第十一話「永遠に絆ぎし約束の地」
全ての準備を整え、出口に立つ。
魔獣は依然として微動だにせず、禍々しい雰囲気を漂わせながら佇んでいる。
俺たちの姿を見ても襲ってこない。
それどころか目もくれない。
待っている…………というより、なにか別の目的があるように見えるな。
「二人とも、最後の確認だ。僕とアイビスはグランドウルフに、アルスはグランドバットの援護と共に、敵の頭を攻撃。相手の攻撃は背中から飛んでくる岩と尻尾の攻撃、この二つは絶対に気をつけて。致命傷になりかねない」
「分かったわ」
「了解!」
手に汗を握るほどの緊張と圧迫感。
敵の姿を確認し、ゆっくり目を閉じて大きく息を吸う。
そして目を開ける。
「よし!行こう!」
合図とともに全員が動き出した。
――戦闘開始だ。
---
合図と同時にアルスは飛び出した。
まずは攻撃を引きつける!
アルスは低姿勢で走り出し、トップスピードで魔獣に向かって一直線に突っ込んでいく。
アルスの後ろにはグランドバットの群れが低空飛行で隊列を成して付いてくる。
いつでもアルスをサポート出来る形だ。
フェンリルとアイビスはグランドウルフに乗って移動しながら詠唱を開始し出した。
ウオオオオオオオォ!!!!
魔獣はアルスに気づき、雄叫びを上げながら前足を振り上げる。
だが、アルスは止まることなく突っ込んでいく。
流れるように前足が振り下ろされ、綺麗に踏み潰されたかと思いきや、アルスは前足が地面に着く前に颯爽とその場を駆け抜けて行く。
後ろに付いていた魔獣たちもバラけてその攻撃を交わし、またアルスの後ろに付く。
砂埃が立ち込め、あまりの速さに魔獣は一瞬にしてアルスを見失い、動きが停止する。
アルスは魔獣の足元を抜け、そのまま旋回して左に出る。
魔獣は気づいていない。
アルスは走りながら少し大きめの石を拾い、魔獣の方に向き直ると同時に勢いよくその石を投げつけた。
「どこ見てやがる!こっちだ!
魔獣はアルスに気づき、引き付けられるように体を捻ろうとする。
動きが遅い!
目で追えるのがやっとだろ!
アルスはまた走り出し、今度は魔獣の後方へと駆け出す。
と同時に、詠唱を終えたアイビスとフェンリルが一斉に魔法を放つ。
「『冷徹な水霊よ!無慈悲な力で彼の者を凍てつかせ!氷発!!!』」
「『鳴り響く雷鳴よ!その怒りをもって撃ち落とせ!落雷!!!』」
――頭に直撃する。
魔獣はまた動きが止まり、尻尾が下がる。
よし、今だ!
アルスは降りてきた尻尾に向かって突っ込んでいき、そのまま剣を振り上げ、思いっ切り振り下ろす。
「オラァァ!」
尻尾は大量の血飛沫をあげ、アルスの体を赤く染める。
攻撃が入った!
尻尾は足とは違うのか?!
アルスはもう一度攻撃しようと剣を振り上げた時、魔獣の尻尾がうねりながら持ち上がった。
「チッ!」
アルスは顔に付いた血を拭い、次の攻撃に移る。
尻尾に攻撃は入るけど、やっぱり頭の方が有効か。
一番近くにいたグランドバットの上に飛び乗り、そのまま群れごと魔獣の上まで上昇する。
アイビスとフェンリルは移動しながらそれぞれ二発目の魔法を放っている。
一つは頭、もう一つは振り上げている足に阻まれる。
キエェェェェェェェ!!!!
魔獣は奇声を上げ、口を大きく開けた。
熱気か!
二人はそれに気づくも、領域外には向わず、魔獣の足元へと移動する。
何してんだ!?
そっちは領域の外じゃないぞ!
アルスが声を張り上げようとした時、熱気が勢いよく放たれた。
熱気はものすごい熱を放ちながら地面を溶かしていく。
が、その熱気は魔獣の足元に滑り込んだ二人には届かず、足元の手前で止んだ。
そうか!
