第二十二話「オアシス」
暑い日差しと乾いた空気に包まれ、一面に広がる果てしない砂の地。
水もなく、食料もない。
人なんてほとんど通ることもない。
あるとするならば獰猛で凶暴な魔獣くらいだろう。
そんな地にも花が咲き、水が潤う " 楽園 " がある。
――人々はそれを『オアシス』と呼ぶ。
『オアシス』を目指し、人々はまるで『地底童話』に出てくるゾンビのように広い砂の荒野を彷徨うのだとか。
つまり、これらが意味するものは、「その地を生き抜くのはそう簡単ではない」ということだろう。
ダンテ・ルリエ・フューレン著 『地上見聞録』より一部抜粋。
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三人は必死の逃亡劇を繰り広げ、あまりの疲労にその場で交代しながら休息を摂ることにした。
そして一夜明け、東南東の辺りに太陽が見えだした頃、三人は行動を開始した。
三人が今いる場所は『ギアナ砂漠』と呼ばれる場所。
別名『あべこべ砂漠』。
辺り一帯は無限に広がる砂漠とちらほら見える岩陰ばかり。
人一人見えない。
地底ではありえないような光景が広がっている。
地底世界で得た情報によると、三人が今いる場所から南南東の方角に一つの小さな村があるそうだ。
地底から出るとまず最初にその村に辿り着かなければならないらしい。
三人は地図を片手にその村を目指して先の見えない砂漠を歩き出した。
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「暑っつーーーーーい!!!!なんなのよこの暑さ!!!」
歩き出して十分もしないうちにアイビスが音を上げた。
「確かに………これは暑すぎるね。まだ日が昇ってからそんなに時間は経ってないんだけど……」
フェンリルがフィーネスから貰った時計をを見ながら息を切らす。
「それだけじゃねぇよ……。地上に出てからなんかめちゃくちゃ体が重いし、息苦しい!」
地上に出てから三人がまず一番最初に気づいたことは、体の感覚の違いだった。
三人の体は地底にいた時と比べ、随分重く感じ、息もかなりしづらく感じていた。
まるで、人一人を背負い、鼻と口元を手で覆われているような感覚。
倦怠感に近いだろうか。
体に制限がかかっているようだ。
「かなりしんどいけど、細目に休憩を取りながら進んで行こう。三日もあれば一番近い村に着けるみたいだから」
そう言いながら歩いていると、アルスが前方の方で何かを見つけた。
ん?なんだあれ?
アルスは目先に見える黒い影に目を細める。
「おい、あそこになんかいるぞ?」
そう立ち止まり、指を差すと二人も立ち止まり、同じように目を細めた。
歩いている時は気づかなかったが、よく見てみると100メートルほど先に少し大きめの黒い影がいくつか見える。
動き方からして人ではない。
となると魔獣だろう。
並んでいる様子からしても、群れで行動しているのがわかる。
「あれ、魔獣じゃない?」
「ぽいね。少し警戒しながら近づいてみようか。」
三人は身を縮めて息を殺しながらその黒い影に近づく。
早速戦闘か?
