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第十二話「卒業試験に向けて」

 ―――あれから二週間が過ぎた。


 戦いで負った怪我や身体の具合もだいぶん良くなり、今日から学校へ行ける日。


 全快とまではいかないが、戦いを終えた直後に比べると、彼らの傷もだいぶマシになった。


 あの戦いの後、俺たちは討伐隊によって保護された。

 そしてそのまま学校へ連れて行かれ、治療を受けながらフィーネスに説教をされた。


 フィーネス曰く、どうやらあの大きな部屋(タンガ)は潰さないという方向で話が決まっており、作戦と準備を念入りにして向かうつもりだったらしい。

 俺たちがおらずとも大きな部屋(タンガ)や花畑は無事だったようだ。

 つまり、俺たちは早とちりしてましまったわけだ。


 その他にも顔色を鬼のように変え、色々長々と説教をしてきたが途中で疲れて眠ってしまった。


 それから怪我の具合とかを考慮して、二週間程度の休学を得た。


 そして今日、久しぶりの登校日。



 アルスは玄関で靴を履き、剣を腰に差した。


「アルス、忘れ物はない?」


 聞き慣れた女性の優しい声。


 後ろを振り向くとアーミスが居た。

 おっとりとした雰囲気を醸し出し、優しい顔で少し眉を曲げている。


「あぁ、大丈夫ー」


 アルスとアーミスは二人で暮らしている。


 アルスの父は遠い場所にいるらしいが、アルスは産まれた時から母の顔しか知らない。

 ずっとアーミスに愛情深く育てられてきた。

 内心、一度でいいから会ってみたいとも思っているが、妻と子を放ったらかしにしてような男だ。

 あまり期待はしてない。


「アルス、無茶しちゃダメよ?気をつけてね。」


 アーミスはこの前の件で、まだ少し心配なようだ。


 自宅待機を命じられた日に息子がいないと思ったらボロボロになった姿で帰ってきたのだ。

 誰だって心配する。


 まぁ、大袈裟だと思うがな。


「大丈夫大丈夫!んじゃ、行ってきまーす!」


 そう言って玄関の扉を開けた。


「いってらっしゃい。」


 母の優しい声を背中に感じながら、アルスは家を出た。



---



 家を出て少し歩いたところに広場がある。

 木が数本立っていて、子供が走り回れるくらいの場所。


 そこはよく子供の遊び場として使われるか、老人の憩いの場になる。

 アルスは()()()()、広場へ向かう。


 そこには誰かを待つように椅子に腰かけながら話す、二人の男女の姿が見えた。


 二人の姿を見て手を振る。


「おはよう。フェンリル、アイビス。」


 フェンリルが笑顔で手を振り返す。


「おはよう、アルス!」


 アイビスはムスッとした顔で怒鳴る。


「遅いわよ!」


 約束というのは見ての通り待ち合わせの約束だ。

 二週間の療養期間中にそれぞれの親が一緒に行けるように声をかけてくれたらしい。

 一応アルスたちも会うのは二週間ぶりだ。


 怪我の具合とかもちょっと心配してたけど、この様子なら問題なさそうだな。


 と、思いつつもアルスに関しては左腕の状態だけかなり酷かったため、まだ左腕は吊ったままなのだが。


「悪ぃ悪ぃ。んじゃあ、行こうぜ。」


 こうして三人で登校するのは久しぶりだな。

 アイビスが居なくなってからずっとフェンリルと二人で登校していたけど、

 こうやって三人並んで登校出来るというのはやっぱりいいものだ。


「アルスは腕の方は大丈夫なの?」

「まぁ、ぼちぼちだな。一応ペンを持てるぐらいになったけど、剣は振るどころか持つことすら出来ねぇよ。」

「いや、普通剣振らないでしょ……」


 フェンリルがため息をつく。


 まぁ、そうなんだけどさ。

 なんとうか、剣がないと落ち着かないっていうか、俺にとって剣は赤ちゃんにとってのおしゃぶりみたいなもんだからさ。

