第四十一話「花の在り方」
――花神『クロリリア・フロールワ』は笑顔を絶やさない。
花神は国の象徴であり、人々を照らす光であると同時に、自分自身も美しく咲かねばならない花である。
故に、笑顔を絶やしてはならない。
例えどんなに辛いことがあろうとも、苦しいことがあろうとも、花神として笑顔を振りまかねばならない。
皆が自分を見て前を向けるように。
心の支えとなれるように。
貴族の前でも、執事やメイドの前でも、最愛の兄の前ですら――。
彼女は今日も自分の " 心を殺す " 。
それは『花神』という存在に課された、 " 永遠の至上命題 " である。
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――花神祭当日。
天気に恵まれ、快晴で迎えた今日、王宮はもちろん、街までもが忙しない様子。
街の復興も順調に進んでおり、冒険者までもがお祭り騒ぎ。
男は朝から飲んだくれ、女は奮発して商品を物色。
子供は昼夜問わず走り回り、商人は全ての商品を売るべく鬼気迫る様子。
今日は年に一度の花神祭。
この世に初めて『花神』が誕生した日を祝い、儀式を捧げる日である。
民が活気で街を埋め尽くす日なのだ。
そんな中、王宮の一室にて、魂が抜けたかのように休息をとるアルスたち。
彼らは昨日から徹夜で、自分たちの意思で花神祭の最後の準備を手伝っていた。
寝不足はもちろん、疲れという疲れが本番当日にどっと体に押しかかってきた。
大きなため息が部屋に響く。
「……やっと、終わったわね」
「そうだね。間に合うかどうか分からなかったけど……」
「何言ってんだよ……。本番はこれからだろ……」
「……そうね」
また大きなため息が響く。
花神祭の準備手伝うって自分たちから言い出したけどここまで大変なもんなのかよ。
なんかよくわからん台を立てて飾り付けに何に必要なのかも分からないものまで運ばされて……。
俺たちの知ってる祭りじゃねぇな。
いや、切り替えよう。
いつまでため息ついてても仕方ねぇしな。
それに今日は俺にとっては大事な日だ。
そう!リリアとのデートの日!
ここでリリアに上手く息抜きしてもらって、ってそんな簡単にいかないのは分かってる。
上手くやれる自信は………まぁあるにはあるが、不安ではある。
でも、やると決めたならちゃんとやろう。
リリアに満足してもらえるように。
アルスは勢いよく立ち上がり、隣の衣装室へと入っていった。
「……急に何よ」
「さぁ、どうしたんだろ?」
ものの数分でアルスが戻ってきた。
その姿は全身真っ赤な礼服に身を包み、黒いハット帽に赤い花を一輪口に咥えて二人の前でポーズをとる。
「どう?」
「似合ってないね」
「アハハハハハッ!ダッサ!」
率直な答えを返してくるフェンリルと大爆笑のアイビス。
腹を抱えながらアイビスが聞いてくる。
「急に何なのよその服!」
「勝負服?」
「あー、確か今日リリア様とデートするんだったけ?」
「あぁ言ってたわねそんなこと」
覚えてくれていたようだ。
「それで、デートに着ていく服がそれ?」
「うぇ!?本気!!?最悪なんですけど」
言いたい放題だ。
「えぇ〜、最高にイケてる服だろコレ?」
「どこがよ!私だったらそんな服でデートに来られたら魔法でそのダッサい服焼いてあげるわ!」
「えっ、そんなに?」
「……まぁそうだね。」
「そんなのも分からないわけ?ほんとアンタ芋男ね」
「誰が芋じゃ」
二人の批判に思わず服を見下ろす。
うーん、そんなにダサいか?