どんなやつか分かんねぇけど、地上に来て初めて見る生の魔獣だ。
地底の魔獣と比べれば多少なりとも強いはずだ。
アルスは少し興奮気味に妄想を捗らせ、三人は敵が見える岩陰に身を潜める。
だが敵の姿を見て、アルスの興奮は一気に冷めた。
アルスたちの目の前にいるのは四匹のサンドゴートという魔獣。
四足歩行でのんびりと歩く長いツノを持ったヤギのような生き物だ。
フェンリルはその姿を見て目を光らせる。
「あれはサンドゴートだ!あの長いツノに硬毛な毛並みは外敵から身を守る盾と剣のような役割があって、もし怒らせたらものすごい勢いで激突されて、あのツノに串刺しにされるらしい!でも、この砂漠地帯では比較的温厚な魔獣で危険度も低い魔獣だから変に刺激しなければ問題ないんだけど」
博識のフェンリルが小声でバレないように説明をする。
確かあの魔獣ってそんなに強くないよな……。
俺の記憶が正しければ地底の本にはグランドウルフと大差ない強さって書かれてたような……。
強さがわかってるなら別に戦いたいとも思わない。
今の体の状態から考えて無理に戦いに行く必要も無いな。
ていうか本当に本に書いてる魔獣がいるんだな。
「んじゃあ、アレはスルーして先へ進もうぜ。いつまで見てても暑いだけだ」
そう言って立ち上がった時、少し強い風が吹いた。
周囲の砂を巻き上げて、ちょうど三人がいる場所を通過していく。
くすぐったい砂塵風だ。
まるで砂埃が全身を撫でるようにこそばゆく感じる。
アイビスも砂埃に鼻をくすぐられたか、小さな可愛らしいくしゃみをした。
そしてアイビスが旅のお供にと持っていたフライパンがカバンからずり落ち、岩肌の上で高音を立てた。
鼻にでも入ったのだろうか。
と、思うと同時に、嫌な視線を感じた。
アルスは瞬時にその視線に目を合わせた。
「っ!」
それは先程まで観察対象だった魔獣からだった。
気づかれ………ッ!?
アルスはサンドゴートの姿を見て、軽く身震いした。
普段なら魔獣を見て身震いなどしない。
だが、初めて見る魔獣だからか、それともその奇妙さのせいか、その姿に鳥肌が立った。
固まって動かないアルスに対して、アイビスにハンカチを渡していたフェンリルが首を傾げる。
「どうしたの?アルス」
「……いや、アレ……」
辿たどしくアルスが指を差す方を見て、フェンリルも同様の反応を見せる。
「っ!………アレは……ちょっとまずいかも……」
サンドゴートの姿は、地上世界に来て間もない彼らにとっては「奇妙」という言葉しか出てこなかった。
彼らが今見ているサンドゴートの姿は四匹とも顔をこちらに向け、静止している。
まるでその瞬間に時間を止められたかのように。
だが、一番奇妙なのはそこじゃない。
一番奇妙なのは " 目 " だ。
先程までは後ろ姿しか見ていなかったため分からなかったが、その目はぐるぐると渦を巻くような大きな目をしており、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうなゾッとする目。
彼らはその目に思わずしり込みする。
あ、あれ?サンドゴートの目ってあんな目だって書いてたっけ……?
いや、そう言えば気持ち悪いって書いていたような……。
そんな二人を見てか、アイビスもようやくそのサンドゴートの姿に気づいた。
「何アレ!?キモッ!!」
その言葉の後、サンドゴートの群れは急に動きだし、猛スピードで三人向かって走って来た。
その瞬間、フェンリルは大事なことを失念していたことに気づいた。
サンドゴートのもう一つの特徴を――。
『サンドゴートはいきなり大きな音を立てると過大な負荷が脳にかかり、暴走をしだす。
故にサンドゴートの近くを通る時は大きい音を立ててはならない。』
しかし、その大きい音というのは人間が感じる大きい音ではない。
サンドゴートにとっての大きい音である。
「サンドゴートの聴力は………人間の七倍……!」
アイビスがくしゃみをした時にフライパンが岩に落下し、高音が鳴った。
人間の七倍の聴力を持つサンドゴートの耳にはそれはそれはかなりの音に聞こえただろう。
「っ!」
一歩遅れてアルスが剣を抜き飛び出す。
フェンリルとアイビスも杖を構え援護する。
「くっ……!」
体が重い!
砂で足を取られているせいか足も上手く回らない。
サンドゴートがどんどん近づいてくる。
まるで自分だけスローモーションになっているかのような感覚。
タイミングを逃せば跳ねられる!