 剣がないと落ち着かないんだよ。


「ペンを持てるぐらいって、あんたがペンを持つ機会なんてほとんどないでしょ。寄りにもよって利き手と逆の手で。」


 馬鹿にするような言い草。

 だが、アルスはニンマリとした顔でアイビスを見る。


「残念だったなアイビス!」

「?」


 首を傾げる。


「お前はまだ俺がアホのままだと思ってるみたいだが、それは的外れだッ!俺はお前がいない間ちゃんと勉強して、今やそれなりに勉強が出来るようになったッ!!お前らにはまだ及ばないが、気を抜いているうちに颯爽と追い抜いてやるサッ!!!」


 アイビスは眉を顰める。


「あんたが勉強?」

「そうだ!すごいだろ!」


 自信満々に胸を張りながら自慢する。


 アイビスは疑るような目でアルスを見たあと、本当に?と言わんばかりにフェンリルの方に目を向ける。


「ホントだよ。僕も一緒に図書館に行って教えたりしたんだよ」

「…………そう。まぁ、勉強は続かないと意味ないし、覚えておかないと何の役にも立たないわよ」

「大丈夫!俺、やれば出来る子だから?なんでも出来ちゃうしィ?余裕だからァ?」


 調子に乗った顔。


「まぁ、まだちょっと出来るようになったぐらいだし、今日からまた勉強会も再会しようか。」


 何気なく呟いたフェンリルの言葉にアルスが顔を歪ます。


「何言ってんだよ。今日は久しぶりに外で動けるんだ。軽く狩りでもしようぜ。」

「あんた、自分の腕の状態を分かってないの?」


 明らかに無茶を言い出すアルスにアイビスが呆れる。


「いやいや、片手があれば出来るって!そんな奥まで行かねぇよ?出口付近の弱い奴でちょっと体動かしたいだけなんだよ。」

「……………それは、出来ないね。」


 フェンリルが苦笑いを浮かべながら答える。


「なんでだよ。」

「うーん、とね。たぶんその様子だと知らないみたいだけど、実は今、狩りどころか北大大きな部屋(タンガ)自体、立ち入りが禁止なんだ。」

「……………え?北大大きな部屋(タンガ)自体の立ち入りが禁止?………ってことは、まさかまだあの魔獣(かいぶつ)死んでないんじゃ………!!?」

「いや、違うよ。魔獣(かいぶつ)はあの時ちゃんと死んでた。僕たちの不始末なんかじゃないよ。ただ、あの魔獣(かいぶつ)が暴れたせいで、魔獣たちの数がかなり減ったりしてね。今は魔獣たちが普段通りに戻るまで様子見なんだってさ。だから、狩りには行けないよ。」


 あぁ、なるほど。

 確かにアレは酷かったしな。

 魔獣たちにも相当の負担がかかっただろう。

 あの時の戦いでもフェンリルが操っていた魔獣はグランドバットが一匹だけ生存した以外は全て全滅した。

 戦いのためとはいえ、俺たちも魔獣をあんなにも死なせてしまった。

 実質、大きな部屋(タンガ)そのもののメンテナンスってわけだ。


「狩りに行けない、か。じゃあ何すっかなぁ」

「え?勉強するんじゃないの?あんたさっき自分で言ってたわよね?私たちが気を抜いている間に颯爽と追い抜くって。もっと頑張らないと抜けないんじゃな〜い?」


 今度はアイビスがからかうようにアルス見る。


「げっ!?………う………い、いや、ほら今日は………なんて言うか……その〜勉強の気分じゃないっていうか………勉強もし過ぎるとあんまり良くないって言うし……な?」


 言葉を詰まらせるアルスに対してアイビスは「ここだ」と言わんばかりに悪い笑みを浮かべてアルスに詰め寄る。

 が、アイビスが口を開くより前にフェンリルが答えた。


「じゃあ、今日の放課後は三人で買い物に行くって言うのはどうかな?」

「………え?買い物?」

「いつも狩りばかりしてるし、たまにはこういうのもいいと思うよ?それに、買い物も大人になるにつれ必要になってくるからね」


 そう笑顔で人差し指を立てながら言う。


 ………買い物?

