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第三十九話「フリージック・カーネルバス」

 ――29年前、男は奴隷だった。


 この時はまだ幼い子供だった。



 ---



 サヘルバル大陸の北側に位置する小さな村でその男は生まれた。


 生まれた村は香辛料の栽培を営む村であり、村民のほとんどは農家であった。


 男の家も農家であり、男は長男としてその家に生を受けた。


 生まれながら体躯は大きく、普通の赤子より一回り大きかったそうだ。


 活発でよく笑うその性格は村の者からも好感を持たれており、優しく接せられていた。


 父も母も自分を誇りに掲げ、愛情深く育てられた。


 男は幸せだった。

 なんの不自由もなく、ただ平和で愛情のある世界だった。



 ――しかし、それは4歳の頃、それは一変した。


 ある日突然、男の村は盗賊に襲われた。

 近くの村が盗賊に襲われたという噂が流れ出した頃だった。


 だから、皆準備はしていた。


 襲われても対抗出来るようにと。

 だが、まさか本当に襲われるなど誰も思っておらず、杜撰な準備に戦闘能力のない村民たち。


 あっという間に村は落ちた。


 食物はすべて刈り取られ、男は皆殺し、女・子供は奴隷として捕まった。


 もぬけになった村は燃やされ、大陸の地図から姿を消した。


 その男、いや、当時は男児だった彼は母親と共に奴隷として捕まった。


 何が起きているのか分からなかった。

 あまりにも急な出来事に幼い頭では理解が出来なかった。



 後に知ったことだが、男の村が襲われたのは男の父親が村を売ったからだと分かった。


 金と女に目がくらみ、近くに盗賊がいるのを聞いて一か八か自力で交渉をしに行ったそうだ。

 そして家族どころか村諸共盗賊に売り、自分はその盗賊の一員になったらしい。

 家族なんか最初から無かったかのように、鎖をつけた妻と子を見て高笑いをしていた。


 母親は連れ去られた時に引き剥がされ、それ以来見ることはなくなった。

 最後に見たのはぞんざいに扱われ続けた果てに、柵越しに虚ろな目でハエのたかる姿だった。


 事実を知った5歳にして、初めて殺意を覚えた。


 憎く、恨み、腹の底からどす黒い何かが湧いてくるのが明確に分かった。


 今すぐにアイツ(父親)を殺してやりたいと――。


 そう思えば思うほど、不可能であることを突きつけられている気がした。


 自分の無力さに、何も出来ない弱さに、目から血を流しそうなほどの悔しさが込み上げてきた。


 自分は――あまりにも弱すぎる。

 弱いから奪われる。弱いから支配される。

 強くならねば、強くあらねば。


 日に日に込み上げる殺意と向き合い続ける他なかった。



 泥をすするような生活を続け早一年。

 転機が訪れた。


 当時のその盗賊たちは大陸中で指名手配されており、八大強国である『フロールワ王国』含め諸外国が躍起になって探し回っていた。

 盗賊たちはなんとか捕まらず逃げれていたのだが、ある日組織のうちの一人がドジを踏んで捕まったせいで、芋づるのように全員が捕まった。


 そして盗賊たちを捕まえたのは当時はまだ婿入りしておらず、貴族でありながら兵士として名を馳せていた『ゼラニバル・バルドット』であった。


 貴族でありながら奴隷商を酷く嫌い、一部からは異端者など呼ばれていた。


 そんな彼が血眼になって盗賊を探し回り、そしてようやく見つけた。

 その時、捕まっていた奴隷たちを発見したのだ。


 狭い牢屋に入れられ、全員が酷く震え、怯えた目を向ける中、一人だけ臆せず柵の目の前に立ち自分を見上げるものがいた。


 奴隷として絶望を味わい、それでもなお諦めずに立ち向かおうと覚悟を持ち続けた目。

 腐っていない、死んでいない目だ。


「お前、名は?」

「………フリージック」


 この時初めて、二人は出会った。



---



 男はゼラニバルに拾われ、貴族の館へと引き取られた。

 当初は元奴隷を家の者として扱うことによく思わないものも多くいたが、ゼラニバルがそれを黙らせた。


 引き取られた家は名家のお家で皆が国の中枢に仕えていた。


 遊び相手もおらず、男はよくゼラニバルの元へ遊びに行くようになった。

 決してゼラニバルとて暇では無いが、それでも相手をしてくれた。


 いつしかゼラニバルを兄のように慕うようになっていた。



 そして歳が12になる頃には、歳に似合わない体躯の大きさと腕っぷしを買われ、王国の兵士団に入団した。


 その辺から家でも男への印象は変わっていった。

 真面目に働き、弱者を救う姿に養母も次第に笑顔を向けるようになり、彼は本格的に家の名を与えられた。


 ――『カーネルバス』と。



 17の時、素振りの稽古をしている際に特一魔術が発現した。

 手から砂が溢れ出て、混乱する他なかったが、たまたま近くにいたゼラニバルが教えてくれた。


「フリージック。お前のその魔術は王家に伝わる魔術の一種だ。」

「!!? なぜ俺がそんなものを!!!?」

「……おそらくだが、もしかしたらお前は王家の遠戚に当たるのかもしれない。」


 そう言われたことに何か疑問が生じることもなく、「そういうこともあるのか」と思うだけだった。


 実際、男は王家と遠い遠い親戚だった。

 偶然と偶然が重なり合って、たまたまその血を色濃く受け継いでいたのだ。


 そのことに対し、男は全くと言っていいほど興味がなかった。

 しかし、どこから漏れたのか、その噂は一気に広まった。

 兵士団、貴族、一介の商人たちですらその噂に興味を持った。


 何故なら、次の国王を決める時期が近かったからだ。


 現国王は高齢となり、次の国王に王の座を譲らねばならない。


