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第十三話「買い物」

 その日の放課後、アルスたちは東大大きな部屋(タンガ)に来ていた。


 朝の約束通り、買い物をするために。


 東大大きな部屋(タンガ)の街並みは右を見ても左を見ても店が立ち並んでいる。

 行き交う人は商人や買い物をする人ばかり。

 アルスたちのような学生はあまりいない。


 この場所では色々なものが売られている。


 衣服や武器、装飾品やら本やらと食料以外なら大抵は揃っている。

 言わば東大大きな部屋(タンガ)そのものが大きなショッピングモールみたいなものだ。


 物の値段もそこまで高くない。


 地底の通貨はグラン。


 どんなに高値でも20グランぐらいだ。

 人々の収入も多くはないが、それなりに普通に暮らしている。


 アルスも常に10グランは持ち歩かされている。

 と言っても、アルス自身にあまり物欲は無いが。


 アルスは楽しそうに店を見て歩くフェンリルとアイビスの後ろをついて歩いていた。


「買い物つっても何買うんだよ。特に買う物もねぇけど?」


 二人はアルスに買い物を教えようとここへ連れてきてくれたのだが、アルスが今欲しいものは特に無い。


 強いて言うなら、ギャルのパンティーが欲しいくらいだな。

 それか魔法が使えるようになる魔法とか。


 そう言うと、アイビスが馬鹿にしたようにニヤニヤしてアルスの方を見る。


「………なんだよ……」

「アルスは分かってないわね。」


 フェンリルもため息混じり呟く。


「買うだけがショッピングじゃないよ。ショッピングは見て楽しむものなんだ」

「見て楽しむもの?お前、そんな、女が飾られてるわけでもねぇのに何見るって言うんだよ。女なら分かるよ?女は全員花だ。見てて飽きない。でも、それ以外のものって………見たところで何が面白いんだよ。」

「……おじさんみたいなこと言うね」

「実際よく分からんおじさんに教えてもらった言葉だからな」

「あぁ、そう………。まぁ、そんなことはいいや。じゃあ今からアルスに本物の買い物の楽しさを教えてあげるよ。

 あの店にある服を見てご覧」


 フェンリルが指を差す。


 指を差す方には大人用の男女の服が置いてある店。

 なんて事ない普通の服だ。


「あれがどうしたんだよ。」

「あれを見て、どう思う?」

「どう思うって、どうも思わねぇよ。普通の服が置いてあるだけじゃねぇか。」


 そう言うとアイビスが鼻で笑うように鼻を鳴らす。


 なんでお前そんなに俺の事バカにすんの?

 ただの買い物だろ?

 マウント取れるほどのものでもないからな?


「そうだね。そう思うかもしれない。けど、あの服を見てこうは思わない?自分にはあの服似合うかな?とか、誰なら似合うかな?とか。」


 似合う?

 んー、似合うか。

 どうだろう?

 あんまり想像出来ねぇな。


「分かんねぇ。」

「アルスは慣れてないだけだと思うけど、こうやって商品を自分や自分の周りの人に当てはめてみる事で、客観的に物事を見ることが出来る。一種の想像力だね。これが買い物を見て楽しむ方法の一つ。他にも友達と何気ない会話をしながらダラダラ買い物をするのも悪くないと思うよ」


 客観的に物事を見る、か。

 確かに大人になるにつれそういうのは必要になってくるのかもしれないな。

 ラスティーニ先生が言ってたみたいに何事もまずやってみるか。

 って言っても………。

 何をどう見りゃいいんだよ。


 口をへの字に曲げるアルスを見てフェンリルがまた質問してくる。


「例えば、あそこに売られてある宝石をアイビスにプレゼントしたらどんな反応をすると思う?」


 そう言うとアイビスはそれを見て、吟味するようなポーズをとる。


 どう思うって、確かにアイビスは顔は可愛いが、それ以前の問題だ。

 魔法の事しか頭に無いあいつは宝石なんか欲しがらないだろう。

 どんなにいいもんを渡そうが、もらう側が欲しいと思わなきゃそれはもうガラクタ同然だ。


 そんな考えとは裏腹に、アイビスはまぁ悪くないだろうというような顔で頷く。


 え、欲しいの?


