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第十六話「混乱」

 筆記、演習の試験を終え、いよいよ最終試験、実習。


 実習は魔獣を狩るため北大大きな部屋(タンガ)で行われる。

 その為、アルスたちは北大大きな部屋(タンガ)へ繋がる渡り道(ラスタ)の入り口前で待機していた。


 さっきと同様、試験官はまだ来ていない。

 三人は同じように話しながら待っていた。


「やっと最終試験だぁ!」


 アルスは開放されたかのように体を伸ばす。


「そうだね、アルスはここが本命だからね。試験内容は僕たちだけ難易度が高いらしいけど、ここで稼がないとね」


 おっと、そうだった。

 そう言えば俺たちだけ試験の難易度が高いんだった。

 まぁ正直難易度を上げたところで、俺たちにとってはどれもイージーゲームだがな。


「あぁそうだな。ここでガッポガッポ稼いで余裕合格だ!」


 と、アルスが意気込む隣でアイビスが一人で何やらブツブツ呟いている。


 しかも最終試験も始まってないのに杖を手に持ち、ずっと入口の方を見ている。

 横顔は明らかにブチ切れてると分かるような血管が浮きでている。

 触れると爆発しそうだ。


 えぇ、何?なんでキレてんの?

 普通に怖いんだけど……。


「なぁ、アイビスどうかしたのか?」


 フェンリルに聞いてみる。


 演習が終わってからここに来るまでさほど間が空いたわけではない。

 何かあったとするならフィーネスの呼び出しくらいだが…………。

 いつもは説教でこんな風にキレる事はなんて滅多にないのにな………どうしたんだ?


 だが、フェンリルは遠い目をして入口を見ながら答えた。


「あぁ、アイビスね。さっき呼び出された時に……ちょっとね。

 まぁ、そのうち分かるよ。」

「え、なに、ちょっとねって………。絶対ちょっとどころじゃねぇだろ。見ろよこの横顔。今にも魔獣を食い殺しそうな顔をしてるぞ?さすがのマルダもこれにはビビるぜ?」


 そう言ってアイビスの方を見るとアイビスの顔がアルスの方を向いていた。


 なるほど、捕食対象を変えてきたか……。

 こうなった場合はもう諦めて食われるしかない他道は無い。

 が、俺は違う。

 俺はこんなところで食われないし、こういう時の綺麗な交わし方だって知ってる。


 アルスは軽く咳払いをし、優しい目でアイビスの目を見る。


「どうしたんだい?子猫ちゃん、今日は随分と……ぶへぇっ!!!」


 ものすごい勢いで拳が飛んできた。

 アルスの鼻に綺麗な右ストレートが入り、鼻血が流れる。


「痛ってぇ……!」


 鼻を押えて涙目になるアルス。

 フェンリルがすぐにアルスの鼻を治療する。


「アイツやばいぞ!手ぇ出してきやがった!」

「アルス、今のは君が刺激したからだよ。アイビスが怒ってる時は触れたらダメなんだよ。すぐ爆発するから……」

「すぐ爆発するから、じゃねぇよ!誰だよこんな爆弾置いてった奴は!持って帰れ!」


 そんなやりとりをしていると、周りの女子から黄色い声が上がった。


 皆の視線の先がアルスたちの後ろに向いている。


 なんだと思い彼らも振り返った。


 そこには誰が見てもイケメンと分かる顔の人物がこちらに向かって歩いてきていた。


「ん?ラスティーニ先生?」

「最終試験の試験官だよ。」


 え?そうなの?………まぁそうか。いつも狩りの授業してくれるのはラスティーニ先生だもんな。


 急に黄色い声が上がったからいきなり俺のモテ期が到来したかと思ったが。

 そうか、ラスティーニ先生が来たのね。


 彫刻と思う程の綺麗な体つきに、俺の次にかっこいい顔。(※個人の感想です)

 女子の目がハートマークになるのも頷ける。


「皆揃っているか?」


 ラスティーニが全員見回しながら確認する。


 ラスティーニが喋り出すと騒いでいた女子たちは一斉に静かになった。


「全員揃っているようだから、今から卒業試験最終科目、実習の試験内容を説明する。

 実習の試験内容は事前に組まれた三人一組のパーティで協力し合いながら指定した魔獣を狩ってきてもらう。簡単な内容だ。

 そして、皆が今回狩ってくる魔獣はグランドモルだ。グランドモルを三匹狩り、持ち帰ってきたパーティを合格とする。三匹以上狩ったパーティには加点が入るが、五匹までとする。それ以上狩ってきたパーティはルール違反で失格とする。ただし、病む負えず戦闘になってしまった場合は狩ってもいいが、狩ったあとの処理はしっかりするように。」


 なるほど、グランドモルを三匹か。

 え?簡単過ぎじゃないか?