 本来の王族なら跡継ぎは王族の男児と決まっているのだが、ここ『フロールワ王国』においては重要なのは女児。

 それも『花神』の力を持った者。


 その者を次の妃として、婿を取るのがこの国の伝統なのだ。


 故に、この時期に噂されるのは誰が次の王様になるのかである。


 次の『花神』はもう既に決まっており、フロールワ王家四女、『スミリア・フロールワ』であった。

 聡明で慈悲深く、姉妹の中でも最も国民に寄り添っていた人物である。


 その旦那は誰になるだろうか、と――。


 最有力候補として名が上がっているのは『ゼラニバル・バルドット』であった。

 奴隷解放などという異端な思想ではあるが、筋が通っており、愛国心の強さから貴族の間では最有力として判断されていた。


 しかし、そんな中一つの噂が流れた。


 ――兵士団の中に、王家の特一魔術を扱うものがいる、と。


 有力候補はひっくり返った。


 徐々に薄れつつあった王家の魔術を持った者。

 それは王族にとってこの上ない美味しい話だった。


 王族の魔術を受け持つ者の種子は王族にとって力をつけるに必要なもの。


 噂が広まると同時に最有力候補に名を連ねた。

 そしてその噂は王族の耳にも届く。


 彼の出生、人柄、容姿、実力、その全てが調べ上げられた。

 結果、出生以外は何も問題はなかった。


 紳士で真面目、他者を救い、それを存分に振るえる実力も持ち合わせている。

 容姿も兵士団の中じゃ好青年な方だ。

 問題などない。

 だが、出生だけが王には気がかりだった。

 確かに王家の血は引いているものの、『奴隷』だったという肩書きが王を踏みとどまらせた。


 王は奴隷を卑下するような性格ではない。

 ゼラニバル同様人を物のように扱うことを好まない人物だった。

 元奴隷であってもそれ以外が完璧なら何の問題もないと思っていた。


 しかし、それでは国の面子が保たれない。


 元奴隷の王など他国からも自国の貴族からも受け入れられない。


 元奴隷であることを揉み消すことも可能ではあるが、どこから情報が漏れるか。


 そうして悩みに悩むにつれ、次の王の決定が先延ばしになっていた。


 その事実を風の噂で知ったフリージックは自ら王の元へ赴いた。


 自分は王の器ではない、と。

 ゼラニバルが王になるべきだ、と。


 そう説得を試みると王はそれを聞き入れた。


 本人がそういうのであれば、と。


 そうしてゼラニバルが次の王になることが決まった。



---



 ある日の夜の酒場にて、男はゼラニバルと酒を飲んでいた。


「フリージック。私は次の王になることになった」

「そうか。良かったじゃねぇか」

「良かったじゃねぇかって、驚きもしないのか」

「前から噂されてたことじゃねぇか。アンタなら適任だろう」

「そう言ってくれるのはありがたいが、私が王になればちゃんと敬語くらい使ったらどうだ?いつまで経っても私にだけはタメ口で」

「別にいいじゃねぇか。義兄弟ってのはそんなもんだろ?」


 などと世間話からこれまでの昔話にと花を咲かせていると、ふとゼラニバルが呟いた。


「フリージック。私は王になる」

「何度も聞いてる」

「それでだ、今日はお前に話があってここに呼んだんだ」

「……なんだよ」


 何を言われるのかと息を飲む。


「私は王国の兵士団長だった。それが王になることによって空きが出る。本来なら副団長に後任を任せるべきなんだろうが、フリージック。お前がならないか?」

「は?なんで俺が――」

「適任だからだ」

「それなら尚のこと副団長に任せるべきだろ?適任なら俺以外に沢山いるじゃねぇか。ドスさんにミリーナさんに」

「いや、みんなお前がいいんだ。若くて才があって一番誰かのために動けるお前が」


 異議を立てるか否か。


 自分にそんな大役が務まるのか。

 義兄の代わりになれるだろうか。


 挙げだしてはキリがない。


「私が王としてこの国を収める時、国を守るのは私が最も信頼のおける者に任せたい。頼まれてくれないか?」

「………俺でいいのか?」

「あぁ」

「分かった。その願い、聞き入れてやるよ」

「!! ハッハッハッ!そうではなくてはな!お前のその才能は一団員に留めておくにはもったいない!

 お前なら、安心して任せられる。ありがとう。義弟よ!」


 その時は団長というものに対して深く考えていなかった。


 義兄に頼まれたからなのか。

 はたまた義兄に選んでもらえた嬉しさなのか。


 今ではあまり覚えていない。


 ――しかし、これを機に、徐々に男の中で歪みが生まれだした。



---



 半年後、ゼラニバルが砂王に就任した。

 男も王国の兵士団長に就任。


 18歳で兵士団長に就任するという異例に周囲は懐疑的な目を向けるも、それなりの実力を伴うは事実故、口を挟んでくることはなかった。


 就任式が執り行われた際に、男はゼラニバルの妻である新たな花神『スミリア・フロールワ』と対面した。


「スミリア、紹介しよう。こいつは私の弟分であり、新たに兵士団長を務めることになったフリージックだ」


 スミリアの前に片膝をつく。


「フリージック・カーネルバスと申します。この国のため、ゼラニバル様、並びにスミリア様に全力を尽くしてお仕えいたします。ご命令があればいつでも申し付けください。この命に変えてもこの国を守り抜くと、ここに誓います」


 スミリアはニッコリと微笑む。


「この度王妃になりました、『スミリア・フロールワ』と申します。あなたのその志、立派なものです。あなただけでなく、私も、ゼラニバルも共にこの国のために尽力致します。力無き者を救い、力を無意味に振り回す者を挫く。争いのない国を、共に作り上げていきましょう」


