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第十九話「決心」

 ―――アルスには、父親がいなかった。


 その事に対して深く考えたのは、齢四歳の頃だった。


 最初からいなかった訳では無いと思う。

 養子とか、捨て子とか、そんなのではない。


 ちゃんとアーミスの実子として生を受けた。


 実にごく普通の事だ。

 ただ、父親が居ないことを除けばの話だが。


 その事に関して考えるようになったのは、フェンリルとアイビスと三人で遊んでいた時の事だった。


 三人でいつものように広場で遊んでいた時、広場の前を歩く四人家族にふと目が行った。


 家族で手を繋ぎ、並んで歩く姿に何故か目が離せなかった。


 珍しくも何ともない。

 村の中を歩けばそんな家族は普通にいる。

 それに対して気にしたことはあまりなかった。


 ――しかし、その時だけは妙に見入ってしまった。


 また別の日、学校から帰ってくる自分より年上の子たちを目にした。

 そして彼らの帰りを待つ父親たちが村の入り口で数人集まっていた。


 アルスはその光景に首を傾げた。

 そんなところで何をしているのだ、と。

 疑問に感じた。


 だが彼らが帰って来、各々の父親の元へ駆け寄っていく姿を見て、「あぁ、迎えに来ていたのか」と理解した。

 しかし、そう理解すると同時に、胸の奥が悶々としたようなものが現れた。


 その時はその感覚に対して何も思わなかった。


 だが今思えばそれは、アルスにとって人生で最初の " 嫉妬 " だった。



 それからというもの、家族連れを見ると妙に見入ってしまうようになった。


 父親にではない。

 もちろん母親にでもない。

 父親と接する時の子供の表情にだ。


 笑った顔、怒られて泣きべそをかく顔、ちょっかいをかけられて怒る顔、一緒に何かに対して一生懸命取り組む顔。

 そして、帰り道に今日あったことを楽しそうに話す横顔。


 妙に見入ってしまっていた。


 アルスとてそんな顔をしないわけじゃない。

 アーミスといる時に同じような顔をしている。


 ただ、アルスにとって母親と一緒にいる時と、彼らが父親と一緒にいる時とで、少し表情が違って見えた。



 ある日、母にこんなことを聞いた。


「なんで俺はおとうさんがいないんだ?」


 純粋な疑問だった。


 アーミスはその言葉に一拍あけて


「お父さんは遠いところにいるの。」

「どうして?」

「そこでしなきゃいけないことがあるからなの」


 その時はそれで納得した。

 どこにいるのかが聞きたいわけではなかったが、幼いながらも母がその事について言いたくないことを察した。


 そんなこともあってか、父親がいない生活に慣れていた。


 いなくとも問題は無い。

 ちゃんと暮らせている。


 だが、それでも父親に対する興味は無くならなかった。

 父親に手を引かれる子供を見ていつも思う。


 何の話しをしているのだろう、と。

 普段は何をしてくれるのだろう、と。


 もし父親がいたら何をしてくれるのだろうか。

 肩車?腕相撲?それとも狩りにでも連れて行ってくれるのだろうか。


 そう考えてはやめて、考えてはやめて。


 そんなことを繰り返していくうちに、父親がいない現実だけが突きつけられるような気がした。


 自分にはそんなものはいないのだと、誰かに言われているような気がした。


 ――だから、考えるのをやめた。



 そんなある日、とある老人に出会った。


 背は低く、絵に書いたような魔法帽とスタッフ型の魔杖に紫色のローブを身につけた髭の長い老人。

 見た事のない人物だった。


 その老人は、いつものように父親と歩く子供を見つめていたアルスを見て呟いた。


「父親はいないのか?」

「いない」


 顔も見ず、二言返事でそう返した。


 アルスの返答にその老人はどんな表情をしたのか、アルスには分からない。

 声をかけられても振り向きすらしないのだから。


 老人はアルスの言葉にしばらく何も言わなかった。


 ただアルスの隣に立ち、同じ方向を見つめていた。


 そして彼らが居なくなったところで、その老人は懐から小さな小石のようなものを取りだし、アルスの前に持ってきた。


 見た事のない色の付いた石をアルスは首を傾げながら見下ろす。