 グランドモルなんか動きが遅い上にこれといった攻撃手段もない。

 俺たちなら一瞬で狩り終えるような魔獣だ。

 まぁ、これは他の奴らの内容であって俺たちは違うんだろうけど。

 それでもこれは簡単過ぎないか?


「それから第九班は一か月前の問題行動のペナルティとして他の者達とは別の試験内容だ。アルス、アイビス、フェンリル。お前たちの試験内容はグランドウルフを五匹だ。」


 グランドウルフか。

 これも簡単だな。


 魔獣の中では狩るのに一番難易度が高い魔獣だが、俺たちにとっては屁でもない相手だ。


「そしてそれにプラスもう五匹狩ってこれば加点を与える。だが、それ以上は狩るな。別の魔獣でもダメだ。絶対に勝手な行動はするなよ。」

「はい。」

「はい、分かりました。」

「イエッサー!」


 釘を刺された。


 ついこないだ問題行動を起こした場所に問題行動を起こした本人たちを入れるのは確かに心配だろう。

 だがいくら何でもさすがに俺たちでもそんな事はしない。


 他の奴らと比べて狩りは慣れてるし、北大大きな部屋(タンガ)にもよく来ている。

 こういう場所でのルールっていうのも、もう頭に染み付いている。

 心配されるようなことは無い。


「注意事項は以上だ。なにか質問がある奴は後で聞きに来なさい。それでは今から北大大きな部屋(タンガ)へ向かう。付いてこい。」


 そう言ってラスティーニは先陣を切って渡り道(ラスタ)へと入って行った。


 スタートは北大大きな部屋(タンガ)の入口からか。

 実習の試験内容からして、これはすぐに終わりそうだな。



---



 北大大きな部屋(タンガ)の入り口へ到着した。


 あの魔獣(かいぶつ)との戦いから約二か月。

 魔獣たちの動きも元通り活発になり、それなりに人々に迷惑をかけている。


 これぐらい元気の方がアルスたちにとっては日常を感じられる。


 今回最終試験でアルスたちが狩る魔獣たちは街に被害を出し、依頼が出ていた魔獣たちだ。

 この日のためにグランドモルとグランドウルフの依頼だけを全て受理してきたそうだ。


 入り口に着くとラスティーニが立ち止まり、こちらを振り返って話し始める。


「さて、この渡り道(ラスタ)から出た者から試験開始だ。ここから先はおふざけ無しで真剣に取り組め。下手をすれば命だって落としかねない。試験であってもこれは " 狩り " だ。命の駆け引きを行う場所だ。気を引き締めて行け」