「他者を知ること、知ろうとすること。それはその人を大切にしている事だと思うんだ。誰かを想う気持ちの表れだと思う。それに、知る事は楽しいしね!」


 そう言ってフェンリルはニッコリと笑った。

 アイビスもその通りと言った顔で胸を張る。


 ふーん……。

 そういうもんか。

 まだあんまりしっくりこないけど、やってるうちに分かってくるかもな。

 とりあえずやってみるか。


 そんな話をしていると、気づけば広場に出ていた。


 十字路の交差する場所にある広場の真ん中には少し大きめの木があり、周りにはベンチが沢山置いてある。

 憩いの場所といった所か。


 そして、アイビスが急に声を上げた。


「あっ!いい事思いついた!久しぶりにアレやない?ドキドキお買い物選手権!!」


「お馴染みのアレ!」と言わんばかりにアイビスは声を弾ませる。

 だが、彼ら三人にとってはお馴染みと言えるほどそれをやってきたわけではない。


 回数ではなく、印象に残っているものだ。


 その「ドキドキお買い物選手権」というのは、10グラン以内で自分以外の二人にプレゼントを買ってきて、その人が一番喜ぶものを買ってきた者が優勝というゲーム。


 これは三人が初めて一緒に買い物に行った時にフェンリルが提案したもの。

 三人のなけなしのお小遣いを使って行われたそれは、三人ともとても印象深く記憶に残っている。


「懐かしいなそれ!確か初めてやった時アイビスが店員に話しかけるのが怖くて泣きながら花摘んで帰ってきたよな。あの時のアイビスはほんと泣き虫だったなぁ」

「な!?な、泣いてないわよ!!あんただってお金の計算が分からなくて花を摘んできたじゃない!!!」

「ぐっ………あの時はな?あの時は分からなかっただけで今はちゃんと出来るから!?」

「あははっ!懐かしいね!二人ともあの時は可愛かったなぁ」

「いや、何他人事みたいにしてんだよ。お前も何がいいか決まらず結局花摘んできたんだろうが。」


 彼らが言うように、初めて開催されたこのゲームは全員同じものを持ってきたため引き分けとなった。


「そんなことはいいのよ。いい?今回は三人とももう小さい子供じゃないし、花を摘んで来たりするのはナシよ!ちゃんと自分で考えて選んできたものを送る。分かった?」

「否応なくやる前提かよ……。まぁやるけど。」

「そうだね。そうしようか。アルスの勉強にもなるし、ちょうどいい。ちなみに優勝者は何かあるの?」


 そう聞くとアイビスは上を見上げ、考え出す。


 いや、そこは考えとけよ。


「そうね。じゃあ優勝者は負けた二人になんでもお願い出来る。もちろん限度はあるけど、負けた二人はそれを聞くっていうのはどうかしら?」

「それでいいよ。」

「俺も賛成。」


 なんでもお願い出来るか。

 ならどうしようか。

 魔法でも見てもらおうか。

 意味ないかもだけど。


「決まりね!じゃあ、各々買ってきたらもう一度ここに集合ね!」

「うん、分かった。あまりにも遅かったら魔法で知らせよう。」

「え?俺使えねぇけど?」

「よし、スタート!」


 無視された。

 アイビスはそのまま人混みの方へ走っていった。


 あいつ、なんでこんなにも俺のことを考えられないのだろうか。

 なんなら一種のアイデンティティになりつつあるぞ。

「アルスのことを無視するのが私の役目なの!」的な?

 ふざけんじゃねぇよ。


 フェンリルがアルスの肩に手を乗せる。


「まぁ、アルスは一通り店を見たりすると思うから、僕たちを待つことは無いと思うよ?もしも、あまりにも早く終わって待つような事があったらここで叫んでて。」


 いやそれもおかしいだろ。

 もっとなんかねぇの?

 ちゃんとした扱いとか出来ないわけ?


「じゃ、僕も行ってくるよ。」


 フェンリルはそう言ってアイビスとは別の道へ歩いて行った。


 アイツもアイツで俺の扱い雑いだろ。

 もうちょっと優しくしろよ。

 俺たち親友よ?


