第四十話「些細な違和感」
暗い空間の中、響く男の声が聞こえる。
『忌まわしき呪い子よ。今すぐ地の底へと引き返せ。
さもなくば貴様が開けた扉は混沌への入口だと、いずれ身をもって気づくだろう。
そして、呪え。己の運命を――』
誰になんの事を言われているのかは分からない。
最後に暗闇に写ったのはニヤリと不敵な笑みを浮かべる冷たい唇だった。
---
目が覚めた。
薄暗く、それでいて外からの光が多少入る部屋のベッドでアルスは横たわっていた。
壁や天井は見覚えのある黄土色の土壁。
ここが王宮の中だと言うことがすぐに分かった。
体は丁寧に包帯が巻かれ、動きづらさを感じる。
ただまぁ、体を動かそうにもまだちょっと動かせそうにない気がする。
自分以外には誰もいないのかと確認しようとした時、右手が何かに包まれているような感覚がした。
人の温もりを感じる。
目だけを向けると、アルスの手を握りながら心配そうな表情をする少女の横顔が見えた。
「リリア……」
そう呟くと、椅子がガタンと倒れ、リリアが飛び上がるように立ち上がった。
「アルスさん!!!?」
「おぉう、リリアぁ。おはよう。今何時?」
寝ぼけた声で答えると、リリアは泣きそうな顔でアルスの手を強く握った。
?
なんで泣きそうになってんの?
「ちょっと待っててくださいね。みんなさんを呼んできますから!」
リリアはそのまま部屋から出て行ってしまった。
---
五分もしないうちにリリアはみんなを連れて戻ってきた。
リリア以外で特に心配していたという顔の者はおらず、ほとんど澄まし顔だった。
ちょっと腹立つんだが?
「アルス、起きたんだね。体の方は大丈夫?」
「うん?うーん、まぁ寝起きだから分かんねぇけど大丈夫じゃね?」
「アンタ一週間も起きないとか、死んだかと思ったわ」
一週間。
そんなに寝ていたのか。
道理で身体が重いわけだ。
てかそんなことより――。
「アイビス、お前なんか目変じゃね?」
アイビスの目は以前の綺麗な翠緑の瞳ではなく、薄い水色のような瞳になっていた。
「そうなのよ!目がおかしいの!戦いが終わった後に鏡見たら変な色になってて!まぁ別になんも支障はないんだけど」
「妙だよね。突然目の色が変わるなんて。僕も気になって資料室で調べてはいるんだけどね。あまり分からないんだ」
ふーん。
まぁ日常生活で異常がないなら気にする必要もないだろ。
「それは置いといて、お前らは体とか大丈夫なのか?」
「僕は魔力切れで倒れちゃったけど数日で目が覚めたよ。リリア様も怪我してたけど花神の回復魔法ですぐに回復されてたよ。」
「スーリオも魔力切れでフラフラだったけど、アイツ頭おかしいわよ。休めばいいのに無理して復興作業してるのよ?どうかしてるでしょ!まぁ私とバーゼルはアンタらと違って無傷だけどね!」
フェンリルも魔力切れか。
珍しいな。
それに――。
「リリアはもう大丈夫なのか?」
「わ、私はもう大丈夫です」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「アルスさんの傷も回復させようとしたのですが、アルスさんの傷は何故か花神の力が効きづらくて……」
「え?そうなの?」
そうか。治そうとしてくれてたんだな。
「何故アルスの傷だけ治らなかったんだろう。他の人の傷はすぐに治ってたんだけど」
「そりゃあアルスの『鎧気』が分厚すぎて魔法が届きにくいからだろうな」
聞き覚えのある声。
扉の方に目を向けると、遅れてやって来たバーゼルがいた。
「おう、バーゼル!元気にしてたか?」
「あぁ……お陰様でな」
だるそうに肩を下げる。
「? アイツどうしたんだ?」
「あぁ、バーゼルさんね。復興作業を手伝わされてるんだって」
「ほーう」
まぁ普段からサボってるから丁度いいだろう。
アルスの目の前に椅子を持ってきて腰を下ろす。
「で?体の方は?」
朗らかな、それでいてホッとした顔でアルスに尋ねる。
「まだちょっと痛むくらいかな。まぁすぐに治るだろ」
「そうか……」
バーゼルにとっては地底人である俺たちが何よりも優先順位が高いのは知っている。
内心では一番ヒヤヒヤしてたんじゃないだろうか。
全く〜、クールぶっちゃって〜!
こういう時は素直に「生きてて良がったッ!」とか鼻水垂らしながら縋りついて来ればいいのにな。
まぁ、バーゼルがそんなことしたらそれはそれでビビるからやらなくていいけど。
「あっ、そういえば、フリージックが言ってたんだけどさ……」
「なんだ?」
「『呪いの子』って、何?」
バーゼルの顔から笑みが消えた。
「……」
「『呪いの子』?何よそれ」
「いや俺も分かんねぇ。ただフリージックにそう言われて……。なんか知ってるか?」
「………さぁ?俺には何のことかさっぱりだ」
そう言ってバーゼルは立ち上がる。
「まぁ、今は回復に専念しろ。とりあえずお前が完全復活するまではこの国に滞在するつもりだ」
「そうなのか。分かった」
バーゼルは「また土産物でも持ってくる」と言って出て行った。
はぐらかされたような気もするが、まぁいいか。
いずれ分かると言うやつだろう。
「じゃあ、僕たちもそろそろお暇しようかな」
「そうね。アホと一緒にいたらアホが移るわ」
「何故ディスる?」
二人は立ち上がり、扉へ向かう。
「僕は大体王宮内の資料室か図書室にいるから何かあったら呼んでね」
「私はお買い物してくるから何かあっても呼ぶんじゃないわよ!」
いや呼べねぇだろ。
二人も部屋を出て行った。
残ったのはアルスとリリアだけ。
リリアはその場から離れようとせず、黙ったまま一向に動かない。
アルスが首を傾げる。
「? リリアは行かねぇの?」
「ふぇ!?」
「ほら、王宮の仕事とかあるんじゃないかと思ったんだけど……」
「あっ、いや、今はその……お休みをもらってまして……。それに、アルスさんに伝えたいこともあるので……」
ほう、俺に伝えたいこと。
さっきみんながいる前で言わなかったってことは二人だけの時に言いたいこと……。
つまり告白!
心做しかリリアの顔も赤く見える。
アレは緊張と恥ずかしさから来るものだろう。
間違いない!
乙女の愛の告白だ!
そうかそうか、俺のカッコ良さに惚れてしまったか。
と、思いつつも顔を真っ赤にしながら聞き返す。
「へ、へぇー、いいいい言いたいことって?」
声が裏返る。
「……」
リリアは目を泳がせて黙り込む。
え?なんで目を泳がせてんの?