 品のある声と佇まい、優しさに満ち溢れ、それでいて強い信念を持った女性。


 最初に思ったのは綺麗で、それでいて強い人。

 ――まるで、 " 花 " のような人だと。


 ゼラニバルとどこか似ている。

 掲げる理想、突き通す信念――。

 そうか、これが王の名を冠す者たちか。


 自分はこの人たちに命を捧げようと誓った。



---



 団長に就任してから色々と忙しくなった。

 普段は剣を振っていればいいものを頭を使って書類を整理したり、部下の面倒から自分の稽古までしなくてはいけない。

 それに加えて貴族連中の要望やら砂王に案件を通したりなど、とてもじゃないが元奴隷のフリージックには限界があった。


 文字の読み書きや勉学については家の者やゼラニバルなどに教えてもらっている。

 根本的に出来ないわけではないが頭がついていかない。

 日に日に疲労が増し続ける。

 それでも誓った忠誠に答えなければならない。


 弱者を救い、力を振り回す者を挫く。

 この身をもって知っている――己の信念。


 この辛さも期待も、向き合わなくては――。



---



 団長になってから3年が経過した。


 歳も21になり団長としての業務をある程度はこなせるようになった。


 それでも忙しさは変わらず、不眠は当然、貴族連中からの要望に頭を抱え、いつしか目の下にはクマが出来て、顔色も優れなくなっていた。


 最近は帰属連中の無理な要望が増えた。

 フリージックが元奴隷であり、よく働くいい駒であることを理由に悪戯にも満たない矮小な小事をつつくようになった。


 それに加え、国民の不満の声もよく聞こえるようになった。


 魔獣の発見報告から兵士団に対するクレームと称した八つ当たりまで多岐に渡る声が毎日毎日届けられる。

 それだけではない。

 ゼラニバルが掲げた奴隷解放運動を元に、地方に兵士団が派遣され、盗賊の殲滅と奴隷の解放。


 あっちへこっちへと手と頭を回し、フリージックの中で限界が来ていた。



 とある日の見回りでフリージックは魔獣の発見報告を受け、調査へと赴いた。

 結果、魔獣はおらず、発見者の勘違いで済んだのだが、その帰りに再度街の見回りをしていた。


 日は既に落ちており、飲み屋が繁盛し出す頃合い。

 喧嘩や事件が起きやすい時間帯だ。


「今日はやけに盛り上がっているな」


 一緒に見回りをしていた副団長が答える。


「それもそうでしょう。なんせついこの間産まれたばかりですから」

「あぁ、第一王女様か」


 つい一週間ほど前にゼラニバルとスミリアの間に第一王女が生まれた。

 二年ほど前に第一王子である『スーリオ』を産んでいるため、今回の王女は第二子だ。

 名は『クロリリア』――。


 次の花神第一候補が生まれたと国中で話題になっていたのだ。


「団長はもう見られましたか?かなり可愛いらしい子だそうですよ」

「いいや、見てないな。そもそも生まれたこと自体まだ正式公表されていないだろ。この噂も貴族連中が流したか、メイド辺りが漏らしたんだろ」


 本来なら正式公表前に王族の内情を外へ漏らすのはご法度だ。

 それがもし国の弱みを他国へ掴ますようなことがあれば戦争が起こりうる可能性は十分にある。


 幸いなことに隣国の八大強国『水の国』とは良好な関係が続いており、戦争になる可能性は低いが、他の中小国から狙われないとは言いきれない。


 故に王族の情報を漏らすのはご法度だが、金を貰う代わりに情報を渡すような奴らもいるらしい。

 売国奴同然だ。


 なんて話をしながら巡回していると、ある飲み屋の前が随分と騒がしかった。


 近づくとすぐに分かった。

 ――喧嘩だ。


「お前誰に向かって口に聞いてんだゴラァ!!!?」

「うるせぇ!!!冒険者かなんだか知らねぇけど迷惑なんだよ!大声で騒ぎまくりやがって!テメェの国じゃねぇだろ!」


 若い男二人だ。

 顔が紅潮している様子からしてかなり酔っている。


「お前たち、何をしている!」

「「あぁ!!?」」


 二人してフリージックに目を向ける。


「なんだ王国の兵士か。何の用だよ。俺様は今忙しいんだよ」

「喧嘩をしているのが目に入ったから止めに来たんだ。店の前で喧嘩はやめろ!」


 注意するとおそらく冒険者であろう男が怪訝な顔をする。


「うるせぇな!!!!なんで俺がテメェの指図受けなきゃいけねぇんだよ!あぁ!!?喧嘩しようが何しようが俺の勝手だろうが!!!!」


 大声を上げて怒鳴り散らす。

 周囲に人集りまで出来出した。


「お前の冒険者情報を特定してギルドへ報告してやろうか?冒険者活動はしばらくできなくなるぞ」

「ッ!!! チッ……!」


 冒険者は舌打ちをして何も言わず去って行った。

 たいていの冒険者はギルドへ報告するぞと言えば何とかなる。

 冒険者活動が出来なければお金を稼げないからな。


 フリージックはため息を入れる。


 しかし、面倒はこの後――。


「おいコラ兵士共!お前らがしっかりしねぇから俺たち国民が下に見られてんだろうが!もっとしっかり働けよ!」


 先程喧嘩していたもう片方の方がフリージックに突っかかってきた。


 喧嘩を止められ逆上しているのか、それとも喧嘩の消化不良か。

 どちらにせよ、兵士側にはなんの非もない。


「我々は常に国のために務めております!あなたの言う下に見られる要因とは何ら関係ありません!」


 副団長が割って入る。


「あぁ!!?そうやって責任から逃れてんのか?お前らは楽でいいよな!!そうやって国民貶めるだけで高い給料が得られてよォ!!!?」


 フリージックは何も言わない。

 本来ならここまで言われれば問答無用で逮捕してもいいレベルだ。

 しかし、フリージックが王になってからは色々と寛容になった。

 いや、なり過ぎた。


 国民の不満を真摯に受けとるが故に、罵詈雑言に対して何のお咎めもなくなってしまった。

 国民の声を聞かねばという砂王と花神の意思だ。


 決して間違いだとは思わないが、それが人々を増長させるだけのものになっていることに、フリージックは気づいていた。

 いや、結論づけた。


「な!?お前!いい加減にしろ!喧嘩をしていたのもお前たちが原因だろ!それを責任転嫁しているのはどっちだ!」

「うるせぇ!そうやってクールなフリしやがって!気に入らねぇんだよ!」


 酔っ払いと副団長が言い争いを始めた。

 フリージックはその様子を見るでも割って入るでもなく、ただ頭の中で疲れがぐるぐる回り出した。

 二人の声が遠のいていく。


 あぁ……最近はこればかりだ。

 国民が関係のない不満を兵士へぶつけ、それを対処し、砂王(ゼラニバル)へ報告。

 貴族連中が私利私欲な提案をしてきて、それを受け流して。

 聞くに価値すらない小言も受け流して。

 魔獣が見つかればギルドと掛け合い、それも対処して。

 地方に盗賊の報告が上がれば派遣して奴隷を解放する。


 毎日毎日問題が出来てそれを対処しての繰り返し。

 決して終わることのない地獄。


 分かっている。

 これは力無き弱者を救うため。

 力を振り回す者を挫いて皆が平和に暮らすため。

 そう、分かっている。

 分かっているのだ。


 頭ではちゃんと理解している。

 それが己の信念だと何度言い聞かせたか分からない。


 だが、フリージックの脳内で一つの疑問が浮かび上がる。


 ――本当に、そうか?


 その疑問は今まで蓋をしていた考えを溢れ返らせるには十分な一言だった。


 その信念は、その理想は。

 果たして正解か?

 本当に正しいのか?

 強者を挫く?なぜ?

 弱者を救うことに意味はあるのか?

 貴族連中?鼻から信念に入っていないだろ。

 あるのは金だけのゴミ共だ。

 奴隷と何ら変わらない。金の奴隷だ。

 国民も同じだ。

 お前らが漏らす不満も何もかも全てお前らが原因だろ。

 それを否定するがために他者のせいにする。

 自分は悪くないと、間違っていないと。

 弱いからそういう考えになる。

 力がないから周りに責任を押し付ける。

 対処できる力も、認める心もないから。

 弱いから――弱いから――。


「だから何度言わせる!我々はお前たちの喧嘩に何ら関係ないだろ!」

「黙れッ!腰抜け共!お前らのせいで迷惑してんだよ!」


 フリージックの意識はまだ脳内に留まっている。

 二人の会話は聞こえていない。


 冷静ではなかったのかもしれない。

 いや、そうだろう。

 冷静じゃなかった。

 自分の中の考えがただ脳内を支配して、無意識だった。

 それは無意識に出てしまった――。


「――弱者風情が」


 小さく呟かれたそれは、決して口に出すつもりはなかった。

 心の中で留めおくつもりだった。


 副団長が幻聴でも聞いたかのように驚いた表情で振り返った。


 フリージックも自分の口から盛れた言葉を遅れて理解し、思わずに口を塞いだ。


 そんなつもりじゃなかった――。

 言わないつもりだった。


 しかし、一度口から出た言葉は戻すことは出来ず、小さく呟かれたそれは酔っ払いの耳にも届き、そして不運なことにもちょうど店から出てきた複数名の者の耳にも届いてしまった。