足元に居れば首の角度からしての攻撃が当たらないのか。
それを見越して二人は足元へ移動したわけか。
って、それ俺にも教えろよ。
熱気を放ち終えた魔獣はまた三人を見失った。
アルスを乗せたグランドバットはその隙に物凄い勢いで飛行し、一瞬にして側頭部の辺りに着いた。
そしてそのまま魔獣の頭の周りを周回しながら斬りつけていく。
何度も、何度も――。
ハエのように魔獣の顔の周りを動くアルスたちに魔獣は反応出来ていない。
数十回程斬りつけた後、剣を逆手に持ち替える。
「行けっ!」
合図と共にグランドバットは魔獣の目の辺りを一直線に通過する。
逆手に持った剣で魔獣の左目を刺し、そのまま真横に斬り裂いた。
目から血が噴き出し、瞼が閉じられる。
ウオオオォァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!
魔獣は雄叫びを上げて暴れ出した。
片目を潰した!
行ける!
そのまま旋回。
もう一度顔の前まで来る。
次はもう片方の目を狙う。
剣を持ち替え、合図を送ろうとした時、魔獣が体をうねらせた。
眉を顰める。
なんだその動きは……!
初見技か!!?
だが、グランドバットはすぐに危険を察知し、距離をとる。
他のグランドバットたちも逃げるように上空へと避難する。
次の瞬間、魔獣は体を一回転させ、尻尾を大きく振り回した。
周りの壁や地面を巻き込み、瓦礫が飛んでくる。
「っ!」
グランドバットは飛んでくる瓦礫の合間を縫うようにして避けていき、すぐに上空で待機していた群れと合流した。
下は砂埃で何も見えない。
「やっべぇな今の……!グランドバットがいなけりゃ確実に殺られてたな。」
立ち込める砂埃にハッと二人のことを思い出す。
二人は無事なのか!!?
確か最後に見たのは熱気から回避してる時だった。
そこから見てないぞ。
「アイビスーーッ!フェンリルーーッ!」
叫び声に返事はない。
おいまさか今ので殺られたんじゃないだろうな?!
だが次の瞬間、砂埃の中から赤い光が見え、大きな火の玉が姿を現した。
アルスたちまで焼け落ちそうな程の熱気を放つその火の玉は魔獣の頭を目掛けて飛んで行き、着弾と同時に暴発した。
不意を憑かれた魔獣はあまりの勢いに足をよろけさせ、体が傾いた。
「うお熱ッつッッ!!!」
熱風が上へと押し寄せる。
逃げるように高度を下げる。
「『泉の精霊よ、汝を照らす飛沫となれ!水晴!』」
砂埃から詠唱が聞こえ、辺り一帯を埋め尽くすほどの水飛沫が上がり、視界を閉ざしていた砂埃を徐々に打ち消す。
視界が開け、探すまでもなく二人は見つかった。
二人はグランドウルフに跨り、魔獣を見上げている。
二人は少々怪我を負っているが目立った外傷はなく、無事なように見える。
どうやらなんとか上手く交わしたようだ。
「危ねぇな!!!俺まで焼けるとこだったろうがッ!!!」
「知らないわよ!こっちからじゃなんも見えないんだからアンタが上手く交わせばいいでしょ!!?」
「ちょっと今喧嘩やめて!」
キエェェェェェェェ!!!!
魔獣は疲弊しているかのように片膝をついただが、再び奇声をあげる。
魔獣はまた大きく口を開けて熱を溜めていく。
三人も再び動き出す。
グランドバットを引き連れたアルスは魔獣の周りを旋回するように飛ぶ。
二人は足元に滑り込むように走り出す。
それはさっき見たぞ!
今度は右目に狙いを定め、もう一度死角になる側頭部へと向かう。
だが次の瞬間、魔獣はさっきよりも短い溜めで熱気を放った。
「っ!」
放たれた熱気は至近距離でアルスたちに向けられた。
グランドバットたちはそれを交わすも、群れの数匹は逃げ遅れ巻き込まれた。
黒焦げになって焼け落ちていくグランドバットを尻目に、熱気はアルスたちを追従するように放たれ続ける。
「くっ!」
旋回しながら逃げるも群れが四散する。
熱気は止まらず、アルスに向けて放たれ続ける。
やばい!