なんか言いづらい感じ?
………はッ!!!
もしかして………振られる!!?
お前には興味無いってことか!!?
あっ、やばい。気分悪くなってきた。
赤く火照った顔が一瞬にして青く冷めていく。
「あ、あの……」
リリアがようやく話し出そうとするもアルスはビクッと肩を震わせる。
ど、どうする?
このままみすみす振られるのか!?
それに俺のメンタルは耐えられるのか!?
どうすればいい!?
いや、落ち着け。
こういう時のためにフィーネスからレディの扱いはちゃんと教えてもらってる。
確か、振られた時はまず、落ち着いて顔には出さない。
ここで顔に出してしまったら鼻で笑われるそうだ。
次に振った理由を聞かず、感謝の言葉を表す。
ここで理由など聞いていては変に傷つくだけだ。
それならちゃんと考えて答えを出してくれたことに感謝をすることだ。
この方が好感度も高いらしい。
そして最後に一週間以内に別の女を引き連れてその人の前を歩く。
やり口的には最悪だが、その人に自分はモテる男だとアピールして振ったことを後悔させる戦法らしい。
そうしたら今度は向こうから縋りついてくるのだとか。
不安だが、若い頃は百戦錬磨だったフィーネスが言ってたんだ。(※たぶん嘘である)
大丈夫に違いない!
「あ、あの、アルスさん」
「な、な、なんだ?」
「まず、花神として、この国を救ってくれてありがとうございます。あなたがいなかったらこの国も私も無事じゃありませんでした。だから、助けてくれてありがとうございました。」
あっ、なんだ。
そういう感じか。
ついうっかり勘違いしてしまった。
「いやいや、俺一人で勝てたわけじゃないし、それにほとんどリリアのおかげで勝てたようなもんだろ?他のみんなも別の場所で全力を尽くしてくれたからこうやって無事なわけだし、謙遜しなくてもいいって!」
「いえ、あなたがあの時、私があの人に殺られそうになった時に、来てくれなかったら、今私はここにいません」
まぁ、あの時はたまたま見つけた窓がリリアが追い詰められてたところだったってだけで、正直はアレは運が良かったとしか言いようがない。
狙って入ったわけじゃないからな。
本当に偶然だった。
「それに、私、怖かったんです……。あの時、何も出来ず追い詰められて怖かった……。無力で、何も出来なかった頃の自分を思い出して、足もすくんで……花神として、王女として、この国のためなら命を失うことだって怖くないと思っていたのに……いざ失いかけた時、怖くなって……声も出なくて……。」
リリアの声が震えている。
「だから、そんな時に、アルスさんが助けに来てくれて本当に嬉しかったんです。あなたが助けてくれなかったら、私は弱いままの、誇りを失った花神として死んでいました。今こうして立ち直らせる機会をくれたことも含めて感謝しています。今度はちゃんとこの国を守れる強くて誇り高い花神になれるように頑張ります!」
そうリリアはニッコリ笑顔を見せた。
その笑顔は普段見せるリリアの笑顔だ。
みんなに向ける朗らかな笑顔。
だが、アルスはこの時初めて気づいた。
この笑顔は笑っていないということに。
「……リリア。俺は――」
「じゃあ、私はこれで」
アルスの言葉を遮るようにして、リリアは部屋から出て行った。
彼女が今回の襲撃について思い悩んでいるのは明白だった。
しかし、今は彼女にかけてやる言葉が見つからなかった。
同時に浮ついた気持ちでいた自分にちょっとだけ罪悪感を感じた。
---
――一週間が過ぎた。
一週間もあればアルスの体はある程度動くようになる。
「ん〜ッ……!」
アルスは部屋のベットから降りて、背伸びをして関節を動かす。
地上に出てきてからは傷の治りも遅かったが、問題なく動かせそうだ。
メイドが用意してくれた洗濯済みの自分の服に着替えた。
---
王宮内は一週間前に比べると落ち着いているが、それでもまだ少し忙しない感じだった。
花神祭が一ヶ月後には控えてるとかでバタバタしてるのだろう。
どうやらこの状態でも花神祭は執り行うらしく、街の復旧も急いでいるようだ。
あれから一週間、リリアは忙しくて中々顔を出してはくれなかったけど、メイドさんとかフェンリルたちに伝言で伝えて俺のことを気にかけてくれていた。
おそらくだが、今のリリアはかなり精神的に負担がきている。
国もかなり荒らされ、死者は多数。
自分の部下も多く失ったと聞く。
辛いのは当然だろう。
正直、今のリリアには関わらない方がいいのかもしれない。
そっとしてあげた方がいい気がする。
そう思ってはいるのだが、やはり気になってしまう。
自分が何かできるのかと言われると分からないが、少しでも元気づけてやりたいし、一言二言声だけでもかけてあげたい。
だからこうして出てきているわけだが――。
正直言うと、勇気がない。
リリアにどんな顔して合えばいいの?とか、用もないのに何しに来たの?とか。
そんなことばかり考えてしまう。
あんまりこういうこと考えててもどうにもならないって分かってるんだけどなぁ。
「寝てる間に心はチキンにでもなっちまかぁ」
とりあえず、他のみんなに動けるようになったっていう報告がてら、ちょっと相談でもしてみようかな。
---
まず最初に向かったのは図書室だ。
図書室にはフェンリルがいる。
まずは怪しまれず無難なところからだな。
「え?リリア様に何かしてあげられないかって?」
山積みの本の中フェンリルが首を傾げる。
「アルス、動けるようになって早速リリア様のこととは……アイビスとかが聞いたら呆れられるよ?」
「大丈夫。俺は疾うの昔から呆れられてる。
って、そうじゃなくて!リリアさ、元気ねぇんだよ。なんか元気づけられるうなことしてやりたくてさ」
「元気がない。僕にはそんな風には見えなかったけどなぁ。」
やはりフェンリルには違いがあるようには見えなかったか。
まぁ実際気づく方がおかしいのかもな。
最初に出会った時と同じ笑顔なのに、元気がないって思うのは。
「うーん、そうだねぇ。よく聞くのは相手が喜びそうなことをしてあげるのが一般的だけど………リリア様が喜びそうなことかぁ。あの人なら何されても喜びそうな感じはするんだけどねぇ。」
「ちなみに一般的喜びそうなことって何があるんだ?」
「例えばだけど、何かプレゼントをあげるとか、デートに誘うとかが一般的かな。まぁプレゼント選びならまだしも、デートはアルスはまだ早いだろうけどね」
え?今煽られてる?
わざと煽った?
それとも天然的に煽ったのか?
えぇ?どっちにしてもものすごく腹立つんだけど。
え、なに、喧嘩する?
ボコボコにしてやろうか?
デート番長アルスさんって呼ばしてやろうか?
