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第三十八話「国の為に、己が為に、彼女の為に」

 《バーゼル・フェンリル方面》


 アルスたちと別れて十数分経過。


 魔獣たちは徐々にフェンリルの術にかかり、数を減らしつつあった。


「フェンリル!あとどれくらいだ!?」

「あと、半分ってとこです!」


 魔獣に乗り、移動しながら他の魔獣たちに術をかけていくフェンリル。

 おかげでバーゼルにも多少の余裕が出来た。


 さて、今魔獣共の数はフェンリルが減らしてくれていると言ってもまだ森の方から湧いてくる奴らがいる。

 やっぱり大元を経つしか方法はないか。


 フェンリルの様子と共に魔獣たちを抑えてくれている人々の様子を見る。


 疲弊してるな。

 周りの奴らは何とか踏ん張ってる感じだが、フェンリルはいつも以上に疲弊が激しい。


「まぁ、あそこまで魔獣を操るならそれなり魔力は消耗するわな。」


 異常な魔力量を持ってしても疲弊するってことは、かなり無茶をしている。


 このまま状況が変わらず続けば真っ先に潰れるのはフェンリルだな。

 打開策が欲しい。


「フェンリル!一度下がれ!」


 フェンリルは直ぐさま移動する。


「どうしたんですか?」

「どうしたんですか?じゃねぇだろ。このまま行けば魔獣共より先にお前が潰れる。休憩を挟みつつ適度に魔術を使え」

「けどそれじゃあ時間がかかって二人の元に……!」


 フェンリルの一番の気がかりはアルスとアイビスらしい。


 フェンリルたちが相手にしているのは魔獣。

 しかし、アルスたちが相手にしているのは人である。

 自分たちとは勝手が違う。


 そう思っているのだろう。


「馬鹿言うな。そうやって急いでお前が潰れたら意味ねぇだろうが。お前がいなきゃ俺一人じゃ魔獣共を殺す羽目になる」

「……」


 浮かない顔をする。


「さっきは俺も心配だとか言ったが、もうちょっと信用してやれ。人と対峙するのは初めてだろうが、アイツらはそう弱くねぇよ」

「……分かりました」


 正直、俺は心配と言うよりハラハラしてるがな。


 お前らを失うことの大きさは計り知れねぇ。

 なんならいっその事、国罪やらなんやら無視して魔獣共を片すか……?

 そっちの方がリスクは少ない。


 ただ、そうするとそれはそれでこの国の今後に関わる。

 容易に手が出せねぇ。


 フリージックって奴がどんな奴かは知らねぇが前砂王と前花神を殺してる。

 只者じゃないのは確かだな。

 頼むからもう既にフリージックに殺されてるなんてことだけは勘弁してくれよ……。


「バーゼルさん」

「なんだ?」

「一度に多くの魔獣たちに声を届ける方法はないのでしょうか?」

「……?」

「そうすれば最小の負担でより効率的に魔術を発動出来ると思うんです!」


 いきなり出されたフェンリルの質問にバーゼルは眉を顰める。


 一度に多くの魔獣に声を届ける方法。


 ―― " 魔道具(拡声器) " か。


 いや、だがその魔道具はこんなところにはない。


 音を届ける。

 どうする?

 今ここにあるものじゃどうにも出来ねぇぞ……。


 考え込んでいる時にふと地面に目を向けた。

 落ちていたのは拳大のサンバル石。


 それを拾い上げ、滑らかな断面を見つめる。


 これを使って魔道具(拡声器)代わりに出来ないか?

 無謀過ぎるか?

 いや、賭けてみる価値は――


「フェンリル、ギルドへ行ってサンバル石を持って来い!」

「え?サンバル石?」

「賭けだが、打開策になりうる」

「……わかりました!」


 フェンリルはすぐに駆けて行った。



---



 数十分もしないうちにギルドから大量のサンバル石を持ち出せた。


「これでいいんですか?」

「あぁ、上出来だ」


 数は目算数百以上。

 これなら出来るかもしれない。


 バーゼルはまだ崩れていない少し高めの建物に登り、向きを確認しながら魔術を発動。


 黒い魔術を円錐型へと形作っていく。

 手前に小さい穴を作り、離れていくほど大きく広がった形だ。


 そして集められた石をその魔術に乗せて均一に並べていく。


 数分もしない内に完成した。


「こ、これは……」


 フェンリルたちの目の前に出来たのはバーゼルの魔術とサンバル石で出来た巨大な擬似魔道具(拡声器)


「これがありぁ広範囲に声が届くはずだ。だが普通の魔道具と同じだと思うなよ?サンバル石は音の振動率が高いだけであって魔道具として使うには不十分なものだ。

 喉がはち切れるほどデカい声で叫ばねぇと聞こえないぞ」


 フェンリルは擬似魔道具(拡声器)の前に立つ。


 ここから魔獣との距離はおよそ200メートル。

 向きは数の多い中央。

 問題は無い。

 ただ、この数だと普通の詠唱だと厳しいかもしれない。

 ここは全力で――


 詠唱というのは魔術を発動しやすく、威力を上乗せしたり、最大限に魔術の効果をもたらす意味合いがある。

 一般魔術の完全詠唱がそれにあたる。


 しかし、特一魔術に完全詠唱という言葉は無い。

 特一魔術はその人自身だけが扱える魔術であるため、詠唱としての正解が存在しないからである。


 故に、特一魔術というのは己自身でより良い詠唱の最適解を見つけなければならない。


 フェンリルは今までの人生のほとんどを特一魔術と向き合い続けた結果、()()()での自分の最適解を見つけていた。


 大きく息を吸い、擬似魔道具(拡声器)に叫ぶ。


「『静寂に潜む獣たちよ、荒野を彷徨う獣たちよ、飢えに競いし獣たちよ!猛きその身を我に委ねよ!