当たる!当たる!
焼け落ちそうな熱気が真後ろまで迫る。
だが次の瞬間、アルスの乗るグランドバットが一気に進路を変えた。
旋回をやめ、一直線に魔獣へ目掛けて飛んでいく。
指示はない。
独断だ。
!?
どこに――
そんな考えがよぎると同時に一気に急降下。
「うえっ!?」
アルスはあまり速さに振り落とされそうになりながらも何とかしがみつく。
そして一瞬にして魔獣の胴体の下へと入り込んだ。
――と、思えばそのまままっすぐ突っ切り、反対方向から浮上。
予想外の行動に魔獣はアルスを見失い、熱気が止まった。
だが、アルスはあまりの上下の動きに気分が悪くなり嘔吐く。
「うぷっ!」
やべぇ。
吐く……。
涙目になりながら口元を抑える。
一度止まりたいところだが、そうもいかない。
グランドバットはキュルキュルとか細い声を鳴らし、はぐれた群れとコンタクトをとる。
すぐに同じような音が返ってくる。
――上だ。
上を見上げると、そこにはさっきバラけたグランドバットたちが集まって旋回している。
無事に大半は生き残っている。
アルスの乗るグランドバットも群れに合流しようと上昇する。
「うぷっ!揺らさないで、ホント出ちゃうから………。キラキラもキラキラで隠せないほどキラキラしちゃうから。」
移動していると魔獣は次の行動へと移る。
小さく身震いをし、背中を若干反らせる。
「?」
なんだあの動きは見た事ねぇぞ。
初見か?
だが、その動きを見たフェンリルとアイビスはそれを阻止しようと詠唱を開始する。
その動きは初見ではない。
既に見たものだ。
アルス以外は――。
二人は詠唱を素早く口にする。
――だが間に合わない。
フェンリルは詠唱を止め、大きく息を吸う。
「アルス!!!逃げて!!!」
必死な声が響く。
同時に魔獣の背中から無数の岩が勢いよく放たれた。
「っ!」
無数の岩の矢が襲いかかる。
そして、グランドバットたちはその矢にどんどん撃ち落とされていく。
アルスも飛んでくる矢を剣で弾いていきながら攻撃の隙を縫って回避していく。
だが、一番近くにいたアルスにとっては回避は不可能。
アルスの乗るグランドバットの片翼が矢に貫かれた。
「ぬわっ!」
大きく揺れ、失速する。
やられた……!
どうする………?!
このままじゃ――
「っ!」
その瞬間、矢がアルスの頭に直撃した。
いや、正確には掠めた。
アルスは体制を崩し、グランドバットから落下した。
「アルス!!!」
グランドウルフに乗ったフェンリルが走り出す。
距離は遠くない。
間に合う。
だが、近くに寄るほどフェンリルたちにも岩の矢が降り注いでくる。
グランドウルフの俊敏性を活かして避けながら進む。
だが数が多すぎる。
「アイビス!援護を!」
「『燃え上がる劫火よ!尽きぬ魂の如く燃やし尽くせ! 炎球』!」
巨大な火の玉が魔獣の頭に直撃した。
焼け落ちそうなほどの熱気が爆発する。
魔獣はよろめき、攻撃が止まる。
瞬時に落ちてきたアルスをフェンリルがキャッチし、走り抜ける。
「アルス!大丈夫!?」
「っ!………大丈夫だ。ちょっと掠っただけだ。」
アルスの頭から大量に血が流れていた。
「『汝よ癒し、汝よ守り、汝よ救え。立ち向かう彼の者に精霊の加護を――治癒』」
フェンリルの手が淡く光り、アルスの傷口が塞がる。
「サンキュ!」
アルスが頭の血を拭う。
「あまり触っちゃダメだよ!応急処置なんだ。表面だけだから、また開いちゃうよ。」
「早くしなさい!次の攻撃に移るわよ!」
フェンリルの隣にアイビスが並走する。
「分かってる!魔獣は?」
「だんだん怯んできたんじゃないかしら?魔法が直撃したあとの動作が遅くなってきてるわ」
アイビスの魔法が直撃したあと、動きを止める間が長くなっている。
「魔法はあとどれくらい撃てる?」
「僕は魔獣たちを操ってる分、魔力消費が大きいからあと撃てて上級魔法一発だよ。」
「何発でもいけるわ。でも、付与魔法を使うなら最大であと五発よ」
一発と五発、計六発か。
それまでにトドメを刺せる状況に持ってかないといけないのか。
出来るか?