やっぱりこういうのって形からって言うし、かっこいい服選んだつもりなんだけどな。
「ていうかそれどこから持ってきたのよ!」
「ん?そこ。王宮のやつで俺たちも着たかったら来ていいんだとさ」
「え!何それ!」
一番にアイビスが飛びつく。
そんなことをしていると静かだった扉が開き、スーリオが姿を見せた。
「三人ともごめんね。ちゃんと休めてる?」
「んあ?スーリオか」
「えぇ、まぁ……」
高貴な服を身にまとい、申し訳なさそうな顔を見せる。
「本当は手伝ってもらうつもりじゃなかったんだけどね……」
「いいんですよ。僕たちから言ったことですし、これくらい大丈夫です」
「そうか。ところでアルス、なんでそんな服を着てるんだい?」
「え?コレ?ん〜、まぁ勝負服(前)ってところかな」
「勝負服……」
スーリオがアルスの服を上から下まで目を彷徨わせた後、残念な顔を浮かべて、
「そう……」
「ダサいわよね」
「うん。まぁセンスはこれからの経験で補えばいいさ。」
遠回しにセンスがないと言われ、「言いたいことがあるならはっきり言え」と言おうとしたが、もしそれを言われると惨めな気分になるので大人しく口を結んでおく。
「まぁ、そんなことは置いといて、三人には申し訳ないけどもうすぐ開催式だからそろそろと思って伝えに来たんだ」
「あっ、もうそんな時間か」
「ほんとですね。すぐ準備します!」
「悪いね……」
もう開催式か。
デートは夕方からだからそれまでになんとか服装を考えないとな。
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砂王の挨拶の後、街の真ん中に建てられた高台にて花神の舞が披露された。
変わらず綺麗な舞だった。
アルスたちは二人の姿を観客に混じって見上げ、存分に舞を楽しんだ。
バーゼルはと言うと、「儀式だのなんだのはめんどくさいからそこらの酒場で飲んでくる」だそうだ。
挨拶ぐらいは見てやれよ。
その後、俺たちは出店を巡り、祭りを楽しんだ。
リリアたちは儀式が終わった後も貴族連中や色んなところにあいさつに行ったり、他にも色々やることが多く中々顔を見ることは出来なかった。
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空が赤くなりだした頃にようやくリリアも自由になり、高台の近くで待ち合わせすることになった。
アルスは待ち切れず、すでに一時間前から待ち合わせ場所に到着していた。
服装は真っ赤な礼服、ではなく、いつも着ている普通の服にした。
フェンリルとアイビスが言うにはいつも通りが一番マシだとの事。
いや酷くね?
周囲は段々と赤みが増し、店も灯りをつけ出す頃になってきた。
しかし、かと言って人々の様子は変わることなくお祭り状態のまま。
いや、おそらくここからもっとヒートアップしていくだろう。
今日は年に一度の祭りだ。
みんな浮かれてるのだろう。
まぁ俺もその浮かれてる奴らの内の一人だがな。
――ふと、周囲がザワついた。
みんなが何かを視線で追っている。
その表情は男女問わず頬に赤みがかかり、見とれていると言った表現が正しいだろう。
――その一輪の人に。
「アルスさん。お待たせしました。」
「おう!リリ……ア………」
可愛らしい声に振り返るとそこには、白いレースのワンピース服を着た美少女が佇んでいた。
今まで見せることのなかった、王女として飾った服装ではなく、一人の少女としての服装。
あまりの可愛さにアルスは言葉を失った。
「ごめんなさい。随分待ちましたよね?」
「え?あ、いや、別に?さっき来たって言うかちょうどういい時間だったかな〜」
視線をこれでもかと彷徨わせながらも必死に取り繕う。
オイオイオイ!めちゃくちゃ可愛んですけど!!!
花が二本足であるてるんだけど!!?
どうなってんのコレ?!!!
めちゃくちゃいい匂いするしいつもより3割増しでお姉さんに見えるんだが!!?
