第二十九話「覚悟の話」
カンカンに照る日差しや視界を塞ぐほどの砂埃がアルスたちにとって慣れた景色になりだした頃、四人は砂の国に向けて進みながらバーゼルに戦闘の基礎について教わっていた。
「だァかァらァ〜!何回も言ってんだろうが!使いたい魔法じゃなくて敵の弱点になる魔法を使えって言ってんだろ!」
「そんなの無理よ!敵の弱点の魔法が瞬時に分かるわけないじゃない!」
「そのために魔獣の本渡したんだろうが!」
バーゼルはアイビスの魔法の癖を見抜き、すぐに修正するような指導している。
バーゼル曰く、地上の魔法と地底の魔法は全くの別物らしい。
地底の魔法は約2000年前の魔法からほとんど姿を変えておらず、言ってしまえば大昔の魔法らしい。
大昔の魔法は今とは違い、攻撃特化の魔法がほとんど。
威力も速さも地上の魔法とは桁違いなんだとか。
一方、地上の魔法は攻撃だけでなく生活においても使用するものも多く、地底の魔法に比べて威力などは劣るが種類は多いそうだ。
例えば、地底の魔法属性が火、水、風、土、治癒であるのに対して、地上の魔法属性はそれらに加えて召喚、神術というのがあるらしい。
召喚魔法は魔法陣を使用して色々なものを召喚する魔法らしい。
基本的には物とかしか召喚出来ず、魔獣などの生物を召喚するにはかなりの技術が必要らしい。
神術魔法は魔獣の中には実態のない個体もいるそうで、そういう魔獣に対して使用する魔法らしい。
そして現時点での『呪い』への一番有効的な対処法でもあるんだとか。
ただ、『呪い』への一番有効的な対処法であって、完全に『呪い』を打ち消すまでは出来ないそうだ。
あくまでも緩和剤なんだとか。
「そんなのすぐに覚えられるわけないじゃない!」
「だからってEランクの魔獣に対して上級魔法なんかぶっ放すな!必要以上の魔法の使用は別の魔獣を誘き寄せる!何回も言ってんだろうが!!!」
魔法の等級も似ており、下から初級、中級、上級、英級、聖級、(王級)、破級、天級、極級、(神級)と地底の倍ある。
ちなみに()の中のやつは特別な権限もしくは限られた人間のみが使えるものらしい。
上級魔法は一端の冒険者が使えて上出来と言われるレベルだそうだ。
聖級魔法を扱える冒険者はそれはもうSランク冒険者は間違いなしで、国から雇いの話なんかも来るそうだ。
王級魔法は八大強国レベルの大国の王命が出ない限り使用が禁じられているそうだ。
本当かは知らないが王国を潰せるほどの威力を持つんだとか。
それ以上は程度が計り知れず、災害レベルやら天地をひっくり返すほどのものだとか言われているそうだがほとんどが眉唾らしい。
実際、破級以上の魔法を見た人なんてほとんどいないんだとか。
「お前が使ってるのは地底の魔法だ!地上の魔法の威力の倍はあると思え!今はようやく体が地上の魔力に慣れ出してきた頃だろうから上級魔法もその程度ですんでるが、完全に体が慣れたら上級魔法も聖級魔法と同等の威力になりかねない。今のうちにその癖直しとかねぇといつか苦労するぞ」
「……」
アイビスはムスッとした顔でそっぽ向いている。
まるで親に叱られている子どものようだ。
「それにアルス!お前もだ!」
「へ?」
「その『鎧気』に頼った戦い方はやめろって言ってんだろ!?さっきの戦闘も一直線に突っ込んで行きやがって……本来なら死んでてもおかしくねぇ動きだったぞ!」
『鎧気』というのは、魔力を体に纏い身体能力や体の強度を爆発的に上げる技術のことを言うそうだ。
剣士や戦士などの冒険者や体を鍛えている者であれば無意識に『鎧気』を纏うようになっているんだとか。
その『鎧気』とやらはもちろん俺も纏っている、らしい。
正直言って纏ってるかどうかなんて分からない。
バーゼルがそう言うならそうなんだろ。
で、その俺の『鎧気』はどうやら人よりも遥かに強度が高いそうだ。