 いきなりなんだよ。

 今欲しいものとかないんだけど。

 ……いや、もしこれを断ったら勉強会が決定しちまう。

 特に行きたいわけじゃないが、まぁ、勉強じゃなかったらなんでもいいや。


「いいじゃない!行くわ!」

「まぁ、別に俺もいいけど……」

「決まりだね」


 そんな会話をしながら歩いているといつの間にか村の出口まで来た。


 すると、前から一人の老婆がトボトボトボトボと歩いてきた。


 いつもすれ違う村の老人だ。

 今日も変わらず日課の散歩だろう。


 アルスたちはその人にいつものように挨拶をする。


「おはようございます!」

「おはよう〜」

「おはよう、おばちゃん」


 ごく普通の挨拶。

 だが次の瞬間、何故かその老婆はアルスたちを見て、ギョッとしたように目を見開き、詰め寄って来た。


 アルスたちも思わず二三歩後退くも老婆はアルスの手を掴み、物凄い血相で言った。


「あんたたち、もう大丈夫なのかい!?」

「「「…………え?」」」


 そう言われ、アルスたちはなんの事か分からず首を傾げた。


 なんだ?

 大丈夫???

 なにが大丈夫なんだ?

 この腕のことか?

 っていうか、もうってなんだよ。


 老婆はすかさず言う。


「あんたら、あの『新種の魔獣』を退治したんでしょ?」

「!!! あっ、そうです。」


 すかさずフェンリルが答える。


 つまり、新種の魔獣を倒したのがアルスたちだということを知っていたのだろう。

 大怪我で帰ってきたことも含めて。

 それが事件からまだ二週間しか経っていないのに何食わぬ顔で外を歩いているのだ。

 驚くのも無理はない。


 ん?!この婆さんそのこと(新種討伐)知ってんのかよ!

 もうそんな情報が回ってんのか。

 新種の魔獣を倒したことも、大怪我負っていたことも。

 まぁ、ヒーローみたいな感じで悪くないな。

 人知れず街を救って英雄に――。

 こういうのって昔図書館で読んだ『フラルド・グランツの冒険』みたいだな。

 誰も知らないところで街の危機を救い、主人公は綺麗な街娘にモテまくる展開。

 フィーネスも街娘にモテるシーンが好きすぎて二十回は見直したって言ってたな。

 その部分だけ。


 ってことは、もしかして俺もそのルート入ってるんじゃないか!?

 主人公勝ち確ルート入っちゃってる!?

 街娘やクラスメイトにもチヤホヤされるのでは!?