「まぁ、プレゼントがいいかもしれないね。ものにもよるかもだけどその方が喜ぶんじゃないかな」
プレゼント。
プレゼントね。
まぁまぁ悪くないだろう。
正直デートをしたいという気持ちもあるが、ここはプレゼントの方がいいのかもな。
「分かった。ありがとう。参考させてもらうわ」
「うん。役に立て良かったよ」
一つ参考は得られた。
それはいいとして………。
「それよりよォ、フェンリル」
「ん?どうしたの?」
「……お前、まさかここで寝泊まりとかしてねぇよな?」
本に隠れてあまり見えないが、フェンリルの座る位置より少し奥に毛布が見える。
目の下に隈も出来てる。
「……仮眠程度だよ」
してんじゃねぇか。
「お前、あんないい部屋与えてもらってんのにここで泊まってんのかよ」
「いやぁ、ここの本は持ち出し禁止だからさ」
それにしてもだ。
いくらフェンリルが本が好きだからといってここまでするなんて。
まぁ、寝泊まりしてるってことはスーリオからは許可されてるんだろうけど。
「まぁ、程々にしとけよ」
「あぁ、大丈夫だよ。国を出るまでには全部読み終えるつもりだから。」
何が大丈夫なんだ?
この時、珍しくもアルスの顔が引きつった。
---
今度はアイビスだ。
アイビスは買い物をしていると行っていたが常に買い物をしているわけではないだろう。
王宮内にいる時もあるに違いない。
アルスはアイビスを探すため王宮内を散策しだした。
---
しばらく探し回ったが見当たらない。
スーリオとバーゼルは街の復興作業に出ているらしく、王宮内にはいないんだとか。
次に二人の所へ顔を出す予定だからその前にアイビスに顔を合わせておきたいのだが、どこにも姿が見当たらない。
門番に聞くと今日はアイビスの姿を見てないらしい。
だから王宮内にはいるはずなんだが……。
執事やメイドに聞いても皆見ていないと答える。
貴族たちの方にも聞いてみたのだが同じ返事が返ってきた。
誰にも聞いても分からず終い。
やはり今日も買い物に行っているのか。
それなら先に二人の方に行くのがいいだろう。
と考えていると一人のメイドがアイビスが上の階へ向かうのを見たらしい。
上の階ということは今いるのが二階だからその上の三階だな。
とりあえず上の階へ向かった。
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三階は広い部屋がいくつもあるが大半は物置部屋だ。
人の出入りも少ない。
こんなところにアイビスがいるとは思わないが……。
とりあえず探すだけ探してみることにした。
---
一通り見て周ったが、案の定どこにもいない。
それもそうだろう。
こんな薄暗い部屋にアイビスが一人で来るとは思えない。
メイドさんの見間違いだったかな。
そう階段を降りようとした時、外から聞こえる物音に注意が行った。
三階に来た時から物音は聞こえていたが、小さな音だからスルーしていた。
しかし、時間が経った今も音が止む様子はない。
ずっと聞こえてるから街の修復の音だと思ってたんだが、…………よく考えてみると修復の音じゃねぇな。
アルスは音のする外を覗こうと近くの窓から顔を覗かせた。
薄暗い部屋に差し込む眩しい光を思わず手で遮りながらも外の風が一身に吹き込み、瞼を細める。
三階ってだけあってそれなりに風も吹いている。
開けづらい目で視線を彷徨わすと目の前には大きな大木の幹があった。
それは王宮の外壁を沿いながら上へと伸びており、窓から足場が出来ているかのように見える。
そんな足場の先に、見覚えのある白髪が靡いていた。
杖を構え、何も無い場所に向かって魔術を放っている。
「アイビス。なにやってんだ?」
アイビスは邪魔な横髪を耳にかけながら振り返る。
「アルス、アンタこそ何やってんのよ?もう動けるわけ?」
「まぁな、ある程度は動けるぜ。」
「ふーん、あっそう」
興味無さすぎだろ。
もうちょっと心配してくれてもいいんじゃないの。
「それよりアイビスさ。ちょっと相談があって……」
「? 何よ」
---
「リリアが元気ないって、そうな風には見えなかったわよ?」
「いや、でも俺にはそう見えるんだ」
やはりアイビスにもそうは見えなかったようだ。
「気にしすぎじゃないかしら。リリアのことストーカーしすぎて感覚がおかしくなってるのよ」
ストーカーはしてねぇよ。
「………」
いや、待てよ。
もしかしてこれストーカー行為?
リリアのこと考えて動いてんのはさすがにキモすぎるか?
でももしそうならフェンリルが教えてくれるはず。
「そんなに気になるならデートにでも誘えばいいんじゃないの?」
「え?デート?」
「そう、デートよ。別に誘うくらいならいいじゃないかしら。しつこかったらキモいけど、アンタみたいなのは一回振られないと分からないのよ」
振られる前提かい。
まぁ確かに誘うだけなら別におかしくないよな。
誘う理由がキモいと言うならば別の理由を付ければいい。
気分に転換にとか、助けてもらったお礼にとか、理由は色々付けられる。
でもフェンリルとは意見が割れたな。
どっちを選ぶべきか……。
まぁ、どちらにせよありがたい意見だな。
「そうか、ありがとう。考えてみる」
「ふん!もっと感謝しなさいよね!」
いつものように自慢気に胸を張るアイビス。
「それより、こんな高いところで何やってんだよ」
「そんなの決まってるじゃない!無詠唱魔術の練習よ!」
あー、無詠唱の練習ね……。
そう言えば地上に来てから全然出来なくなったって悔しがってたな。
ちゃんと出来るように練習してんのか。
そういう所はほんと努力家だな。
まぁ、それにしてもこんな景色がいい所で練習出来たら気持ちいいよな。
こんな……ところで……。
周囲を見渡す。
広がるのは風情のある国の街並み。
背には当然王宮の外壁。
他にあるのは大木の幹ぐらい。
――アルスは気づく。
アイビスは魔法の練習と言っていたがその練習台がないことに。
壁や幹にも魔法が直撃した痕がないことに。
では彼女はどこへ向かって魔法を放っている?
その放たれた魔法はどこへ落ちる?
嫌な予感がする。
「アイビス、お前………どこに撃ってる?」
「? どこって、空」
何もない宙を指さす。
空?へ?
いやいやいや、空って、そうじゃなくてよ。
その空に向けて放ってるそれはどこに落ちてんだよ。
ここは王宮だけど、目と鼻の先には街が広がってんだぞ。
「空ってお前……さっきなんか爆発音みたいな聞こえてたぜ?どこか練習台にぶつけないと出ないような音が――」
「あぁ、それね。威力が強すぎて空中で爆散してる音ね。難しいのよねコレ」
爆散!!!?