アルスは重い体を引きづらせながら、サンドゴートが自分の間合いより少し外側の位置に入った瞬間、体をサンドゴートの走行線上から外した。
そしていきなりの動きに体がついて行かず、足を絡ませて体が傾くも、サンドゴートが真横を通った瞬間、すれ違いざまに首に一撃を入れた。
まず一匹………ん?
剣で斬りつけた瞬間、アルスは違和感を覚えた。
なんだこの手応えの無さは……。
全く斬った感じがしない。
よく見ると刃に血がついていない。
それもそのはず、サンドゴートの体毛は並大抵の力ではどうすることも出来ない。
大人が両手で斧を振り下ろしてやっと皮膚に到達するほどの硬さだ。
今のアルスでは皮膚はもちろん、サンドゴートの硬い毛に阻まれるだけ。
勢いよく転がるアルス。
アルスが攻撃したサンドゴートの一匹が急停止し、方向転換。
そしてアルスに狙いを定め、もう一度猛スピードで突っ込んできた。
アルスは起き上がって次の攻撃体勢に移ろうとするも体の重みで立ち上がるのがやっとだ。
そのまま動けずアルスはサンドゴートに激突された。
ツノは上手く剣で受け止めれたものの、頭は体の中心に激突され、アルスは大きく後ろ吹っ飛んだ。
「ゔっ………がはっ!」
一瞬息が止まり、むせ返し、踞るアルス。
なんでだ……!?
なんで剣が通らねぇんだ!?
体もこんなに重いなんておかしい!
本来なら斬れてるはずだ!
本来なら!
普通じゃない!
普通じゃ――。
アルスはその時、改めて実感した。
ここは地底ではない。
――地上だ。
自分たちにとって当たり前が効かなくて当然の場所だ。
地上に出た奴らはほとんど帰ってこなかった場所だ。
何を勘違いしている。
ここは、俺たちにとって " 最も死に近い世界 " だ。
一方で残りの三匹はフェンリルとアイビスに向かって突っ込んでいく。
加速するサンドゴートに向けて、アイビスが詠唱を唱え、魔法を放つ。
「『大地の恵よ!泉の精霊よ!邪を穿つ我に王源なる力を与えん!水渦砲!』」
詠唱はアイビスが使い慣れているもの。
一言一句、何一つとして間違うことなくいつも通り唱えられた。
だが、アイビスの杖から放たれた魔法はいつも通りではなかった。
アイビスのその魔法は以前地底で嫌という程見たアルスの魔法の威力と変わらないものだった。
「は?」
杖から小便のような水がチョロチョロと出て来て、アイビスの思考が完全に停止する。
だが、サンドゴートは待ってはくれない。
勢いを止めることなくアイビスに向かって突進。
「っ!」
その様子を横目で見ていたフェンリルが唱えていた詠唱を止め、動かないアイビスを引っ張って横に倒れ込む。
サンドゴートの攻撃を間一髪で交した。
残りの二匹もぶつかることなく通り過ぎて行く。
そしてすぐに方向転換し、狙いを定めるサンドゴートを見て、フェンリルはすぐに声を上げた。
「二人とも!!逃げよう!!!」
その言葉をアルスとアイビスはワンテンポ遅れて理解したのか、体が瞬時に動かない。
「急いで!!!」
「「!!!」」
しかし、フェンリルの大声にしりを叩かれ、三人は体を引きずるようにして立ち上がり、あてもなく逃げ出した。
――敵前逃亡。
これが彼らが地上に出て初めての戦闘だった。
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しばらく逃げ回り、ようやくサンドゴートの追跡から逃れられた三人は大きな岩陰に身を隠し、息を荒らげていた。
「はぁ……はぁ……やっと……逃げ切れたね……」
安堵するフェンリル。
だが、そう言っていられるのはフェンリルだけのようだ。
アルスとアイビスはと言うと、逃げ切れたことよりもさっきの戦闘で頭がいっぱいのようだ。
アイビスは頭を抱え、俯いたまま「私の魔法が……」とブツブツ呟いており、
アルスは息を切らしたままずっと手に握っていた剣を見下ろしている。
まるで信じられないようなものでも見たかのように。
フェンリルはそんな二人を見て、慌ててフォローする。
「さ、さっきのはたぶん地上に出てすぐだし、緊張とかで上手く体がついていかなかったんじゃないかな!?慣れない場所で初めて戦う魔獣だと緊張するよ!だからアレはまぐれだよきっと!」
そう言うフェンリルを尻目にアルスがボソッと呟く。
「…………なんかじゃねぇ」
「え?」
「まぐれなんかじゃねぇよ。アレがまぐれなわけがねぇ!」
魔法を放ってすらいないフェンリルには分からないかもしれないが、実際に体を動かし、魔法を使った二人にはそれがまぐれではないことぐらいは容易にわかった。
「まぐれで私が魔法をあんな意味のわからない出力で出すわけないじゃない……!