「今、少々暇でな……。この老ぼれと少し、遊んではくれぬか?」


 唐突な言葉だった。



---



 二人は地面に座り込み、真ん中には縦3横3の四角形のマスが書かれている。

 そしてその盤面の中には赤、青、黄の三色の小石と、白黒の石が一つずつ置かれている。

 これは何をしているのかと言うと、 " 慧盤一手(けいばんいって) " という遊びだ。


 盤面の中にある赤青黄の石を主石である白と黒の石で取り合い、最終的に相手の主石を取った方の勝ちというゲームだ。


 老人曰く、昔からある遊びの一つのようだが、アルスはそれを見るのが初めてだった。


 アルスは教えられながら盤面を打っていく。

 一手、また一手と進んでいき、すぐに互いの主石だけとなった。


 持ち石はアルスが赤と青、老人が黄。

 アルスの方が多い。


 そして最期の一手でアルスはサラッと主石を取られた。


 それまで順調に進んでいたのに最期の一手で主石を取られ、思わず唖然とした。


 そんなアルスを片目にその老人は立ち上がり、


「楽しかった。今日はこの後用事があるからもう帰るとしようかのう。その石はやろう。大事に使うと良い。」

「あの………!名前は………?」


 背を向けた老人は優しい笑みを浮かべながら振り返り、


「 " フィーネス " じゃ。」


 そう呟き、そのまま村を出て行った。


 アルスは高揚した。

 どれくらいかと言われるとはっきり分からないが、少なくとも家に帰って直ぐにアーミスに話すぐらいは高揚していた。

 アイビスとフェンリル以外でここまで楽しく思えたのはこれが初めてだった。


 それが、アルスとフィーネスの出会いだった。



 その日からというもの、フィーネスは二、三日に一回は村に来るようになった。


 主にアルスのために。

 アルスもアイビスやフェンリルを連れ、一緒に遊んだり、一人の時でも構わず彼を待っていた。


 そしてフィーネスに連れられ色んなことをした。


 街に連れられ、色んな物や人を見せてもらった。

 街の景色や雰囲気、どこに何があって誰がいるのかをこの目で見せてもらった。


 魔法を教えてもらった。

 難しかったが、魔法の面白さを教えてもらった。


 勉強を教えてくれた。

 ほとんど寝ていたが、熱中しながら語っている姿は嫌いじゃなかった。


 肩車をしてくれた。

 腰も曲がっているような歳なのに、死にそうな顔をしながらも頑張ってあげてくれた。


 腕相撲をしてくれた。

 力は強い方ではないのに、大人の威厳を見せんと必死に筋トレをしていた。


 狩りに連れて行ってくれた。

 一番後ろで守られながら見ていたが、とても興奮した。

 狩りへの興味が湧いたのはこれがきっかけだっただろう。


 娯楽を教えてくれた。

 一番最初に覗きを教えられ、とんでもねぇ野郎だと思ったが歳を重ねるごとに何故か一緒に熱中していた。



 来る日も来る日も、色んなことをした。


 フィーネスがアルスのことをどう思っていたのかは分からないが、アルスの目にはフィーネスが父親のように写っていた。


 頑固で変態で偉大な父親。


 いつの間にかフィーネスがいる日々が当たり前になった。


 そんなある日、アルスはフィーネスに連れられ、図書館に来ていた。


 初めて見る圧倒的な本の数に目眩を起こしたり、館内で迷子になったりとした。


 フィーネスは奥の方に置かれている一段と古い本棚から一冊を取り出し、アルスと一緒に椅子に座った。


 少し分厚く、かなり古い本だった。

 表紙も剥がれ落ち、題名すら分からない。


 それをフィーネスは流し読みをするかのように黙読していき、ある部分で手を止めた。


 そこには大きな丸い球体のようなものが描かれており、一番上のタイトルの部分には一文字で何か書かれていた。


 当時のアルスはその文字が読めなかった上、何が書かれてあるのかもさっぱりだったが、今ならばそれがなにかすぐに理解しただろう。

 いや、今の現状から言えば手元に欲しいくらいだ。


 ――それは地上世界に関する本であり、タイトルは『月』。


 フィーネスはまだ五歳にも満たないアルスに対し、本を指さしながら地上のこと、月のことを楽しそうに話し始めた。


 アルスはそのほとんどを覚えていないが唯一、フィーネスが暗い表情でポツリと呟いた言葉だけが妙に記憶に刻まれている。


 その言葉は――――



---



 ―― " 月 "