「はぁ………まぁいいか。」


 アルスはため息をこぼしながら最後に残った道を選び、人混みの中へ入っていった。



---



 少し歩いて移動していると立ち並ぶ店も変わった。


 さっきまでは衣服やら宝石やらと少し女性嗜好のものが多かった。

 だが、アルスが一通り見た感じ、今歩いているこの通りは武器やら装飾品といった男女両方が好みそうな店が多く立ち並んでいる。


 行き交う人も狩人かちょっとイカしたマダムが多い。


 うーん……………この中から選ぶかぁ。

 正直、俺のイメージとしてはフェンリルは本、アイビスは魔法関連のなにか。

 そういうのが好きそうだなと思っていたが、ここにはアイツらが欲しそうな物は………無さそうだな。

 と言っても、この中から選ぶ他選択肢は無いんだけど。


「どうするかなぁ。」


 アルスが店を見回しながら歩いていると武器屋の方から声が飛んできた。


「おい、坊主!何か欲しいもんあるか?今いいのが沢山入ってきたんだ!寄っていけよ!」


 声の主は武器屋の店主。

 ハゲ頭でガッチリとしたガタイをしている。

 いかにも狩人って感じだ。


 少しその店に寄ることにした。


 普段から剣を扱ってる人間としてやっぱりこういうのには目を惹かれる。

 剣以外はあんまり分からんが、見るのは嫌いじゃない。

 形だけで言うならかっこいいしな。

 斧とか、槍とか。


 置いてあるものにざっと目を通す。

 奥の方には大人が使うような大剣やら大盾、でっかい斧まである。


 でけぇ。

 いいなぁ。

 俺もいつかああいうの振り回せれたらなぁ。

 まぁ、まだアレは早いな。

 あれを持つのはあと三年ぐらいかかりそうだ。

 となると小さい武器だが………。


 視線を落とす。


 小さい武器は店の手前に並べられて置いてある。

 基本、小さい武器は短剣とか小刀が多い。

 中には鉄拳のような厳ついのもあるが、さすがにこういうのは使わない。


「どうだ?お前の体の大きさ的にはこれぐらいがちょうどいい。中でもこの三つはついこの間仕入れてきたもんだ」


 そう店主が指差す方には三つの短剣があった。


 一本は白い刀身で少し細長く、耐久力は無さそうだが切れ味はかなり良さそうに見える。

 もう一本は鋼色の刀身でアルスの剣と同じくらいの大きさの短剣。

 アルスのように剣の扱いに慣れてる者ならこういうのがいいだろう。

 最後は黒い刀身に細い線が入っている短剣。

 刀身はアルスの剣より少し短い程度で、初心者にオススメって感じの懐刀だ。


「この三つはどれも上玉でな。未開拓領域で取れた鉱石を使って打たれてんだ。」


 ほーん……。

 未開拓領域で取れた鉱石か。

 未開拓領域って言ったら確か、南大大きな部屋(タンガ)の奥にある、文字通り開拓されていない場所のことだよな。

 そこで取れる鉱石は地底世界の石造りの全てに使われていて、中には見た事のない鉱石とかもじゃんじゃん取れるって聞いた事がある。


 ふむふむ……。

 悪くない。

 俺の短剣は五歳の時に母さんから貰ったプレゼントだが、聞いたところによるとこれも未開拓領域で取られた鉱石で出来てるらしい。

 今まで一度も折れたり刃こぼれを起こしたことはないし、そう考えると未開拓領域の鉱石っていうのは実に頑丈でいいやつなのかねぇ。


 これは買っておいて損は無いな。

 でも俺剣あるしな………。

 あっそうだ!これフェンリルのプレゼントにしよ。

 本買ったところでアイツ色んな本読んでるし、「それ読んだことあるよー」とかだったらそれはそれでなんか嫌だしな。

 剣は持ってないだろう。

 見た事ないし。

 フェンリルはいつも狩りの時は中間職だからな。

 いざと言う時に懐刀でもあれば命拾いしたりするだろう。


 ――となるとやっぱりこれかな。


 アルスは黒い刀身の短剣を手に取る。


 思ったより軽いな。


「おっ!坊主!お前見る目あんじゃねぇか!これはこの三つの中でも特に優れた逸品だ。見た目は普通の剣に見えるが、実はこれ、魔力を注ぐと刃先から魔法が撃てるんだ!」