 我が名はフェンリル!我が身心のままに、従え! 獣の雄叫び(べスティアルーフェン)!』」


 その詠唱はサンバル石を伝い、音が増幅し放たれた。


 先程まで狂ったように突っ込んで来ていた魔獣たちはフェンリルの叫びに答えるかのように一斉に動きを止めた。

 端から端、()()の魔獣がだ。


「止まった……?」

「嘘だろ!?まさか……詠唱一つで、こんな大量の魔獣を………!!!」

「アイツ、確か……あの時の……」

「何なんだあのガキは……!?」


 本来一部の魔獣たちだけを止めるはずが、最適解の詠唱と巨大な擬似魔道具(拡声器)のおかげか、全ての魔獣を操ることに成功した。


 ただそれにより、忌避すべきことが出来てしまった。


 その場にへたり込むフェンリル。


「フェンリル!しっかりしろ!」


 フェンリルの特一魔術は操る対象をフェンリルの意思で魔力を断絶させる、もしくは魔力切れかフェンリルの意識が途切れることによって術の効果が切れる。


 今フェンリルは想定外の魔術の使用により、魔力が底を尽きかけていた。


 それに加え、過度な魔力使用による精神への負担。


 ――限界に達しつつあった。



---



 《スーリオ・アイビス方面》


 状況は順調ではなかった。


 襲撃者たちに襲われていた人々はなんとか救出したものの、襲撃者たちに応戦しているのはアイビスだけ。


 魔法使いにとっての弱点をつかれ、苦戦を強いていた。


「コイツ魔法使いだぞ!詠唱中に攻撃すればこっちのもんだ!」

「っ!」


 魔法使いとしての最大の弱点とも言うべき詠唱の間を狙って襲撃者たちが石やら武器やらを投げつけてくる。


 詠唱に集中出来ない!


「ちょっと!誰か動ける奴は居ないの!?」


 後ろで見ている救出者たちに呼びかけるも返事はない。


 それもそうだろう。

 ここは商業エリアのど真ん中。

 商人しかおらず、戦える者はいない。


「っ!」


 どんどん苦戦を強いられる。


 地底にいた頃のように無詠唱使えれば良いのだが、地上に出てきてから無詠唱はまだ出来ていない。

 感覚は戻りつつあるも、無詠唱魔術というのはそう簡単なものではない。


 せめてスーリオだけでも守れる壁さえ出来れば良いのだが。

 そんな隙すら与えてくれない。


 スーリオも眉を顰める。


 魔法を使わせてもらえないむず痒さにアイビスはどんどんストレスが溜まっていく。


 もう!

 全然魔法撃てないじゃない!

 アルスかフェンリルがいれば……!


 襲撃者たちが近づいてくる。


 まずい……。

 どんどん詰められる。

 スーリオより後ろへは下がれない。


 一歩、また一歩歩み寄られ、そして、襲撃者たちに目の前まで距離を詰められた。


「っ!」

「アイビス!」


 この距離で発動出来る魔術はない。


 相手に向けている杖を捕まれ、抵抗が出来ない状況になってしまった。


「終わりだクソガキ!」

「大人しくしろよ〜?すぐに売り飛ばしてやるからな!ギャハハハハッ!」


 その憎たらしい煽り顔に、その下劣な笑い声に、アイビスの堪忍袋の緒が切れた。


 杖をギュッと握りしめ、怒りのままに叫んだ。


「うるっっっさいわよ!!!!!!」


 その瞬間、杖から水魔法が発動し、目の前の襲撃者たちを吹っ飛ばした。


 威力は中級魔法程度だろう。

 だが、襲撃者たちを相手にするには十分な威力であった。


「……え?無詠唱……出来た……?」


 アイビスがもう一度魔法を出そうと杖を振る。


 襲撃者たちも怯えて後退りをする。


 しかし、魔法は出ない。


 あれ?さっきは出来たはずよね?


「アイビス!感覚だ!さっき出した魔法の感覚を思い出すんだ!恐らく無詠唱魔術は君の感覚次第で出来るかどうか変わって来るはずだ!」


 感覚――


 その言葉を頭の中で反芻する。


 彼女の人生において、本気で思考するという行動を今までしたことがなかった。

 天才故に、考えずとも出来てしまうから。

 自分が考えずともフェンリルがなんとかしてくれるから。


 だがしかし、今現在、本来前に立っているはずのアルスとフェンリルがいない。

 そして頼れるのは自分だけ。

 後退も降伏も許されない状況において、彼女が取るべき行動は一つしかなかった。


 愛すべき魔術への最大限の思考。


 ――彼女(アイビス)が天才としての階段を一段登る。


 魔術において基本的に大事とされるものは感覚。

 魔法を使う感覚。魔力が体を流れる感覚。

 大半の魔術師が無詠唱が使えないのはこの感覚を理解していないからである。


 魔術師は戦士や剣士のように感覚を研ぎ澄まして戦うような戦い方はしない。

 おまけに読み上げるだけで無意識に魔力が体を駆け巡り魔法を発動できる『詠唱』というプラットフォームが存在する。

 魔術師の大半が感覚に優れないのはこれらが原因だ。


 ではなぜ地底にいた時の自分は無詠唱が使えていたのか。


 感覚に優れているから?

 そうではない。


 ――きっかけがあった。


 三人で狩りをする際に魔術師が詠唱をしている間は前衛が時間を稼ぐ。

 もちろんその間に前衛によって魔獣の数は減るし、時には全て狩ってしまう場合もある。


 だが、自分にとってそれは悔しいものだった。

 自分より先に魔獣を狩るアルスが、自分より多く魔獣を狩るアルスが、彼女には受け入れ難いものだった。


 前衛(アルス)より早く、前衛(アルス)より多く、魔獣を狩るには――。

 彼女の中で、詠唱が不要である答えが出た。


 無詠唱を使うには――詠唱時と同じ感覚を体で再現すればいいのでは?


 普通なら出来ない。

 出来るはずがないのだ。

 あのフィーネスですら教育者に名を連ねて、さらに研鑽を重ねようやく無詠唱の使用を可能に出来た程だ。


 だが、出来てしまった。

 天才故に、優秀な一人の人間の数十年の研鑽を鼻で笑うかのように一瞬にして使用を可能にしてしまったのだ。

 それは紛れもない事実。


 当時の感覚を思い出す。


 詠唱時と同じ感覚で魔力を巡らせる。

 先程無意識に放つことが出来た感覚と擦り合わせる。


 粗く無作為に放たれた魔術を詠唱時の感覚に乗せることにより、より正確で選択可能な魔術を放たれるのでは?