『鎧気』は本人の魔力量に直結するらしく、魔力量が多ければより強い『鎧気』を身に纏い、少ない場合はその逆だ。
俺たち地底人は魔力量が桁違いに多いらしく、昔から剣を握っていた俺なんかは必然的に無意識に『鎧気』を纏うような体になっていた。
俺が魔法を使えないのはこれのせいらしい。
魔法に使う魔力を丸々『鎧気』で使ってしまっているため魔法を使う魔力が残ってないんだとか。
「『鎧気』は絶対じゃねぇ。『鎧気』を纏って余裕ぶっこいてる奴ほどすぐに足元すくわれて人生終了だ。無意識に『鎧気』に垂れ流してる魔力を調整出来るようになれば選択肢も増える。今のままじゃお前はAランクが限界だ。もっと脳みそ使え」
かなり辛口だが確かに言ってることは間違いじゃない。
今まで『鎧気』のおかげで命拾いしたことなんて山ほどある。
だからと言ってこの先ずっと『鎧気』に頼って行くってのはあまりに無謀だ。
ただ、頭ではそう理解しているのだが、癖というのは中々直らないもので、どうしても体が先走ってしまう。
もう少し冷静に…………っていや頭では分かってるんだけどぉ!
これどうすりゃいいの!?
「この中じゃフェンリルが一番マシだ。
冷静に二人の行動を把握しながら的確な判断が下せている。
それに、魔獣を呼ぶ特一魔術。何よりもそれが一番このパーティの強みだ。」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、お前 魔力にムラがあるな。本来なら出せてるはずの間合いで魔法が使えてなかった時があった。魔力のムラは身体又は精神の乱れだ。そういう体質の奴もいるみたいだが、その一瞬の間合いが命取りになるぞ。」
「……は、はい」
見透かされたような目にフェンリルが小さく返事する。
「魔力操作は基本中の基本だ。お前らは膨大な魔力量が今まで当たり前のようにあったせいで魔力操作そのものが疎か極まりない。まず三人ともそこからスタートだ」
魔力操作か。
魔力操作。
確かにあまり気にしたことがなかった。
それが出来るのと出来ないのとでは随分違うような言いぶりだ。
つまり、魔法使いだろうが戦士だろうが、根幹に関わることなんだろう。
それが上手く出来れば俺だって魔法が使えるみたいだし、やるべきだな。
「あとお前らの陣形やっぱりおかしいわ。三人のパーティでなんで縦一列で並んで戦ってんだよ。普通は前2後1だろ。どう考えても戦いづらい。てか見てるだけで戦いづらい」
「お前戦ってねぇじゃん」
「そんなの言ったって無理よ!フェンリルは中間職だから前になんて置けないわよ!」
「だァかァらァ〜!そもそも少数のパーティで中間職なんて要らねぇんだよ!中間職は5人以上になってからだ。」
「と言っても、僕あまり近接戦得意な方じゃないんですけど……」
「じゃあ鍛えろ。一から教えてやる」
無茶な命令にフェンリルが首を振る。
「そんな無理ですよ!第一剣だって………」
「――その剣はお飾りか?」
「え?」
フェンリルの腰に挿してある小さな短剣を指差す。
それはプレゼントでアルスから貰ったものだ。
「いや、これは……いざと言う時のためのもので……」
「いざと言う時?何言ってんだお前。今のお前にいざと言う時なんてあるわけねぇだろ。」
「そ、それはどういう……」
「いざと言う時ってのは、準備出来る全てのものを用意して初めていざと言う時が来るんだよ。何の準備も出来てねぇお前にいざと言う時なんてあるわけねぇんだよ。それはただ実力不足だ。」
「!!!」
「奥の手なんざ揃えるもん全部揃えてから考えりゃいいんだよ。今は出来ることを余すことなく揃えろ。これからお前らが生きていく世界はそう甘い世界じゃねぇぞ」
「……はい」
軽く食らった説教に驚いているのかしょげているのかは分からないが、フェンリルは短剣を握りしめた。
バーゼル………俺、お前のことようやく大人に見えてきたかも……。