 それは地上世界の産物。

 地底世界とは真逆の場所にあるもの。

 故に、アルスたちにとって今、目に写ってるそれが奇妙で仕方なかった。


 あるはずのないものが見える。

 あってはならないものがある。


 地底世界の歴史において、月は、地上世界は無くなっている。


 ――約2000年も前に。



 三人は綺麗な円形をした眩しいその物体を見て、立ち尽くしていた。


「あれ……………月………だよな???………2000年前に無くなった、あの…………」

「え???………で、でも月って、………そんな………」

「『暗い空に光る円形またはそれが欠けた形の物体。それは泥の中に咲く花のように、美しく輝いている。』………間違いない………あれは、月だ」


 目を大きく見開き、取り憑かれたかのように喋るフェンリル。

 対して状況が理解出来ず混乱するアルスとアイビス。


「間違いないって………お前……」

「うん、間違いないよ。だから、僕たちが今いるここは………地底じゃない。

 ―― " 地上 " だ。」

「はぁ!!?……………ち、地上………???」

「僕たちは今、間違いなく地上にいる。ここに来るまで見たことの無いものをたくさん見たけど、あれも全て地上のもの。今思えば坂道や長すぎるあの階段も、ずっと地上に向かって登ってきていたんだ。」

「ま、待て!!地上に登ってきただとか、ここが地上だとか、そうじゃねぇだろ!?そもそもなんで地上があるんだ!!?地上は!2000年前に無くなったはずだろ!?」


 アルスの問いにフェンリルが口を閉じる。


 ――根本的な問題だ。


 ここは地上で、今まで見てきたもの全ては地上のもの。


 確かにそうなのかもしれない。

 だが、一番に問題視するべきは何故地上が存在するのかだ。


 地底の歴史において、地上は今から約2000年前に消えてなくなったとされている。


 原因は地上で起きた大きな大戦。

 規模も被害状況も何一つとして分からないが、人類が地底で生活しなければならない原因となった。


 それが学校で習う地底の歴史。

 遠い遥か昔のこと。


「確かに僕たちは地上は消えてなくなったと教えられてきた。2000年も遥か昔にね。でも、今僕たちの目の前にあるのは間違いなく地上だ。今現時点では存在している。となると、いくつかの仮説が立てられる。

 まず一つは人類が住める状況じゃなくなっただけであって、そもそも地上そのものは消えていない。

 二つ目は何らかの形で地上が元に戻った。

 三つ目は学校で教わった歴史は嘘で、地上も人類も元々無くなってなくて、僕たち地底人だけが何らかの理由でここで暮らさざるを得なくなった。

 真意は分からないけど、僕が考えれる可能性はこの三つだ。」


 淡々と話すフェンリルにアルスとアイビスは頭がついていかない。


 地上が消えてない?

 元に戻った?

 学校が嘘?

 なんだ?どういうことだ?

 っていうかなんでそんな淡々と言葉が出てくるんだよ。


「これらの仮説のどれかがもし本当だったら地上は存在する。僕たちがここに来るまでの道のりが異常に長かったのも、ずっと坂道や階段で登り続けていたのにも合点がいく。あの時戦った魔獣(かいぶつ)も成長前にここから入ってきて地底の魔獣たちを食い荒らしたなら、あの大きさも頷ける。」

「い、いや、ここから入ったらって、通れない隙間とかたくさんあっただろ?それこそ俺たちが迷い込んだあの隙間。いくら小さくても入れないだろ?子供の俺たちでやっと通れる隙間だったぜ?」

「うん、無理やり入ろうとしたら崩れるね。でも、もし誰かが崩れたそれを分からないように()()()()()()()?」

「修復?」

「誰かが分からないように修繕していたら、容易に入れたことになる。それも、入る前と同じ状態に戻ってたら誰も気づかない。」


 確かにそれなら入る時に崩れてもまた元通りになってるわけだから誰も気づかない。

 ってことは誰かがあの魔獣(かいぶつ)をここに入れたってことか………?

 もしそんな奴がいるならそいつも絶対にこの場所のことを知ってるはずだ。

 それも、地底を危険に晒すほどのクソ野郎だ。


「……………ねぇ……。」


 そんなことを考えていると、アイビスが恐る恐る呟いた。


 少し脅えたように身を縮めて。

 二人はアイビスの方に目を向ける。


「………魔獣(かいぶつ)の話とは関係ないんだけど………ここが地上で………もし、一度出たらもう二度と戻って来れないような場所だったら………人が神隠しに会う理由って………」


 アイビスが文脈に沿わない言葉を吐いた。

 が、恐る恐る告げられた言葉にアルスは背筋凍った。


 …………え?…………それって………つまり……


「………もしかしたら、僕たちみたいにここに迷い込んで、そのまま地上へ出てしまったんじゃないかな。それで、何らかの理由で帰って来れない…………もしくは………もう……………」