 アイビスは杖を構えたまま目を瞑った。

 まるで無防備だ。


 襲撃者たちはそれを見て、今の隙にとアイビスに向かって突っ込んでくる。


「アイビス!」


 しかし、その無防備が囮かのように、アイビスは無詠唱で魔法を放った。


 先程と同じ水魔法。


 襲撃者たちが後退りする。


 ゆっくり見開かれたアイビスの目に力が宿()()


 逃がさないと言わんばかりに。

 杖を振るう。


 初手に無詠唱で水渦咆(アクアウィービア)を放ち、襲撃者たちの大半を蹴散らす。


 次に反撃してくる者を水弾(ウォーターボール)で追撃。


 トドメに襲撃者たちを氷漬けにした。


 襲撃者たちは余すことなくアイビスの魔法に巻き込まれた。


 これが天才の所業。

 息一つ切らさず敵を倒す彼女の最適解。


 スーリオが息を飲む。


 天才(アイビス)の覚醒はスーリオに疑念と期待を抱かずには十分であった。



---


 《王宮内》


 アルスは王宮内にてフリージックと戦闘を続けていた。


 フリージックは特一魔術である砂での攻撃を主としてアルスをほぼ一方的に攻め続けていた。


 クソっ!

 剣じゃ砂は斬れねぇ。

 それにコイツのこの砂、なんか変だな……。

 前後左右上下どこにでも砂が攻撃してくる。

 そんな魔術あんのか?

 厄介過ぎる。

 これじゃあ攻撃出来ずにやられちまう。


 フリージックは懸賞金が掛けられており、ランクはS。

 つまり、冒険者の依頼で換算すると、Sランクの依頼と同等レベルの賞金首であるということ。


 だが、それは時として誤算を生む場合がある。


 ――それは、 " 環境 " である。


 魔術において、環境というのは大きく結び付くものがある。


 魔術というのは体内の魔力と体外の魔力を反応させて発動するもの。


 つまり、体外の魔力の起因である環境というのは魔法の使用者が発動する魔術に大きく関わってくる。


 結果、水辺で水魔法の威力が増したりや水魔術が使いやすくなったりする。

 風のよく吹く場所では風魔法が、洞窟の中では土魔法が、火のある場所では火魔法が。


 それは特一魔術も同じである。


 フェンリルの特一魔術が魔獣たちの多い場所で効果が増幅するのと同様、フリージックの砂を使う魔術もまたこの砂漠にある国では効果が増幅する。


 それに加え、フリージックは元来から特一魔術の圧倒的な才能とセンスを兼ね備えていた。

 故に、砂場でのフリージックの懸賞金のランクはSではなく、さらにその上、 " SSランク " に匹敵すると言っても過言ではないと言える。


「オイオイどうしたクソガキ!!!さっきの威勢はどこに行った!!?」


 フリージックの蹴りを(もろ)に横腹に食らった。


 アルスは横へ吹っ飛び壁を突き破って隣の部屋まで貫通する。


「アルスさん!」


 フリージックも追い詰めるかのように部屋へと入ってくる。


「……アルス?そうか!お前がアルスか!」

「……?」

「『()()()()』!お前がそうだな?!」

「……『呪いの子』? 何の話だよ」

「知らねぇのかぁ。まぁ知らなくていいさ。見たところ特徴は一致してやがる。お前が『呪いの子』であることはほぼ確実だろう?」


 フリージックはそう言って高笑いをする。

 アルスはフリージックを睨みつける。


「決めた!お前は殺さねぇ!お前は痛めつけて生かしてやる!」

「ハッ!随分と優しい提案だな!良心が痛んだかぁ!?」

「ガハハハハッ!良心が痛む、か!面白いこと言うじゃねぇか!お前を生かすのは情けをかけてるわけでもその良心が痛んだわけでもねぇよ!お前がこれから生きていく道は地獄だ!クソみたい奴らに永遠と追われ続け、仲間も女も親も全員殺されて!最終的にアイツらの道具にされる道だ!俺はお前にその地獄を味わわせてやる!嘆き苦しみ叫ぶことすらも忘れた!壊れた人形になった姿を嘲笑ってやるよ!!!」


 狂ったように意気揚々と声を荒らげるフリージック。


「さっきからアイツらとか『呪いの子』とか意味わかんねぇこと言ってじゃねぇよ!」


 剣を振り回すながら立ち上がるも簡単にいなされる。


「それにしても、随分としぶてぇな。その異常にデカい『鎧気』が邪魔だ。どこで身につけたか知らねぇがお前には身に余る代物だな」

「っ!」


 さっきから攻撃全部『鎧気』に護られている。

 これが無かったら確実に致命傷を負ってたな。


 室内じゃ長剣って振り回しづれぇ……。

 色んなところに引っかかる。

 広いところに出たいな。


 フリージックが瞬時に詰め寄り、拳を振り上げる。


「なっ!?」

「遅せぇよ!」


 反応が遅れた!

 ヤバい!


 剣を構えようとするも明らかに間に合わない。


 だが、その拳が振り下ろされることはなく、動きが止まった。


 よく見ると振り上げた腕に何やら蔦のようなものが巻き付いている。


 それは後ろから伸びており、その先にいたのは壁に身を預けながらも『花神』の力を使うリリアだった。


「リリア!」

「……ただ見てるだけは嫌です!」


 その姿にフリージックは眉を顰める。


「なんだァ?もう力が使えんのか。まぁいい。そうなりゃあお前(リリア)が先だ!」


 フリージックが向きを変え、リリアに向かって魔術を放った。


 アルスはその隙を見て、フリージックに攻撃する。

 しかし、フリージックはすぐにアルスとの間に砂の壁を作った。


「チッ!クソっ!」


 だが、リリアとて簡単にはやられまい。


 今度はフリージックの足に蔦を巻き付かせて、そのまま部屋の外へと投げ出した。


「ぬあ!?」


 フリージックは玄関前の大広間へと放り出された。


 砂の壁は崩れ、アルスとリリアが合流する。


「リリア!無事か!?」

「はい!それよりアルスさんは……?」

「俺も大丈夫だ」


 二人して大広間を見下ろす。


「なんだリリア!!?お前の力はその程度だったかァ!!?この数年で随分と平和ボケしたなァ!!!」


 フリージックは闘争心をギラつかせ、笑みを浮かべながら二人を見上げる。


「アルスさん、あの人の特一魔術は砂を操る魔術。だから砂の対抗策として水が一番効果的なんです。私がなんとか足止めしますからアルスさんは水魔法で砂を封じてください」

「あぁ、確かにそれがいいな。だがな、リリアよ。誰しもが水魔法を扱えるとは思わない方がいいぞ?」

「……え?……アルスさん、もしかして……水魔法使えないんですか?」

「……」

「初級魔術でいいんですよ?」

「……」

「あっ、そ、そっか!まだ地上に来て間もないからそこまで魔法使えないんですよね?……ね?」

「……地底にも魔法の文化はございました」

「……アルスさん、もしかして、不良だったんですか?」


 リリアの言葉が妙に刺さる。


「い、いやぁ別に不良というか、ちょっとなんと言うか魔法に関しては出来が悪かったくらいでね?ね?