「………あ?お前今なんつった」

「こ、これは違う。決してお前たちのことでは――」


 しかしもう遅かった。

 酔っ払いは逆上して怒りのままフリージックに飛びかかった。



---



 数日後、フリージックはゼラニバルの執務室に呼ばれていた。


 豪華な装飾はなく、山積みの書類とペンの走る音だけが響く。


 フリージックは扉の前に立ち、ゼラニバルがペンを置くのを待っている。


 ゼラニバルはゆっくりペンを置き、ため息を一つ。


「フリージック、一般市民と揉め合いになったそうじゃないか。これはどういうことなんだ?」


 怒りと言うよりも理解出来ないと言った様子の声色だ。


「申し訳ありません。全て私に問題があります。処罰は何なりと」

「そうじゃない。そういうことを聞いているんじゃない。なぜ喧嘩になったのか聞いているんだ」

「………」


 フリージックが口を閉じる。


 言いたくない。

 言えない。

 自分の口から言ってはいけない言葉が出てしまったことをこの人には知られたくない。


「冒険者と一般市民が喧嘩をしている現場を見つけ、それを注意したところ、冒険者の方は帰っていったのですが、一般市民の方が逆上して……」

「……本当にそれだけか?」


 口を紡ぐ。


「一般市民の最近の不満の声はお前たちよく当てられると聞いている。そこからお前が何かを言って揉め合いになったのではないか?」

「………」

「黙秘するか。本来なら叱責し、責任を負い辞任させなければいけない事態にまでなっていたかもしれない。実際貴族たちの間ではやはり子供だのなんだの言われている。

 王としてお前にその任を任せた私も思うところはある。

 しかし、お前のことだ。疲れていてつい愚痴がこぼれた程度だろう?それなら私が言うことはない。

 一応形だけの処罰として二週間の謹慎を言い渡す。国民の普段の生活を見たりしてしっかり反省しなさい。」


 何故か勝手に納得され処罰を言い渡された。

 それに対してホッとしてしまう自分に嫌気がさすも、それでもいいと思ってしまった。


 自分は壊れてしまったのだろうか。

 以前まではそんなことは絶対に思わなかった。

 自分の責任をしっかり感じてそれに伴った行動をしていたはずだ。


 だが、今は思わない。

 自分がやった事をこの人に知られたくはないが、間違ったことをしていないとまで感じている。

 自分の信念が分からなくなっていた。


「兄貴、信念ってなんだ?」


 唐突にそう口走っていた。


「フリージック、今は職務中だぞ。その呼び方はやめろ。そして敬語を使え」


 そういいながらフリージックを見て、何を思ったのかまた大きなため息を一つ。


「信念とは己の中で突き通すべき誓いだ。自分が掲げる理想に近づくため、その誓いに己の全てを注ぐ。そうやって、人は大切なものを守るのだ」


 王として、人して完璧な言葉だ。

 フリージックはその言葉にこの人らしい言葉だと感じた。


「兄貴の信念は国民を守ることか?」

「あぁ、弱者を救い、強きを挫く。そしてこの国が平和であることがなによりだ」


 変わらない立派な信念だ。

 だが、――それには共感出来なかった。


 自分には、自分という人間にはもう既にその言葉が通じないんだと、理解した。


「……失礼します」


 そう一言を置き、フリージックは執務室から出て行った。


「………」


 ゼラニバルはその後ろ姿を眺めるしかなかった。



---



 謹慎を言い渡され、夜に一人飲み屋へと赴いていた。


 この前の酔っ払いに報復してやろうとか、飲み屋で愚痴をこぼしてやろうなどは思っていない。

 ただ、一人になれる場所がここ以外なかった。


 薄暗い店内のカウンターで一人寂しく酒を煽る。


 信念、理想、弱者、正解――。

 酒を飲みながら頭の中でそれらの言葉を反芻する。


 自分にとって、ゼラニバルやスミリアの信念は間違いではないが、正解とも思えない。

 じゃあ自分にとって何が正しいのか。


 心の中で自問自答を繰り返す。


 次第に酒のペースも早くなっていき、酔いはすぐに回った。


 自分にとっての正解の答えも中々出てこず、ただ頭を悩ますだけだった。


 しかしそんな中、フリージックの隣に誰かが座った。

 酔いが回り、姿などは一切覚えていないが、低く、それでいて透き通るような声で囁かれた。


「随分と酔いが回っているじゃないか」

「……誰だテメェ」


 ふわふわする頭で何とか返答する。


「ただの通りすがりさ」


 そう言いながら男はフリージックの空いたグラスに酒を注いだ。


「最近のこの国は随分と人々が活き活きしているね。何かいい事でもあったみたいだ」

「王女が生まれたんだとよ。次の、花神候補が」

「なるほど。それでこんなにも賑やかなのか。だが、君は少し違うね。フリージック・カーネルバス」

「俺の事知ってんのか?」

「それはもちろんさ。君は有名じゃないか。若くして王国兵士団団長になった天才と聞く」

「ケッ……!天才ね。何の役に立つんだよ」


 悪態をつきながら男に耳を傾ける。


「人々が賑やかに騒ぐ中、君だけは思い悩んだ表情で酒を飲んでいる。変だとは思わないかい?私は思う。祝い事は祝わなければならない。そうだろう?」

「んなもんどーでもいい!!!俺にとっちゃ祝い事なんて………そんな気分じゃねぇんだ」


 不貞腐れたように酒を煽る。


「俺は!兵士なんざ向いてなかったんだ。兵士なんかやらずにいっその事冒険者として生きるべきだった。そっちの方がまだ俺に合う道だ」

「ほう。弱者を守る理由が分からず、強者を挫くことに意味がない感じている。己の信念、理想、その答えにモヤがかかり、自分にとっての正解が分からなくなっているわけか」


 見透かしたような目を向けてくる。


「あぁ、そう…………お前、なんでそれを――」


 一瞬「そうだ」と言いかけたが、誰にも言っていない悩みを正確に言い当てられ動揺する。

 回っていた酔いもスーッと覚めていく。


「さぁ?なんでだろう?」


 不敵な笑みを浮かべ、フリージックの顔を覗き込む。

 この時、顔はしっかりと見ている。

 見ているはずなのに、全く覚えていない。


「私なら知っている。君のその答えを。正解を。君が追い求めるものへ導いてあげられる。」

「……は?」

「どうだ?知りたくないか?君の追い求めるあるべき姿を。」


 男の顔を見つめ、フリージックが震え出した。

 いや、ずっと震えていた。

 酔いが回っていて気づかなかったが、会った時からずっと震えていたのだ。


 この男の目が、不敵な笑みが、問われる質問が、何故か怖く感じる。

 この男に恐怖している。

 体が最大の危険信号を出し続けている。


 この男に関わってはならない。

 逃げなければならない。


 そう直感した。


 だが、フリージックは動かなかった。

 動けなかったわけではない。


 おそらく怖いもの見たさというものか、それとも男が知る自分のあるべき姿に興味があるのか。

 あまりの恐怖に自分の感情すら理解出来なかったが、次の瞬間には男の知る答えを欲していた。


「それは……なんだ?」

「簡単だ。弱者を見捨て、支配し、思うがままに使い、そして潰す。

 他の強者など存在しない。自分が他者より優れているかそうでないか。ただそれだけの事だ。

 つまり、君がなるべきは圧倒的な支配者だ」

「圧倒的な支配者……」

「そうだ。君ならなれる。その王家の特一魔術があれば、この国、いやこの大陸ごと支配できる。」


 王家の特一魔術。

 あの砂の魔法のことか。

 それに圧倒的な支配者。

 つまり、王になれということか。

 出来るのか?俺に。

 いや、確かに王位継承権に名が挙がった。

 不可能ではないかもしれない。

 けど王になると言ったって何を――


「何をすればいいのかって?」

「!!?」


 心を見透かされた。


「それも簡単さ。ゼラニバル・フロールワから王の座を奪えばいい。」

「!!! 何言ってッ――」

「落ち着け。声を荒らげたくなるのも分かる。彼は君の命の恩人なんだろう?奴隷であって君を解放し、今の暮らしを与えてくれた。世界でたった一人の兄のような人物」

「………」

「だが、よく考えてみたまえ。ゼラニバルは君にとって大切な人だが、必要な人間だろうか?」

「……は?」

「彼は君に居場所を与えてくれたが、それは過去の話。今君にとって彼はどんな人物だ?」

「それは――」

「弱者を救い、力ある者を挫くなどと戯言を吐いている。君にとってそれは本当に正しいのか。今先程まで悩んでいたことじゃないのか?君の目指すべき姿は、あるべき姿には、本当に彼が必要か?彼の信念と理想はあまりにも綺麗事で夢物語じゃないか。彼も彼の妻も、何も分かっていない。弱者とは――力無き己に甘んじ、他者から出る甘汁を啜りとるゴミだ。

 そう、思わないか?フリージック・カーネルバス」


 弱者。

 弱者。

 弱者とは――。


 男の言葉を受け、脳内に自問する。

 同時に何故か、自分が奴隷だった頃を思い出した。


 何も出来ない無力さを。

 ただ従い続ける日々を。

 己の弱さをどれだけ悔いたか分からない。


 あの時思ったんだろ。

 強くあらねばと。

 だからこうしてここまで強くなれたんだ。


 そうだ。この力は支配するためにあるんだ。

 何かを守る?弱者を救う?

 ふざけるな。

 これは俺の力だ。

 俺だけのものだ。

 俺が好きなように振るい、支配し、喰らうためのものだ。

 なぜ他者に使わねばならない!!?

 弱者を守らねばならないッ!!!!?


「そうだ。そうだ!実に良い!!その信念!理想!人格!その全てを己が為に振るえ!」


 そうだよなぁ。

 俺のために使わなくちゃいけない。

 まず何をする?

 女か?金か?

 いや、『国』だ。

 この国を支配して俺の国にする。

 俺の!俺のための国を!