グランドバットもほとんどやられたし、単体で動くにも補助なしじゃきつい。
幸い俺がまだ全然動ける状態だ。
何とかならねぇか……。
「アルス、どうする?もうあまり余裕は無いよ!」
フェンリルの言う通り、あまり悠長にしていられない。
フィーネスたちが来てしまえば今までの努力が水の泡だ。
それに、これ以上続けるといつ大きな部屋が崩れてもおかしくない状況になる。
最後の一撃を入れたい頃合だが………
「いや、まだよ!まだ倒せない!あと少し削らないと無理だわ!」
アイビスが答える。
「でもこれ以上続けると大きな部屋が持たないよ!」
「それでもやらないと負けるわよ!!!」
言い合う二人。
アルスは考え込む。
どうするべきなんだ……?
このまま戦えば大きな部屋が持たない。
かと言って今アレを使えばたぶん仕留めきれない。
どっちだ。
どっちが正解だ……!!?
「………」
いや、そうだよな。
今じゃない。
今使えば確実に無駄になる。
「攻撃を続けるぞ!」
フェンリルが眉を顰める。
「でも大きな部屋が!」
「分かってる!けど、今の状況じゃ勝てない!大きな部屋の限界ギリギリまで削る!」
フェンリルが躊躇うように口を結ぶ。
だが、アイビスは即決のようだ。
「分かったわ!」
「………分かった。やってみよう。」
渋々の同意だが仕方ない。
「いいか、さっきと同じように二手に分かれて攻撃してくれ。俺も上で魔獣を削る。頃合いになったら合図は俺が送る。アイビスは用意しておいてくれ」
「えぇ……」
魔獣を見上げる。
アルスたちを探すように地面を睨みつけている。
「よし!行くぞ!」
合図と同時に二手に別れる。
アイビスが詠唱しながら目の前を走り抜ける。
魔獣の視界に入る。
魔獣はアイビスに気づき、足を振り上げ、思いっ切り振り下ろす。
アイビスの乗るグランドウルフは難なくそれを交わしていく。
魔獣の意識がアイビスに集中する。
アイビスが魔法を撃つ。
着弾――。
動きが止まる。
アルスたちはその間に反対側から出る。
そしてフェンリルがピーと高い口笛の音を鳴らした。
するとさっきの攻撃から生き延びたグランドバットが降りてきた。
数は六匹。
どれも満身創痍に見える。
グランドバットたちはアルスたちの真上を追従するように飛んでいる。
「残りのグランドバットたちだよ。上で戦えるのは彼らで最後だ。他の魔獣たちもみんなやられた。慎重にね」
フェンリルの言う通り、周りにはフェンリルが連れてきた大量の魔獣たちが転がっている。
酷いやられ様だ。
アルスはグランドウルフから飛び上がり、真上に飛んでいるグランドバットの足に捕まった。
「あぁ、これで決めるぞ!」
「気をつけて!」
グランドバットはそのまま上昇し、フェンリルたちと別れる。
これで決めなければ完全に終わりだ。
こんな奴に負けてたまるか!
魔獣は今にも動き出そうとしている。
グランドバットを旋回させる。
狙うはもう片方の目だ。
それさえ潰せばなんとかなる。
アルスはグランドバットの背中によじ登り、スピードをあげる。
そのままの勢いで顔に近づこうとした。
だが次の瞬間、魔獣は雄叫びを上げた。
ウオオオオオオオォ!!!!