 その言葉で全員に緊張が走る。


 いくら学校が行う試験であっても危険なものは危険だ。

 生半可な覚悟で行けば帰って来れないなんて容易に有り得る。


 アルスたちもいくら狩りに慣れてるとはいえ、気を抜けば命を落とす場所だ。


 アルスたちも気を引き締める。


 ラスティーニがその様子を見て頷く。


「よし!それではこれより、最終試験、実習を開始する!」


 その合図とともに全員が渡り道(ラスタ)から飛び出した。



---



 試験が開始され、アルスたち三人はグランドウルフの生息地である北大大きな部屋(タンガ)北部へと来ていた。


 北大大きな部屋(タンガ)の入り口から今いる場所までは、大体アルスたちの住んでる村から学校までの距離がある。

 中々の距離だ。

 かなり奥まで来たと言えよう。


 そしてアルスたちはここにたどり着くまで試験開始からほぼノンストップで走り抜けてきた。

 結論から言おう。


 ――ノルマであるグランドウルフ五匹は既に狩り終えた。


 今いる場所までたどり着くのに数回の戦闘があったが、運良くその戦闘がグランドウルフとの戦闘だった為、もう既にノルマは達成されていた。


「もうノルマも達成しちまったな」

「そうね、つまんないわ。もっとストレス発散したいんだけど。」


 アルスの呟きに対してアイビスがイライラしたような声で答える。


 何がもっとストレス発散したい、だ。

 ここに来るまでに狩ったグランドウルフほぼ全部お前一人でやっただろ。

 何があったのか知らねぇけど今日のこいつはかなり情緒不安定だ。

 鼻に大きいの一発食らったし、絶対触れないでおこう。


「まぁ、あと五匹狩れるし、ここならたくさん戦闘することになるかもね。」


 アルスたちが今いる場所は北大大きな部屋(タンガ)の中でも特に魔獣が多く生息する場所だ。


 グランドウルフの生息地でもあるが、その他にも色々な魔獣の生息地でもある。

 魔獣との遭遇率も高い。

 魔獣が増えれば戦闘の回数も多くなる。

 だがそれでも彼らにとっては物足りないものだ。


「あと五匹って、少ないわよ!なんでこんな簡単な内容なのよ!もっと難しくしなさいよ!」


 アイビスが地団駄を踏みながらプンスカと怒っている。


 確かに簡単すぎるんだよなぁ。

 ペナルティなんだからもう少し難しくしてくれてもいいのに。

 これだとつまらな過ぎて狩りをした気分になれねぇ。

 まぁ、試験だからいいか。

 狩りたくなったらいつでも来れるしな。


 そんな会話をしながらアルスたちはどんどん奥へ奥へと進んでいた。

 魔獣を探しながらキョロキョロと。


 ――だがその時、視線を感じた。


 右斜め後ろの壁。

 アルスたちがさっき通った場所だ。


 そこから背筋が凍りそうな程の殺意を向けられているの気づき、アルスは足を止めた。


 魔獣が俺たちを狙っている?

 いや違う。

 周囲に魔獣の気配は無い。

 じゃあなんだこの感覚は……。

 まるで命を狙われいるかのような、この冷たい感覚は――。


 あまりに恐ろしい感覚にアルスは体が動かず、冷や汗が出てきた。


 なんだ………!

 後ろに何かがいる………!?


 立ち止まってるアルスに気づき、二人がアルスに声をかける。


「どうしたの?アルス」

「ちょっと!何してるのよ!早く歩きなさい!」


 二人はごく普通にアルスの行動に疑問を示す。


 二人はこの殺気に気づいてないのか……!

 ってことは、この殺気は俺たちにじゃなくて、俺にだけ向けられているもの……!

 となると、殺気の正体は…………魔獣じゃなく、人間!


 アルスは頭の中でそう割り出し、その正体を確かめるべく瞬時に殺気が放たれている方向に振り返った。


 それは壁を形成する無数の岩たちの中で何の変哲もない岩と岩の隙間。

 大人が一人通れる大きさの狭く暗い隙間。

 その隙間から、二つの目がこちらを見ていた。


「っ!」


 アルスは瞬時に剣に手をかける。


 姿は見えない。

 だが目だけははっきり見える。

 そしてその目は狩り時を探る、狩人の目をしている。


 なんだ……!

 人間なのか………!?