「で、でも、もしあの隙間がずっとあるなら狩人とか研究者の奴らが気づくんじゃねぇのか?アイツらの仕事は北大大きな部屋(タンガ)の調査だろ?ほぼ毎日潜ってる奴が気づかずに神隠しに会う奴らだけが気づくなんてことあんのか!?それに、あの隙間は北大大きな部屋(タンガ)でも奥の方だぞ!?そんなの、誰かがそこまで案内しない…………と……」


 話している途中でアルスは何かに気づいたかのように言葉を途切らせた。


「そうだね。誰かが案内でもしないと、こんなところになんて来ないよね。こんな危険で遠い場所なんか」


 アルスは思わず口を抑える。


 誰かが案内でもしないと…………ここには来ない……。

 つまり、ここまで案内している奴がいる……!!

 それも、この場所を知っていて………あの隙間を空けたり塞いだりしていたら………誰にも気づかれずに…………()()()()()()()()()……!


 アルスは顔を上げ、二人の方を見る。

 フェンリルは悲しそうな顔をしながら呟いた。


「もう、分かったよね。神隠しは隠蔽出来る。いや、されてる。つまり、神隠しは人為的に行われているものだよ。」

「「………ッ!!!」」


 その言葉に二人は言葉を失った。


 神隠しを隠蔽する。

 地底の歴史から見て、その行為は人殺しも同然。


 どういった経緯でそれを行っているのかは分からないが、人を連れ去り、全く分からない場所に送り出している。


 地上がどういった場所で現在はどうなっているのかも不明だが、人類が地底に暮らす理由がもし地上に何らかの不都合があるという理由なら、そこに人をたった一人放り込むなど危険極まりない。


 人が帰ってこない理由はおそらく、地上で何らかの原因により死亡したと考えていいだろう。

 それを知っての上で行っているならば、悪質にも程がある。


「もし、そうだとしたら、ここに長居するのはまずいだろ。一旦ここを出て、学校に戻ろう。それで信頼の出来る………フィーネスとかに話を……」


 そう言いながら顔を上げた。


 だが、フェンリルは動かなかった。


 じっと真下を見下ろして、微動だにしなかった。


 そして、奥にいるアイビスも青ざめた顔でフェンリルの足元を見ていた。

 まるで、見てはいけない何かを見てしまったかのように、怯えていた。


 アルスは首を傾げながら近づく。


「フェンリル………?」

「…………信頼の出来る……先生ね………」


 フェンリルは全く動かず、暗い声色で意味深な言葉を小さく呟いた。


「?」


 何が言いたいのか分からず眉を顰める。


「どうしたんだよ……なぁ、………アイビスも………」


 困った顔でアイビスを見る。

 すると、アイビスはゆっくり答えた。


「フェンリル……の…………足元の………それ………!!」

「足元?」


 アルスは言われるがままフェンリルの足元を見下ろした。


 そこには何やら見覚えのある紋様が地面に彫られている。

 だが、フェンリルの影でよく見えず、アルスには逆の位置からしか見えない。


 ?

 なんだ?

 暗くて全然見えないな。

 でも、なんか見たことあるような………。


「それ……何なんだ?」


 アルスに言われ、フェンリルがアルスにも見えるように数歩下がる。


 そしてそれが露わになった。


 見覚えのある、花の紋様。


「………これは………フィーネス先生の " 家紋 " だ………」

「……………は?」


 見覚えのあるその紋様は、フィーネスが常日頃つけているペンダントの紋様だった。


 地底世界には無い、童話に出てくる花の紋様。

 その紋様はペンダントだけでなく、フィーネスに関わる様々なものについている。


 そしてその紋様が記されている意味は、フィーネスがそれを『謁見、所持、管理しているという印』。


 つまり………


「ここは、フィーネス先生の管理下にある場所だ。」


 声が出なかった。


 息詰まるような胸の苦しみと何かの間違いだという信じきれない気持ちがアルスの体を締め付けた。


 フィーネスの………管理下……???

 ってことは神隠しの犯人は、フィーネス???

 は………?


「………いや、違う。何かの間違いだ。フィーネスはそんなことしない……!だって………教師であるアイツが、……命を軽んずるわけない………!!!そうだろ?ここにフィーネスの家紋がついてるだけで、フィーネスがやったっていう証拠なんかねぇだろッ!!?」

「確かにそうかもしれない。でも、ここにある家紋と地上の歴史が嘘であるならそれを教えている学校。その学校を管理している立場にある点から見てフィーネス先生がやったていう可能性は高い。」

 

 違う!

 フィーネスじゃない!

 アイツは!

 アイツはッ…………!!!