ば、え?ば、爆散!!?
それってつまり爆散するような威力が出る魔法を使ってるってことだよな。
初級や中級程度の魔法じゃないってことだよな。
「何よそんなに聞いてきて。見たいなら見せてあげるわ!」
「いや、別に――」
「行くわよ!」
アイビスが杖を構える。
「いや、あの見たいとかそんなんじゃなくて!出来れば見たくないというかせめてそっちじゃなくて何か別の練習台に向けてほしいんですけど!あの聞いてます!!?」
集中に入ったアイビスの耳にはアルスの声など届くはずがなく。
深呼吸をしてゆっくり息を整える。
そして何の前触れもなく杖の先から魔法が放たれた。
それはおそらくアイビスの得意魔法の一つ、上級魔法の水渦砲。
だが、放たれた魔術はアルスの知るそれではなかった。
見た事のない量の水が見たい事のない威力と速度で飛んでいき、見た事のないうねり方をして空中で爆散した。
そして爆散した水はスコールのように街へ降り注ぐ。
アルスはそれを目の当たりにし、徐々に震え出す。
え?え?は?え?
こ、こいつ……嘘だろ?
何考えてんの?
え、怖いんですけど。
普通考えたら分かるくね?
その威力の魔法を街の上空で撃ったらどうなるかぐらい分かるくね?
いやまぁそもそもそんな威力の魔法なんて見た事ないんだけどね。
水渦砲にしては何もかもが違うというか、渦を巻いてるところ以外は何一つとして違う。
いつの間にそんな魔法使えるようになってたわけ?
「うーん、やっぱり上手くいかないわね」
自分がやった行動に何一つとして疑念を持っていない様子。
「あ、あのアイビスさん。」
「何よ」
「あのー、その色々聞きたいんですけど。とりあえずその魔法はなんですかね」
「水渦砲よ。」
「へ、へーそうなんだぁ。あ、水渦砲かぁ。えっとその僕の知ってる水渦砲ってもうちょっとこう大人しいというかお利口さんだったような気がするんですが……」
「なんか目の色が変わってから変なのよ。魔法の威力も速度も規模桁違いになって、なんというか体の底から魔力が漲ってくる感覚がするわ。体も軽いし気分もいいわ!」
はえー、目の色が変わってから魔法の威力も速度も規模も桁違いに違うと?
ほぅ、目の色が変わってからというのがとても興味深いが今はそこじゃなくて。
えーと、自分で魔法の状態を理解している。
にも関わらずバカバカと街の上空で撃ってたと。
は?マジで怖いんだけど。
何考えてんの!?
「アイビス、その、アイビスが魔法を撃ってる方向って街の上空って分かってるか?」
「? えぇ、分かってるわよ?」
え!?分かってんの!!?
分かってて撃ってたの!!?
それはそれで話変わってくるんですけど!!?
「なんで街の上空に向かって魔法撃ってんの?」
「スーリオにいいって言われたからよ」
王様から許可もらってんの!!?
「ちょうどいい雨が降ってみんなも喜ぶからって」
ちょうどいい雨?
スーリオあいつ絶対アイビスの魔法見てないだろ。
「いや、アイビス。そのもうここで魔法使うのはやめろ」
「なんでよ!」
「街の人が迷惑してるからに決まってんだろ!?」
「してるわけないでしょ!!?スーリオがいいって言ったもの!」
「あっそう?じゃあ言わせてもらうがな。今俺らの方見上げてるあの人らどう説明するんだ?」
「あの人ら?」
アルスが指さす街の方へ視線を向ける。
そこにはびしょ濡れになった商人たちがブチ切れたヤクザみたいな目でこちらを見上げていた。
「めちゃくちゃブチ切れてんじゃん……。
本当にスーリオ許可したのかよ」
「……………したもん」
小さくボヤく。
ダメなことってちゃんと分かったのか。
気づくの遅すぎるが。
まぁ、反省してんのならいいか。
「もうやめとけよ。街に降りたら後ろから刺されるぞ。」
「………分かったわ!中級魔法にしとくわ!」
「いや、なんも分かってねぇなオイ!」
アイビスは思ったより馬鹿である。
---
最後にスーリオとバーゼルだ。
王宮を出て、西の方の冒険者エリアと居住区域。
そこで二人は復興作業に取り組んでいるらしい。
商業エリアはもうすでにあらかた終わってるようだが、商人の数はまだ少ない。
襲撃の際に犠牲になった商人は当然少なくないし、商品だって荒らされて少ないはずだ。
しかし、それでもこの街で物を売ろうとするものはいる。
国に対する不信感も拭えないだろうに、それでもこの国で商品を売ろうとしてくれる。
商人にとっても大事な国だということがよく分かる。
そう周囲を見渡しながら、二人がいる方を目指して歩いているのだが――。
視線が痛い。
冒険者エリアまでは商業エリアを抜けないといけないのだが、その商業エリアで色んな人にものすごく見られる。
人が多いというわけではないが、ほぼ全ての人が視線を向けてくる。
恨みがましい視線でも感謝するような視線でもなく、ただ興味深いものを見る目だ。
さっきのことで怒ってんのかと思ったけど、俺なんもしてないしな。
うーん、なんと言うか、撫で回すように見られる感覚が気持ち悪い。
背中がゾゾゾってなる。
「……めちゃくちゃ見てくんじゃん。そんな俺のこと気になるなら直接話しかけて来りゃあいいのに。サインでも握手でもしてやるぜ?女限定だけど……。あっ、ヤンデレ系はダメな。ヤンデレはトラウマだから」
ブツブツ独り言を呟きながら気を紛らわせることにした。
---
冒険者エリアに着くとすぐにスーリオの姿を見つけた。
紙を見ながらみんなに指示を出している。
動いているのはスーリオの部下と冒険者たち。
それに大工のような人たちも見える。
魔法を使って土を生成して、それを手作業で直している。
人が多いからよかったものの、少なければとんでもない時間がかかってただろう。
「スーリオ!」
名前を呼ばれたスーリオが振り返り、アルスの顔を見て顔を驚く。
「アルス!?もう大丈夫なのかい?」
「まぁな、それなりに。てか、スゲェことになってんな。俺も手伝った方がいいんじゃねぇの?」
フェンリル曰く、復興作業に自分たちも手伝うと名乗り出たらしいのだが、スーリオに休んでいてくれと止められたそうだ。
フェンリルがやることなく引きこもるのも無理はないな。
けど、こんなに大変そうにしてるならさすがに手伝わないとなんかちょっと申し訳なく感じる。
「いやいいんだ。君たちはこの国を救ってくれた"英雄"だからね」
「……英雄?なにが?」
「この国のために尽力し、戦ってくれた。襲撃者たちを討ってくれた。間違いなく英雄だよ」
英雄って、そりゃまた大袈裟な。
あれで英雄扱いなのか?