ずっとおかしいのよ!地上に来てから!体にかかる負荷も!体中の魔力も!……まるで火が消えたみたいに何にも感じないの……」
アイビスが声を荒らげる。
体内での魔力操作においてはフェンリルよりアイビスの方が遥かに上手く使いこなせている。
かと言ってフェンリルがそれを出来ない訳では無い。
フェンリルだって魔力操作は出来る。
アイビスが言うように体内で感じる魔力が感じないことに、フェンリルも気づいていた。
「魔力だけじゃねぇ。身体能力そのものが地上に来てから異常なまでに落ちている。俺も体が全く言うことを聞かねぇんだ……」
魔法を使えない、体も上手く動かせない。
初めて思い通りに行かない戦闘に、現実を思い知らされた。
「ここが地上。魔力と身体能力の異常なほどの低下。僕たち以外の人たちも同じ状況になったかは分からないけど………通りで人が戻ってこないわけだ。」
今の自分たちの状態を知り、かなりの窮地に陥ていることを理解する。
「私たち、これからどうするの……?」
フェンリルがこの状況に対して頭を悩ます中、アイビスがか細い声でそう呟いた。
持ってきた食料があるとは言え、それが尽きれば魔獣を狩るしかない。
しかし、今の状況からして魔獣は狩れない。
逆にこちらが狩られるだろう。
つまり、急がねばさらに窮地に追い込まれる。
「魔獣を避けながら最短最速で最寄りの村まで行こう!」
食料に限りがある今の状況からしてのんびりしていられる暇はない。
魔獣を避けながら進むとなると、遠回りももちろん増える。
余計に時間がかかるが、今はなんとしてでも生きて村に辿り着くこと。
何とか村に辿り着きさえすれば人はいる。
どうにかなるはずだ。
今は進むしかない。
三人は重い体を持ち上げて、再び進み始めた。
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その日の夜、三人は魔獣を避けながら進み続け、ちょうど綺麗に中をくり抜かれた状態で置かれた大きな岩を見つけた。
恐らく他の旅人が休息を取る際に作ったものだろう。
空いていたので宿として使わせてもらうことにした。
夜は魔獣の動きが活発になるため動かない方がいいだろうというフェンリルの判断だ。
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そして交代しながら見張り番を回していき、アルスの番が来た。
フェンリルに声をかけられ、アルスは重い瞼を持ち上げながらも冷たい夜風に当てられ、完全に目が覚める。
この砂漠地帯の気候は日中は炎天下を越え、日が落ちると気温は一気に下がる。
日夜で気温の落差が激しい場所なのだ。
過ごしやすさで言うならば日中よりかはマシだが、それでもこの寒暖差は生活しづらいだろう。
故にあまり人が住みたがらないし、魔獣は毒性を持ったものが多いとかで地上世界でも過酷な地として知られている。
アルスは少し分厚めの布を身にまとい、岩に背中を預けて座り込む。
「ハァ」と吐く白い息の先に満点の星空が見えた。
「星だけは綺麗なんだけどなぁ」
小さく呟く。
地上に来てからというもの、ろくな事がなかった。
暑いし体は重いし戦えないし。
色んな景色を見てみたいと言って飛び出してきたが、辺り一帯代わり映えのない砂ばかり。
気になる魔獣がいても近づくことすら出来ない。
今のところ地上の良さはこの満点の星空くらいだ。
こんな常に気を張っておかないといけない場所じゃなければずっと見ていられるだろうに。
そんな事を考えながら来た道を目をやる。
三人が来た道の先には、地底の入口と思われる台風のような巨大な渦が巻いている。
あの巨大な渦巻きは地上へ出た時からずっとあった。
まるで止まない嵐のようだ。
あの嵐のようになっているものが気になり何度か近づこうとしたが、無理だった。
強い風に押し返されて進むことすら出来ない。
つまり、現状では地底には帰れないようだ。
「困ったものだ」と言いたいところだが、すぐに帰れてしまっては覚悟が揺らぐ。
だから、これでいいのだろう。
初めての砂漠に目が行ってあまり注視していなかったが、三人はあの嵐から放り出されるようにして出てきたのだ。
それも、執拗にアルスを狙う謎の男に追われて。
……アイツ、一体なんだったんだろうな。
俺なんかしたっけ?