 地底にいた頃は段々と使えるようになってたんだけど地上に出た途端振り出しに戻ったって言うかなんとか言うかいやもう本当すみません」


 情けないとしか言いようがないくらいの言い訳と謝罪。


 リリアは何故かそれが面白く感じ必死に笑いを堪える。


「そ、そうなんですね。じゃ、じゃあ仕方ないですね、なにか別の策を考えましょう!」

「……笑ってる?」

「笑ってないです」


 二人の会話に割入るようにフリージックが叫ぶ。


「最後の楽しい会話は終えたか!?」

「あ!?最後はお前だフリージック!お前が俺に斬られんだよ!」

「まともに攻撃を当てられてねぇ奴がよく言うじゃあねぇか!お前がいくら吠えたところで変わらねぇよ!力を取り戻したばかりの『花神』と、まともに攻撃を当てられてねぇお前じゃ、俺は殺せねぇぞ!?」


 確かにフリージックの言う通りだ。

 リリアの『花神』の力が戻ったからなんだってんだ。

 完全に取り戻せてない感じを見るとどこまでフリージックに対抗出来るか。

 クソっ!

 俺はただの足でまといじゃねぇか!


 不意打ちを狙ってフリージックが攻撃してくる。


「っ!」


 リリアがそれを防ぐも完全には止めれていない。


 やはり力が完全に戻っていない。


 アルスとリリアが二手に別れる。


 アルスは下へ降り、長剣を振りやすくなった空間を駆け回る。


 俺一人で無理なのは分かっている。

 けどこっちには花神(リリア)がいる。

 二人ならなんとか突破口は見つかるはずだ。


 フリージックの砂がアルスを追跡し、進路を妨害する。

 アルスはそれをどれも間一髪ですり抜けて行く。


 リリアは上から蔦を伸ばし、フリージックを妨害する。


「鬱陶しい!!!」


 フリージックが蔦を掴み、全て引っこ抜く。


 アルスはその隙を狙ってフリージックの懐へ入り剣を振る。


 だが、フリージックは読んでいたようにその攻撃を交わし、流れるようにアルスの横腹に大きな拳を入れる。


「ふッ!」


 アルスはまた吹っ飛んでいき、別の部屋へと突っ込んだ。


「アルスさん!」


 その隙にフリージックは攻撃対象をリリアに絞る。


 リリアもなんとか蔦のみで耐えるが、徐々に攻撃が押し寄せてくる。


「っ!」


 だが、まだアルスもへばっちゃいない。


 部屋から飛び出し、フリージックへと突っ込んでいく。


「何度やっても同じだクソガキ!」


 砂で壁を作るも、広い空間を生かしたアルスの立ち回りにより、簡単に突破。


 そしてフリージックへと刃を立てる。


 フリージックはそれを避けようとするも、リリアの蔦が身動きを制限する。


「っ!」


 剣はフリージックの肩を突き抜けた。


 入った!

 やっと一撃!


 フリージックが眉間に皺を寄せる。


「ちょこまかと、洒落せェ!!!」


 フリージックは肩に刺さった剣の刃を握り、躊躇なく剣を引き抜くと、そのままアルスごと投げ飛ばした。


 アルスはまた壁へ激突し、別の部屋へ突っ込んだ。


「ケッ!この国の建物は随分と脆いなぁ。ちょっとつつくだけで大穴が空くんだもんだ。俺がいた頃はここまで脆くはなかったがな」


 間髪入れずリリアが何重にも編んだ蔦をフリージックへとぶつける。


「はあっ!」

「ぐふっ!」


 フリージックもまた吹っ飛んでいき、壁を突き破る。


 リリアはそのうちにアルスの元へ急ぐ。


「アルスさん!大丈夫ですか!?って、えええぇぇ!!?ど、どうなってるなってるんですかそれ……!?」


 アルスは薄暗い部屋の奥の壁に頭だけが刺さっており、抜けずもがいていた。


 ちくしょう!

 なんでこうなるんだよ!

 俺の頭で空いた穴だろ!

 なんで抜けねぇんだ!

 クソっ!

 どうにかして………ん?あれ?ここって確か……。


「アルスさん!今引っ張りますから!」


 リリアはすぐにアルスの尻の方を持ち、引っ張る。


 アルスも踏ん張りを入れて、ようやく頭が抜けた。


「だぁーーー!一生あのままかと思った……」

「やっと抜けた……」


 二人して息を荒らげる。


「リリア!これ見ろ!」


 アルスが指差す方はさっきの穴の奥だ。


 そこにはまた別の部屋が広がっていた。


「ここは……食料庫!」

「これなら行けるかもしれねぇ!」



---



 フリージックの方から破壊音が聞こえる。


「あぁ……しつけぇなぁー。渋てぇ奴は嫌いだな。邪魔でしかねぇ」


 フリージックは立ち上がり、ゆっくりと二人の方へと歩き出す。


「オイ!早く出て来い!無駄な時間稼ぎも意味ねぇぞ!?結局先延ばしにしただけだ!結果は変わらねぇ!」


 段々と近づいてくるフリージック。


 そのフリージックのタイミングを見計らってか、真っ暗な部屋から一つ樽が投げつけられた。


 フリージックは反射的にそれを砂で破壊した。


 その瞬間、樽から液体が弾け出た。

 嗅ぎ慣れた透明の液体。


 液体はフリージックの周囲の砂に飛び散った。


 同時に液体が飛び散った砂は魔力を失ったかのように地面にボトボトっと落ちた。


 樽?