 気づけばアルスは両膝を地面につき、俯くような姿勢で息を荒らげていた。

 過呼吸になっていたのだ。


 受け止めきれない現実に体が追いつかない。


 両膝をつくアルスを落ち着かせるようにフェンリルが背中をさする。


「アルス、落ち着いて。先生が確実にやったって言う断定まではしてない。あくまで可能性だ。アルスの言うように別の誰かの可能性だってある。」


 その言葉にアルスは少しずつ息を整えていく。


 そうだ。

 ここにたまたまフィーネスの家紋があるだけで。

 フィーネスがたまたま学校の管理者ってだけで。

 別にフィーネスがやった証拠になるわけじゃない……。

 違うんだ。

 アイツはそんな事するやつじゃねぇんだ。


「でも、そのマークがあるってことは………」

「違う!フィーネスじゃねぇ!アイツはやってねぇ!そんな事するやつじゃねぇんだよ!

 きっと俺たちを襲ってきた奴に嵌められたんだ!だからフィーネスじゃねぇよ!!!」


 鬼気迫る様子でアイビスを睨む。


 今まで見たことのないアルスの目を見て、アイビスが身体を強ばらせる。


「アルス!落ち着いて!」


 フェンリルの叱責に目をそらす。


「混乱するのも分かるよ。今この状況を見て、フィーネス先生が怪しいのは確かだけど、でも先生がやったっていう証拠も無いし、先生はこんなことしないって、僕たちが何より近くで見てきたんだ。事の顛末はどうであれ、とりあえず、神隠しのことは置いておこうか」


 フェンリルはアルスを座らせ、隣に自分も座った。

 アイビスもそれを見て、二人の前に座る。


「まぁ、そうだね。神隠しの話自体、話が逸れた話題だったね。確か………何故地上が存在しているのか?だったね。これについては………って、この話もこれで終わりにしようか。」


 フェンリルが疲弊しきった様子のアルスとアイビスを見て、苦笑いを浮かべる。


「とりあえず、今日ここで見たことは誰にも言わない。三人の秘密にしよう。真偽が分からない以上は何とも言えないからね。色々と情報を集めてから判断しよう。フィーネス先生に直接聞くのが一番手っ取り早いけど、もしものことを考えて、ね?」


 フェンリルは人差し指を口元にあて、そう言った。

 二人は何も言わずその言葉に頷いた。


 そうだ、落ち着こう。

 神隠しの話に持っていかれてたけど、元はなんで地上があるか、だったよな。

 理由はなんであろうと地上は無くなってなかったんだ。

 それでいいじゃないか。

 それで………いいんだ……。


 アルスは自分に言い聞かせるように深呼吸をして、未だ綺麗に輝く月を見上げる。


 これから帰って色々調べて…………もし可能なら、地上に出てみよう。

 何があるのか、どういった場所なのか。


 真偽を確かめないとな。


「とりあえず、ここから出て、元の場所に戻ろうか。

 忘れてたけど、僕たちは今試験中だったね。急いで戻ろう。」


 そう言って、三人はその部屋から出ることにした。


 何はともあれ、違和感を確かめれた。

 これが俺たちにとって良いものなのか、それとも悪いものなのかは分からないが。


 フェンリルとアイビスが扉に向かう。


 アルスはもう一度月を見上げた。

 その光景を目に焼き付けるように、月に手をかざす。

 そして、ふとあの時の言葉を思い出した。


「『荒野を照らす、人類の目。無数の光とともに、夜明けを待つ。どれだけ手を伸ばそうとも、届かぬ願い。』」



---



 三人は試験中であることを思い出し、颯爽とその場から離れ、元いた瓦礫の所まで戻ることにした。


 危険だが、最初から瓦礫を退かすしか方法はなかったようだ。


 途中休憩を挟みつつも行きしよりも速いペース帰って来れた。


 行きしは登りだったが、帰りは下り。

 下りるだけなら造作もない。


 徐々に戻ってくるにつれ、重たかった体も軽くなった。

 これでもし魔獣に遭遇してもいつも通り対応できるだろう。


 だが、戻ってきてすぐに目に入ったのは、瓦礫で塞がっていたはずの道に、綺麗に大きく穴が空いた光景だった。


 瓦礫はそこら中に散乱し、何者かによって魔法か何かで無理やり空けたたように見える。


 三人はその光景を見て、お互いの顔を見合せ息を飲む。

 もしかしたらあの謎の人物がまだ近くにいるのかもしれない。


 三人は警戒態勢に入り、慎重に歩いていく。


 まだ近くにいるのか………?