 あぁ………あの時ゼラニバルに譲らなけりゃあ良かったなぁ。


「フフフッ……。素晴らしい。君は優秀だ。支配者として、存分に暴れてくれるだろう。」


 男は今日一番の不敵な笑みを浮かべ、狂気に満ちた顔を浮かべるフリージックの額を小突いた。


 その時に腕に焼けるような痛みが走り、見てみるとなにかのマークが付いていた。

 これが何なのかは当初は分からなかったが、この時フリージックはその男の仲間になったのだ。


 このマークは何かと尋ねようと男の方を見ると、男の姿はどこにもいなかった。

 あるのは男が飲んでいた酒のグラスだけ。


 それだけではない。

 その店にいた全ての人間がポツリ姿を消していた。


 食べかけの料理、飲みかけの酒、つい先程まで人がいた形跡があるが、自分以外その場には誰もいなかった。


 フリージックはその光景を数秒眺めた後、ゆっくり立ち上がった。


 人が消えた。

 まぁ、どうでもいいか。



---



 一年が経過した。

 その間フリージックは何をしていたか。

 準備をしていた。

 自分が王になるため、戦力を集め、情報を集め、人脈を広げ、確実に自分が王の座を奪うためにやれることを全てやった。

 一年間爪を研いでいたのだ。

 寝首をかけるほどの鋭い爪を。


 そして一週間前、男から合図があった。


 男はある組織のボス的な存在らしく、その組織は詳しくは知らない。

 というよりどうでもいい。


 おそらく自分はその組織の駒として動かされているのだろうが、それもどうでもいい。

 ただ自分の信念を貫ける場所ならばどこの組織に所属しようが関係ない。


 今はただ王になることしか頭にない。


 そしてその信念を実行に移す日は今日だ。


 今日は地方に奴隷解放運動の遠征の日だ。

 本来ならばありえないのだが、今日の遠征にはゼラニバルとスミリアも同行することになっている。


 何故か――。


 大規模の奴隷が捕まっているという情報と、その地方で巨大な魔獣が出現し、村が危険に晒されているという情報が入った。

 いや、正確にはそう細工した。

 大規模な奴隷も、巨大な魔獣も、男が組織を使って用意したものだ。


 ゼラニバルとスミリアが出てこなければならない状況と判断させるために。


 そう、準備は既に整っている。


「フリージック。準備は出来ているか?」

「はい。いつでも構いません。」


 ゼラニバルはこの一年、フリージックに対して違和感を覚えていた。

 行動や表情など、今までのフリージックとは何かが違う。

 それはゼラニバルだけでなく、部下である兵士たちも感じていた。


 だが、確信に至るものがなく、ただの杞憂だと思い込んでいた。


「そうか。なら行くぞ」


 ゼラニバルは妻のスミリアと兵士たちを伴って国を出立した。



---



 結果から言うと、解放運動はすぐに終わった。


 数日かけて地方に赴き、そこで大量の奴隷を発見し、地方で暴れる魔獣をスミリアが『花神の力』を使い瞬殺。

『花神』が出るほどのようなものではなかった。

 そのレベルの魔獣だった。


 村は盗賊の村で、組織が誘導して作られた村だった。

 奴隷も組織が奴隷商などの伝手を使って入手し、流し込んだ。


 全ては組織が仕組んだもの。

 ゼラニバルたちはそんなことも露知らず、大量の奴隷を伴って国へと帰還を始めた。



 地方から国まで残り半分ほどの距離になったところで、フリージックが動き出した。


 大量の奴隷を連れ歩く中、先頭を進むゼラニバルとスミリアの背後。


 ――何の前触れもなくフリージックは特一魔術の砂を使った。


 ゼラニバルが動きに気づき、振り返った時には既に遅かった。

 大量の奴隷たちは人質として囚われてしまった。


 周囲にいた兵士たちも何が起こったのか分からず、混乱している。


「フリージック!何をしている!!?」


 声を上げるゼラニバル。

 フリージックは狂気に満ちた顔を浮かべる。


 来た!

 ようやくこの時が来た!


「何って?見りゃ分かるだろ?()()()()()ッ!!!!」


 フリージックの目に移るのはかつての尊敬を抱いた義兄ではない。

 自分が王になるための獲物。

 自分という強さを証明する踏み台。


「お前のその王の座を!!寄越せッ!!!!」


 フリージックの見た事のない姿に周囲は思考が停止する。


「王の座を?何を言っている?一体どうしたというのだ」

「どうしたもこうしたもねぇ。ずっと邪魔だったんだよ!お前の信念が理想が!俺にとって邪魔で邪魔で仕方なかった。弱者を救う?強きを挫く?馬鹿言うな。弱者を救って何になる?!他者から出る甘い汁を啜り、自分は何もせずのうのうと生きるゴミを!どうして助けてやらねぇといけねぇんだ!!?あぁ!!?挙句の果てには助けてもらったのに唾を吐く始末。そんなゴミ共いらねぇだろ?なぁゼラニバル」


 ゼラニバルは一年前から感じていたフリージックの違和感の答えが分かった。


 フリージックがずっと不信に思っていたことを。


 ゼラニバルは瞬時に脳を切り替え、剣を抜く。


「そうか。お前は理解出来なくなってしまったか。弱者の尊さを。ならば仕方ない。牢屋でじっくり話をしよう」

「私もお供いたします。」


 横にスミリアが並び立つ。


「フリージック兵士団長。あなたが何を思いその行動に走っているのかは分かりませんが、無謀なことをせずにおやめ下さい。今ならまだ間に合います」

「………あ?間に合う?何がだ?」


 その瞬間、兵士たちが徐々に悲鳴を上げだした。


「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「なんだ!!?何だこれぇぇぇ!!!!」

「助けて!嫌だ!!!」


 兵士たちは地面の砂に体が埋もれいき、身動きが取れない。


 あっという間に全員が砂の中へ引きずり込まれた。


「なんということを………!!!」

「そうか。フリージック。もう話し合いでは済まされないぞ」

「話し合いだァ!!?ガハハハハハッ!!!つくづくおめでたい脳みそだなァ!!!!?話し合いなんざなんの意味もねェ。気に食わねェなら力でねじ伏せるだけだ。そうだろ?この世は強者のために存在するんだから」

「っ!」


 スミリアが先手を仕掛けた。


『花神』の力で大木を生やし、フリージックへと伸ばす。

 瞬時にフリージックは人質にとった奴隷を前へと動かし、肉壁にする。

 スミリアは攻撃を止め、瞬時に砂に覆われた奴隷複数名を大木で回収した。


「ほう。さすがは神人ってか。あそこからよく攻撃せずに回収したもんだ」

「あなた、今弱き者を壁にしましたね?」

「あぁ、壁にしてやった。その方がまだ使い道としては正しいだろう?」

「っ! 許せません!」


 またもやスミリアが大木を振るう。


「何度やっても同じだ!」


 フリージックも奴隷を肉壁にする。

 だが、次は大木が奴隷を回収しようとした瞬間、フリージックは砂で奴隷を絞め殺した。


「っ!」


 大量の血飛沫が上がる。


「何度やっても同じだ。そう、何度やっても。奴隷が死ぬだけだ」


 スミリアが違和感に気づき、さっき回収した奴隷を見ると口から大量の砂がこぼれ落ちている。


「まさか………砂で窒息………!!?」


 奴隷たちは口から砂を詰め込まれ、窒息死させられていた。


「フリージックッ!!!貴様!なんと惨たらしいことを!!!」

「黙れェェェェッ!!!!!」


 狂ったように声を荒らげる。


「いつまで兵士団長のフリージックだと思ってやがる!!?俺は!今日この日を持って貴様を殺し!この国を支配し!王になる男だ!!!!半端な賊と同じにするなァァァァッ!!!」