 でへへへっ。

 最高だ。

 これは決まったな。


 そんなことを考えているとアイビスがゴミを見るような目で見てきた。


 おっと、いかんいかん。

 顔に出てたか。


「実は怪我の方はもう治りまして、今日から学校に行けるようになったんです。」

「あーそうなのかい。てっきりまだまだ治るのに時間がかかると思ってたよ」


 そう淡々と老婆は話す。


 まぁ、治癒魔法を使えば大体こんなもんだ。

 さすがに今回は度合いが度合いだから完治には至らなかったが。


「あんたらのおかげで助かったよ。ありがとうさん。」


 老婆は微笑みながらそう言った。


 感謝された。


 アルスたちはこの地底世界を守らなければならないという気持ちで戦ったわけではない。

 確かにそれもあるにはあるが、ただ自分たちの大切な場所を守る事が第一だ。

 それが結果的には他の人の役にも立てたということ。


 なんだかいい気分だ。

 ほんとに英雄みたいになっちゃったりして。


「いえ、大したことでもないですよ。守るべきものを守っただけです」

「はうっ!」


 フェンリルのハンサムスマイルに心を打たれる老婆。


「それじゃあ僕たちもう行きますね。」


 長くなりそうな話を早めに切り上げ、歩き出した。



---



 中央大きな部屋(タンガ)に着いた。


 中央大きな部屋(タンガ)は二週間前のような大慌てで人々が走り回るような姿は当然無くなっており、人々はいつものように穏やかな暮らしに戻っていた。


 アルスたちが道を歩いていると人々が寄って来て、さっきの老婆のように感謝の言葉や賞賛の声がかけてくる。

 正しく、街を救った英雄のように人集りが出来ていた。


 三人はその人集りを何とか上手い具合に交わしつつ、学校に向かっていた。

 忙しそうに、それでも嬉しそうに。


 だが、一人だけ不服と言った表情を浮かべている者がいる。


 おかしい……。

 おかしいぞ、これは。


 今回の件でチヤホヤされると欲に溺れているアルスである。


 なんでだ。

 なんでそうなる。


 アルスの視線は笑顔で人集りを流すフェンリルとアイビス。

 二人を、全力で妬んでいるような目で見ている。


 俺の予想では街娘たちが寄ってきて腕を組んで来たり色目使ってきたりとチヤホヤされるはずだった。

 彼女とか余裕で三十人くら出来ると思ってた。

 実際、アイビスやフェンリルの周りには可愛い娘が何人もいる。

 体に触れられたり握手したり。

 当然だよな?地底世界の危機を救ったんだ。

 それぐらい揉みくちゃにされるわなぁ。


 だけど、おかしいなぁ。

 俺も一緒に地底世界の危機を救ったんだぜ?

 綺麗にトドメを刺したのは俺だぜ?

 なのに…………なのにさぁ!!!!

 なんで俺の周りには可愛い娘どころか女の子が一人もいねぇんだよ!!!!!


 今、アルスの目の前には、商店街の爺婆ばかり。

 アルスに目をくれる女の子は一人もいない。

 これはアルスの日頃の行いが直結している。


 常日頃から水浴びの覗きや女子の残り香を嗅ぎ回すなどという変態行為を繰り返していれば、この結果も目に見えていただろう。


 好感度が0から10に上がったとかではなく、そもそも好感度のパラメーター自体が完全に壊れているのだ。

 故に、アルスがどう足掻いても好感度が上がることは無いし、騒ぎを立てれば立てるほどゴミを見る目で見られるのだ。


 どうなってるんだ………。

 俺に声をかけるどころか、無視する奴もいる。

 なんなら俺を見て舌打ちする奴まで。

 俺が何したって言うんだよ!

 ちくしょう!!



---



 ――学校に着いた。


 アルスたちは街の人に囲まれ、学校に来るのが遅くなった。

 もうみんな教室にいる頃だろう。


 校舎に入ったところでフェンリルがようやくアルスの状態に気づく。


「アルス、なんか機嫌悪いね」

「…………別に。」

「チヤホヤされなかったから拗ねてんのよ。ほっときなさい」


 アイビスに図星を突かれる。

 フェンリルも小さく哀れみの声を漏らし、気を遣うように黙り込んだ。


 なんだよ、お前らだけチヤホヤされて。

 人気者気取りやがって。

 気遣うなよ!!!

 余計悲しくなんだろうが!!!

 …………ごめんやっぱ気遣って。


 下駄箱を抜け、廊下を曲がる。


 そして教室前の廊下まで来た時、クラスの女子がアルスたち目掛けて走ってきているのが見えた。

 心配したような顔で駆け寄ってくる。


 アルスはその姿を見て目を見開くと同時に脳内にビビっと電流が流れるような衝撃が走った。


 女子たちがこっちに向かってきている?

 はっ!

 まさか!

 街娘はあんなだったけど、クラスメイトは俺の事を心配してくれていたのか!

 街娘たちが寄って来なかったのは伏線!

 溜めに溜めてようやくここで俺の番ってことか!

 なるほど!そういう事か!

 そういう事なら遠慮はいらない!

 さぁ来いッ!