 どこにあった?

 それにこの匂い…………酒?


 すぐに二投目が投げられた。

 今度はリリアの蔦も同時に飛び出して来た。


 フリージックはそれを全て掠ることすらなく避ける。


 だが次の瞬間、斜め後ろから背筋を舐めるような恐ろしくも()()()()殺気を感じた。


 目をやると、アルスが突っ込んできていた。

 手元は隠し、殺気のこもった目でまっすぐ突っ込んでくる。


「なッ!!?」


 瞬時に砂で壁を作った。


 ――しかし、その行動は浅はかだった。


 アルスの剣は、砂諸共フリージックの体の表面を斬り裂いた。


「がはっ!?」


 血が飛び散り、アルスの顔にも跳ねた。


 フリージックは瞬時に砂で距離を取り、そのまま片膝をつく。


 何故斬られたのか分からないと言った表情でアルスを睨む。

 アルスの剣には何やらフリージックの血以外にも液体が垂れているように見える。


「この液体……酒だな?食料庫か。後ろに回り込んだのも内部の通路を使ったな?」

「ご名答〜!!!お前に吹っ飛ばされて突き刺さった壁の奥にたくさん樽があるもんだから、使わねぇ手はねぇよな!」

「………小賢しいガキめ」


 フリージックは砂で斬られた箇所を止血し、立ち上がる。


「手を抜くのも終いにしてやる。ここからは本気だ。泣き叫んでももう遅せぇぞ」

「泣きべそかくのはお前の方だぞ?フリージック。散々人を踏みつけにしてきたんだ。ツケよりも恐ろしい、俺の天罰を下してやる!」


 剣をフリージックに向け、口角を上げる。


 同時に、樽を巻き付けた無数の蔦が全方向からフリージックを目掛けて飛び出してきた。

 アルスも畳み掛ける。


「っ!!?」


 フリージックはそれらを全て砂で防ぐも当然意味は無く、フリージックの操っていた砂が全て泥へと化した。

 アルスの剣が頬を、背中を、腕を掠める。


「ほらな、言ったろ?これで全部の砂が無効になった!泣きべそかいても遅せぇぞ!?」


 煽るアルス。

 だが、フリージックは動かない。


 観念したか。


「――ェよ……」


 アルスが近づこうとした時、ボソッと呟いた。


「甘ェよ、お前ら。何一つとして分かってねぇ。」

「……あ?」


 アルスも動きを止める。


「俺が扱うのは()だっつってんだろ!!?目の前の砂を封じたから何だ!?この国に砂がありゃあ、意味ねぇだろうがッ!!!!」


 フリージックが地面に手をつけた瞬間、王宮内が大きく地響きを鳴らしながら揺れ始めた。


「な、なんだ!?」


 そして次の瞬間、無数にある部屋の一室からリリアが大量の砂に押し出されて飛んできた。


「きゃあぁぁ!!!」

「なッ!?」


 アルスはリリアをキャッチ。


 リリアがさっきいた部屋からは大量の砂がまっすぐ飛び出し、別の部屋へと流れていく。

 他の部屋も同様に部屋から部屋へと砂が移動して行く。


 まるで一つの生物かのように。


「クソガキ共。なんで俺がこの国を離れねぇか分かるか?」

「……」

「簡単だ。それはここ(砂の国)が俺のホームだからだ!砂がありゃあどこでだって負けねぇ!砂は俺の支配領域だ!この国も、お前らが取り戻した国なんかじゃねぇ。砂に囲まれた国の時点で俺の国なんだよッ!」


 そうか……。

 そういう事か。

 甘く見ていた。

 この男を……。

 ただの国賊とばかり思っていた。

 けど、たぶんこいつの実力は……バーゼルよりも――。


 生物のように蠢く砂が二人を飲み込まんと突っ込んでくる。


「「っ!」」


 アルスに()()()()()()()()、リリアは『花神』の力を使った。


 二人の足元に大木の幹が盛り上がり、攻撃を交わす。


「うえっ!?」


 大木の幹!?

 これも『花神』の力なのか!?

 ってことはリリアの力が徐々に戻ってきてるってことか。


「アルスさん!私から離れないでください!」

「え!!?い、いや今言われましても……その、心の準備が……」

「ち、違います!私とくっついたままでいてくださいってことです!」

「え?」


 一瞬いきなり告白してきたのかと思ったが違うらしい。

 まぁそりゃあそうだろうね。


 アルスにはなんのことかさっぱり分かっていないが、リリアは気づいた。


 アルスに触れていると、先程の魔道具によって抑えられていた力が元に戻るということを。


 今度は上から砂が襲いかかってくる。


「はっ!」


 大木が周囲の地面から姿を現し、二人を包む。


 砂は大木に直撃し、霧散する。


 そして反撃に出る。


 リリアが両手をフリージックに向けると、無数の大木がフリージックへと伸びる。


「舐めんなよクソガキッ!」


 フリージックはそれを交わしたり砂で作った斧で叩っ斬る。


 攻撃が全ていなされた。


「しっかり捕まっててください!」

「え? っんなッ!!!?」


 リリアが大木に乗って前に出る。

 アルスも振り落とされないようにリリアの腰に抱きつく。


 ちょっ、ちょっと!激しい!

 なにこれ!!?

 これも『花神』の力なのか!?

 てか『花神』の力ってどういう原理で使えてんだよ!

 なんも無いところから蔦だったり木の幹だったりおかしいだろ!!!