魔獣を見ると口を大きく開けている。
――熱気だ。
今度は迂闊に近づけない。
アイビスとフェンリルは魔法で攻撃しながら足元へと走っている。
アイツの最後の弱点。
――目だ。
近付かずに目を潰す。
だが俺に飛び道具は無い。
どうす――
思考を巡らせる中、ふと自分が握る剣が目に入った。
「え、いやいやいやいや、流石にそれはないって!そんなん出来るわけないじゃん。」
だが、徐々に熱気が溜まっていく。
もしまた狙われたら今度は生き残れる確証は無い。
「嘘だろ。やるしかないのか?!」
猶予が迫られる。
剣と魔獣を交互に見る。
そして熱気が放たれるギリギリまで悩んだ末。
「〜〜〜〜〜ッ!!!ごめんよ!相棒ッ!!!」
アルスは握りしめる剣を振り被り、魔獣の目を目掛けて思いっ切り剣を投げた。
剣は真っ直ぐ飛んで行き、大きく見開かれた目に見事に刺さった。
血飛沫を上げ、瞼が閉じられる。
ウオオオオォァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!
その瞬間、魔獣は声を上げ、悶えるようにして上に向かって熱気を放った。
熱気はトライアルの時と同じ場所に直撃した。
二度も同じ場所に熱気が当たったことにより、天井の一部が崩れ落ちた。
その崩れ落ちた瓦礫は出口を丸ごと塞いでしまった。
「なっ!」
まじかよ。
そうなるか………。
苦心の思いで投げた結果それって。
投げ損じゃねぇか。
アルスは呆気に取られるも、魔獣はのたうち回り始めた。
足をばたつかせ、尻尾を振り回し、暴れ回る。
おまけに熱気に背中の岩まで飛ばしてくる。
ヤケクソだ。
同時に瞼に挟まっていた剣が下へと落ちた。
アルスはグランドバットを下降させ、空中でそれをキャッチ。
すぐに上昇する。
目が見えなくなって暴れ出したか。
ものすごい振動が伝わってくる。
だがチャンスだ。
今のうちに頭を攻撃する。
アルスはグランドバットを操作し、頭目掛けて飛んでいく。
そして頭を斬りつける。
旋回して攻撃を交わし、もう一度頭を斬りつける。
アイビスとフェンリルも交互に頭目掛けて魔法を撃ちまくる。
がら空きの頭に何度も攻撃を入れる。
何度も、何度も。
――ピークに差しかかる。
ここまで来たら俺にも分かる。
頃合いだ!
アルスはアイビスの方見る。
瞬時にアイビスと目が合う。
アルスが合図を送ろうとした時だった。
――魔獣が異変を見せた。
妙な体のうねり。
今までとはまた違う、小さく丸まったような姿。
まるで何かを溜めるように――。
なんだ?
尻尾か?
いや、でもなんか少しおかしい。
そして次の瞬間、その動きが視界に映り、何かを考える間もなく物凄い勢いで尻尾が振り回された。
それは音速を超えるほどの速さで繰り出され、アルスは瞬きする間に攻撃が直撃し、グランドバット諸共壁に打ち付けられた。
「かはっ!あ"あ"っ!!!」
同時にボキッ!と音ともに左腕に激痛が走る。
遅れて風を斬る轟音と壁を巻き込む音が耳に入り、次の瞬間には尻尾は通り過ぎていた。
――一瞬だった。
アルスは何が起こったのか分からず思考が停止する。
そして、ゆっくり左腕を見る。
「っ!」
目を瞑りたくなるような光景を目にし、余計痛みを感じた。
アルスの左腕はさっきの攻撃によって飛んできた瓦礫が直撃し、あらぬ方向へと曲がっていた。
壁に体が嵌った状態で左手をまじまじと見る。
そして左手の先にはグランドバットたちが潰されるようにして壁にへばりついていた。
凄惨な光景だ。
「くっ!」
身動きをし、壁に嵌った体を動かす。
何とか抜け出た。
が、嵌っていた高さは十数メートルの高さ。
そこからアルスは落下した。
「あぁっ!!!」
骨に響く。
腕だけじゃない。
右足の方もおそらくやられている。
痛みで朦朧とする意識で顔を上げる。
周囲は砂埃が立ち上がり、何も見えない。
だが、すぐにあるものに気づいた。
――横たわる黒い二つの影。
大きさからして、グランドウルフだろう。
しかし、アイビスとフェンリルの姿が見えない。
そして、目の前には荒々しく息を立てながら佇む魔獣の姿。
両目は潰れているのに、何故か目が合う。
アルスは一瞬で悟った。
―― " 絶望的状況 " 。
死を前にした局面。
誰から見ても、負けを確信する状態。
あっ、やばい………。
これ………死ぬやつだ……。
今度は洒落にならねぇやつだ。
「はぁ……はぁ……」
息が荒くなる。
魔獣は…………全滅……。
腕も………折れた。
助けは…………来ない………。
アイビスとフェンリルも…………もう……。
這いつくばるアルスに魔獣の生ぬるい鼻息がかかる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
冷や汗が流れ、恐怖で震え出す。
死ぬのか?