 地底世界を救った英雄の――


「ちょっと邪魔!」

「あてっ!」


 一番前に出た女子たちはアルスを突き飛ばし、そのままアイビスの元へ駆け寄る。


「アイビス大丈夫!?」

「心配したんだよ!!」

「どうしてそんな危険な事をしたのですか!!?」

「怪我はもう大丈夫?」


 あまりの気迫にアイビスは少しオドオドしながら答える。


「もう大丈夫よ。大変だったけど………まぁ、詳しい話は後でしましょ。もう授業が始まるわ」


 そう言ってアイビスは明らかに嘲笑うかのような目でアルスに一瞥をくれた後、そのクラスの女子たちを引き連れて先に教室へと入っていった。


 アルスはその様子を尻もちをついた状態でただただ呆然と見ていた。


 その姿を見て、フェンリルは苦笑いで取り繕いながらアルスに手を差し伸べた。


「あはは…………大丈夫?」


 アルスはその手を見つめた後、何も言わずその手を取った。


 グスンッ………。


 涙が出てきた。


 肩を下げて歩くアルスに、フェンリルはアルスの後ろに手を回し、励ますようにポンポンと背中を叩いた。


 励ますなよ。

 余計悲しくなるだろうが……。

 ……………やっぱり励まして……。


 アルスは鼻を啜りながらフェンリルと一緒に教室に入った。



---



 アルスたちがクラスに入るとクラスメイトたちがワラワラと寄ってきた。


「おぉ!!アルスとフェンリルじゃねぇか!!」

「噂は聞いたぜ!!!お前らが新種の魔獣を倒したんだってな!すげぇな!」

「もう体の方は大丈夫なのか?」

「アルス腕折れたままじゃん!」

「アルス泣いてんの?そんな痛ぇのかそれ。」

「どんな奴だった!?やっぱり強かったか!?」

「お前らが優秀なのは知ってたけどここまでとは……。」

「フェンリル君かっこいい〜〜!!!アルス邪魔。」

「フェンリル君、後でどんな感じだったか教えて〜〜!!あぁ、アルス居たの……。尻尾巻いて逃げたのかと思ったわ………」

「アルス死ね!」


 なんでだよ。


 フェンリルはクラスメイトたちに一つ一つ愛想良く返事を返していく。

 その後ろでアルスはブスっとした顔でついて行く。


 違ぇんだよ。

 お前ら男子からの賞賛が欲しいんじゃねぇの!

 男子からの賞賛が嬉しくないわけじゃねぇ。

 褒められる分にはいい。

 けど、俺が求めているのは女子からの賞賛だ!!!

 むさ苦しい男の声じゃねぇ!!!

 生き返るような黄色い声だ!!!!


 そんなことをしてるうちに教師が教室に入ってきた。


「はい!では皆さん、席に着いてください!今から授業を始めます!」


 今日の最初の授業は魔獣生態学の授業。

 担当教員はマルッフィルだ。


 マルッフィルはいつものようにニッコリとした笑顔で教壇に立っている。


 彼女は基本温厚なため、本気で怒ってるところなど見た者はあまりいない。

 なにかあっても注意ぐらいで済ます。


 だが、今日は少しいつもと様子が違う。

 ニッコリとした笑顔のまま、アイビス、フェンリル、アルスの順番で視線変えていき、軽くため息をつく。

 そして、表情と一致しないほど冷たい声で呟く。


「そうでした、あなたたちの復学は今日からでしたね。体の方は大丈夫ですか?」

「………は、はい。まぁ、なんとか……」

「………だ、大丈夫です」

「左腕だけ治んなかった」


 マルッフィルの声にビクつきながら返事をするフェンリルとアイビス。

 そんなことはどうでもいいアルス。


 マルッフィルはため息をつき、急に説教が始まった。


「………そうですか。二週間前にも同じことを言いましたが、あなた方が生きて帰ってこれたのはとても幸運な事でしたし、我々もすごく安心しました。ましてや事の原因まで処理してくるなど大したものです。ですが、それはそれとして、自分たちがとった行動に対する事の重大さについて理解していますか?」