 店主が興奮しながら説明する。

 よっぽどの武器オタクなのだろう。


 ほぇー……。

 なんだそれ。

 魔法が撃てる剣なんて聞いたことがないな。


 アルスは剣に視線を落とし、刀身をまじまじと見る。

 するとあることに気づいた。


「ん?この刀身に入ってる線………透明じゃね?」


 そう言うと店主は目をカッと見開いた。


「驚いた!そんなとこまで気づくとは!そうなんだ。この透明な線が魔法を撃てる仕組みらしい。俺も詳しいことは分からんが、未開拓領域の鉱石で出来てるし、そう簡単に壊れることはねぇよ」


 なるほど。

 まぁよく分からんが店主のお墨付きってことは分かった。

 じゃあこれにするかな。


「ちなみに値段は?」

「おっ!気に入ってくれたか?そうだなぁ。こいつはかなりの掘り出しもんだからなぁ。本当は10グラン!っていきたいところだが、坊主の見る目に免じて8グランでどうだ!」


 8グランか。

 悪くない。

 これだけの上玉ならもう少ししていいはずだ。

 だが、俺は母から教わっている。

 値段は値切ってなんぼだと。


 アルスは店主の顔の前に人差し指を立て、勢いよく迫る。


「もう一声!」

「な!?欲張りだなぁ坊主。うーん………こいつは上玉だしなぁ。じゃあ、7グランはどうだ?」

「んーもういっちょ!」

「ぬっ!?おま……これ以上は……」


 そう言って店主は渋い顔をしながらアルスを見定めるかのように見下ろす。


 おっ!

 これはいけるな。

 こういう時は可愛い顔してれば大体の大人は負けてくれるって母さんが言ってた。


 アルスは自分の持てる最大限の可愛さを出す。


 目はキャピキャピに光らせ、頬はプクっと膨らませる。

 特上の上目遣いに手を丸めて口の辺りに持ってくる。


 俺がロリっ子にされたい至高のシチュエーションだ。

 どうだ!

 これならいけるだろう。

 まぁ俺ロリじゃなくてショタなんだけど。


 店主はアルスを見て、諦めたようにため息をついた。


「分かったよ……。6グラン。これ以上は譲れねぇ」


 値引いてくれた。


 思ったよりあっさりいけたな。

 俺の可愛さが効果的面だったか。

 やっぱり大人は子供のこういう顔には弱いんだな。

 フハハハ………。

 チョロいぜ。


 アルスは小さい巾着から金を取り出した。


「ありがとう!んじゃあこれで!」

「ん!ちょうどだな。毎度あり〜!」


 剣を受け取り、店を出た。



---



 さっきと変わらず店を見て回る。


 よし、さっきの剣で6グランで残りは4グランしか手元に残っていないと。


 ふーむ………。

 やばいかな?

 もしかして買えない?

 買えたとしてもめちゃくちゃしょぼいのとかか?

 い、いや、そんなことは無い……。

 そもそも武器は己の命を預けるものだ。

 値段が高くなるのは当然の事だ。

 本来はもっと安いんだよ。

 アルス君なら4グランでも全然買い物出来ちゃうから!



---



 アルス、4グランの商品を探し始めてから同じ道を三往復目となる折り返しに着く。


 あ、あれぇ?

 お、おかしいな〜。

 もうこれでこの通り三往復ぐらいしたんだけど、どこ見ても4グラン以下のものがないんだけど???

 誰だよ4グラン以下でも買えるって言った奴!

 全然無理じゃん!


 さっきみたいに値切ろうと思えば値切れるがそもそもいいやつが全然ない。

 魔法関連のものは無いから諦めて装飾品にすることにしたけど、、、分からん!

 全然分からん!


 これの何がいいんだ!?

 首からぶら下げたり耳につけたりして何なんだ!?

 どこがいいんだよ!?

 邪魔だろ!!

 どう見たって邪魔だろ!!!

 それともこれが女のオシャレってやつか!?

 いつ使うんだよ!

 常日頃付けるのは絶対邪魔だろ!

 それともなんだ?デートか?

 彼氏とデートする時に使うのか?