「そうだったんですね!良かったぁ」
「ア、アハハ……。そ、そうだな。て、てかさ、今思ったんだけど、リリアってこうやって平然と街まで来てるけど色んな人に声かけられたりしなかったのか?」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。私は普段胸元にバッジを付けてるんですけど、それが無い時は国民の人たちは私を王女じゃなく一人の少女として扱う決まりなんです。」
「そうなのか」
初めて知ったが確かに胸元にバッジみたいなの付けてたな。
「過保護なお兄様がそうするように国民の皆さんに呼びかけたので……。まぁ、それでもすぐに気づかれるので皆さん知らないフリして私の護衛したり道を作ったりしてるんですけどね……」
はぇーーー。
そりゃまた、スーリオらしい。
「……」
「?」
王女、いや、花神という肩書きを取ってもなお、仮面は被ったままか。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない!それじゃあ早速行こう!」
彼女の姿に再度頬を赤らめ、ぎこちない足取りで店を巡り出した。
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その後、二人で街中の視線を浴びながら食べ物や雑貨などの店を色々周り、これでもかと言わんばかりに祭りを堪能した。
その中で、色んなことを試した。
労いの言葉をかけたり、花をプレゼントしてみたり。
楽しめそうなところは全て巡った。
しかし、リリアの笑顔はいつもの笑顔のままだった。
そして現在も尚、デートは継続中である。
王宮内の暗い階段を楽しく談笑しながら登っている。
「それでよ!そのフィーネスって奴が教師なのにアイビスに吹っ飛ばされてよ!逆さまになった状態で助けも求めず真剣な顔で諭してこようとしてくんの!いやさすがに無理あるだろ!って」
「ふふふっ、なんだかその人、アルスさんみたいですね。」
「え、俺?似てる……???まぁ育ての親みたいなもんだけど、似てるか?」
「一度のお会いしてみたいです」
「いやぁ、ありぁただの変態だからなぁ。見ない方がいいかもしんねぇぞ?」
「そうなんですか?残念です……。あっ、着きましたね!」
暗い階段を登り続け、ようやく外に出れた。
そこは王宮の屋上に位置し、アイビスが魔法の特訓をしていたところよりもさらに上の方のセラフィムの木の上だった。
「おぉ!高ぇなーー!」
日はすでに落ちきっており、辺りは暗い。
しかし、街の灯りが照らし出され、綺麗な夜景が完成していた。
リリアは慣れた足取りで木の幹の根元あたりまで歩いて行き、その場に腰を下ろした。
「アルスさん」
ポンポンと自分の隣に座るよう促してくる。
そのあどけない誘いに息を飲む。
「お、おう!」
リリアの隣、よりちょっとだけ距離を空けて腰を下ろす。
やばいなこの状況。
リリアが可愛い過ぎて緊張が収まらない!
デートの締めは二人きりの夜景と聞く。
さっきの仕草も超絶かわ……って、そうじゃなくて。
そんなことはわかってるんだよ。
リリアが可愛いなんて今更だろ。
そこじゃないんだよ今日は。
「………」
リリアの横顔をちらっと見る。
楽しんでくれたかな。
息抜きもちゃんと出来たんだろうか。
リリアが少し自慢気に聞いてくる。
「どうです?ここの景色」
「あぁ、綺麗だな」
「そうでしょう。ここは私とお兄様だけが知る隠れスポットなんです。高いところから街を一望出来て気持ちいい夜風にも当たれるんですよ」
確かに絶景のスポットだ。
火照った体を冷ましてくれる。
「今日はデートにお誘頂きありがとうございました。おかげで存分に羽を伸ばすことが出来て有意義な時間を過ごせました。ありがとうございます。」
本当にそう思ってくれてるのだろうか。
「今回は襲撃事件もあって多くの命が失われて、国としても辛い時期になるかなと思ったんですけど、こうして祭りを催してまた国民の皆さんに笑顔が戻ってきて良かったです。こんな日々がずっと続いてけばいいなぁなんて思うんです。」
遠い目で光の集まる方へ目を向け、思いを呟く。
王女としての思いを。
心優しくまさに王族の鏡ととるべき言葉の羅列。
聞くものがその慈愛に再度笑みを浮かべただろう。
彼女こそがこの国の王女であり、花神というこの国の象徴なのだと確信しただろう。