「「………」」


 言葉が出ない二人。

 鼻をほじるアルス。


「あなた達がとった行動は、異常事態(イレギュラー)発生時による警告の無視。狩人規定の違反。休校時における学内への侵入及び第一級会議の盗聴。挙げていげはキリがありません。」

「「………」」


 しり込みする二人。

 思った以上にデカい鼻くそが取れて驚くアルス。


「我々教員だけでなく、他の重役たちにも多大なる迷惑をかけたこと。一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたのですよ?それをちゃんと理解しているのですか?」

「「………すみません。」」


 ぐぅの音も出ない様子の二人。

 杖と間違えて母の箸を持ってきたことに気づくアルス。


「…………何もあなた達を責めたいわけではありません。あなた達がいなければ新種の魔獣がどうなっていたか分かりませんし、もっと甚大な被害になっていたかもしれません。大役を果たしたと言うべきでしょう。ですが、だからと言ってあなた達自身を蔑ろにしてはいけません。どれだけ優秀だろうと、あなた達の命は一つしかないのです。その一つが無くなれば、どれだけの人が悲しむと思いますか?」

「「………っ!」」

「今頭の中に思い浮かぶ人がいるなら、そういった行動は控えなさい。悲しみは()()()()ですよ。」

「「……はい、すみませんでした。」」


 深々と頭を下げる二人。

 その勢いのまま机に頭を付けて寝ようとするアルス。


 周りの生徒たちはその様子を複雑な顔で見ていた。


「分かればいいのです。それでは、説教ばかりしてもつまらないですし、授業を始めましょうか」


 マルッフィルが手をパンと叩く。

 それと同時に全員が気を緩める。


 普段あまり怒らないマルッフィルが怒っているのだ。

 誰でも息が詰まる。


 マルッフィルが怒っていた原因はおそらく学校の規定を破ったことでもなく、警告を無視したことでもない。

 彼女が怒っているのは自分自身を大切にしない彼らの行動に怒っているのだろう。

 マルッフィルも生徒思いなのだ。


「――と、言いたいところなのですが、今日は授業をしません。」

「…………?」


 アルスが顔を上げる。


 授業をしない?


 マルッフィルが授業をすると言った手前、あべこべなことを言い出した。


 クラス全員の頭に「?」が浮かんでいる。


 なんだ?自習でもさせるのか?

 大体授業をしない時は自習だが。


「今日は " 卒業試験に向けての説明 " をします。

 大事なことなので皆さんメモを取りながらしっかり聞いてくださいね。」


 そう言うとクラスがザワついた。


 卒業試験か……。

 そういえばあと二ヶ月後ぐらいに卒業試験を受けるだのなんだって言ってたような気がするな。

 卒業までは三ヶ月ぐらいあるって言うのに。

 もうそんな時期か。

 早いもんだ。


「皆さんは二ヶ月後に卒業試験というものを受けてもらいます。内容は言葉通り。卒業するに至って必要な試験。つまり、全員が通らなければならないものです。それを合格出来なければ―――」