 フリージックは砂を撒き散らしながら風のようにゼラニバルへと向かっていく。

 ゼラニバルも体勢を整えようとするも足元の砂が自分の足を絡め取り、身動きが取れなくなった。


 スミリアが瞬時に大木で壁を作る。


「お前の時代は終わりだァァァァッ!!!!」


 砂で作った斧を振り回し、大木ごとゼラニバルを殴りつけた。

 大木は大破し、砕け散る。


「ゼラニバル!」

「どこ見てんだゴラァ!!!!」


 フリージックは瞬時にスミリアに詰め寄り、斧を振るう。

 大木の盾は間に合わず、スミリアの体のど真ん中に直撃した。

 スミリアは吹っ飛んでいき、砂に埋もれる。


「なんだァ?花神も砂王もこの程度かァ!!?腑抜けにも程がある!」


 王国とは違い、全てが純粋な天然の砂で出来た場所。

 ここはフリージックにとっては敵なしと言っていいほどの好環境。


 フリージックはそれを理解してわざわざ地方ではなくこの砂地での戦闘を選んだ。

 ゼラニバルやスミリアが押されるのも当然の結果。


 しかし、ゼラニバルとて元兵士団長だ。

 フリージックが油断した瞬間を狙い、脇腹に一撃を振り上げる。


「っ!」


 剣は砂にいなされ、空を斬る。


 だがその勢いは止まらず、斬撃を絶え間なく浴びせ続ける。

 反撃の隙が与えられない。


 次の瞬間、フリージックの足元から大木が飛び出し、フリージックの足を縛る。


「あァ!!?」


 ゼラニバルはフリージックの意識がそれた瞬間により速い一撃を振るった。


 剣はフリージックの脇腹から下顎にかけて振り抜かれた。


「がっ!!」


 血が飛び散り、砂が宙を舞う。


「観念しろ!フリージックッ!」

「ッ!!! だから!そんな甘っちょろい考えを見せんじゃねぇよッ!!!!」


 フリージックが拳を振るう。

 ゼラニバルはそれを剣で受け止める。


 もう片方の手で顔面に目掛けて振り抜くもこれも交わされ、ゼラニバルは空いた手でフリージックの顎に目掛けて拳を突き上げる。


「ぐっ!」

「諦めろフリージック!お前のその愚かな信念と理想は決して叶わない!お前は根本から履き違えている!」


 フリージックは両手でゼラニバルの両腕を掴み、抵抗出来ないようにしてから顔面に向かって頭突きを入れる。


「がはっ!」

「黙れ!!!愚かな信念と理想を掲げてんのはお前の方だろ!!!根本から履き違えてんのはお前の方だ!!!!」


 またも無防備になったフリージックの後ろからスミリアが大木を伸ばし、胴に巻きつけてそのままのたうち回るようにフリージックを振り回す。


 フリージックが砂の斧で大木を切り離し、勢いのまま投げ捨てられる。


「っふ……!」


 痛めつけられた体を起こす。

 目の前にはスミリアに肩を借りるゼラニバルと砂まみれになったスミリア。


 歯を食いしばりながらも立ち上がる。


「フリージック!もうやめろ!こんなことをしてもお前にはなんの得にもならない!いい加減目を覚ませ!」

「………は?」


 何言ってんだこいつ。

 いい加減目を覚ませ?得?

 は?馬鹿なのか?

 何なんだこいつは。

 あーイライラする。


「お前………おちょくってんのか?!!まだ俺が一時の気の迷いで暴れてるとでも思ってんのか!!?

 いい加減にしやがれッ!!!!もうその次元じゃねぇんだよ!!!!」


 狂ったように怒鳴る。

 しかし、ゼラニバルの目は変わらない。

 決してフリージックを諦めないと。

 曇りのない瞳をフリージックへと向け続ける。


「っ………!!!そんな目で俺を見るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 フリージックは落ちていた剣を拾い上げ、ゼラニバルに向かって突っ込んで行く。


 それを防ごうとスミリアが大木を出そうとするも、ゼラニバルはスミリアを押しのけた。


 そして、ゼラニバルは両手を広げ、剣をその身を持って受け止めた。


 剣はゼラニバルの腹を貫き、血が飛び散る。


「は?何のつもり――」


 ゼラニバルは吐血しながらも両手をフリージックの頭へと回し、自分の顔に近づける。


「フリージック。お前が何を見て、何を思い、どうなりたくてその行動をしているのか。よく考えろ。本当に正しいと思っているのか?」

「何を今更――」

「お前はそんな奴だったか?」


 強く力のこもった目でフリージックの目を離さない。


「あの頃を!奴隷であったあの頃を思い出せ!お前が与えられた苦痛を!感じた絶望を!

 投げ捨てていいものだったか!?本当にその弱さを悪だと思っていいのか!!?」

「っ!」

「私は決して思わない!踏みにじられた者が悪など決してありえない!フリージック!お前もそうだろ!」


 ゼラニバル。

 お前の掲げるそれ(理想)は間違っていない。

 貫くそれ(信念)は間違っていない。


 出会ったあの日から、その目は燃えていた。

 己の信念と理想を信じてやまない、熱く、眩しいと思うほどの志は気づけば自分も同じように掲げていた。


 だが、本当にそれが自分にとって正しいものなのか。

 そう考えた時に答えは違っていた。


 だから、俺たちは根本的に分かりえない。

 お前がお前の信念と理想を信じるように、俺も俺の信念と理想を信じている。

 これに、命を懸けている。


「言え!誰に誑かされた!お前を変えようとしたのは誰だ!」

「………違ぇな。兄弟。これは俺の意思だ」


 フリージックが剣をねじる。


「ぬあッ……!!!」


 ゼラニバルが大量の血を吐き、フリージックの頭から手が離れる。


「ゼラニバル!」


 咄嗟に手を伸ばし近づいたスミリアの首元をざらついた砂で掻き斬った。


 声も出ず、血飛沫を上げ、スミリアは倒れ込んだ。

 ゼラニバルもその場に倒れ込む。


「フ、フリージック……」


 フリージックの見下ろす目は哀れみすら移さず、空気を見下ろしているかのような冷めた目だった。


「ほら見ろ。弱いから死ぬ。弱いから殺される。子供も、親も、守るべき国も置いて。無責任だよなぁ。弱い奴はみんなそうだ。無責任に全てを投げ出す。お前たちもそのうちの一人になったぞ、ゼラニバル、スミリア。」


 ゼラニバルが砂の斧を振り上げる。


 これで最後だ。

 これで俺は、王に――。


 そう思った時だった。


「フリージック………私は、()()()()ぞ」


 息は虫の息で、それでいて目に宿る熱はしっかりと燃えている目でか細い声でゼラニバルが呟いた。


 諦めないという言葉がどういう意味なのかは分からなかったが、何故か躊躇った。

 斧を振り下ろすことに。


 何も感じない。

 今は王になり、そして次を見据えてどうするか頭の中で考えている。

 そう、目の前に転がる死に体もはや眼中にない。

 もう自分の相手ではない。


 そう感じているのに――。


 フリージックの目から、涙が溢れた。


 泣き顔でも嬉しそうな顔をしているわけでもない。

 顔は無表情だ。

 しかし、確かに両の眼から涙が流れている。


 なんだ?

 なんの涙だ?


「! フリージック。やっぱりお前はまだ……」


 安堵の表情を浮かべるゼラニバル。


 どうなっている?

 この涙は何を意味している?


 フリージックの動きが完全に止まった。


「フリージック。お前はまだ、人として――」

「なんだ、殺さないのか?」


 そう言いかけた時、後ろから低い男の声が囁かれ、同時にゼラニバルの喉に剣が刺さった。


「……は?」


 何が起こったのか分からず、振り返る。


 そこには組織のボスがいた。


「お前……!!?なんでここに……!!!」

「いやなに、少し気になってね。君がちゃんと出来ているか。でも、心配なかったようだ。ほら見ろ、君の邪魔な存在はもう消えた」


 ゼラニバルは喉を刺され、そのまま虚ろな目になっていき、最後にフリージックと目が合った。

 事言えぬまま、ゼラニバルは死んだ。


 スミリアの方もいつの間にか心臓に剣が刺さっており、すでに事切れていた。


 二人の死体を前に、フリージックの息が早くなっていく。

 身体中から汗を吹き出し、目が泳ぐ。


「どうした?フリージック。ようやく王になれたんだぞ?嬉しくないのか?」


 違う。

 そうではない。

 嬉しいなどと思うものか。


 フリージックは今ようやく気づいた。

 二人の死体を前にし、ようやく感じた。

 言い知れぬ罪悪感と喪失感に。


 は?

 なんで………なんでだ?


 自分の意思でゼラニバルを殺すと決めた。

 自分の意思で王になると誓いを立てた。

 そしてそれがようやく叶った。

 自分の中にある信念と理想を信じて、今まで動いてきた。

 それなのに、なんだ。

 なんでこんなにも………苦しいんだ。

 俺は………間違ってなかったはずだろッ!


 フリージックは失って初めて気づいた。

 ゼラニバルという替えのきかない存在を。

 自分がした行いを。

 愚かながらに全てが終えた後にようやく気づいた。


 気分が悪くなり、その場で嘔吐する。


「あああああああああああああああああああああああああああああああッ……………!!!!!!」


 そして狂ったように頭を抱え叫び出した。


 お、俺は!俺はッ!!!!