あっ、もしかして街でジロジロ見られてたのってそれが原因か?
アレが噂の英雄だって?
いやまぁそれならそれでもうちょっと騒いでもいいと思うけどね。
英雄って言われるのは嬉しいけど、でも俺何もしてないんだよなぁ。
リリアがいなきゃ確実に死んでたしな。
それに、今回の件で英雄扱いされるならスーリオの方だろ。
長時間『呪い』を一人で、それも国全体を覆うほどのものを抑えてたんだ。
それってかなり凄いことだろ。
魔力量とか精神力とか伊達じゃないと無理だ。
まともに魔法を使えないけどそれぐらいは分かる。
アレを抑えれなかったらその時点で国にいる全員が死んでたそうだ。
だから英雄って呼ばれるならちみのことを言うんじゃないかね?スーリオや。
「英雄って、俺らそんなんじゃねぇぜ?ちょっと友達の国助けただけだし……」
その言葉をスーリオは折り込み済みかのように答える。
「いや、君たちは間違いなく英雄だよ。故郷でもない国のために全力を賭して戦ってくれた。妹を助け、国民も助けてくれた。僕一人じゃどうにも出来なかった。改めて感謝するよ。ありがとう。」
深々と頭を下げる。
アルスたちが思ってる以上に、スーリオにとっては彼らがしたことに大きな意味がある。
他の誰でもない、地底から来た彼らがこの国を救ってくれたということに。
何をそう畏まっているのかと思うだろうが、彼らによってもたらされた影響は大きいのだ。
少なくとも、目の前の『若王』にとっては。
だが、アルスはその行動にあまりいい気はしなかった。
「おいおい、そんな頭まで下げなくても……」
「あっ、あと復興作業を手伝ってくれてる彼らだけどギルドの依頼を通してるからちゃんと報酬はもらってるよ。君たちは元より客人として王宮へ招いているんだ。ゆっくり休んで、花神祭を楽しんで欲しい」
そういえば、俺たちのこの国への滞在期間が花神祭が終わるまでに伸びたんだよな。
リリアがどうしても花神祭まで居て欲しいって言うもんだからバーゼルが渋々折れたとか。
いや、まぁそれはいいとして。
「スーリオ、俺たちは頼りないか?」
何を聞かれてるのかと一瞬呆気にとられた顔をするスーリオ。
「? いやものすごく頼り甲斐のある――」
「じゃあ、なんで頼らないんだ?今困ってんだろ?」
「いや、それは君たちは客人として――」
「今お前の目の前に立っている奴は客か?友達か?どっちだ」
「!」
「お前は俺たちのことを客人客人って言うけどよ。俺は客としてお前といるわけじゃねぇんだぞ。客として依頼を受けたわけじゃねぇぞ。俺はお前の友達だ。他人扱いしてんじゃねぇよ」
アルスにとって客人という言い回しはよそよそしさを感じる。
いや、アルスでなくてもそう思うかもしれない。
スーリオ本人も決してそう言うつもりで言っているわけではない。
地底人という地上にとって重大な人物を客として招くことはごく普通のことだ。
対応に間違いはない。
だがそれ以前に、彼らとスーリオの関係が進んでいた。
ただそれだけのことなのだ。
だからアルスは問いかける。
友達だからこそ、それに対して無性に腹が立つから。
「もう一度聞く。俺はお前の客人か?それとも友達か?どっちだ」
スーリオはその質問に対して口を閉じた。
自分の立場と彼らとの関係。
そして現在国が立たされている状況。
それらをもう一度鑑みて、自分に問いかける。
自分の対応と彼らへの認識には齟齬はない。
相応のものだ。
しかし――。
彼と出会った日から今日までのことを思い出す。
それは短いものだが、薄いものではなかった。
客人という認識に間違いはないが、それだけで済ませるには言い表せないものがある。
「そうだね。僕と君たち友達だ。」
「おう!そうだよな!」
無邪気な笑顔を見せるアルス。
一国の、それも『八大強国』という大国の王様と友達などありえないことなのだが、アルスにとってそんなことは些細なことなのだ。
友達は友達。
それで何が悪い。
「じゃあそうだね。少し頼らせてもらおう。」
「任せろ!ドーンと頼ってくれ!」
「それじゃあ今手詰まりになってる土の生成をお願いしたい。魔法の生成は一度に出来る量は少ない上に何度も連発出来ないから感覚を空けないといけないんだ。それを魔力量の多い地底人である君にお願いしたい」
その頼みにアルスが固まった。
「うん?アルス、どうしたんだい?」
「………」
案山子のように何も答えない。
「……あ!君、魔法使えないんだっけ?」
アルスが気まずそうに目をそらす。
「あぁ、ごめん。てっきり使えるものだと思ってたよ」
「……ナンカゴメンネ」
俺は魔法が使えない。
地上に出てきてからもバーゼルやアイビスに教えてもらったがいまいち出来る気がしない。
正直言って俺からすれば難しいなんてレベルじゃない。
木の枝を振り回して人を斬ろうとしてるようなものだ。
「まぁ出来ないのは仕方ない。アルスは土で壁を作って行ってもらおうかなーって、思ったけど……。こっちの方は人手が足りてるから別にいらないんだよね」
アルスが口をへの字に曲げる。
手伝うと言ったのに何も出来ない。
なんか、自分が情けなくなってきた。
「ふ、ふーん、あっそう?まぁ別に困ってるのはこれだけじゃないだろうからさ。また必要になったら呼んでくれよ」
「そうだね。そうしよう」
友達だからとか大見得切った後にこれはかなり恥ずかしいな。
「じゃあ、僕は仕事に戻るよ」
「あ、あぁちょっと待ってくれ!」
ふと思い出し、引き止める。
リリアのことを相談しようとしていたのを忘れていた。
「どうしたんだい?」
「いや、あのさ、最近リリア元気なくね?と思ってさ。元気づけてやりたいんだけど何したらいいか分かんなくて」
その言葉を聞いてスーリオの顔が少し曇った。
「君も気づいていたのか」
と、小さくボソッと呟かれた。
「ん?なんて言った?」
「いや、そうだね。リリアの元気がない、か。正直言うとあの子は繊細な上に責任感の強い子だから、今回のことに関して色々と責任を感じてるのかもね。国がこの有様になってしまったし」
国の状態は崩壊というほどてはないが、大国が受けるには大きい被害だ。
リリアが責任を感じるのも無理はない。
「リリアを励まそうとしてくれるのは嬉しいよ。まぁ、何をしたらいいのかと言われても僕じゃちょっと分からないな。ただ、声はかけてあげてほしい」
「声?」
「そう、小さなことでもいい。あの子のことを気遣ってあげてほしい」
気遣ってあげる、か。
つまり定期的に声をかけて気にかけるってわけか。
確かにそれも一つだな。
「分かった。なんとかしてみる」
「あぁ、ありがとう」
ふむふむ、フェンリルがプレゼント。
アイビスがデート。
スーリオが声をかけて気遣ってあげる。
だいぶ割れたな。
あとは――。
「スーリオ、バーゼルはどこだ?」
「あぁ、バーゼルさんならあそこだよ」
そうスーリオが指さしたのは少し高い建物の上。
バーゼルの服らしき黒い布がヒラヒラと靡いているのが見える。
「え?何してんだアイツ」
「うーん……サボり兼かくれんぼ、かな」
「サボり兼……かくれんぼ???え、なんで?」
サボりは分かる。
アイツがよくすることだから驚きもしない。
だが、かくれんぼってなんだ?