 説明が長いので端折って説明するとこうだ。


 卒業試験を合格出来なければ留年(再度六年生として在籍しなければならない)。


 試験内容は筆記、演習、実習の三つ。

 筆記は座学による六年間の総復習。

 演習は上級以上の魔法を担当教員の前で披露。

 実習は三人一組のチームに分かれ、魔獣の討伐。


 この三つを点数で評価し、その合計点で合否を決める(実習はチームの点数の一人あたりの点数へと換算したものが個人の点数となる)。


 ざっとこんな感じだ。

 内容的には簡単だ。

 六年生であるならば誰しもが余裕で合格出来るレベルだろう。

 過去に合格出来なかった者は地底世界の長い歴史を見ても数人しかいないらしい。


 今のアルスでも余裕だろう。

 と、思いたいが、余裕では無い。


 ここ最近の勉強特訓により、アルスの成績は急激に伸びてきている。

 今の成績はまだ、クラスの中間に差し掛かるか差し掛からないかの微妙なところに位置にいるが、卒業試験までの猶予は二ヶ月。

 そうなると、アルスは筆記では問題無く点数を取れるだろう。

 だが、一番の問題はそこではない。


 アルスはアホで有名であるため、座学の方ばかり目が行きがちだが、何よりもアルスが不得意とするものは " 魔法 " 。

 魔法実習学。

 つまり、演習だ。


 アルスの魔法に対する意識は少し前までは極めて低かった。

 だが、ここ最近は勉強に対する意識変化と共に徐々に良くなっていき、今ではそれなり興味はある。

 意識の方は問題ない。


「問題は…………ごめん、全く分からない。」


 それがフェンリルから言われた言葉である。


 何故魔法が使えないのかさっぱり分からない。

 魔法に対する意識が良くないから使えないのだと思っていたが、そういう訳ではなかった。


 フェンリルに何度も何度も勉強の合間に教えてもらったが、出来て初級魔法。

 つまり、全く成長していないのだ。


 アルス自身も魔法仕組みも理解した上での結果である。

 そもそも魔法が使えない体質の人間なのだ。


 卒業試験の点数配分は演習が一番大きいと言っていた。

 つまり、アルスにとってかなり不利な戦いである。

 こればかりはどうしようもない。


 だが、それだけで卒業が決まるわけではない。

 出来ないものがあるのならば他のものでカバーすればいい。


 筆記に加え、アルスにとっての最大の武器。

 ―――実習だ。


 実習に関しては内容は戦闘実習学のもの。

 アルスは戦闘実習学ならば学年トップだ。

 これ以上の武器はない。


 三人一組で行われるこの試験はチームが誰と組まれるかで大きく変わってくる。

 ここで優秀な人間と組めば高得点間違いなし。

 演習が出来ずとも合格は間違いなしだろう。


 俺が合格するには何とかして実習で限りなく高い点数を叩き出すしかない。

 となると実習の班はアイビスとフェンリルの二人と組めればベストだな。

 まぁ、どう考えてもそれは有り得ないんだけどな。

 二人とも実習の成績は俺の次だもんな。


「えーさっそくですが、実習の班を発表します」


 マルッフィルがそう言うと生徒たちが声を上げた。


 なぬ?

 発表します?

 もう?


 生徒たちがマルッフィルにどんどん質問していく。


「班を発表しますってどういうことですか?」

「もう決まってるんですか?」


 えーと、班を発表するってことはもう既に教員たちで決めてしまっているのか。

 てっきり、くじ引きとか自分たちで組むとかすると思っていたが。


「はいはい!皆さん落ち着いてください!実力差を考慮し、班は既に先生たちで話し合って決めています。ですので、文句は言わないでくださいね。どんなに嫌な人と組まされても、大人になると文句を言わずに従わなければならないのですよ。どんだけストレス溜まる上司でもペコペコと頭を下げなければいけないんです。」

「先生?みんな見てるよ?」

「はぁ、いつになったら自由になれるかしら。早く死なないかしら、あの爺」

「先生ー!!!ブレーキ踏んでくださーい!みんな見てますよー!!」


 マルッフィルは遠い目をしながら何やらブツブツ呟いていた。

 教師にも楽な仕事じゃないのだろう。色々と。


 って、そうじゃなくて。

 班だ、班。


 先生たちで決めたのは実力差を考慮してって言ってたな。

 確かに、俺たちで組むと実力差が出たりして点数も大きく変わってくるから絶対にないな。

 まぁ、試験としてはそれが最善だろう。

 となると、アイビスとフェンリルの二人と組める可能性は無くなったな。

 こればかりは仕方ないか。


「おっと、いけませんいけません!私とした事が思わず口を滑らすところでした。」


 いやもうだいぶん滑らせてたけどね。

 アクセル半分踏み切ってたからね?


「えー、それでは!今から卒業試験の実習の班を発表していきます。ちゃんと聞いていてくださいね。ではまず一班から…………」


 班が発表され始めるとみんな息を飲むように静かになる。


 やっぱりみんな、誰と班になるのか気になるのか。

 まぁ、みんなは誰と組もうが合格出来るだろうけど。

 くそっ!