 アイビスに彼氏なんかいねぇだろ。

 あいつに彼氏なんか出来てみろ。

 次の日には魔法の試し撃ちの実験台にでもされて、跡形も残ってねぇぞ。


 アルスはその場を行ったり来たりを繰り返す。


 どうすんだ。

 もう素直に何買えばいいか分からなくなってきたな。

 拾ってきた枝でも持って行って、杖って言おうかな。

 なんかそれでもいい気がしてきた。

 普段俺に対しての扱い雑いしな。

 いいか、別に。

 日頃の行いだ。

 自業自得だ、自業自得。


 …………いや、さすがに何も無しは可哀想だからなんか買うか。

 確かさっきよく分からんちっちゃい木像を見たな。

 それでいいか。

 まじでよく分かんねぇ木像の置物だったけど、枝よりマシだろ。


 その木像が置いてあった店に行こうとした時、横から視線を感じた。


 ふとその方向に視線を向ける。


 そこには、小さなボロい店が片隅に追いやられるように構えていた。


 そしてその視線の正体は、店の中から物凄い形相でアルスの方を見る一人の老婆だった。


「うえぇ!!?」


 あまりの恐ろしい視線に後退る。

 まるでその目つきは今にも人を殺してそうな程だ。


 な、なんだ!?

 なんでこっち見てんだよ!!

 っていうかあんな店あったか!!?


 アルスが老婆に気づくと老婆はアルスに向かって手招きをしだした。


 や、やばい!

 なんか招かれてる!

 めちゃくちゃ怖ぇんだけど!


 老婆を恐ろしく感じつつも、何故かその店に足が進んだ。

 怖いもの見たさというやつだろう。


 ゆっくり歩いて行き、店の前まで来る。


 近くに来るとより怖く感じる。


 目の前に座る老婆がアルスを見上げている。

 血走ったその目が今にもアルスの首を絞め殺しそうな程だ。


 やばいやばいやばいやばいやばい。

 どうする!?

 目の前まで来ちゃったけどどうすんの!?

 とりあえずなんか言う?

 でも何言うんだよ!

 言葉選びミスったら確実に死ぬぞ!!


 チラッと老婆の目を見る。

 老婆の焦点の合わない目。

 そして悪魔のような笑みを浮かべた。


 ダメだわ。

 完全にキマってるわ。

 言葉選びミスるどころか何選んでも結果買わんねぇやつだわ。

 どうしよう。

 なんか喋るか。


「あ、あの〜〜こ、この店ってなんか、その〜〜。

 どんなもの置いてる店なんですかねぇ〜〜。」

「………」


 老婆は黙ったまま答えない。


 おいなんだよ!

 なんか言えよ!


 すると老婆が口を開けた。

 アルスはビクつかせ、身構える。


「―――る。」

「………………ん?え、なんて……?」

「―――する。」

「?」


 小さく呟かれる一言。

 アルスは何度も聞き返す。


 する?

 何が?

 何言ってるのか全然聞こえねぇなぁ。


「いやあのもっとハキハキ」

「爆発するーー!!!!!!」

「うわぁぁぁ!!!!」


 あまりの大声に腰を抜かす。


「ば、爆発!? な……え!?」


 腰を抜かし、尻もちを着くアルスを老婆はさっきよりもおぞましい目で見下ろす。


 顔を真っ赤にしながら荒く整わない息が顔に吹きかかる。


「――連れて行け!!!」

「ど、どこにですか!!?」

「全てをさらけ出せる場所へ!!!連れて行け!!!!」

「うぇ!?は、はいぃ!!!」


 とりあえず老婆を背負い、どこに向かうかも分からずとりあえず走り出した。


 なにこれ……!!?

 どこ行きゃいいんだよ!!!