『花神』の力というのは何も花を咲かせるだけの力ではない。

『花神』の力は植物を生み、成長させ、手足のように扱う。


 言わば植物そのものが花神の力なのだ。


 魔法が発動するのは体内の魔力と体外の魔力の反応によるもの。

 故に、自分から離れた場所に魔法を生成し、それが自立し、消えることなく留まり続けることは不可能なのである。

 ただその不可能は『神人』という存在には無いにも等しい。


 魔法は環境によって威力や強度が左右される。

 それは花神(リリア)とて同じこと。


 だがしかし、環境すらも黙らせてしまうほどの力を行使出来るのは神の名を冠するものだけが許された特権。


 ――正しく敵無し。


 花神が牙を剥く。


 リリアの攻撃にフリージックは後ろへ後ろへと逃げながらいなしていく。


 そして壁際まで追い詰められ、リリアたちが大木ごとフリージックに突っ込んだ。


 壁は貫通し、王宮に巨大な穴が空いた。


 外側からは大木が王宮を突き破って出てきたのが遠目に見ても分かるほど。


「ガハハハハッ!ここまでするか!花神(リリア)!」


 フリージックは腹に木の幹が突き刺さり、血反吐を吐きながらも叫ぶ。


 だが、全く聞いていないかの如く、砂の槍を投げ返してきた。

 リリアの頬を掠めた。


「二度もあなたを逃がしはしない!」


 リリアが木の幹をうねらせてフリージックに攻撃を入れる。

 フリージックは砂でなんとかそれを防ごうとするも完全に防げていない。

 力量の差が違う。


 いくらフリージックが有利な環境であろうと、()()()()()()()()()()状態の神人の前では意味をなさない。


 その瞬間――フリージックの脳内で数年前の敗北が再生される。


 久しく味わっていなかった屈辱を、今目の前で再び味わわされようとしている。


「っ!クソッたれ!!!!」


 フリージックが血反吐を吐き、血まみれになりながらも反撃に移る。


 攻撃は食らっている。

 だが、砂を雑に扱いながら捨て身で突っ込んできた。


「っ!」


 リリアが距離を取ろう後退する。


 だが、フリージックの勢いは凄まじく、一気に距離が詰められる。


 壁を作るようにして木の幹で塞ぐ。

 しかし、それも投げ打つ体で突っ込み、無理やり突破してきた。

 そして砂で作った斧を振り上げ、リリアを見据えた。


 その瞬間、フリージックは固まった。


 目の前にいるのはリリア()()


 ――アルスがいない。

 さっきまでリリアの腰巾着のように引っ付いていたアルスが。


 探そうと視線を移した時、背中に感じる殺気に反応し、後ろを振り向いた。

 そこには剣を振り上げたアルスが目の前にいた。


「っ!」


 一瞬の隙もなく振り下ろされた剣に砂の防御は間に合わず、再度体に斬撃を食らった。


 血を吹き出す。


 そして間髪入れずアルスとリリアが攻撃を入れようと動き出す。


 瞬間、フリージックの脳内に再度浮かび上がる『敗北』の二文字。

 流れる汗、早まる動悸、荒らげる息、蘇る()()()の記憶――そして覚悟。


 ――負けてはならない。やり抜かねばならない。でなければ、あの日……あの時……何の為にッ!!!


 フリージックは剣を振り上げようとするアルスの胸ぐらを掴み、地面(木の幹)に向かって叩きつけた。


 抵抗出来ないほどの力だ。

 正しく火事場の馬鹿力。


 そしてそのままアルスの顔面で木の幹を抉りながらありったけの力で王宮へ目掛けて投げ付けた。


「ぐあッ!」


 壁を何枚も突き破り、支柱に直撃し、血反吐を吐く。


「アルスさん!」


 アルスが離れたことにより、力が微弱へと戻ったリリアが僅かながらの抵抗として蔦をフリージックの腕に巻き付かせるも全て引き抜かれ。

 ギラついた目でリリアを王宮へと蹴り飛ばした。


「うッ!」


 アルスと同じように支柱へと直撃する。


 そしてアルスが直ぐさま立ち上がろうとした時、「終わっていないぞ」と言わんばかりに追撃が飛んできた。


 アルスはそれに体が反応せず、体のやや右の腹の位置に強い衝撃を受けた。


 ――砂の槍が刺さっていた。


「ごふっ……!」


 口から血を吐いた。


 は?

 なん……一瞬で……。


 一瞬の出来事にアルスの脳内は混乱する。


 腹に槍が……。まずい。これはまずい。

 致命傷になりかねない。

 早く止血……いや治癒魔法の方が早い。

 そうだ!リリアは!!?


 そう思い、彼女を探した。

 すぐに見つかった。

 彼女はそう遠くない場所でぐったりと倒れている。

 見るからに虫の息だ。


 先程の攻撃で内臓かどこかを損傷したのだろう。

 リリアにアルスほどの鎧気はない。

 内臓が破裂していたっておかしくないはずだ。


「リ…リア……」


 アルスは這い蹲るようにしてリリアの元まで移動する。


 リリアは死にかけだった。


 霞む息で目が虚ろに彷徨っている。


 リリアはアルスが近くにいることに気づき、弱々しく震える手でアルスに向けて手を添える。

 手がぼんやりと光だしたのを見て、アルスはすぐに治癒魔法だと気づき、その手をすぐにリリアへと向け直した。


「!」


 詠唱もなく、回復するのを見て、花神の力によるものだと分かった。


「なん……で……」

「喋るな……まだちょっとしか回復してねぇだろ……」


 リリアはまだ体の少ししか回復出来ていない。

 最大限に回復するには詠唱が必要だが、息が整わない。


 アルスも腹部の血が止まらず、息苦しそう喋る。


 やばい。血が止まらねぇ。

 クソッ!俺も治癒魔法が使えたら……。


 リリアが先にアルスの怪我を直そうと手を伸ばす。


「だから……!」


 その手を返そうと取ろうとした時、リリアに両の手で抱き締められた。

 次の瞬間、掠れた声で耳元で詠唱が聞こえた。


「『花よ咲け あなたの思うがままに咲き給え 命題は彼の者の救済 花神、クロリリア・フロールワが命ず その開花を持って、生命に慈悲を与えよ 生命の開花(レーヴェンブルーム)』」


 次の瞬間、光と共に花が咲き、二人の傷を癒していく。


 傷は瞬く間に癒えていき、完全回復とまでは行かずとも、動ける範囲まで回復した。


 リリアが離れる。

 息を切らしながら少し顔が赤らんでいるように見える。

 アルスと目が合った瞬間、目を逸らし、


「これで……大丈夫……」


 と呟いた。


 死にかけていたのにも関わらず可愛いと見惚れてしまった。


 だが、休息は束の間、壁に空いた大穴からフリージックがよろけながら姿を現した。


 体を砂で支え、なんとか立っているように見える。

 フリージックも満身創痍だ。


「はぁ……はぁ……俺は……俺はこの国の王だッ!!!俺の邪魔をするな!俺の行く手を阻むな!」


 暗い空間に唯一差し込む光から見下ろす、頭から血を流した男の姿が、二人の目には悪魔のように映った。


「リリアァ、テメェさっき俺を逃がさないって言ったな?逃げるわけねぇだろ。俺は……俺の世界を作らなきゃならねェ!二度と逃げるわけにはいかねェ!ましてやお前らのようなガキに!潰されてたまるかあああッ!!!!」