そんな趣味あんの?アイツ。
一人で?
「………」
えぇ……寂しい奴……。
哀れんだ目でバーゼルを見上げる。
「いや、一人でじゃないけどね」
え?そうなの?
「ほらあそこにいる子供たち。彼らから隠れてるんだよ」
バーゼルがいる建物の下にはまだ四、五歳くらいの子供たちがバーゼルの名前を呼んで探し回っている。
まるで迷子になり母親を探しているかのように。
「あの子たちは襲撃の際に連れ去られた子たちだ。バーゼルさんが襲撃中一人で救出してきたんだ。本来なら連れ戻せなかったかもしれない子たちだったんだけど、バーゼルさんのおかげで連れて行かれた人たち全員無事で戻って来れたんだ」
ふーん、なるほど。
確か襲撃の際に暴れてた魔獣はいきなり動きを止めて大人しくなったって聞いたな。
もしかしたら助けに行くついでに魔獣が暴れてた原因とかつきとめて何とかしてくれてたんじゃないか?
あの時まともに動ける状態だったのってバーゼルとアイビスだけらしいからな。
まぁ、スーリオはボロボロの体を引きずりながら後処理してたらしいけど。
「で、助けた子供たちに好かれて面倒くさがってると。」
「まぁ、そうだね。」
アイツらしいな。
気づいたら面倒事に囲まれているの。
まぁ、子供の相手ぐらいしてやってもいいんじゃないかと思うが。
ちょっくらからかってやるか。
---
「バーゼルさん何してるのー?」
「チッ、クソガキが増えた」
昼寝するバーゼルの横から揶揄うような顔をして声をかけるアルス。
「いいじゃん!ちょっとくらい遊んでやれよ〜!」
「黙れ!ガキは嫌いだっつってんだろうが!」
「カーッ!これだから腐った大人は嫌いなんだよ!」
「知るか」
軽く冗談を交えつつ、バーゼルが聞いてくる。
「体の方はもういいのか?」
「まぁな。普通に動ける」
「そうか」
いつもクソガキと妬み口を叩いているもバーゼルなりに気は使ってくれているようだ。
「あのさ、相談があんだけど」
「相談?」
---
「はあ、リリアが元気ないって?そんなもん俺に言われたってどうしろってんだよ」
「いやほらさぁ?こういうね、経験豊富なバーゼル先輩に教えてほしいわけですよ。こういう時どうすればいいのか!みたいな?」
バーゼルは面倒くさそうな顔をしながらも考え込むように目を瞑る。
あっ、ちゃんと考えてくれんだ。
適当に流されるかと思ったのに。
「まぁ、そうだなぁ。一緒にいてやりゃぁいいんじゃねぇの?」
「一緒にいてあげる?なんか話したりとかするってことか?」
「いいや、別にそんなもんいらねぇよ。隣にいてやるだけでいい。今は国がこんな風になってアイツも弱ってんだろ。それなら何も言わずに誰かが隣にいてやるだけでも違うと思うがな」
はえー、なんか深いなぁ。
やっぱ自生経験も女性経験も多いバーゼルの言葉は少し重みが違う。
「まぁ嫌いな奴が隣に居たら腹立つけどな。自分が嫌われてないことを祈るこった」
その一言が余計だと思います。
「あっそ。まぁありがとう。参考にするわ」
とりあえず全員のアドバイスを貰えたので王宮に戻ることにした。
---
さて、アドバイスは集まった。
デート、プレゼント、気遣い、一緒にいる。
内容はバラバラだが、この中から良さそうなのを選べばいい。
ただ、リリアがどれで元気付くかは分からない。
正直どれをやっても喜びそうなところではあるが、気遣いとか一緒にいるとかは少し俺には難しいというか。
デートかプレゼントが無難じゃないだろうか。
いや、でも好きでもない男からデートとかプレゼントとかされたらどう思うんだ?
あれ?分かんなくなってきた。
気づけば王宮内の大広間の前まで来ていた。
中から忙しない声が聞こえてくる。
バタバタしている様子が分かる。
花神祭の準備か。
結構大変なんだろうか。
それなら手伝うか。
リリアがどんな調子なのかも分かるしな。
恐る恐る扉から中を覗くと、リリアが指揮を取り、花神祭に向けての準備に取り組んでいる姿が見えた。
おぉ!久しぶりのリリア!
可愛いッ!!!!
天使だろッ!
もう花が舞ってる!
めちゃくちゃ綺麗に舞ってる!
さすがリリアだ。
指揮を執る姿も絵になるとは……。
いやいや、そうじゃなくて。
見惚れてどうすんだよ。
なんて考えていると大きな声で名前を呼ばれた。
「アルスさん!」
「うぇ!?」
リリアが顔を覗かせたアルスに気づき、声を上げる。
「もう動いて大丈夫なんですか?まだ安静にしていないといけないんじゃ………」
「え、あ〜、いや、大丈夫大丈夫!全然問題ない!俺昔から怪我の治りが早いんだわ!」
「そうなんですか……。あまり無理はなされてはダメですよ?」
上目遣いで可愛らしい忠告をしてくる。
まじかよ。
あの距離で気づくか普通。
心臓飛び出るかと思った。
まぁ可愛いから許してあげますよ。
「分かってるって。それよりなんか手伝う事とかないか?俺今暇でさ」
「そんな、申し訳ないです!」
「いやいや、俺も花神祭楽しみにしてるしさ、手伝いたいんだ」
アルスの申し出にリリアは一瞬頭を悩ませるも
「分かりました。それではお願いします」
許可が出た。
「それじゃあアルスさんはあちらの方をお願いします」
「おう!任せろ!」
彼女はいつもの笑顔で振舞っている。
そう、いつもの笑顔でだ。
やはり、アルスにはその笑顔が笑っているようには感じない。
どこか取り繕っているというか、仮面を被っているような。
まぁ、花神という立場を考えれば仮面も被るだろうが、そういうことじゃない。
なんというか、根本的に心を閉ざしているように見える。
指示を出し、そのまま去ろうとするリリア。
アルスは何か声をかけようかと口をもごつかせるも、言葉が出ない。
リリアになんて声をかけるべきかやはりまだ分からない。
「リリア様ばかり見て何してるんです?」
「ぬあ!!?」
後ろから怒気のこもった声で囁かれ背筋が跳ねる。
振り返るとそこには常にリリアの隣にいる女執事がいた。
「びっくりした〜。なんで後ろから急に声かけてくんの?心臓飛び出たかと思ったわ」
「あぁ、そうですか。本当に飛び出してくれれば良かったんですけどね」
「ん?今なんつった?」
「いえ別に」
白々しく目を逸らす。
俺は思うんだが、この女執事かなり俺のことを嫌っているよな。
明らかに俺にだけ態度がおかしい。
まぁ、依頼前にリリアとお茶会するようになった時から冷たかったけどさ、今はもう隠す気なんかこれっぽっちもないよね?