---



 老婆が帰って来てさっきと同じように椅子に腰かける。

 アルスも同じように老婆の目の前に立つ。


「いやー、助かったよ。前からあったぎっくり腰がねぇ、立とうとしたらとんでもない激痛で。そんでもっとちょうど嫌なタイミングで便意が来たもんだから困ったもんだよ。あんたがいなかったらやばかったね。ほんと。どデカいのが出たよ。あんなのは初めてだよ」

「俺も初めてだよ!ウ〇コ行きたい老婆の目があんなに怖く見えたのは!!」


 老婆の形相、謎の叫び、アルスの混乱。

 事の全ては老婆の " 便意 " である。


 腰を悪くし、ぎっくり腰になっていた老婆は本来自分がしてはいけない座り方というものがあった。


 本来は腰に負担が少なく、立ち上がる時も楽に立ち上がることの出来る姿勢で座っており、普段の老婆はこの姿勢を崩さない。

 だが、今日はたまたましてはいけない座り方をしてしまった。

 そうなってしまえば老婆は自分で立つことは出来ず、誰かの手を借りなければならない。


 そしてそんな時に限って今世最大の便意襲来。

 圧倒的な戦力だった。

 残りわずかの自分の寿命を削るほどの防衛戦。

 だが、限界は来る。

 まるで破城槌で腸内を押し破られそうなほどの圧力。

 普通の人ならばここで諦めるだろう。

 だが、老婆も伊達に長くは生きていない。

 出産時の母親でさえ体験しないほどの気張りを見せ、なんとか耐え凌ぐ。

 そして我慢の限界ギリギリでアルスを見つけ、声をかけたのだ。


 と言うのを老婆が熱く語ってくれた。


「ややこしいんだよ!ウ〇コ行きたいだけであんな形相なるか普通!?」

「あたしもビックリだよ。あんなどデカイのは。」


 誰もウ〇コのデカさなんて聞いてねぇよ。

 汚ぇ話すんな。


 あまりの形相に一瞬幽霊の一種かと思ったが違った。

 顔は確かにしわくちゃだがそこら辺にいる老婆……………ん?


 あることに気づいた。

 アルスはじっと老婆の顔を見る。


「なんだい?」

「………あんた、どっかであったことあるか?」


 アルスの言葉に老婆は目を見開いた。


 アルスはあまり記憶力に関してはそこまでいい方ではない。

 だが、アルスにとって自分の価値観にないものや新鮮な出来事というのは人並み以上に記憶に残りやすい。


 見た事のない景色や言葉など、様々である。

 そしてそれは人も例外ではない。


 変わった人、見た事のないタイプの人というのはやはりアルスでも記憶に残る。

 故に、妙にその老婆が気になった。


「なんだい?その歳であたしにナンパかい?」

「違ぇわ。鏡見ろババア」


 勘違いをする老婆。

 同時にアルスの中で「間違いない」という確信に至る。


「あんた、この前大通りの食料店で先生に説教されたって言う奴がいただろ」


 老婆は考え込む。


「うーーーん…………そう言えばそんな子もいたような…………いなかったような…………それが?」

「それが俺だ。」


 自身に指をさす。


「あら、そうだったのかい。それでうちの店に来てくれたのかい?」

「いや、来たというか、招かれたというか…………意図してきた訳じゃないんだけどな。気づいたらここにいたな」

「あんたボケるにはまだ早いよ!」

「ボケてねぇよ。」


 軽くツッコミを入れながらため息をつく。

 そしてそのまま店の様子を伺う。


 かなりボロボロの建物、というより物置小屋に近い店構え。

 店内は商品が端から端まで三段に分けられた棚に並べられていた。


 中は随分と古い感じの置物やら変わったものが置いてある。


「婆さんも店やってたんだな。」

「そうだよ。うちは他では見られないような物がたくさん置いてあるからね。何か買っていくかい?助けてくれたお礼に安くするよ」


 ふむ……。

 安くするか。

 まぁ所持金的には安いものがいいのだけど。


 そう思いながら店の中に入って置いてあるものを見回す。


 変な四角い物体によく分からない形の瓶。

 見たことない形の銅像。

 いつ使うのか分からないようなものが沢山ある。

 今までこんなものを見た事がない。


 なんだこれ?

 ガラクタばっかじゃねぇか。


「なぁ、これ全部何に使うやつなんだよ。」

「ふふふっ、これは全てね、この世では手に入らない代物なんだよ。」


 老婆はそう自慢げに言う。


 この世で手に入らない代物って、じゃあどこから手に入れてきたんだよ。

 あの世か?

 一回三途の川渡って帰って来たのか?えぇ?