他所の国の商人ですら、心から敬服していただろう。
彼女の横顔を見なければ――。
アルスの表情に笑みは浮かんでいなかった。
いつも見せる笑顔とは違う、歪んだ笑みをこぼす横顔に「あぁ、やっぱりか」と、心の中で呟いた。
やっぱり間違っていなかった。
勘違いじゃなかった。
ずっと違和感を感じてたんだ。
初めて会った時の雰囲気と次に会った時の雰囲気が別人だったから。
初めて彼女と言葉を交わしたのはパーティーでのダンスの時だった。
その時は敬語など使っていなかった。
砕けた口調、砕けた笑み、彼女の本心を見ているようだった。
けど、次に会った応接室では彼女は敬語を使っていた。
表情もどこか取り繕ったようなものだった。
最初は気になったものの、王女としての振る舞いをしてるだけなのではと思った。
初めてかけられたあの時の言葉が本当の彼女の喋り方で、それでは王女としての面子が潰れるため、普段はそれを隠しているのだと。
そう結論付けた。
しかし、襲撃事件の後、彼女のつける仮面はより分厚くなった。
より完璧に、より隙のない王女を、花神を演じるが故に。
心が伴っていないことを自分自身ですら気づけないほどに感覚が麻痺しているんじゃないかと。
デートなどあまりに愚かで軽率な行動だったのではないだろうかと今更思う。
この微笑みに含まれる歪みに気づけないほど愚鈍ではない。
彼女は、ずっと耐えていたのだ。
失い続ける苦しさに――。
「リリア、やっぱり無理してるだろ」
「え?どうしたんですか急に、、」
慌てるようにして誤魔化す。
「無理してるって私が何を……」
「……」
アルスの表情も歪む。
「アルスさん?」
襲撃事件の後、目を覚ましてリリアと話した時により強く違和感を感じた。
こんな表情をする人だっただろうかと。
――苦しそうで、悲しそうな。
いつもの笑顔が違って見えたのはその時が初めてだった。
よく考えてみるとあれだけのことがありながら笑顔で居続ける方が無理があるだろう。
亡くなった者はかなり多いと聞いていた。
リリアの従者たちもだ。
リリアの身の回りの世話をしてくれている者たちだ。
詳しくは知らないけど、彼女が素で話せる人たちだったかもしれない。
両親のいない彼女からしたら親代わりだったかもしれない。
それでいて責任感の強い彼女は死んだ責任は自分にあると言っている。
大丈夫なはずがない。
彼女は確かに王女だ。花神だ。
だが、だから何なんだ。
地位も力もある。
責任もあるのかもしれない。
けど、一人の女の子であることに変わりはない。
ちょっとした事で笑い、泣き、喜び、怒る。
普通の女の子だ。
まだ14歳だ。
大人の女性じゃない。
それでいて国の為に働き、笑顔を振りまき、国の象徴としてあり続けてきた。
十分じゃないか。
親の死も、大切な人たちの死も背負って、これ以上何を背負えと言うんだ。
これ以上一人で背負う必要があるのか。
「アルスさん?どうしたんですか?体調でも悪くなったんですか?」
「リリア、もういいじゃねぇか。」
「え?」
「隠す必要があるのか?苦しいなら苦しいって言えよ。悲しいなら悲しいって言えよ。」
「……な、何を言ってるんですか?私は苦しくないですし、悲しくもありません。何か心配されていようですけど、私は大丈夫ですよ?」
めいいっぱいの笑顔を見せる。
しかし、
「……じゃあ、なんで泣いてんだよ」
「……え?」
リリアの目から溢れるようにして涙が溢れていた。
「あ、あれ?」
リリアは隠すようにして涙を拭う。
しかし、涙が止まらない。
アルスは焦るようにガサツに目元を擦ろうとする彼女の両腕を掴みあげる。
「大丈夫なわけねぇだろ!!!!大事な人が死んで、親が死んで!!!大丈夫なわけねぇだろ……!ずっと苦しいままなんだろ。誰にも言えないから!一人で抱え込んで……!」
「!!! ち、違ッ……!!苦しくなんか……!」
「じゃあその涙はなんだよ!なんの涙なんだ。その歪んだ笑顔は何なんだ。苦しくて!悲しくて!どうしようもなく辛いからじゃないのか!?」
「ッ……!!」
リリアの表情が段々崩れていく。
「辛いなら泣けよ。苦しいなら叫べよ。誰にも言いたくないなら一人で呟いとけばいい。聞かないフリしてやる。隠したいなら隠してやる。だから、抱え込むな。それを叫んで怒る奴なんてどこにもいないんだ。どこにも。」