「で?リリア様に何用でこちらにいらしたのですか?」
「別にアンタには関係ないだろ?」
「いえ、何をおっしゃるんですか。私はリリア様の『専属』執事です。彼女に関わること全てを把握していて当然です」
血走った目で見下ろしてくる。
まぁ、言ってることは間違いじゃないのかもな。
執事の仕事は主の身の回りのことをするみたいな感じだったよな。
忠誠心も中々のもんだ。
襲撃の際にフリージックに深手を負わされたらしいが、今は包帯を巻きながらも業務に戻っている。
この国の人はほんと働き者だねぇ。
「いや、ちょっとリリアが――」
「『様』」
「……リリア……様がちょっと元気ねぇなと思って、なんかしてやれないか考えてんの」
女執事はその言葉を鼻であしらう。
「……なんだよ。言いたいことあんなら言えよ」
「………」
女執事は冷たい目でアルスの頭から足先まで見下ろしそっぽ向く。
なんだよジロジロ見やがって。
言いたいことあんならスパッと言えスパッと!
その冷たい目凄く嫌なんだよ!
「あなた、自分の容姿を鏡で見たことあります?」
「へ?」
容姿?何の話だ?
「私、今まで我慢してきましたがもう我慢出来ないので全部言いませていただきますね」
「え?」
「分不相応な身なりと人格でリリア様に告白などというあまりにもお門違いな行為をし、弱ったリリア様を誑かそうとした、クズ極まりない行動に私はあなたに殺意を感じております」
「こ、告白?いやいや何言ってんの?俺まだ告白とかしてないし?」
「客間にて討伐依頼の話をスーリオ様から持ちかけられた際に報酬としてリリア様が欲しいなどと戯言を抜かしたと聞いていますが?」
!!?
なぜそれを!!?
「そ、そ、それはあのアレだ!ちょっとした冗談ってやつだ」
「冗談でリリア様に告白を!!?許せない。やはり殺すべきか」
やっばいわ。すんごい火に油注いじゃったよ。
もうこれ消えないんじゃないの?
辺り一帯燃やし尽くしそうだよコレ。
「それに弱ったリリアを誑かそうなんて俺そんなことしてねぇよ!!?」
「は?何仰ってるんです?目が覚めて皆さんにお見舞された後二人きりになっていたでしょう。あの顔は誑かしていた以外に説明が出来ませんよ?」
目覚め時のお見舞された後にリリアと二人きりの時……。
まさかこいつ!!!見てたのか!!?
やられたッ!!!!
俺たちの会話を聞いていただけならリリアから話があるからで済むが見ていたなら話は別だ。
俺の顔をがっつり見られてる!!!
あの時俺が考えていたことから推測すればどんな顔してたかなんて容易に想像出来る!!!
まさか顔に出てたとはッ……!
「それはッ――」
「はぁ、だから嫌なんです子どもは。」
予想外の言葉の連続に言葉を失うアルス。
と同時にようやく気づいた。
自分が失念していたことに――。
この国には熱狂的な花神信者がいる。
花神というのはただでさえ象徴であり皆が崇める存在だ。
しかし、その中には人よりも異常な程に花神を崇める者たちがいる。
それは熱烈な狂気は花神というものにではなく、リリアという人物に向けられる。
妹のようで、全てを包み込む花のようで、優しさと純粋さに満ち溢れた心と圧倒的な可愛さを誇る。
――言わば絶対的な偶像。
この国の人の中には一定数いる信者たち。
それは必然的に生まれたものであり、リリアが生き続ける限り存在する不滅の産物。
――そう、彼女は根っからの狂ったリリア信者だった。
「大体そのルックスでよく告白しようなどという考えに至りましたね。見惚れたとしてそこで留まるのが普通でしょう。鳥のフンを煮詰めたような脳ミソではそんな考えには至りませんでしたか。
そもそもお近づきになれたのも貴方がたまたま地底人だったからで、地底人で無ければ話すことは愚か、姿を見ることすらなかったんですよ。それを国を救ったから対等だのと。確かに国を救ってくれたこと、リリア様を救っていただいたことには感謝しきれませんが、だからと言ってリリア様に手をかけようというその愚かな考えは甚だ遺憾ですね。
リリア様も弱ってらっしゃって貴方に気を持たせるような言い方をしてしまったのでしょうが、アレは吊り橋効果というものなので実際には貴方のことなどどうとも思ってないのです。大事な事なのでもう一度言いますね。貴方ことのなどどうとも思ってないのです。」
マシンガンのように放たれた言葉の矢にアルスは為す術なく串刺しにされた。
「身分、言動、行動、ルックス、顔、性格、全てをもう一度考えた上で身の振り方を考え直してください。それでは、時間が惜しいので私はこれで」
そう言って女執事は業務へ戻って行った。
アルスは何も言えず、半泣きになりながら立ち尽くすしかなかった。
「………」
周りで見ていたシェフのおじさんがため息をこぼしながらアルスの背中をさする。
「……泣いていいかな?」
「堪えるんだ。男だろ」
――後に、周囲の者は語る。
その時のアルスの背中は小指より小さかったという。
---
三日後、スーリオからこんな提案を受ける。
「気分転換に羽を伸ばしてきたらどうだい?」と。
え、行くーーーーっ!!!!
ということで現在我々リリアを含めた四名は国の外に位置するとある洞窟へやって参りました!
リリアも仕事続きで息が詰まっているだろうからとスーリオが半ば強制的に送り出したのだ。
ナイススーリオ!
ただ、言い出しっぺの本人はおらず、仕事した方が息抜きになるなどと意味分からないことを言い出したので放ってきました。
やっぱりアイツ頭おかしいわ。
リリアには護衛やらメイドやらあの鬼女執事やらが付いているので完璧な四人というわけではないがそこら辺は割愛で。
さて、我々が今回やってきたのは何やら怪しげな洞窟です!