 それだった絶対に戻ってきちゃダメだろ。


「代物って………よく分かんねぇガラクタばっかじゃねぇかよ。もっとマシなのないの?」

「何言ってるんだい。ガラクタなんかじゃないよ。どれも列記とした商品だよ」


 自信満々に言う。


 どこがだよ。

 ここじゃなくて違う店にしようかな。


 そう思いながらも商品の値段を見る。


「って、安ッ!!!」


 目の前に置いてあるやつの値段は2グラン。

 そしてその隣は1グランやら3グランなど。

 中には店の手伝いをすればタダと書いてあるやつもある。


 安すぎないか。


「だろう?この店は代物を安く売るのが売りなんだよ。」


 いや、代物ってよりガラクタだろ。

 まぁでもガラクタでもなんか分解とかしてみたりしたらなんかいいやつが取れそうなものもあるしな。

 そう考えるとかなり安いんじゃないか?


 アルスは考えつつ商品を見ていると、あるものに目が止まった。


「――ん?指輪?」


 アルスはそれを手に取り、顔の高さまで持ってきてまじまじと見る。


 銀色の指輪で花の柄が入っている。

 指輪の内側には見た事のない文字も刻まれている。


「それはね、『結び目の指輪』って言ってね。大切な人同士がつけるものなんだよ。家族、友人、恋人。自分が心から大切だと思う者同士がつけ、指輪と同じように互いを思い合うんだよ。」


 ふーん……。

 いい意味が込められてるんだな。

 だけど、


「てことはこの指輪は二つで一つってことだよな?

 なぁ、この指輪、もう片方は?一個しかないんだけど」


 指輪は一個しか置いていなかった。


 さっきの説明だと二個あってそれを二人がつけるみたいな感じのように聞こえたが。


「あーそれね。もう片方、どっかいった。」


 意味ねぇじゃねぇか。

 何が互いにだよ。

 片方しかなかったら思いも一方通行じゃねぇか。


「まぁ片方だけでも大丈夫だろう。ハハハハッ……ゴホッゴホッごへっ!!」


 老婆は笑いながら咳き込む。


 はぁ、何がハハハハッだよ。

 もういいや。

 この老婆が言ってることも正しいとは限らねぇし、金もちょっとしかねぇからもうこれでいいや。


「婆ちゃん、これくれよ。」

「あーそれでいいのかい?んじゃあ、3グランのところを1グランに負けたげるよ。」


 おっ!ラッキー!

 お釣りが出た。


「あとこれもあげる。」


 そう言って老婆は棚の下から変なものを取りだした。


 紐が輪っかになっていて赤いペンダントのようなものがついている。

 何やら首飾りのようなものだな。


「なんだこれ?」

「コレハエラバレシモノガツケルブレスレット。コレヲツケモノハイズレセカイヲスクウユウシャニナルノダ!」


 なにそのカクカクした喋り方。


「へぇー、ちなみに俺は何に選ばれたの?」

「どデカいウ〇コの」

「いらねぇよ。」


 結局ウ〇コじゃねえか。

 その選ばれし者ってやつも適当だろ。

 なんなんだこの婆さん。


 そして、アルスが帰ろうとした時、老婆がそれを押し付けてきた。


「ダメじゃ!持って行け!」

「っていらねぇよ!」

「お前は選ばれたんじゃ!持って行け!」

「いらねぇよ!そんなガラクタ!」


 老婆は一向に引く気配はなく押し付けてくる。


「持って行け!」

「いらねぇ!」

「持って行け!」

「いらねぇ!」


 こんな怪しいもん誰が欲しいんだよ!

 指輪だけで十分だ!

 絶対いらねぇ!

 絶対受け取らねぇぇぇ!!!!


 アルスと老婆のブレスレットの押し付け合いはしばらく続いた。

♦ちょこっとエピソード♦

アルスたちが初めて買い物をしたのは四歳の頃。お小遣いを渡すから買い物をしてきて欲しいと言うアーミスのお願いを果たすべく、三人で東大大きな部屋(タンガ)で買い物をしに行った。が、買い物を終えるとお釣りが出たので、三人はこれで自分たちの買い物をすることにした(後のドキドキ買い物選手権である)。三人とも別々で買い物をするも、三人とも現在とは少し性格も違っていため、一人では上手く買い物が出来ず、結局その辺に咲いていた花を摘んできたという。

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