………ここで………。
そう頭に浮かぶと同時に、ふとたまたま近くに落ちていた自分の剣が目に入った。
いつも握りしめていた剣。
自分の愛剣。
アルスは少しの間それを見つめたあと、大きく息を吐き出した。
何かを思ったわけではない。
何かを感じたかと言われても分からない。
ただ、這いつくばりながら剣を手繰り寄せていた。
そして、剣を取り、握りしめる。
――強く、強く。
「ふぅ……」
アルスは這いつくばった状態でゆっくり剣を構える。
それは弱々しく、負け犬の最後の足掻きのように。
だが、その瞳に陰りはなかった。
諦めない。
まだ………負けてない……。
もう片方の腕が残ってるんだ……。
絶望的状況がどうした……。
諦めないのが大事なんだろ!
そういう『覚悟』だろ!
大きく息を吸う。
「来いッ!!!片腕でも叩っ斬ってやるッ!!!」
勇ましく響く気迫のこもった声。
目一杯魔獣を睨みつける。
それに反応するかのように魔獣は頭をあげる。
最後の攻撃をするかのように、ゆっくりと。
そして、大きくアルスを見下ろす位置で、口を開いた。
同時に熱が籠っていく。
また熱気かよ。
アルスはゆっくり体を起こし、立ち上がろうとする。
「ふっ!……はぁ……はぁ……はぁ……」
策は無い。
攻撃を交わせる程の足ももうない。
ただただ剣を構えるだけしか出来ない。
この攻撃は………交わせない……。
――そう思った時だった。
砂埃の中から巨大な氷が飛び出てきた。
それは魔獣の頭に直撃し、溜めていた熱気が暴発する。
魔獣は不意の攻撃によろめき、両膝を地面に着く。
何が起こった………?
攻撃が飛んできた方を見る。
砂埃が舞う中、その " 少女 " は姿を現した。
「っ!………アイビス……!」
血を流し、ボロボロになりながらも杖を構え、睨みを利かせるアイビス。
傍らには何層にも重ねた岩の壁をフェンリルが必死に築いていた。
「まだ、終わってないわよッ!!!!」
その甲高い声は魔獣に対しての宣戦布告のように、アルスの尻を叩くように、大きな部屋全体に響き渡る。
生きてる……。
死んでない。
まだやれる!
終わっねぇ!
アルスは急いで左腕の応急処置を始める。
近くに落ちてあった薄く細長い瓦礫を拾い、左腕に添わせる。
服の裾を破き、しっかりと固定する。
形だけだがないよりはマシだ。
そして痛む足を庇いながら何とか立ち上がる。
行けるか?これ。
立つのもやっとだぞ。
ふらつくアルスの隣に何かが近づいた。
――目を向ける。
そこには、ボロボロになった一匹のグランドバットがいた。
「まだ飛べる」と言わんばかりに翼を広げる。
他のグランドバットはみんなさっき見た通り。
おそらくコイツが最後の1匹だろう。
「……お前………」
いや、考える暇は無い。
アルスはすぐにグランドバットの背中に乗る。
よろけながらも上昇する。
瞬く間に魔獣の頭の高さに到達する。
さっきよりも速度と勢いが無いがまだ全然飛べるな。
そのまま魔獣の周りを旋回し出す。
現状は―――
どうやら魔獣も虫の息のようだ。
もう決めに行ってもいい頃合だ。
いや、もうここしかない。
ここで倒すんだ。
けど、どうやって倒す……?