 どちらにせよ、こんな大きな穴が空いているってことは一度はここに戻ってきたんだ。

 その上こんな大穴。

 まともに戦ったらやばいかもしれない。


 三人は恐る恐る進んでいき、瓦礫ゾーンに入った。



---



 瓦礫ゾーンから抜け出て少し歩き、ようやく元いた北大大きな部屋(タンガ)へ戻って来れた。


 アルスたちはそのまま息付く暇もなく学校へ帰ることにした。


 急がないといけない理由があった訳では無い。

 ただ三人とも、自分たちが見た光景と知ってはいけないことを知ってしまっんじゃないだろうかという罪悪感で頭がいっぱいになっていた。


 今はただ、とりあえず帰って休みたかった。



 しばらく歩いていると数人の大人たちに発見され、そのまま保護された。

 大人たちは随分と慌てた様子だった。


 どうやらアルスたちは試験を受けていた際に神隠しに会ったことにされていた。


 それで狩人たちや先生たちが丸二日間かけて探し回っていたらしい。


 そうか、二日も経っていたのか。

 まぁ、あれだけ歩けばそうなるか。


 アルスたちはそのまま学校へ連れてかれた。



---



 アルスたちを見た教師たちは涙を流しながら出迎えてくれた。

 中には安堵で泣き崩れる者も。


 かなり心配してくれていたのだろう。


 アルスたちは申し訳なさそうに全員に頭を下げて行った。

 教師たちに怪しまれないように自然に返した。


 自分たちが見たものを悟られないように。

 ただただいつも通りの姿で振舞っていた。


 だが疲弊と緊張により彼らのメンタルは徐々にすり減り、いつの間にか三人から笑顔が消えていた。



 その後、フィーネスが出て来た。


 三人は思わず体をビクつかせた。

 バレてはいけない。悟られてもいけない。

 あまりの緊張に表情が強ばる。


 しかし、フィーネスはアルスたちの顔をじっと見て、怒るでもなく、治療が済み次第帰れと一言言って校舎へ戻って行った。


 アルスたちの体調を考慮してなのか、それとも気づかれてしまったのかは分からない。


 だが、アルスたちはそれに対して何を思う訳でもなく、言われた通り治療を受け、そのまま家へ帰った。



---



 村に帰ると村民はみんなソワソワしながら三人の帰りを待っていた。


 そして三人が帰ってきたのを見て全員安堵するかのように三人に近寄って来た。


 三人はもみくしゃにされながら全員から色々聞かれれたが、何一つとして返せる元気がなかった。



 家の前まで行くとアーミスがソワソワしながら扉の前に立っていた。


 アルスはその姿を見て何かを言わなければと口を開けようとした瞬間、アーミスは泣きそうな顔で走ってきてアルスを抱きしめた。


「良かったっ………生きてて良かったっ…………!!」


 安堵し涙を流すアーミス。


 そこでアルスはようやく気づいた。

 自分たちがどれほど心配されるようなことをしていたかを。


 卒業試験の真っ最中に行方不明になり、そして二日間もの間発見されなかった。

 行方不明になった本人たちはそれどころじゃないものを見てしまったが、親や友達、教師たち、周りの人達からすると気が気じゃなかっただろう。


 もしかすると死んでいるのかもしれない。

 もう二度と帰ってこないかもしれない。


 そんなことを考えながら他の事に手がつけられようか。


 アルスはアーミスの姿を見て、思わず胸が苦しくなった。


 安易にあの奥へ進むんじゃなかったな。


 アルスはアーミスの背中に手を回し、


「ごめんなさい。」


 と小さく呟いた。



---



 その後、いつもようにアルスはアーミスと二人で夕食を食していた。


 アルスは久々のご飯に顔を埋め込む勢いでがっついていた。


 洞窟の中にいる時は見るもの全てに意識が行き、お腹が空いたことすら気づかなかった。


 アーミスは試験でアルスに何があったのか聞いてこようとしなかった。


 一番アルスのことを心配していたはずなのにも関わらず、そのことについては触れず、いつものように優しい顔をしながら夕食を食べていた。


 アルスはてっきりアーミスにそのことについては問い詰められるものだと思っていたばかりに、ずっとソワソワしていた。


 聞かれたら何と答えるべきか……。

 フェンリルのように道に迷っていたって言えばいいのか……?

 いや、母さんは鋭いからすぐに気づくな……。

 じゃあ、どうする。

 あったことありのまま話すか……?