リリアの目から堪えていた涙がボロボロと溢れ落ち、
「ああああああああああああああああッ!!!!お母あさんッ!お父おさんッ!みんな死んぢゃったぁッ……!ああああああああッ!!!!」
彼女はアルスに縋り付きながら今まで溜められてきた心の叫びが、王宮の屋上に響き渡った。
アルスは彼女が泣き止むまで彼女の小さくうずくまる体を抱きしめ続けていた。
---
一通り泣き叫び終え、リリアは落ち着いた様子に戻っていた。
目元と鼻を赤くし、まだ明るく照らされる街を呆然と見ている。
アルスの手をぎゅっと握り、心做しか二人の距離が近くなっていた。
少しは落ち着いただろうか。
俺が出来ることはこれくらい、いや、そもそもこんなことで良かったのだろうか。
傍から見たら泣かしただけに見えるかもしれない。
でも、何事も溜め込んでしまってはダメだ。
いずれ壊れてしまうからな。
これで良かったと思っておこう。
静かに夜景を見つめるリリアがそっと呟く。
「お父さんとお母さんが生きていた時にね、一度だけ家族全員でここに来たことがあるの。赤ちゃんの頃の記憶だけど、ここに来ると二人の顔を思い出すんだ。」
リリアの口調は敬語ではなく、おそらくリリアとしての本心を語る時の言葉遣いになっていた。
「家族全員で……。覚えてるのか?赤ちゃんの時の記憶。」
「うん。鮮明に覚えてる。」
確か一度フェンリルから聞いた事がある。
十人の内数人の割合で赤子の頃の記憶を鮮明に覚えている人がいると。
「その時も花神祭の日でね、綺麗な夜景だったんだ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも満足そうな顔でさ、この光景を眺めていたの。私は夜景よりも、三人のその表情の方を強く覚えてる。あの顔が好きだったなぁ」
懐かしむようで、悲しげな顔をする。
「……分かるよ。なんか景色よりその時一緒にいた奴の顔とかめちゃくちゃ覚えてるよな。そんで同じ景色見たらそいつの顔も思い出す。その顔がもう見れなくなったとか思うと辛いよな。」
「アルス君は誰かを失った経験があるの?」
「失ったっつーか、もう会えないかもしれないって人かな。母さんとかさっき話してたフィーネスって奴とか、向こうに残してきた友達とかな」
「会えないの?」
「うん。まぁなんて言うかそういう覚悟をしとけって言われたな。地上に出た地底人の中で地底に帰ってこれた奴なんてほぼいないんだってさ。だから地上に出る時とかめっちゃ身構えて出てきたんだけどさ、思ったより怖くないっつーか。いや怖いこともあったにはあったけど、今は帰れないって思う程じゃねぇなって。」
「そうなんだ。寂しいなとか思う?」
「寂しい、か。うーん、心配だなって思うことはたまにあるけど寂しいなって思うことはねぇかな。俺にはアイビスとフェンリルがいるし。」
リリアの声が暗くなる。
「……そうなんだ。私はお兄ちゃんがいるけど、寂しいな。私は寂しがり屋なのかな。心が弱いからこういうこと考えちゃうのかな。」
俯くリリア。
リリアにとっての親とは。大切な人とは。
それはアルスのそれと同じだろう。
愛して、愛されて、温かみを感じるものだ。
違いなどないに等しい。
違いをあげるとするなら、失っているかいないかだろう。
「スーリオがいてもなのか?」
「うん。お兄ちゃんは大事なお兄ちゃんだし、私の唯一の家族だよ。けどね、お兄ちゃんには甘えられない。お兄ちゃんも王様として国のために頑張ってるの。私だけ甘えるなんて出来ないよ」
リリアにとってスーリオは同じ立場と境遇を持つ兄妹。
辛いのは同じはずだ。
それを理解して、兄には弱った姿は見せない。
スーリオはリリアのそういう姿を見ると必ず気にかけてくれるが、リリアとしては自分のことに時間を割いて欲しくないのだ。
「そうか。」
多くを失ったリリアに俺が言えることはもうほとんどない。
失った苦しみを全て分かるまでとは言わない。
リリアからしたら何も分かっていないに近いかもしれない。
でも、リリアのことなら分かる。
見てきた。会って一ヶ月程度だが、見てきた。
好きだから。ずっと目で追いかけた。
だからはっきり言える自信がある。これだけは――
「やっぱり――」
「でも、弱くなんかねぇよ。」
落胆の表情を浮かべる彼女の手を強く握る。
「リリアは弱くなんかねぇよ!強い!強い人間だ!