「とりあえず、休憩もちゃんと挟みつつ、魔獣相手に鍛えながら進むぞ〜」
「うい〜」
「……はい!」
「フンっ!」
四人は再び進み出した。
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その日の夜、岩陰を背に野宿することになった。
交代で見張りをしながら休息を摂る。
見張りは二人だ。
一人はバーゼル確定。
もしもに備えてのことだそうだ。
と言いつつも座って寝ているが。
寝静まった真夜中、見張り役はバーゼルとフェンリルだった。
毛布に包まり、白い吐息を吐きながらバーゼルに語りかける。
「バーゼルさん。起きてるんでしょう?」
目を瞑っていたバーゼルが不機嫌そうに目を見開く。
「……なんだよ」
「暇なんで少し話しません?」
「人が休んでる時に話しかけてくんじゃねぇよ。」
「バーゼルさん、村を出てからほとんど休んでないんじゃないですか?見張りの時も常に気を張ってますよね。それとも、その状態でも休息を摂れる術があるんですかね」
「……お前嫌われてるってよく言われるだろ」
「え?言われたことないですよ?」
「相当アホが多かったんだな、お前の周りには」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。ちょっとくらい」
「……」
嫌そうな顔をするも相手をしてやることにした。
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「バーゼルさんってどこ出身なんですか?」
「……上の方」
「雑ですね……。もうちょっと詳しく教えてくれますせん……?」
「治安は悪いが人が活き活きしてる国だ。悪くない国だぞ」
「へー、そんな国があるんですね!」
「お前らもその内行くかもな。まぁ治安だけは気をつけとけ」
「……そんなに悪いんですか?悪いってもんじゃねぇよ。王様もそれを分かっていて黙認している。アホな王様だろ?」
馬鹿げていると鼻で笑うバーゼル。
「でも悪くない国ってことは居心地がいいってことですよね?」
「……俺はな」
治安が悪くても居心地はいいらしい。
いいのか悪いのか分からない。
「気になってることがあるんですけど、バーゼルさんの特一魔術ってどういうやつなんですか?
黒いなにかを……自由に操る魔法って感じですよね?」
「……闇魔法だ。俺の特一魔術は闇魔法の類。大昔は『呪い』に分類されてた魔術だ。」
「え!?そんな魔法あるんですか!?」
「あぁ、基本魔術の中にはある一定の種族しか使えないものもあってな。今は基本魔術から除外されてるが、昔は多少の才があれば誰でも使えてた。」
「……今は使えないんですか?」
「色々と複雑な理由があったりで魔術の基本教育では扱ってねぇんだってよ。だから使える奴なんてほとんどいない」
「そうなんですか……」
少し残念そうにしょげた顔をするフェンリル。
「まぁ、基本教育から外れただけであって使っちゃいけねぇわけじゃねぇ。魔術本買って独学で身につける奴もいる。お前も覚えたいなら、手が空いてたら教えてやるよ」
「それなら今教えてくれません?」
「だるっ……。今休憩中なんで手空いてないでーす。てかそれよりも剣の方を何とかしてくださーい」
「うっ……それはそうですけど。バーゼルさん教える気ないですよね?」
「そんなことねぇよ?お前がCランクに昇級したら教えてやる。基礎中の基礎だけだけど。」
「……本当ですか?」
「あぁ本当だ。いい大人は嘘つかねぇよ。」
「言質取りましたからね?絶対ですよ!」
「はいはい分かった分かった」
めんどくさそうにいなすバーゼル。
「ところでその魔術、一定の種族しか使えないって言ってましたけど、バーゼルさんって人族じゃないんですか?」
しまったと顔に出る。