 こんな場所で何をしてるんだ。


何者(ナニモン)だお前!!!出てこいッ!!!!」


 アルスの怒声に二人も咄嗟に杖を構える。


「アルスっ、何かいるの……?」

「何かって何よ!そんな気配ないじゃない!」


 二人は周りを見回している。

 だがアルスの耳には二人の声が届かなかった。


 いや、届いている。

 届いてはいるのだ。


 だがそれに気付かないほど、その視線に意識が吸い込まれていく。


 頭の中でその目がぐるぐると渦巻いていく。

 他の事はどうでもよく、それしか頭に入ってこない感覚。


 ――気がつけばアルスは、吸い込まれるように走り出していた。


 その目の主はアルスが走ってくるのを見て、奥へ逃げて行く。

 アルスの足は止まらず、それを追いかける。


「え?ちょ、アルス!どこ行くの!?」

「ちょっとアルス!待ちなさい!!」


 二人は突然のアルスの行動に動揺する。


 アルスはそんな様子に目もくれず、暗い隙間だけを見ながら走っていく。


 二人の声が微かに頭に響くも、アルスはその隙間へと入って行った。



---



 さっきの奴を追いかけ、ひたすら走った。

 周りが見えなくなるほど無我夢中に。


 アルスが入った隙間は奥へ進むほどどんどん広くなっていき、渡り道(ラスタ)と同じくらいの道になった。

 だが少し違うところは渡り道(ラスタ)とは違い、光源がない。


 アルスはそんな真っ暗な道を目の前に見えるその謎の人物だけ見て追いかけていた。

 そして何故か、そいつを追いかけていると無性に怒りが湧いてくる。


 そいつに特に何をされた訳でもない。

 殺意を向けられたくらいだ。

 だが何故かアルスはそいつに怒りを覚えた。


 怒りのまま走った。

 剣を振り回し、よだれを垂らしていることにも気づかずに。


 なんだこいつは………!

 なんで逃げる!

 俺を殺したいんじゃないのか!?

 イライラする。

 なんなんだお前は!

 待てよ!こっちに来いよ!

 斬ってやる!切り刻んでやる!!

 逃げるな!

 許さないッ!

 待てッ!待てよ!!!


「殺してやるッ!!!!」


 気づけばそう叫んでいた。


 そしてアルスが叫んだ瞬間、そいつが急に進行方向を切り返し、アルスの方へ飛び込んで来た。


 アルスは剣を思いっきり振りかざす。

 だがその時、そいつと目が合った。


 その瞬間、アルスは気づいた。


 ――俺は……………コイツを()()()()


 次の瞬間、そいつは消えた。

 姿が全く見えなくなった。


 アルスは立ち止まり、後ろを振り返る。

 だが真っ暗で何も見えない。


 どこだ……!

 当たった感触は無い。

 どこに行った!?

 どこへ隠れた………!


「どこだ!!!どこにいる!!」


 アルスの声に反応は無い。

 気配も、足音すら聞こえない。


 ただ高鳴る自分の心臓の音だけがずっと頭に響く。


「出てこいっ!隠れてんのは分かってんだ!!叩っ斬ってやる!!」


 もう一度叫ぶも反応は無い。


 そして静かな空間が広がり、そこに邪魔するように鼓動が頭の中に鳴り響き、体温が上昇していくのが分かる。


 それらにも何故か苛立ちを感じる。

 イライラしてどんどん周りが見えなくなっていた。


 ――故に、気づかなかった。

 自分が今置かれている状況を。

 迫る殺意を。


 どこだ!?

 どこにいる!?

 斬ってやる!!!

 殺してやる!!!


 そう息を荒らげながら剣を振り回した瞬間、嫌な音がした。


 ピキッ………


 アルスはそれに気づき、音の方に耳を澄ます。


 どこだ?

 どこから鳴った?

 横じゃない。後ろ……?

 ………いや、上か!


 上を向いた。


 その瞬間、アルスはすぐに理解した。

 暗闇で何も見えないが、音で何が起こったのか分かった。

 アルスの頭に浮かんだのは、「しまった!」の一言だった。


 崩れ落ちる瓦礫の音ともに、アルスの立つ真上の天井が崩れ落ちてきた。


「っ!」


 いきなりの出来事に足が動かなかった。


 やばい……!

 埋まる――


 そう思った瞬間、何かがアルスを後ろへ突き飛ばした。


 アルスはそのまま後ろへ倒れ込み、近くにあった岩に頭をぶつけ、同時にアルスの瞼は落ちていった。


 ――瞼が落ちきる寸前、誰かの手が見え、そのまま意識が遠のいて行った。

♦ちょこっと補足♦

アイビスが怒っていた理由は、アルスの演習の結果をフィーネスに咎められたためである。アルスの成長の遅さを見ていたアイビスとフェンリルにとってアルスが中級魔法を使えたことが何よりも嬉しく、上級魔法を形だけでも成功させられた瞬間を見て、これ以上になく嬉しく思ったため、フィーネスがアルスの魔法について言ったことに対してこれ以上になく怒りを覚えたのであった。

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