俺は今まで色んな人と出会ってきたけど、その中でもとびっきり強い女性を知ってる。その人は誰よりも優しくて心の強い人だった。リリアみたいに、誰かを想う強さがあった。」
頭に思い浮かんだのは母、アーミスだった。
「俺はその優しくて強い人に育てられて、支えられて、そんで地上で同じ強さを持つ人に助けられた。
だから、俺はその強さにより惹かれたんだ」
「!!」
頬を染めながらも彼女の方を見る。
リリアも頬を染めて、恥ずかしそうにこちらを向いた。
「俺はリリアの両親を知らねぇけど、スーリオとかの話を聞く限りじゃ強い人だったんだと思う。だからリリアのその強さは親譲りなんじゃねぇかな。その親譲りの『誰かのために動ける強さ』は誇るべきことだと思う。弱いなんて言わせねぇよ。お前は強い。強いんだ、リリア。」
涙を出し切ったはずの目が潤う。
「私はッ……こうやって泣いて、弱音ばっかり吐いて、またアルス君を困らせるかもしれないよ?」
「困ってねぇーよ。」
「みんなのことも守れなくてッ……またたくさんの人が死んじゃうかもしれないよ?」
「失わねぇ人間はいないってフィーネスが言ってた。失っても立ち直るのが人の強さだろ?」
「なれるかなぁッ……。お父さんとお母さんみたいに……」
「なれる!自分を信じろ!俺は信じてる!心の強いリリアなら絶対になれる!リリアの両親も心が強かったように!リリアもなれるんだ!」
溢れる涙を手のひらで拭い、笑顔を見せる。
「ほんと?」
「あぁ!賭けてもいいぜ?」
突拍子に出た言葉にリリアは思わず目を丸くして吹き出す。
「あははっ!いいね!それ!
じゃあ、私もなれるに賭けるよ!アルスくんが信じてくれるように」
「おう!……ん?それ賭けになってんのか?」
「いいじゃん!二人勝ちしようよ!」
「あぁ、そうだな!」
満面の笑みで目の前に出されたアルスの手をリリアはがっちりと握る。
握る強さは決意の表れを感じた。
そんな二人を包むかのように、気づけば周りに無数の光が浮かび上がっていた。
「うおっ!?なんだこれ!?」
「あぁ、これはね『灯篭の送り火』って言うの。亡くなった人を天国へ送るものなの。毎年こうやって送り火を上げて、亡くなった人たちを労うの。」
「ほーう、知らなかったな。そんな文化があるのか。」
死者を労る?労う?か。
地底にはそんな文化なかったなぁ。
なんか新鮮だ。
気づけば夜空に無数の送り火が浮かび上がり、幻想的な空間になっていた。
「リリアは両親の分上げたのか?」
「実はね、今持ってきてるの!」
彼女は一度王宮へ戻った際に取りに行った小さな包みから一つの灯篭を出してきた。
なるほど。
なにか取りに行ったと思ったらこれだったのか。
「アルス君と一緒に上げようと思って持ってきたの!」
「いいのか?俺なんかが上げて。こういうのってスーリオと兄妹二人揃ってやらなきゃいけないってやつじゃねぇの?」
「そうなんだけど、今年はお願いするって言われたんだぁ。お兄ちゃんそんな忙しくなかったと思うんだけど……」
うーん、まぁスーリオが言うならいいのかな。
リリアは魔法で灯篭に火をつけた。
灯篭にはリリアたちの両親の名が刻まれてた。
「ほら!アルス君そっち持って!」
「え?あ、おう……」
言われるがままリリアが持つ反対側に手を添えた。
「お父さん、お母さん。私、二人みたいに立派な王女になって、みんなが笑顔で暮らせる国に出来るよう頑張るね!」
「……」
「アルス君は何も言わないの?」
「え、何か言った方がいいやつ?」
「どっちでもいいけど、伝えられるのは一年に一回しかないよ?」
ほう、まさかの無茶ぶり。
リリアの両親を知らないから何かを言える立場ではないが……。
「俺もリリアを信じてます!」