「……まぁ、純粋な人族じゃねぇな。色々混じってる。魔族にエルフに妖精に、その他諸々。ご先祖様は物好きが多かったみたいだな。あまりにも多すぎてちょっと引くわ」
先祖を鼻で馬鹿にするかのような言い方。
「すごいですね。そんなに多種族と交配している一族なんて……。それであの特一魔術が出来たわけか……。確かにアレは並大抵出来るようなものじゃないし、ちょっと納得だな。
――ん?てことはバーゼルさんって寿命の方とかどうなってるんです?エルフは長命って聞きますし、魔族の中にはエルフと変わらない種もいれば逆に20年も生きられないような種もいますよね?」
「ん〜?まぁそうだなぁ」
フェンリルをじっと見て何かを考えた後、
「お前らの思ってる3、4倍は長く生きてる」
「え!?」
衝撃で固まるフェンリル。
「……若く見えますね」
「俺から見りやぁお前らはまだ赤子だな」
赤子。
見た目は30あたりに見える。
てことは90から120歳辺り。
12の子どもは赤子に見えるのも当然か。
「そういう人もいるんですね。やっぱり地上は知らないことがたくさんありますね。地底にあった本だけじゃ知識が全く足りない」
そう言ってフェンリルがカバンから本を取り出して抱き抱える。
「お前、本は好きか?」
「はい!本は大好きです!色んなことが書かれていていつまでも見てられるんです!」
目を輝かせながら本を押し付けてくる。
「そ、そうか。まぁ本は叡智の源とも言うしな。いいんじゃねぇの」
「バーゼルさんは本は好きですか?」
「え?俺か?……まぁこれと言って本が好きかと言われると別にそうでもないな。でも、本好きのバカは嫌いじゃねぇな」
「そうですか。でも本は読んだ方がいいですよ?最低限の知識はつけられるんで」
「俺が知識がない馬鹿って言いたいのか?
はぁ、そんなに本が読みたいなら、おすすめの本屋を教えてやる。
中央大陸の『ケップリール山脈』を越えた先に山に囲まれた村があってな。そこにある小さな書店を訪れてみろ。小さいが、品揃えが良くていい店だ。」
「そうなんですか!?ぜひ行ってみます!」
嬉しそうに笑うフェンリル。
そして、バーゼルがそろそろ本題へと話を変える。
「で? お前は何に悩んでんだ?」
「え?」
急な質問に首を傾げる。
「え?じゃねぇよ。夜中に話しかけてきてただ話したかっただけ、なわけねぇだろ。気を紛らわしたかったんじゃねえのか?」
見透かされたような目を向けられ、思わず目を背ける。
「さすがバーゼルさんですね。お見通しですか」
本を置き、膝を抱える。
「正直に言うと、僕は地上に出てきたことを少し後悔しています。『レーデ村』でのあのシスターの悍ましい狂気。あの時、怖くて足が竦んで動けなかったんです」
「………」
「あんな恐ろしい人は初めてじゃないんです。実は地底に出る時に一度似たような人に追いかけられたことあって……。その時もかなり怖かったです。でも、あの時向けられていた殺意のようなものは僕じゃなくて、アルスだけに向けられたものでした。だからですかね……今回自分にも向けられたものがあまりにも怖くて怖くて、思い出しては中々寝れないんですよ。」
「……無理ねぇよ。アレはガキが見ていいもんじゃねぇ。平然としてられる方がおかしいんだよ」
「そうですかね。アルスやアイビスはそうは見えないです。二人は強いから……」
二人の方を振り返る。
「別にこいつらだって怖くなかったわけじゃないはずだぜ?肝っ玉が座ってんのか、それともちゃんと現実を直視出来てないか………。いずれにせよ、お前が感じたその恐怖は何も間違っちゃいねぇよ」
フェンリルの顔は暗く俯いたまま。
「最近、というより、成長するに連れ思うんです。自分が二人から引き離されて行ってるんじゃないかって。二人が徐々に、僕には遠い存在に見えてきてしまっているんです。