 なんでッ………兄貴を殺したんだッ!!!?


 悶え苦しむフリージックに男は手を差し伸べた。


「フリージック。辛いんだろう?兄が死んで。仕方ないさ。たった一人の兄弟なのだから。だが、そう泣いてはいられない。君にはまだすべきことがあるだろう?王になったのだから国へ帰らねば。」


 王になった?

 国へ帰る?

 そんなことどうでも――


「どうでも良くないさ。」

「ッ!!?」

「フリージック。君は何のためにゼラニバルを殺した?何のために王になった?その信念はどこへ行った?君はやり遂げねばならないだろう?君が始めたものじゃないか。そうしなければ、君は義兄は何のために死んだのだ?」

「……何の……ために」

「今ここで、君が立ち止まれば、ゼラニバルは何のために死んだか分からない。そう思わないか?」


 混濁する意識の中、男の声が脳に響く。

 洗脳されるかのように、操られるかのように、言葉が脳内で反芻する。

 不快だが、それでも良かった。

 それでこの苦しみから逃れられるのなら――。


 そう、この時逃げてしまった。

 楽な道へと逃げた。


 そうだな。

 最後までやり抜かねぇとな。

 義兄(ゼラニバル)が死んだ意味がなくなっちまう。


 男はゆっくり立ち上がり、歩き出した。


「そうだ。それでいい。君の新しい部下たちも連れてきておいたから、そのまま行っておいで。君の為すがままの道を」


 気づけば周りには兵士団よりも遥かに多い数の盗賊が集まっていた。

 フリージックが一年をかけて集めた盗賊たちだ。


「お前ら、行くぞ。『王』の帰還だ」


 大きな歓声が上がり、全員がフリージックの後ろへついて行く。


 その後ろを姿を男は嗤う。


「そうだ。君はそれでいいフリージック・カーネルバス。」


 そしてゼラニバルたちの死体を見下ろし、声高々に嘲笑が空に響かせた。



 フリージックはそのまま国を陥落させ、王の座へと就いた。

 この世で最も愚かな『砂王』として歴史上に名を刻んだのだ。




----




 《13年後 王宮地下牢にて》


 襲撃事件から一週間後。


 カツ……カツ……と薄暗く陰気な空間に足音が響き渡る。


 ここはフロールワ王宮の中でも一部の者しか知らない秘密の地下牢。


 国内で問題を起こし、死刑よりも重い刑罰を与えるべきと判断された者が入れられる牢屋である。


 現在ここに収容されているのはたった一人だけ。


 今回の事の顛末を引き起こした張本人だ。


 牢屋全体に響き渡る足音はある牢屋の前で止まった。


 カビ臭く、薄汚れた牢の前に立ち、柵越し見える男を見下ろした。


 男は膝をつき、天井から生えた木の根に両腕を縛り吊るされているような状態だった。


「俺をここへぶち込んだ奴が今更何用だァ?スーリオよォ」


 冷たく澄んだ目で男を見下ろすスーリオ。


「……ちょっと、聞きたいことがあってね。暴れに暴れ回ってくれた荒くれ者に、ね。フリージック」


 見る影もなくやつれて生気を失ったような姿のフリージック。


 一週間前とは似ても似つかない姿だった。


 何故こんな姿なのかと言うと、彼を縛る木の根に理由があった。


 ここは初代花神と初代砂王によって作られた場所。

 言わずもがな犯罪者を収容するための場所として作られた。


 収容される犯罪者は皆、死刑よりも重い刑罰を与えるべきと判断された者たち。


 では、死刑より重い刑罰とは。


 初代花神と初代砂王が考えた結果、()()()()()()()()という判断が下された。


 木の根から生気と魔力を吸われ続け、かつ死なないように最低限の栄養素を体に送り込まれる。

 寿命で死ぬまで一生苦しむ牢屋として、死刑よりも重い刑罰が完成した。


 この吸われた生気と魔力の行く先は『セナフィムの大木』。


 普段は花神が力を行使し、状態を維持しているが、実は微量ながらここで吸われたものも混じっているのだ。


 生気を吸われた者はやせ細り、枯れるように萎れていく。


 そんな惨たらしい姿になったのは歴史を見ても数名しかおらず、今回そこに新たに名を刻んだ男は苦しみの中でも不敵な笑みを浮かべていた。


「こんな人間に何聞くって言うんだ?遺言か?」

「それを聞いて何になる言うんだ。少なくとも僕は聞きたくないね。君はここで一生光を浴びず、誰の目に触れることもなく死ぬのがお似合いだ」

「ガハハッ!……ひでぇ事言うじゃねぇか」

「……君がやった事に比べれば可愛いものだろう」


 スーリオの一方的な敵意を向けられてもフリージックは何も響いていない様子。


「で?用件はなんだ?」


 本題に入る。


「……君、誰の指示で動いていた?今回の襲撃事件、君が主犯じゃないだろ。裏で誰かが手を引いていた。そうだろ?」

「さすがは現砂王!ご名答だ!」


 フリージックは気持ち悪いくらい不気味な笑みを浮かべる。


「名前?何だったかなぁ……。覚えてねぇなぁ」

「……何も覚えてないのか?」

「今回の件で関わったのは頭のネジが外れた気色悪い奴と物置みてぇに動かねぇジジィ、それと修道服の女もいたな。」


 三人……。

 つまり組織で動いているということ。

 となるとやはり()()しかいないか……。


「その中に『飢餓の呪い』を使用するものはいるか?」

「飢餓?あぁ〜、今回のアレな。アレは俺も驚いたなぁ。まさか巻き込んでくるとは思ってなかったぜぇ。

 ……動かねぇジジィ。多分そいつが使用者だろうな」


 不動の老人。

 特徴としては一致する。


「君も知らなかったってことは、見捨てられたのかい?」

「だろうな!もう用済みなんだろ!だからこうやってお前にペラペラ喋ってやってんだよ!」


 失敗したから裏切られた?

 いや、決着が着く前に『呪い』が発動していた。

 最初から切り捨てるつもりでフリージックを動かしたのか。


「今回の件って言ってたけど、前回もあったような言い方だな」

「あぁ、あったじゃねぇか!13年前のアレがッ!」


 嘲笑うフリージック。

 だが、スーリオは何も答えない。


「……13年前から……まぁそうだと思ってたよ」


 聞きたいことを終え、立ち去ろうとする。


「オイもう行くのか?ここじゃ暇で仕方ねぇ。話し相手ぐらい連れて来い」

「……」


 通らぬ要求を訴えてくる。

 当然、スーリオがそんなことを許すはずがない。


 本来なら足を止めることなく出て行くのだろうが、何故か足を止めた。

 なんというか、そうしたい気分だった。


「リリアとアルス、二人は似ていたか?」

「……あ?」

「父さんに、似ていたかと聞いているんだ」

「……」


 戦闘時に何度も見せられたあの目が脳裏に過ぎる。


「あぁ、似てたな。憎たらしいほどに似てやがった」


 スーリオがため息をこぼす。


「だろうね。僕も父さんの顔を見たのはまだ幼かったからはっきりとは思い出せないんだけどね。二人はどことなく父さんに似ている」


 ゼラニバルの顔を思い出し、フリージックは懐かしむ目で足元を見つめる。


「やっぱり君、父さんのこと嫌いじゃなかっただろ?」

「………なんでそう思う」

「僕はね、君のことに関しては調べに調べ尽くしてある。亡命時からずっとだ。君の戦闘スタイル、関わった事件、出生から考え方に至るまで全て。父さんと母さんの仇を打って、国を取り戻すために出来ることは全てやった。そして、分かったことがある」

