あのイケメンのあいつ」
「まじかよ!だからあいつあの時しょげてたのかよ。」
「っていうか、アルスもアルスでアイビスのこと好きだったんじゃん」
「普段そんな素振りしねぇけど、絶対好きだわアレ。」
「俺らの知らないところでイチャイチャしてそうだもんな。」
その言葉の数々はアルスにはまだ理解出来てない恋愛のことであった。
アルスは彼らの言っている言葉にはそこまで不快感を感じなかった。
だが、彼らから向けられる視線や表情などはアルスでも不快なものだと分かるほどだった。
ちょうど開けたところに着き、アイビスが立ち止まる。
そして不機嫌そうな顔で振り返り、
「まず今出来る初級魔法いくつか使いなさい。」
何事も無かったかのように事を進めようとするアイビス。
ヒソヒソと話している声は未だ聞こえているのにも関わらず。
「……」
「………? 何よ……。」
アイビスの顔をじっと見つめるアルス。
それに対してアイビスは首を傾げる。
そしてまた、
「見て!あの二人。見つめ合ってる!」
「ほんとだ!ラブラブじゃん!」
アイビスの眉がぴくりと動く。
表情は変えずに取り繕っているが、相当嫌なのだろう。
アルスにはバレたくないようにしているつもりだろうが、幼なじみの目は誤魔化せない。
アルスは取り繕おうとするアイビスの顔を見て眉間に皺を寄せる。
「嫌なら嫌ってちゃんと言えよ」
「え?」
アルスはそう言ってヒソヒソと話している奴らの方を振り返り、早歩で向かっていく。
「え、ちょ……」
アルスはヒソヒソと話している奴らの目の前まで来て立ち止まり、腕を組み、睨みつけるような目で彼らを見る。
「お前らいい加減にしろ!」
その怒声は訓練場内に響き渡り、全員がアルスに目を向けた。
「え、え?な、なに」
「あのなァ!さっきから黙って聞いてればなんだお前ら!ヒソヒソ、ヒソヒソと!聞こえてんだよ全部!言いたいことがあんなら面と向かって言えッ!」
あまりにも遠慮なく言うアルスに周りの奴らは声が出ないでいる。
当然だ。
このぐらいの歳になると、自分の悪口や陰口などを言われたとしても、聞こえてないふりや無視したりする。
もし言い返したりしたら、いじめられる可能性だってある。
それを堂々と指摘するのはおそらくアルスぐらいだろう。
何故ならアルスは単純だからだ。
単純だからこそ、理解している。
自分が一番強いと。
アイビスが慌てて止めに入る。
「ちょっとアルス!何してんのよ!」
「うるせぇ!俺は言われたら腹立つから言い返す!言われてもいいならお前は黙っとけ!」
「な!?」
あまりにも強い言葉で言い返されてアイビスは驚愕する。
周りもアイビスと同じように驚愕する。
だがアルスはそんなことはお構いなしに続ける。
「大体なぁ!俺とアイビスは幼なじみだが付き合ってねぇよ!どう見たらそういう風に見えるんだよ!えぇ!?」
「え、いやだってお似合」
「お似合いじゃねぇぇよ!ちっともお似合いじゃねぇ!!」
「いや、ほら幼なじみだし」
「幼なじみ関係あんのか!?あぁん!?幼なじみってだけでカップルに見えてのかお前ら!」
「さっきも見つめ合って」
「あれのどこが見つめ合うだ!?俺とお前今目合ってけるけど、これ見つめ合ってるぅぅ!?」
そう言いながら目の前の女子に詰寄る。
「まぁまぁまぁ、落ち着けって!俺らもお前らが頑なに否定するからつい怪しく感じて」
「え!?否定したら怪しく感じんの!?えぇ!?あらぬ噂を立てられてるのにぃ!?じゃあ俺も同じことしてやろうか!?俺この前チラッと見えたぜ!?お前この前母ちゃん手繋いで街歩いてたろ!!お前この歳にもなって母親とお手手繋いで歩いてるんでちゅかぁーーー!!」
「な!?手なんか繋いでねぇよ!!!」
「はい否定したぁぁ!!お前今めちゃくちゃ怪しいぜぇ!!!」
「んあ!?くっ………お前なぁ!!!」
思いっきり煽り散らかすアルスに一人の男子が顔を赤くする。
「な?言われて嫌だろ?あらぬ噂を立てられ、見せしめのように見られ、どんな気分だよ。」
「………っ!」
そう言われ、そいつらは周りを見回した。
周りで見ていた奴らに嫌な目で見られていることに気づいたのか、口を噤んだ。
「お前らの目に俺らがどう映ってかは知らねぇけどよ。憶測で人を判断してんじゃねぇよ。それはただの偶像だろうが。もっとちゃんと自分の目で判断しろ。分かったか!」
「……悪かった。」
あまりの勢いにヒソヒソと話していた奴らは思わず謝罪した。
そしてアルスは振り返り、ぷんすかと怒りながらアイビスのほうへ戻っていく。
「おいどうした?何があった!?」
遠くで見ていた担当教員がようやく駆け付けた。
息の切れ様からして走ってきたのだろう。
だがアルスは
「もう終わった!」
「え?いや、でも」
「もう話は終わった!」
「は!?え?…………えぇ……」
何が起こったのか分からないまま事が片付き、ポカンとする教師。
周りで見ていた者たちも「これでいいのか」と思いつつ各々授業に戻る。
その一連を終始見ていたアイビスは、ブツブツ愚痴を溢しながら帰ってくるアルスを見て、思わず笑いがこぼれた。
「何笑ってんだよ。」
「いいえ、何もないわよ。それより、早く魔法を見せなさい。早くしないと授業終わるわよ。」
「げっ!……分かってるよ!」
そう言ってアイビスを通り過ぎたところで、頭を掻きながら嫌そうに杖を取り出した。
そして、たどたどしくうろ覚えの初級魔法の詠唱を開始した。
アイビスはその後姿を見て、少し遠い目をして小さく呟いた。
「あんたは変わらないわね。」
「ん?なんか言ったか?」
「何も言ってないわよ。ほら詠唱止まってるわよ。」
「んな!?最初からやり直しじゃねぇか!」
そう言ってまた詠唱を始めた。
アイビスは少し複雑に思うところはありつつも、今回はアルスに感謝しておこうと思った。
---
そのあとアルスは、中級魔法どころか初級魔法すらまともに使えず、アイビスにキレられた。
♦ちょこっと補足♦
アイビスの全系統魔法が得意系統というのは、分かりやすく例えると、右手と左手で別の事をしながらフラッシュ暗算をするようなもの。それをアイビスは無意識に出来るということである。