超人的な身体能力も、圧倒的な魔法技術も、僕にはない。分かってんるです。僕には僕の特一魔術があって、僕にしかない強みだって。でも、二人の才能に追いつける気がしないんです。
またシスターのような人に襲われた時に、僕はちゃんと戦えるのか。二人を支えられるのか。不安でしかない」
子どもらしい悩みと言うべきか、子どもにしては早すぎる考えと言うべきか。
どちらにせよ、バーゼルには理解の遠い悩みだ。
バーゼルはそちら側ではなかったから。
「俺はな、自分で言うのもなんだが、才能はある方だ。センスもそれなりに良い。自分の実力を疑ったことはないし、何かに対して"怖い"なんて感情は持った覚えがねぇ。
ただ、そんな俺でも敗北したことはある。それでプライドを折られたことも、大事なものを失ったこともある。苦い記憶とまとめるにはちょっと甘すぎるくらいにな。」
懐かしむ目で上を見上げる。
「バーゼルさんが負けるなんて、そう思いませんけど……」
「この世は化け物じみた奴らなんてたくさんいる。そのうち出会うかもな」
「バーゼルさんもその内の一人では?」
地上での平均的な人の強さはまだ知らないが、バーゼルが人並外れていることぐらいは分かる。
「自分の目の前に勝ち目がないと感じるほどの敵が現れた時、お前はどうする?」
「どうって――」
「逃げるか?降伏するか?それとも今回同様足が竦んで動けず殺されるか?」
「!」
「選択肢は限られてるな。俺は別に逃げてもいいと思う。降伏、は相手によるがなるべくしない方がいい。結局殺されるのがオチだ。だから逃げるって選択が一番生き残れる可能性があるんだろう。
でもな、どうしても逃げられない、逃げちゃいけない敵を前にした時、それはもう立ち向かうしかない。俺だってそうしてきた。それはただ強いから取れた行動じゃない。弱い奴だって同じ行動が出来るやつもいる。」
「?」
分からないといった様子で首を傾げる。
「お前に足りないのは才能なんかじゃなくて、覚悟の方じゃねぇの?
立ち向かう覚悟、二人に置いていかれるかと言う覚悟。小さな信念をどれだけ持ち続けられるか。それがあればどんな奴でも覚悟の決まった目になる」
「覚悟……」
「俺からしちゃあお前らはまだまだヒヨっ子の雑魚だがな、磨けば唯一無二の能力を持ってる。俺が保証してやる。あとは、意味のないマイナス思考はやめて、強くなることだけ考えてればいい」
フェンリルは考え込むようにして、アルスから貰った懐刀に視線を落とした。
「これ、アルスから貰ったものなんです。地底の変わった鉱石で出来ているらしく、魔力を通せば魔法を放てる変わった剣なんです。」
「……」
「僕はこの先この剣以外は握るつもりはありません。人を斬る感覚を覚えたくないから。その味に慣れたくないから。そんなちっぽけな覚悟でも、この先僕は二人の隣に並べますか……?並ぶ資格はありますか?」
ずっと、怖かったんだと思う。
この手で魔獣を殺したという感覚を得るのが。
他人から向けられる心のない言葉や視線が。
僕は昔から臆病な人間だった。
二人がいなかったら魔獣なんて狩らなかったかもしれない。
こうして地上へ出てくることもなかっただろう。
でも、そうじゃないだろ……。
臆病なままの人間でいたくないから、
あの光のように眩しい二人が進む未来を、その隣を歩きたいと思ったからここまで来たんだろ。
今更逃げたいなんて、あまりにも馬鹿げていいる。
「はぁ………馬鹿言え。もう既に答えは出てんだろ。」
「――はい。」
「じゃあ、迷わず進め。そういう奴は結構強いぞ」
フェンリルは剣をグッと握りしめ、何かに誓うようにそっとその剣しまった。
「ありがとうございます。目が覚めました。本当に自分が見るべきものが見えたような気がします。」
「そうか。そりゃあ良かった。お前はリーダーだから悩むことも多いかもだが、どうでもいいことに悩む必要なんてねぇぞ。どうでもいい悩みは、お前の横に立つ馬鹿二人と一緒にいればなんとかなるだろ」