 吠えるフリージック。


 二人は負けじとカッとフリージックを睨みつける。


 二人の目を通して感じる意思が、フリージックに苛立ちを覚えさせる。


 フリージックは歯を食いしばって、何かを思い出したかのようにそれを見下ろす。


 アルスの目には、そのフリージックの姿が何故か苦しんでいるように見えた。

 その目に、罪悪感を感じているような。


「ッ……!!!どいつもこいつも!そんな目で俺を見てんじゃねぇ!

 間違ってるのは俺じゃねぇ!お前らの方だ!」


 焦るようにして声を荒らげる。


 アルスが体を起こす。


「そんなに怖いか?俺たちが」

「っ! 黙れ!!!」


 フリージックの息が荒くなる。


 アルスは立ち上がろうとした時、リリアがアルスの手を取る。

 弱々しく、震えるような手で。


「アルス()……」


 行って欲しくないと懇願するような目。

 しかし、アルスはリリアの手を剥がし、優しく置いた。


「逃げたらダメなんだ。」

「!」

「俺は逃げたくない。ここで逃げたらアイツが正しいってことになるだろ。リリアが好きなこの国を守りたいんだ」


 リリアの目が見開かれる。


 そしてゆっくり体を起こし、支柱に背中を預ける。


「ごめんね……弱気になってた。そうだよね。私が逃げてどうするの」


 リリアは言葉遣いを取り繕う余裕すらないが、目は死んでいない。


 アルスは立ち上がる。


「降りて来い。決着を付けてやる」

「……」


 言われるがままフリージックは降りて来て、アルスの真正面に立つ。


 もはや何かを言い返す余裕すらない。


 そしてなんの合図もなく、フリージックは砂の塊をアルスへと放つ。

 アルスはそれを剣柄で弾きながら交わしていく。


 互いに動きはあまりにも遅く、先程とは雲泥の差がある。

 しかし、アルスは剣を握りしめフリージックへ斬りかかる。


「はぁ!!!」


 フリージックもそれを避け、追撃しようとする。

 しかし、リリアの蔦に引っ張られ、防がれる。


 アルスはそれを見逃すことなく剣を振るうも、砂にいなされる。


 攻撃、追撃される、防ぐ、再度攻撃、いなされる。

 何度も同じようなことが繰り返される。



 そして、三者息が切れ、意識がかすみ出した頃、決着がついた。


 アルスが雄叫びを上げながら渾身の一撃をフリージックへと振るうもいなされ、今度はフリージックの渾身の一撃が振るわれた。


 それは先程の火事場の馬鹿力同様、リリアの蔦では抑えきれず拳がアルスへと飛んできた。


 アルスはそれを剣を身代わりに避けた。

 剣が後ろへと吹っ飛ん行ったが、ガラ空きになったフリージックの顔面に目掛けて拳を入れた。


 拳は綺麗に顔面に直撃し、フリージックをよろけさせて倒れ込ませた。


「はぁ……はぁ……」


 フリージックは立ち上がってこない。

 もう動けまいと、体が地面にへばりついている。


 立っているのはアルスだけだ。

 アルス勝ち。

 そう思われた。

 しかし、フリージックが徐々に体を起こす。


 そしてボロボロの体でアルスを見据える。


 アルスも飛ばされた剣を拾い、再度フリージックに構える。


「弱い奴が………弱い奴が!俺に刃を向けるなあああぁぁぁぁッ!!!!」


 フリージックはまた思い出すかのように歯ぎしりを立て、叫びながら二人へ突っ込んできた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」