何やら魔獣の巣窟のようにも感じますが生き物が住んでいる気配は感じられません。
「そんなに警戒しなくても魔獣なんていないですよ?」
洞窟の奥を警戒するアルスを尻目に、リリアが先導して中へ入っていく。
「………」
リリア隊長が勇敢に先導しております!
ふむ。可愛い。
---
洞窟の中は薄暗く、当然灯りもない。
狭い通路を魔法で灯りを灯しながら進んでいるとすぐに先の方に明かりが見えた。
どうやら出口のようだ。
おや、解説する間もなく出口が見えてきました!
さぁこの先に待っているのは!!?
---
出口を出た先には綺麗な青い湖が広がっていた。
眩しく綺麗な景色に誰もが声を漏らしただろう。
実際に何度もこの場に足を運んでいるリリアやメイドたちも見惚れたかのように声を漏らしている。
だがしかし、その景色に対して感嘆の声を漏らさなかった者が三名。
決してその景色を綺麗ではないなどとは思っていない。
見惚れるほどの景色に感動している。
しかし、彼らにとってその場所は見慣れた場所と類似していた。
「!!? ……これ………」
「………」
「ヨルメールの………泉!!?」
そう、目の前に広がるその場所は、かつて彼らが地上に出てくる以前によく憩いの場として慣れ親しんだ、『ヨルメールの泉』に酷似していた。
地形、水の色、匂い、全てが彼らの記憶の中にあるその場所と一致した。
「ヨルメールの……泉?皆さんご存知なんですか?」
「ご存知も何も、ここは俺たちの……!」
「いや待って、アルス」
混乱するアルスにフェンリルが待ったをかける。
「確かにここは地底の『ヨルメールの泉』に似てるけど、まんま同じ場所じゃない。似ているだけだ。」
「いや、でも……」
「そうね」
アイビスが乗ってくる。
「ここがあの場所と全く同じ場所なら私が空けた穴が無いわ!全く同じならそこも同じであるべきでしょ?だからここはただの空似よ」
いやいや何言ってんの?
さすがに傷まで同じなんてことは……。
周囲を細かく見渡す。
しかし、所々見覚えのある傷がついている。
ただ、よく見れば若干地形が違うような気がする。
気のせい………か???
「皆さんの故郷にも似たような場所が?」
「えぇ、あまりにも似すぎて驚いちゃいました。」
「そうなんですね。こんな偶然もあるんですね」
偶然………?
本当にそうなのか?
なんか引っかかるんだけどなぁ……。
その後、リリアがこの場所について説明していたがアルスの頭に内容か入ってくることはなかった。
---
リリアが話し終えた後、アルスが泳ごうかと思ったが、どうやら泳いでいい場所じゃないらしい。
結局アルスたちは泳ぐことなくその場所を眺めたりのんびり腰を下ろすだけになっていた。
アルスはぼーっとしながら青い光が浮かび上がる湖を眺めていた。
うーん、やっぱり似てる。
というかほぼ同じだ。
若干のズレはあれどここまで似るもんか?
なんか引っかかるなぁ。
「何してんですか?」
「うぇ!?」
一人ポツンと座るアルスの隣にリリアが腰を下ろす。
「い、いや、ちょっと観察してただけ……」
「観察?何をです?」
「え!?いやぁ、それはその〜色々……地形とか?」
「興味を持っていただけたんですね。嬉しいです。
私不安だったんです。皆さんがちゃんと羽を伸ばせているか、と……」
不安げに呟く。
まぁ、羽を伸ばせてるかと言われてると分からないが、俺はリリアとこうして話せるだけでももう満足と言いますか正直緊張と興奮が入り乱れております。
って、俺らのことは別にどうでもいいのよ。
「ありがとな、わざわざこんな所まで連れてきてくれて。でも、リリアはちゃんと息抜き出来てるか?」
「え?あ、あぁ、はい。ちゃんと出来てますよ」
少し戸惑いながらも笑顔で答える。
アルスだけが気づく作り笑顔で。
やっぱり息抜きを出来てないか。
そらそうか。
息抜きなんてもんじゃないよな。
目の下の隈も日に日に酷くなるし、少し痩せたようにも見える。
限界が来てるはずだ。
「……」
チラッとリリアの顔を見る。
目の下の隈があっても綺麗な横顔が青い光に照らされ、まるで宝石のように見える。
「リリア、最近休めてる?」
「え、はい。休めてますよ」
嘘であることはすぐに分かる。
やはり元気づけられることをしてあげるべきか。
いや、今のリリアに必要なのはまず休息だろう。
息抜きをしたところで意味があるかどうか。
ただ、自分が彼女にしてやれることなどそれくらいしかないのだ。
休息は自分自身がしっかり摂らなければならないものだ。
他人がどうこうするもんじゃない。
三日前に女執事に酷い言われ用をしたがやはりするべきだ。
迷惑かもしれないが、損をさせるつもりはない。
「あのさ、花神祭の日って忙しいのか?」
「花神祭の日ですか?花神祭は最初は忙しいですけど、夕方頃くらいからは落ち着きますね。それがどうしたんですか?」
「あぁ、いやその……花神祭って出店とか出回るんだろ?もし良かったら一緒に行かね?」
三日間考えたが、俺はこれにする。
一番なんとか出来る気がするからだ。
それにリリアは真面目すぎる。
責任感の強いことは良いことなのかもしれないが、息抜きも出来ないようでは潰れてしまうのは目に見える。
思い詰めていたら何もかもが嫌になってくるだろう。
「……え?」
リリアはその言葉に少し頬を染める。
「それは……つまり……デート……」
改めて口に出され、思わず頬が赤くなる。
「ま、まぁそうなるな」
デート。
まぁデートだ。
うんそうだ。
何もやましい事など考えていない。
ただリリアを元気づけるためのデートだ。
俺の気持ちは二の次だ。
リリアは少し考え込んだ後、笑顔を向けた。
「そのお誘い、是非受けさせてください」
「……いいのか?」
「はい。お願いします。」
無理をして承諾していないだろうか。
「厳しいなら別にいいんだぞ?」
「いえ、私もアルスさんと花神祭の景色を見てみたいと思ったので」
満面の笑みを見せるリリア。
今更だが、この子はすごく出来た人だなと実感した。
――アルス、リリアとデート決定。
♦ちょこっと補足♦
デートに誘うまでの三日間、アルスは何度もリリアに接触しようとしたが女執事があの手この手で妨害。挙句の果てにはリリアに手を伸ばそうとしたアルスの手をナイフを投げつけて阻止するという異常な防御力と狂気を見せた。
アルスがデートに誘った際にはリリアから近づいて行ったためどうしようも出来なかったが、真上から血眼で見下ろしている。