「リーダー?僕がですか?」
「お前は『グランベル』のリーダーだろ?」
「え?パーティリーダーはバーゼルさんじゃ……」
「なんで俺がお前らのパーティのリーダーまでやんなきゃいけねぇんだよ!俺はお前らとはずっと一緒にいるつもりはねぇ!目的が達成したらそれでいいんだよ。」
そう言えば、バーゼルがなぜ旅の同行を了承してくれたのか未だに分かっていない。
バーゼルにとってはなんのメリットもないはずなのに。
「バーゼルさんはなんで僕たちの旅についてきてくれたんですか?」
「……昔、古い友人を失った。とんでもねぇ馬鹿だったが替えのきかない奴だった。そいつに託されたもんがあってな。何かとは言わねぇけど、そのためにお前らを強くしなきゃならねぇの」
「? どういうことです?」
言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。
バーゼルはどこか遠い場所を眺めながらぽつりと呟いた。
「フェンリル、先に言っとく。お前らが進む道は険しい道と言うには生温いほどの危険が待っている。
一つのミスが誰かの命を落とす結果にもなりえる。
それでも俺たちはお前らに進めと言う。何があってもだ。
本当は間違ってることは分かってる。それでもやらなきゃいけない。
大人の不始末を、重い重い責任を子どもに背負わしたこの身勝手を、呪ってくれて構わない。
――ただ、生き抜いて生き抜いて、生き抜いてくれ」
向けられたその悲しげな目は今のフェンリルには理解が遠く及ばないものだった。
ただその目に籠る何かをフェンリルは確かに受け取った。
「バーゼルさん――」
「ほら、交代の時間だ。もう寝て来い」
言葉を切られ、触れてほしくないものなのかと思い、言われた通り寝ることにした。
「おやすみなさい。」
「おう、いい夢見ろよクソガキ」
バーゼルの言っていたこと。
なぜそんな目をしているのか。
全く分からない。
ただ、モヤモヤしながら眠りついた。
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翌朝、訓練がてら旅を進めようとした時、幸運にもバーゼルが言っていた魔獣の姿が見えた。
数十メートルある巨大な影。
三人はその巨大な影を見て、思い出したかのように嫌な顔を浮かべた。
「アレは『ジャイアント・グレート・トータス』砂漠地帯最大級の魔獣だ。アイツは攻撃してこない上に常に歩き続ける。なんてったって、食事を必要としない魔獣らしくてな、空気中にある魔力を移動しながら蓄えてるらしい。だから滅多に会うことはないんだが、ここで出逢えたのは幸運だ。」
「あぁ、ほんと出来れば見たくなかった」
「気分最悪……」
バーゼルが首を傾げる。
「なんだ見た事あんのか?」
「まぁ、そうですね。過去に一度だけ……」
「そうか、つくづくついてるな。ここからアイツに乗って移動するぞ。アレで移動すれば夜でも移動出来るから二ヶ月くらいは時短出来るぜ〜」
マジかよ。
アイツってそういう使い道なのかよ。
アイツに殺されかけたのに次は上に乗って移動するって………何この言い表せない気持ち。
バーゼルは機嫌良さそうにジャイアント・グレート・トータスを追いかけ出した。
フェンリルも苦笑を浮かべるもすぐについて行く。
アルスとアイビスは死ぬほど嫌そうな顔をするも、仕方なく向かう。
尻尾だけでもちょん切ってやろうかな。
こうして砂の国までの足を手に入れた。
♦ちょこっと補足①♦
ジャイアント・グレート・トータスは常に大陸中を歩き回っているので、巡り合わせる確率は雷に打たれる確率より低いと言われている。
♦ちょこっと補足②♦
フェンリルの寝相は非常に悪い。縄で手と足を縛り布で身体中を覆っておかないと隣で寝るなんて不可能に等しい。アルスはよくフェンリルの寝相の被害にあっている。