 いや、フェンリルたちとの約束もあるし、話していいのか分かんねぇな………。


 一口口に入れてはチラッとアーミスを見て、一口口に入れてはチラッとアーミスを見て。


 そんなことを繰り返していると、アーミスがアルスを見る素振りもなく呟いた。


「どうしたの、アルス。そんなにソワソワして」


 そう言われ体がビクついた。


 ――バレた。


「いや…………別に……その………」

「?」


 アーミスは優しい眼差しでアルスを見る。

 アルスその母の優しい眼差しに居た堪れなさを感じ目を背ける。


 いつもの目。いつもの口調。いつもの表情。いつもの味に雰囲気。

 いつも通りの優しさが滲み出てる母の姿。


 アルスとしてはそれはそれで動揺する。

 嵐の前の静けさのような気がするが、少し違うような気もする。


 アーミスが何を考えているかは分からない。

 それならいっその事敢えてこっちから話し出してみるのもありかもしれない。


 アルスはスプーンを置き、目線を落とした。


「母さんは…………気にならないのかよ。その………俺に何があったのか………。」

「…………気になるわ……。」


 アーミスは寂しげな表情を浮かべ、そう答えた。


 気になってはいるようだ。

 当然か。

 息子が丸二日帰ってこなかったんだ。

 心配しない親などいない。


「じゃあ、………なんで聞かないんだよ……」


 アルスがそう聞くと、アーミスは当然のように答えた。


「アルスが話してこないからよ」


 俺が話してこないから?

 そりゃあだって――


「アルスはいつも、ごはんの時はその日何があったのか、何をしたのか、楽しそうに教えてくれるじゃない。でも、何も話さないってことは話したくないことがあるんでしょ?」


 見透かされたようなことを言われた。


「…………ま、まぁ………そう、……だけど………」


 アーミスはニコッと微笑み、


「じゃあ、無理に聞かないわ。」


 その言葉にアルスは肩透かしを食らった気分だ。


 無理に聞かない、か。

 まぁそうしてくれるのは有難い。

 正直俺自身あまり心の整理がついてないからな。

 今は何を聞かれても上手く答えれる自信が無い。

 自分のペースでゆっくり整理していけばいいだろう。


 アルスはまた何も言わず夕食を口にする。

 だが、アーミスは続けて言った。


「でも、悩んでいる事とか、不安に思う事があるならいつでも言いなさい。それは一人では解決出来ないことの方が多いから。」


 手を止め、もう一度顔を上げる。

 アーミスはその顔を見て、心配そうに呟く。


「分かるのよ。……アルスが辛い顔をしてることぐらい。」


 アルスはその言葉の意味が一瞬分からなかった。


 辛そうな顔?

 ………俺が?


 自分の頬を抑える。


 今手元に鏡が無いためどんな顔をしているのか分からないが、感触的にはいつもと変わらない。


 いや、少し強張っているだろうか。

 表情が固いというか、冷たいというか、なんというか…………口角が全く上がっていない、そんな感じだろうか。


「アルス、もし何か一人で抱え込んでるのなら、お母さんいつでも話を聞くわよ?あなたが辛そうにするのは、お母さんも辛いもの。」


 ………辛そう……?

 辛い………。

 俺がそんな顔をしているのか。

 確かに今日は色々あったけど、一番印象に残ったのは地上があったってこと。

 人生で初めて月というものを見た。

 綺麗だった。

 もう一度見たいと思えるほど。

 それで……………それで、確か神隠しの話になって…………。


 アルスの顔がより一層暗くなったのを見て、アーミスは眉をひそめた。


 そう………だな。

 そうだよな。

 取り繕うのはやめよう。

 知らないフリ、見てないフリ、覚えてないフリ。

 それで隠し通せるほど俺は賢くねぇだろ。

 帰ってきてからずっと苦しいままじゃねぇか。


「なぁ、母さん。………もしさ、…………もし、今まで自分が信じていた人が、悪いことをしているかもしれないって知った時、………母さんならどうする?」


 淀みのなく、震えるような声で告げられた言葉に、アーミスは一瞬固まった。

 だがすぐに表情を変え、言葉を返す。


「信じていた人が悪いことをしているかもしれない、か。うーん………そうねぇ…………」


 首を傾げながら想像するように視線を上へ向ける。

 そして少しの間の後、ゆっくり答えた。


「………お母さんなら、その人のことを信じるわ。

 だって、どういう理由でそうなったかは知らないけど、その場面を見ないとお母さん信じないタイプだもの。」


 意外と軽い答えが帰って来てアルスは肩を落とす。


 まぁ確かに母さんはそういう人だけど……………俺も犯行現場を見たわけじゃないし、絶対にフィーネスだって確証は無いけど……………ちょっとそれは軽いような気がする。


 それにその場面を見ないと信じないって、じゃあなんで俺の嘘は毎回分かるんだよ。

 俺が息子だからか?