「……なんだ?」

「君と父さんの関係さ」


 驚いた表情をするフリージック。

 ゼラニバルに関する書物はほぼ全て燃やした。

 自分の名が載る書物も燃やしたし、二人の関係を書かれたものも全て燃やした。


 それなのにどこから見つけたというのか。


「どこで知った?」

「旧貴族『カーネルバス家』の唯一の生き残りの子から得た情報だよ。」

「生き残り?」

「そう。13年前に貴族は全員殺したつもりだったんだろ。確かに旧貴族は13年前のあの日に全て滅んだ。今いる貴族は他国から招いた人たちだしね」

「その生き残りってのは誰だ。」

「カーネルバス家のご令嬢。君の義姉に当たる人だ」

「あー、いたな。そう言えば」


 フリージックはあまり家の者とは深く関わらなかった。

 というのも、就いていた役職が全員多忙を強いる職であり、あまり会話を交わす機会がなかったのだ。


「君は姉のことをあまり見ていなかったんだろうけど、お姉さんはしっかりと君を見ていたようだよ」

「……そうかよ」


 思いのほか素っ気ない返事。


「それと、13年前の花神・砂王暗殺事件の犯人、

 君じゃないだろ?フリージック」

「………は?」


 目に動揺が表れる。


「何言ってッ――」

「亡命時、君の生まれと境遇を調べた時に、その可能性が浮かび上がった。ただ、明確な証拠は無かったから可能性でとどまる程度のものだった。

 けど、二年前に王国を奪還した後、個人的に探していたんだ。父さんと母さんの遺体がどこにあるのか。」

「……どこにあるのか。……まさかお前……」

「そう、このサヘルバル大陸全土を駆け回って探したよ。それで探しに探し回って結局見つかったのが、灯台もと暗しってやつかな。この国の森に埋められていた」

「……」

「これも君だろ?父さんと母さんの遺体を森に埋葬した。分かりやすく上には小さな岩が二つ置かれてね。」

「……」


 フリージックは沈黙を貫く。


「そこを掘り出して、出てきた二人の白骨化した遺体も調べた。」

「!!!? テメェなにッ――」

「結果、二人の主な死因は刺殺。体に傷は多くあったけれど、致命傷という致命傷は少なかった。」

「……俺が刺し殺したやつか」

「君が刺したのは父の腹部と母の喉元。本来なら致命傷だが、母さんなら治せるような傷だ。実際に『花神』の力で修復している痕跡が見られたしね」

「………」

「でも、二人は死んだ。もう一つの致命傷が『花神』の力を持ってしても治せなかったからだ」

「………」

「知ってるんだろ?『呪い』の痕跡だ」


 フリージックは何かを思い出すかのように目を瞑った。


「酷い痕跡だった。今まで見た事がないくらい。

 父の喉元と母の心臓を一刺し。おそらく刃物か何かに『呪い』を宿らせたものだろうね。

 君は『呪い』を使えない。使えていたら襲撃の際に君自身が使っていたからね。となると、やっぱり犯人は君以外の誰かだ。そうだろ?」


 スーリオの完璧と言えるほどの推理にフリージックは鼻で笑うしかなかった。


「そこまで分かったか。キモイな。けど、一つ違う」

「どれのことだ?」

「義兄貴たちを殺したのは俺だ。俺がやった」


 それは、事実ではない。

 殺したフリージックなどではない。

 組織のボスだ。

 だが、フリージックのその目は嘘偽りのない目だった。


「いいや、君じゃない。痕跡は何度も調べた」

「いや、俺だ。組織を庇ってるだのなにか隠してるとかじゃねぇ。これは嘘じゃねぇ。俺が殺した。」


 フリージックはずっと後悔していた。

 あの日のことを。

 義兄に刃を向けたこと、傷を負わせたこと、暴言を吐いたこと。

 その全てに後悔している。


 確かに最後のトドメを刺したのは自分ではないが、それまでやってしまったこと。

 それらがあるのに、自分ではないなどと口に出すなど出来なかった。


 これは、自分がやった事だ。


 頑なに認めない姿にこれ以上聞いたところで無駄と思い、話を変える。


「君、リリアとアルス、二人と戦っている時、本気じゃなかっただろ」

「………は?」

「いや戦っている時って言うより、最初からかな。数年前の僕たちが王国を奪還した時も本気じゃなかった。そうだろ?」

「………」


 沈黙を貫く。


「数年前のあの時から、君の熱は冷めていた。もう、疲れてたんだろ。自分の信念を貫くことが」


 弱者を嫌い、弱者を踏み躙り、強い者が支配する。

 それはフリージックの信念であり、理想。

 この信念と理想を間違いなどと思ったことはない。


 だが、それ以前に心が持たなかった。

 義兄を殺したこと、義兄が愛した国を壊したこと。

 戻れるならあの日に戻りたい。

 だが、戻れないのならば、やったことに意味を持たせなければならない。

 そうやって王の座に君臨し続けた。


 本心を言うならば早く終わらせて欲しかった――。


 何も答えないフリージックに確認にするように尋ねる。


「弱い人は嫌いか?」

「……あぁ、嫌いだ。これは変わらねぇ。弱者は他人に縋ることが当然のように生きている。守られることが当たり前ど思っている。自分は何もしないで、その弱さを理由に物を乞い、争い、それでいて自分は正しいと言う。弱いことは正義じゃねぇ。助けることは美学じゃねぇ。その弱さは、その愚かさは、一概にして悪だ。」


 信念に燃える瞳などそこになかった。

 しかし、その信念、いや、『価値観』は変わることなくそこにあった。


「そうか。それだけは、分かりえないね。」


 スーリオが腰を上げる。


「弱い人には弱い理由がある。それは武力なのか、知力なのか、財力なのか。色々あるけどね、僕はそれすらも尊いと思うよ。

 その弱さに胡座をかく人だっているけどね、それも含めて人間味って言うじゃないかな」

「………違うな!それともお前の親父がそう言ったのか?」

「いや父さんが何を思っていたのかは知らない。でも、それを考えたところで答え合わせは出来ないだろう。なら、自分なりの答えを見つければいい。僕にとってはそれが答えだ」


 それはおそらく都合のいい解釈。

 口先だけのあべこべかもしれない。


 ただ、ただもう一度、人して向き合えるのなら――。


 去り際にスーリオが呟く。


「花、ありがとう」

「……花?」

「両親の埋葬されていたところに花が添えられていた。綺麗な紫色の『風鈴花(カンパヌラ)』。君が添えたんだろ?」

「……あぁ」


 風鈴花(カンパヌラ)

 サヘルバル大陸に生息する植物の中で、唯一花が咲く植物。

 枯れた地ですら疑うことなく咲くその姿に由来してつけられた花言葉は――


「『不滅の信念』。君の信念は請け負えないけど、父さんたちの信念は僕が背負うよ。父さんたちが作り上げたものをもう一度作り上げる。君が見れることはないかもしれないけど、まぁ、見ててよ」


 そう言って去っていくスーリオの後ろ姿はフリージックの目にはゼラニバルと重なって見えた。



---



 《???》


 薄暗く、格式の高い造りをした部屋に一つだけ置かれた大きなイス。


 周りには部下らしき者たちが数名。


 イスに鎮座する王に頭を下げる。


「フリージックは失敗したか……」


 低く、それでいて透き通る声。


「はい、申し訳ございません。計画をもっと念入りに詰めるべきでした」

「構わないさ。ここて砂の国を落とせれば楽ではあったが、大した支障はない。それより、私が気になるのは、フリージックにかけた『呪い』が発動しないことだ」

「口止めのためにコッソリと与えた『自爆の呪い』ですか。おそらく『呪いの子』の影響かと」


『呪いの子』という言葉に王は笑みを浮かべる。


「素晴らしい!完全に無効化させるとは!いずれ、彼は私の手中に納めねばならないね。楽しみだ」

「はい!いずれ王の前へ連れて参ります♡」


 王は今度は高笑いを上げ、来る日を待ち望んだ。

♦ちょこっと補足♦

フリージックが13年前の王国を襲撃した際にすでにゼラニバルとスミリアの死が伝わっていたと以前書かれてあったが、それは組織の者が兵士になりすまし、敢えて伝えた。理由はボスが『花神』にはまだ使い道があると思い、フリージックに殺されないように逃がすよう促した。(フリージックに殺すなと言っても言うことを聞かなかっただろうと判断したため)

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