女に恨まれることはしても男に恨まれるようなことはあまりしてきた記憶が無いんだけどな。
俺の事追って来てないってことはまだ地底に居んのかな?
いや、あそこまで追ってきたなら殺しにくるはずじゃ……。
そういやあの時変なデカい石像みたいなんがいっぱいあったよな。
アレがなんでか動いてアイツを吹っ飛ばしたんだった。
あの時ぶん回してたアレ、下手したら俺たちに当たってたよな。
怖すぎだろ。
まぁ、それは今はどうでもいいか。
確認しようにもアレは嵐の中だ。
確認しようがない。
それはそうとてアイツはどこ行ったんだ?
付けられてる感じもしないし、まさかアレで死んだんじゃ……。
いやまぁ、俺としていなくなってくれた方が身の安全が確保出来るから別にいいんだけど。
そんなことを考ていると、ふと送り出してくれた者たちの顔が浮かんだ。
……フィーネスたち、大丈夫かな……。
アイツが突破してきたってことはフィーネスたちが負けたってことか。
「……死んで……ねぇよな」
自分から出たか声があまりにもか細く弱々しいものだった。
アルスはハッとそれに気づき、頭を振る。
何弱気になってんだよ。
フィーネスたちが死ぬわけねぇだろ。
アイツらが寿命以外で死ぬなんて考えられないしな。
心配は心配だが、心配をする必要なんてどこにもねぇよ!
強すぎると心配もされなくなるもんだ。
再び夜空を見上げ、白い息を吐く。
「………母さんも元気にしてるかな」
気づいたらそう口走り、頭の中には村と家が頭に浮かんだ。
寂しいというわけではないが、何故かふと頭にそれ浮かび上がった。
アルスはまたハッとなり頭を振る。
いかんいかん、いきなりホームシックになってどうする。
まだ旅は始まったばっかりなんだ。
マイナスな事ばっか考えてもしょうがねぇだろ!
旅は楽しまねぇとな!