足も踏ん張れないし、片手しか使えない。
大剣を片手で振り回すなんて俺にはまだ出来ない。
何か策はないか………。
周りを見回す。
魔獣の体中を。
大きな部屋全体を。
「………あっ………」
そして真上を見上げた時、ふと気づいた。
今こいつは両膝をついて這いつくばるような状態だ。
それなら、大きな部屋のこの高さも使えるんじゃないか………?
「上だ!!」
アルスの声に反応し、グランドバットはゆっくりだが上昇していく。
だが、同時に魔獣も最後の足掻きを見せる。
背中から石の矢を放ち、泣け無しの熱気とゆっくりとした動きで尻尾を振り回す。
さっきとは比べ物にならないほど緩い攻撃だ。
本当に最後の一絞りなんだろう。
疲弊しているのがよく分かる。
だがそれはこちらも同じだ。
緩い攻撃だが避けるのがやっとだ。
進みたい方へ飛べない。
「くっ!」
苦戦する。
あとちょっというところで辿り着けない。
クソっ!
あと少しなのに!
熱気も尻尾も石の矢も交わせるけど、交わすのがやっとだ。
どうする……。
ふとアイビスの方を見る。
アイビスの方にも攻撃は飛んできている。
主に尻尾が削った壁の瓦礫が。
それをフェンリルが創った岩の壁で何とか防いでいる。
「アイビス、ラストチャンスだよ……」
「分かってるわよフェンリル。ここで決めるわ!」
アルスからその姿は見えないが、見えずとも分かる。
あとは俺だけだ。
周囲を見回す。
何かないか………。
打開策は………。
天井まで一気に登れるものは………!
「っ!……アレなら……上まで行けるんじゃ………!」
アルスは進路を変えた。
それは魔獣が振り回す尻尾の先の方。
何度も壁に当たったことによって小さくなるまで削れた岩。
ちょうどそれが振り回され、アルスたちに向かってくるところだった。
アルスは迷わずそれに突っ込んでいく。
――勢いよく、止まることなく。
そして、尻尾が目の前に来た時、グランドバットが急降下した。
――このままではぶつかると。
だが、アルスは急降下する寸前で剣を口に咥え、飛び跳ねた。
まるで自分から尻尾に当たりに行ったように。
いや、当たりに行ったのだ。
それがアルスの狙い通りのもの。
アルスは向かってくる尻尾にしがみついた。
弱った状態で振り回された尻尾は、アルスにとってはしがみつくのだって難しくない。
「んうっ!!!」
それでも勢いはある。
負けじと必死にしがみつく。
そして尻尾は岩が小さくなった分、軽くなり振り切ると同時に上へと振り上がった。
同時にアルスは手を離した。
勢いよく上へ上へと上昇していく。
「っ!………あっ!?」
だが、上昇中、飛んできた岩の矢が剣に直撃し、手から剣が離れた。
やばい!
剣がないと元も子もない!
アルスはあっという間に天井まで到達した。
天井に足が着き、頭が下に来る。逆さまの状態だ。
頭を上げれば大きな部屋全体が見渡せる位置。
そこから全てを見下ろす。
魔獣は限界が来たのか、前足と後ろ足の両方とも地面に膝をつけていた。
アイビスは杖を構えて、魔力を込めている。
そして、放物線を描くように落下していた剣がちょうどアルスと魔獣の直線上に来た時、全てが揃った。
ニヤリと笑ったアイビスが杖を振り下ろす。
「『涙の雫を注ぎ落とし、神なる力を持って命を与えん!アクアハーティア!!!!』」
その瞬間、剣が青白く眩い光を照らしながら大剣へと姿を変える。
眩く、瞼を閉じそうなほどの光。
アルスは天井に足を着け、思いっきりしゃがみ込む。
――溜めるように、力を入れる。
「っ!」
痛みが走る。
だが関係ない。
まっすぐ下を見下ろし、思いっ切り天井を足裏で蹴った。
まるで地面を蹴るように。
力強く。飛ぶように。
蹴った力と重力が重なり物凄い速度で落ちていく。
落下していた剣を空中で取り、そのまま下に向けて体に固定する。
――終わりだ!
「うをああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
眩い一筋の光の線が一直線に魔獣の頭を突き刺し、魔力が暴発すると同時に勢いよく地面に叩きつけた。
「っ!」
衝撃音と共に砂埃が舞い上がり、視界を塞いだ。
---
「はぁ………はぁ……ゴホッゴホッ……」
激しい体力の消耗、体の痛み、周囲を覆う煙たさ。
ゆっくり目を開けると視界は砂埃一色。
目を細め、状況を確認する。
何も見えない……。音も聞こえない……。
ただ自分が剣を下に突き刺し、しゃがみ込んでいるのは分かる。
アルスは下に突き刺さった剣を引き抜こうとする。
「………」
固い。
抜けない。
片腕のせいか?
確かにさっきから力が入らない。
何とかして力を入れる。
「ふんっ!」
すると、ブシュという音と共に剣は引っこ抜けた。
勢い余って後退り。
足音がビチャビチャといった液体が跳ねる音を立てる。
見えない。
なんだか血生臭い。
どうなってるんだ?
「ゴホッゴホッ……」
「『泉の精霊よ、ゴホッゴホッ、汝を照らす飛沫となれ!水晴!』」
その時、アイビスが詠唱する声が小さく聞こえた。
そして次の瞬間、水飛沫と共に視界が一気に晴れた。
下を向いていたアルスはさっきの音の正体に気づいた。
水のような音と血生臭い匂い。
アルスの足元一体は血の海と化していた。
誰の血?
言うまでも無い。
今アルスの下に倒れている、この巨大な魔獣しかいない。
視界が開け、再度状況を確認する。
魔獣は地面に突っ伏し、動かない。
息もしていない。
死んでいる。
完全に息絶えている。
俺の体は?
全身確認するように触る。
ボロボロだが腕もある、足も付いてる。
大丈夫だ。
アイビスとフェンリルは?
急いで下を見下ろす。
二人の姿は直ぐに見つかった。
アイビスがフェンリルに肩を貸しながら、二人とも立っている。
二人はアルスの姿を見てホッとしたような表情を浮かべる。
アルスも同様。
生きてた。
みんな生きてる。
誰一人欠けることなく勝てたんだ。
アルスは周囲を見回す。
壁、天井、床、順番に目を向けていき、大きな部屋の状態を。
ボロボロだ……。
全部ボロボロだ。
被害は想定以上に大きいな。
けど、倒せた。
俺たちは勝ったんだ。
三人生きて大切な場所を守り抜いたんだ。
これ以上の結果はないだろう。
俺たちの勝ちだ。
――激闘の末、アルスたちは戦いに勝利した。
---
魔獣を倒した後、アルスたちは自然発光地帯へ向かった。
出ようにも出口は塞がっている。
待っていればその内討伐隊が来て出口を開けてくれるだろう。
待つ間に取り戻した景色を眺めることにした。
長いトンネルをくぐり抜け、いつもの場所に辿り着いた。
景色は変わらず、美しいものだった。
青い天井、温かい風に優しい匂い。
そして一面に広がる花畑と一本の大樹。
応急処置を終えるも、ボロボロな姿でアルスたちは並んでその景色を見ていた。
懐かしいな。
初めて見た時は壮観で声も出なかった気がする。
けど、今はこの景色を感慨深くも感じる。
景色を見ながら、アルスは呟く。
「なぁ、アイビス。」
何気なくアイビスの名前を呼び、あの日を思い出した。
アイビスがこの場所に名前をつけた日のことを。
「…………なに?」
「あの時言いそびれてたんだけどさ。
アイビスがつけたあの名前、いい名前だよな。
俺、気に入ってんだ。あの名前。」
「僕もだよ。」
フェンリルも続けて言う。
アイビスはニッコリ笑った顔を浮かべる。
「でしょ?いい名前でしょ!」
決して忘れることのない名前。
何があってもここが三人の絆を繋ぐ場所であって欲しい。
そんな願いを込めてつけたられた名前。
その名は
――――――― " 永遠の絆の花畑 "
♦ちょこっと補足♦
作中でフェンリルが火、水、風、土のどれにも属さない一般魔法を使っていたが、あれはフェンリルとアイビスが独学で作った魔法である。