 俺もちゃんと授業受けときゃ良かった!



---



「そして、最後に九班」


 気づけばもう最後の班の発表になっていた。


 今まで名前呼ばれなかったから俺は九班だな。


「アイビス、アルス、フェンリル、以上三名。」


 クラスが静まり返った。


 なるほどなるほど。

 俺の班はアイビスとフェンリルか。


「…………え?」


 アイビスとフェンリルと俺………?

 …………え?


 頭がこんがらがるアルス。


 シーンとしていたクラス中もあまりの予想外の班に野次を飛ばし出した。


「どういうことですか!」

「その三人を一緒にしたらどう考えても差が出るじゃないですか!」

「差が出ないようにするんじゃなかったんですか!?」

「アルス〜、変わってくんね?」

「嫌だよ」


 飛んでくる野次に思わず耳を塞ぐマルッフィル。


 最初に文句を言うなと言ったのはこうなるのが分かっていたからだろう。


 俺たちが同じ班か。

 俺にとっちゃラッキーだ。

 俺たちは実習の成績は最上位の三名。

 他の奴らとは格段にレベルが違う。

 だから俺も二人と組む事は無いと思っていたんだが………。

 どうなってんの?


 マルッフィルがすぐに宥める。


「落ち着いてください!これには事情がございますので!」


 アイビスとフェンリルの方をチラッと見る。


 二人は首を傾げつつも少し嬉しそうにしている。


 お前ら俺と組めてそんなに嬉しいのか。

 オイオイ照れるじゃないか………。


「彼らは二週間前に問題行動を起こした三名です。本来ならしっかりとした処罰を下すべきですが、我々教員の協議の結果、ペナルティとして、彼らの実習試験の難易度を上げることにしました」


 周囲がザワつきだす。


 なるほどね。

 この前の問題行動のペナルティか。

 それなら仕方ないな!

 難易度とかも上がるわけだし?

 結果的にこれが一番公平って先生たちが言うなら仕方ないな。

 うん、仕方ない仕方ない。


 アルスが嬉しそうに頷く傍らに、フェンリルが手を挙げて質問する。


「先生。ちなみにその試験内容は?」


 マルッフィルはニッコリ笑って答えた。


「それは言えません。」

「「「!!!?」」」


 おいおい、それは無いだろう!

 いくら何でも俺たちだけ試験内容を言わないのはあまりにも不平等だろう。

 こっちはただでさえしばらく狩り出来ないんだぞ。

 調整とかも必要なんだぞ!


 あれ?

 そもそもみんなの実習の試験内容って先生言ってたっけ?


「実習の試験内容は当日に試験官から発表されます。それはあなたたち三名だけでなく、全員です。」


 クラスがどよめいた。


 あっ、俺らだけじゃなくてみんな教えてもらってないのね。

 まぁそうだよな。

 じゃないと不平等過ぎる。


「ですから今は無理ですが、北大大きな部屋(タンガ)の閉鎖が終わり次第、試験までに班で狩りに行き、練習や連携の確認などをしておいて下さいね。」


 キーン コーン カーン コーン………


 ちょうどいいタイミングで授業を終えるチャイムが鳴った。


「では、質問等があればまた聞きに来てください。それでは授業を終わります。」


 そう言ってマルッフィルは颯爽と教室を出ていった。


 卒業試験のことは大体把握した。

 実習内容は分からないが、アイツらと一緒なら問題はないだろう。


 筆記は………まぁ、もう少し頑張るとして。

 演習の試験勉強は死に物狂いでやるしかないな。

 出来るかは分からないが、せめて中級魔法くらいまで使えるようになろう。


 さて、試験まで忙しくなりそうだ。

♦ちょこっと雑学♦

グランベル学園教員たちは変わり者が多いとして有名。マルッフィルは『学園の珍しいまともなタイプ』として知られている。

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