 母親ってすげぇな。


「それに、お母さんにとってその人が大事な人なら、『そんな事しない』って、信じれるから。」


 その絶対的な確信を持った言葉はアルスの目を大きく見開かせた。


 信じれる………。

 信じる………。


 その時アルスの中でフィーネスとの思い出が再生される。

 父親がいない自分にしてくれたこと、掛けてくれた言葉。

 自分に言い聞かせる。

 それを信じないでどうする、と。


 そうか、そうだよな。

 フィーネスはやってない。

 事実はどうであれ、俺は信じてる。

 母さんとは少し解釈が違うかもしれねぇけど、これでいい。

 俺が信じないで誰が信じるって言うんだ。


「ありがとう、母さん!ちょっと吹っ切れた気がする。」

「ふふふっ、そう?それなら良かったわ。」


 表情が明るくなったアルスの顔を見て、安堵のため息をついた。


 アーミスは微笑みながら食べ終わった食器を片付けようと立ち上がった時、ふとアルスが呟いた言葉に体が固まった。


「母さん、俺の父さんって…………地上にいるのか?」


 真っ直ぐな目で、じっとアーミスの目を見つめるアルス。

 アーミスは予想外の言葉に、思考が停止した。


 そしてすぐに頭の中に浮かんだ言葉は「なぜ?」ではなく、「どう答えよう?」だった。


 アーミスとて、この質問を全く予想してこなかったわけではない。

 いずれは聞かれるのだろうと腹を括っていた。


 だが、それが今日だとは――。


 どうするべきかと考える余裕も無く、ただ何も言わず無表情を貫いた。


 言いたくないわけではない。

 焦っているとか、緊張しているとかでもない。


 ただ――


 アルスは質問に対して何も答えないアーミスの表情が、何故かアルスの目には寂しそうに見えた。


 何も言わないということは肯定と捉えていいのか?


「…………父さんは、生きてんのか?」

「……………分からない。」


 小さく呟かれたそれは、全く覇気がなかった。

 まるで魂が抜かれたような声。


 アルスはどう反応すればいいのか分からないものの、質問を続ける。


「そ、そもそも、母さんは地上のこと知ってたんだな」

「…………えぇ。」

「………いつから?」

「……………そうねぇ、………あなたが生まれる、ずっと前から………」


 俺が生まれるずっと前から?

 ってことは神隠しのこととか知ってんのかな?


「じゃあ、………もし……………もし俺が、地上に行きたいって言ったら、母さんはどうする?」


 何の気なしに呟いた。


 地上への憧れはある。

 だが、実際行くかと言われると少し躊躇いそうな気がする。


 そんな覚悟のない一言だった。


 だが、アーミスはその言葉に優しそうな表情を浮かべ答えた。


「応援するわ。アルスが自分で決めた道なら、応援する」


 そう、優しそうな顔を浮かべた裏に、どことなく寂しさを感じる言葉だった。


 アルスはアーミスの表情を見て、すぐに理解した。


 母は強がっているのだと。

 自分のために本心を押し殺してまで、自分の進もうとしている道を応援してくれているのだと。


 すぐに理解した。


 どう答えるべきか。

 いや、どう答えるのが正解か。

 何を優先するべきなのか。


 アルスは分からなくなった。


 母さんはやっぱり、俺に居なくならないで欲しいのだろうか。

 今までかなり自由奔放に野放しにして育てられてきたけど、それとこれとは別だろう。

 そう考えると地上には行かず、ずっと母さんのそばで………………いや、でも地上には興味がある。

 俺はどうするべきなんだろうか。


 益々困惑してきたアルスに対し、アーミスはポツリと呟いた。


「アルス、自分の進みたいと思う道を優先しなさい。あなたの人生よ?誰に咎められる訳でもないし、やりたいように生きなさい。

 お母さんはずっと応援しているわよ。」


 そう告げたアーミスはまた優しく笑った。


 俺の人生………。


 そう考えるように口紡ぐ。

 しかし、アルスはすぐに何かを見据えるような目で


「分かった」


 そう呟いた。

♦ちょこっと補足♦

本文には書かれていないが、フィーネスが初めてアルスに出会った時も、首からブレスレットをつけていた。そしてローブの色は歳をとる毎に変わるそう。

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