「ふッ!」


 フリージックの拳を剣で受け止め、リリアがその隙に蔦で足と腕を拘束する。

 だが止まる様子はない。


 やけくそになったかのように力任せに押してくる。


 アルスもよろけながらもその素人同然の動きを受け流し、体勢を崩す。


 そして流れるように腕に剣を入れる。


「ぐっ!」


 痛がる様子はするものの、怯むことなく同じように突っ込んでくる。

 だが、同じようにいなして反撃、いなして反撃の繰り返し。


 そして気づけば蔦に全身を覆われ、ようやく動きを止めた。


「はぁ……はぁ……」


 三人とも満身創痍。


 アルスが終わらせようと近づいた。


 だが、まだ終わってないと言わんばかりにアルスの顔面に頭突きを入れた。


 最後の悪あがきか。

 フリージックは蔦を引きちぎって生身でアルスに襲いかかる。


「ッ!」


 アルスは反射的にフリージックの顔面に拳を入れた。


 フリージックがよろけ、倒れ込む。


「ふぅー……ふぅー……」


 まるで獣のように息を荒らげ、それでも立ち上がる。


「フリージック……」

「……俺は王にならなければならない!この世界を支配する王に!じゃねぇと俺は……」


 許せないと、そう思う反面、何故か哀れみを感じる。

 同情をかけてしまう。


 自分がおかしいのだろうか。


 そんな考えが過ぎる。


 だからと言って逃すなんてことはありえない。


 アルスはスっと剣を構えた。


 フリージックは最後の最後だと言わんばかりに拳を大きく振り上げた。


 だが、その動きは大き過ぎる。


 リリアが腕に蔦を巻き付かせ、動きを止めた瞬間、アルスが剣を振るった。


 左足を斬り落とし、胴体を斬り裂いた。


 非情にも思える二撃。

 だが、それ相応のことをしてきたのは事実。


 力に、欲に溺れ、全てを貶した男は、まだ年端もいかない地底の少年によって打ち倒された。


 白目を剥き、仰向けに倒れて動かなくなったフリージックを見て、アルスもその場に倒れ込んだ。


 限界はとっくに迎えていた。



 アルスとリリアの健闘の末、襲撃事件の首謀者は討ち取られた。







---



 各方面での被害は最小限に抑えたものの、国自体で見るとかなりの被害を出したこの襲撃事件は、

 後に『砂豪反乱事件』として世界中に広まることになった。

 フリージックが打ち倒される数十分前。

 森の中部区辺りの洞穴にて――。


 ここは、襲撃者たちの仮の本拠地のようなものだった。

 普段は砂地のどこかに本拠地を構えているのだが、今回の襲撃は仮の本拠地をここに作っていた。


 この洞穴は元々は魔獣の住処であった。


 そこそこの広さのある空間なため、奥に進めば光は当然入ってこない。


 そこに二人の襲撃者の一味が見張りとして暗闇の中松明で灯りをつけながら駄べっていた。


「はぁ、フリージックさんまだかなー!もう待ち飽きちまった!」

「まぁ、もうすぐ帰ってくんだろ。商品もたんまり手に入ったし、今回は大稼ぎだな」


 商品というのは、今彼らの目の前に座らされている大量の女、子供のことである。


 彼らは皆、両手足を縛られ、目隠しと猿轡をされた状態で抵抗一つ出来ずに座らされていた。


「いやぁ、にしても今回はべっぴんが多いね〜。ちょっと味見していいかな!?」


 全員カタカタと震え出す。


「やめとけよ。こいつらは全員商品なんだ。フリージックさんにバレたら殺されるぞ。ほら、前にもいたろ?」

「あ〜、商品勝手に味見してフリージックさんに殴り殺されてたな。アレはないわ。さすがにやろうって勇気がねぇよ。だってあの時の商品そこそこ値が付いた没落貴族だったろ?そりゃあ殺されるわ」

「お前もあぁなりたくなけりゃ我慢するんだな。それか自分で買うかだな」

「そんな金ねぇよ……」


 ため息をしながら商品たちを見回している一人の女に目がついた。

 明らかに冒険者の服装をしている。


「おっ?なぁ、あの女!冒険者じゃね?」

「ん?あぁ確かにそうだな。」

「あの女だったら味見していいんじゃね!?冒険者だったらそこまで値が付かねぇしさ!」

「お前……どんだけ味見したいんだよ」

「いやぁ、溜まってんだよ」


 そう言いながら片方の男がその冒険者の女を引っ張り上げ、目の前まで連れてきた。


 雑に目隠しを外す。


「ほら見ろ!結構なべっぴんじゃねぇか!」


 女は怒りと恐怖に満ちた目で男たちを見上げる。


「いやいや、べっぴんなら尚更だろ。高値が付くかもよ?」


 二人の会話にその女だけでなく、周囲の女、子供が震え出す。


 次は自分じゃないか、と。


 その冒険者の女は目隠しを外され、視界が自由になったことにより、あることに気がついた。


 二人の後ろに、 " 何かがいる " 。


 そう感じたのは冒険者で培った感なのか、はたまた偶然か。


 何にしろ、二人の持つ松明以外には灯りがないため、彼らの後ろが真っ暗闇である事しか分からない。


 恐怖の中、何故か不思議とそこに目が行った。


「オイオイ、ビビりすぎて唖然としてるぜ!大丈夫だぜ〜?今からお前らはこういう人生を歩むんだ!今のうち慣れとかねぇとな!」

「あーあ、俺は忠告したぜ?」

「とか言って、お前もちょっと味見するつもりだろ?」

「……まぁ、傷付けさえしなけりゃ問題は無いしな」


 そう悪い笑みを浮かべた二人。


 だが、女の目には嫌な笑みを浮かべる口元の他に、もう一つの口元が見えた。

 笑うでもなく、歯を食いしばるでもなく、ただ二人を見下ろすような大きな体躯とともに、その口元からは人が出せないような冷酷さを感じた。


 次の瞬間、二人の松明がなんの前触れもなく消えた。


「あれ?松明消えた」

「ったくこんな時に……。興が削がr ……」


 会話の途中で、何かがボトッと落ちた音がした。


「ん?なんだ?どうした?」


 返事がない。


「おいどうした?返事しろよ」


 だが返事かない。


「なんだよ。ったく、そうやって俺を驚かそうって魂胆だろうがな、俺は簡単に引っかからねぇぞ?」


 そう言いながら男が手探りで落ちたものを拾おうと地面を探し始めた。


 そして若干目が慣れ出したところで、ようやく落ちたものが手に触れ、それを拾い上げた。


「よいしょ!意外と重たいな。なんだ?こんな大きさのものなんか置いてたか?」


 それが何なのか確認しようと顔を近づけた。


 目の前にあったのは、先程まで一緒に喋っていた男の生首であった。


 男は静止した。


 いや、恐怖で動けなかった。


 声も出ず、ただ仲間の生首を見つめ、カタカタと震え出した。


 そう感じると同時に、事の原因が分かった。


 今自分の真横に立つ得体の知れない人物。


 顔全体は見えないが、うっすらと浮かぶ口元に返り血が飛んでいるのがわかった。

 こいつがやったのだと、確信した。


 なぜだ!?

 なぜこの洞穴がわかった!?

 それに、いつの間に……!!!?


 男は足をガクガクと震わせて息を荒らげる。


「お、お願いします!許しt……」


 その言葉を皮切りにまた同じ音がした。


 冒険者の女はそれらを全て見ていた。


 何が起こったのかは分からないが、その暗闇に潜む人物によって見張りの男二人が殺されたということだけは分かった。


 女はその人物に対して先程以上の恐怖を感じ、震えるしかなかった。


 しかし、男は女を見るやいなや、全くを興味を示さず、男たちの座っていた石の近くに置いてあった妙な魔道具を手に取った。


「これか。ご丁寧にこんなものまで用意しやがって」


 面倒くさそうに呟きながらそれを破壊した。


 そしてゆっくりこっちを向き直った。


 その目に敵意は感じなかった。


 その後、男は松明をつけ、女を縛る全ての縄を解いた。


 その女だけではない。

 他の縛られている女、子供の縄を解いていく。


 味方なのか……?


 そう疑問が生じるも助けてくれたのは事実。


 だが、先程殺したはずの男たちの切り離された生首と胴体は姿を消し、飛び散った血痕だけが残っていた。

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