真剣な眼差しで呟いたそれにリリアが吹いた。
「あははっ!なんか恥ずかしくなってきた」
「う、うるせぇ!別にいいだろ……」
顔を真っ赤にするアルス。
「じゃあ上げよっか」
「……おう」
二人はゆっくり灯篭を離した。
灯篭は流されるようにして上へ上へと登っていく。
二人の願いを乗せて、無数の送り火の中へと溶け込んだ。
夜なのに空が明るい。
圧巻の景色だ。
見惚れて空を見上げるアルス。
その純粋な少年の横顔は、リリアの記憶の1ページに深く刻まれた。
リリアは恥ずかしげに頬を染めながら呟いた。
「アルス君」
「ん?どうした?」
アルスがリリアの方へ顔を向けようとした時、それよりも早くアルスの両頬に手が伸ばされた。
その小さく可憐な手でアルスの顔を引き寄せ、そっとその唇に自分の唇を寄せた。
数秒時が止まった感覚に頭の中が真っ白になった。
「ありがとう!」
リリアは心からの感謝を述べて赤らんだ頬で笑みを浮かべた。
口付けで述べらる感謝は極わずかな人間に限る。
その者に、愛された者だけに。
彼女にとっては心を救われた。
アルスの言葉に救われた。
立ち直る勇気をくれたのだ。
彼はもう時期国を発つが、たとえどれだけ遠く離れたところにいても、彼のことをずっと胸に添え続けると誓おう。
彼と描く未来を信じると。
自分のことを信じると言ってくれた彼を信じると。
――これは彼女にとっての、最大級の決意と愛情である。
その姿を王宮内から聞き耳を立てる人物がいた。
彼は二人の姿を見ているわけではない。
ただ建物の中に隠れて聞き耳を立てるだけだった。
いつからそこにいたのかは分からない。
ただ、何も言わず、二人の様子に嬉しそうな顔を浮かべていた。
「僕が見ていたことは誰にも言わないようにね」
隣にはアイビスの担当の女執事もいた。
「……はい。かしこまりました。」
「……不服かい?」
女執事の浮かべる表情が喜びとは少し違うものだった。
「……いえ、リリア様がようやく本音を吐ける相手が見つかって良かったと思っています。」
「……そんな風には見えないけどね」
「そうですね。正直言うと、悔しいです。私ではダメだったのかと。力になれない自分が悔しいです」
彼女とて伊達にリリアを見てきたわけじゃない。
リリアの表情にも気づいていた。
だからこそ、打ち明けてもらえなかった悔しさは心に残る。
「そうだね。それは僕も同じかな。でも、これはきっと仕方のないことなんだと思う。この国の人間にはリリアは決して見せなかった。他所から来た彼だから、言えたんだろう」
この悔しさはおそらく嫉妬というものだろう。
手頃にかけてきた可愛い妹、主に最大の苦しみを頼って貰えなかったことへの嫉妬だ。
「リリアは亡命時泣いていなかったんだ。」
「存じております。たった1歳にして涙を流さなかったと」
「そう。1歳でだ。両親が亡くなったことを理解できていないのか、物心がなかったからなのか、当時は泣かなかった。けどね、あの子が泣かなかったのはその時だけじゃない。ずっと……ずっと泣かなかったんだ。誰にも涙を見せることなく、笑っていた。」
「………」
「もしかしたらあの時から気づいていたのかもね。自分が背負わなければならないものを」
「……1歳で、ですか?」
「あの子は聡いからね」
半信半疑に思うもスーリオの目から微かにこぼれる涙に疑いようはなかった。
「僕はもう行くよ。あと頼んだ」
「かしこまりました。」
あの子があぁやって涙を流せる日が来るなんてね。
アルス、やっぱり君は何か持ってると思うよ。
今回の地底人が君で良かった。
スーリオは二人の姿を尻目に一足先にその場から去って行った。
♦ちょこっと補足♦
女執事ことハイネとスーリオは二人が王宮に帰ってきた時から尾行していたそうです。