そんなことを考えながら、次の交代まで星空を観察して時間を潰した。
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それから三人は魔獣を避けては進み、避けては進みを繰り返し続け、とうとう一週間が経った。
本来、順調に行けば村には三日も経たずして辿り着けるのだが、彼らは一週間砂漠を彷徨い、食料も尽きてしまった。
暑さと体の重さと空腹で徐々に三人のストレスが溜まっていく。
「いつになったら着くのよ!もうずっとこの調子じゃない!」
アイビスがいきなり叫ぶ。
「うるせぇ……いきなり高い声出すんじゃねぇよ!ストレスが溜まって禿げちまうだろうが!」
「知らないわよ!禿げればいいじゃない!それよりまだなの!?」
「だからうるせぇって!!騒いだところで着くわけねぇだろ!?てかそんなに騒いでっけど元はと言えばお前が方位磁針の使い方間違えて同じところぐるぐる回ってたせいでこうなってんだろうが!!!」
「はぁ!?違うわよ!確かに道は間違えたけどすぐに修正出来たじゃない!?あんたこそ魔獣を起こさなければ追われずにスムーズに来れたでしょ!?」
言い合いを始めた二人に対してフェンリルは止める気力もなく、ただ方位磁針が指す方をひたすら見続けていた。
その時、ちょうど先頭を歩いていたフェンリルがいきなり立ち止まった。
「んがっ!」
言い合いをしながら歩いていたアルスはフェンリルにぶつかった。
「ッ……おい!いきなり止まるなよ!」
そう言ってもフェンリルが返答する様子はない。
急に案山子になったようだ。
アルスが首を傾げる。
「……フェンリル?」
そう顔を覗き込むと、フェンリルは目を見開いた状態でまっすぐ斜め下へと指を差した。
「あれ………『オアシス』じゃない?」
三人が今いる場所は砂丘のちょうど頂上、いわば砂丘のちょうど折り返し地点。
先程までは登りだった。
フェンリルが指差すのはこれから進む下りの方。
二人は流れるようにフェンリルの指の先を見下ろした。
そこには今まで見てきた景色とは別のものがあった。
辺り一帯は砂漠。
そこに変わりはない。
だが、その砂漠の中にポツンと生い茂る緑と輝く青いものが見える。
二人もその景色を見てすぐに頭の中に『オアシス』という言葉が浮かんだ。
――オアシス。
地上に出る前に地底で読んだ本に書いてあった。
" 乾いた砂の地に潤いと憩いをもたらす幻のような場所だ " と。
三人はそれを見て、何を言うのでもなく、いきなり走り出した。
まるでその場所に吸い込まれるかのように。
別に競走をしようと飛び出したわけではない。
ただ、一週間の暑さとストレスで禁じていた欲のストッパーが外れたのだ。
一番にあの場所に飛び込まんとする勢いで駆け出す。
三人の足は斜面ということもあって徐々に加速していく。
まるで体の重みが全く感じていないように見えるほどだ。
恐らく地上に出て一番速い速度で足が回った。
頭の中には『オアシス』しかない三人はトップスピードで斜面を乗り切り、そのままの速度で『オアシス』に突入。
そしてカバンを投げ捨て、服のまま湖へダイブした。
「ぷはぁ!気持ちいいーーーー!!!」
「久しぶりの水浴び最高!!!」
「はぁ……はぁ……オアシス……ほんとにあったんだ!実在したんだ!」
過度なストレスの中ようやく見つけた楽園だ。
高揚もするだろう。
だが、そんな彼らだけの楽園と思われたその場所に、先客がいた。
「オ〜イ!お楽しみのとこ邪魔して悪いが、そこは服のまま入っていい場所じゃねぇぞォ?ガキんちょ共!」
気持ちよく泳ぐ三人にそんな言葉がかけられた。
三人はその声の方に目を向ける。
それは大きな南国特有の木の上、いや、木と木の間にその人物はいた。
30代くらいの見た目で暗い髪色にポツポツと生えた髭。
服装は少しカッチリとした服装にボロいロングコート。
この砂漠ではどう見ても厚着に見える。
そして高い位置で木と木の間にハンモックをかけ、横になった状態で三人を見下ろしていた。
傍らには彼の物と思しき荷物と一瓶の酒。
鼻の聞くアルスには酒臭い匂いが漂ってくる。
ふむふむ、あの見た目といい荷物といい。
誰もいないこんな場所で一人酒を持って昼寝ときたか。
なるほど――。
アイツ、ニートだわ。
♦ちょこっと補足♦
ギアナ砂漠に生息する魔獣は約数十種以上とされ、未確認の魔獣も多々生息している。現在発見されている魔獣の中で、毒性を持っていないのはたった3種のみである。




