第3章 食品会社
商店街を抜け、町外れにある小さな食品会社の事務所を訪ねた。
タクヤが以前働いていた職場のパイプ椅子に腰掛けると、元先輩のニシムラさんが温かいお茶を出してくれた。
「タクヤ、頭の怪我は大丈夫なのか? カノンのニュースの直後だったから、驚いたよ」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
タクヤがお茶に手を伸ばすと、ニシムラさんはふうと息をつき、寂しそうに視線を落とした。
「あの事件から15年か……。マカベの奴も、あんなことがあってからすっかり雰囲気が変わったよな」
ユウキが反応して、眉をひそめた。
「マカベが……ですか?」
ニシムラさんはうなずき、昔を思い出すようにゆっくりと語り始めた。
「ああ。あいつ、うちの会社に一時期バイトで来てたろ? 覚えてるか、タクヤ。あいつ、普段はおとなしくて真面目に見えるんだが、時々ぞっとするような顔をするんだ」
「ぞっとする顔……?」
「うまく言えないんだが……感情が一切ないんだよ。昔、会社の駐車場で小さな野良猫が車にはねられたことがあったんだ。周りのみんなが悲鳴を上げたり狼狽えたりしてる中で、マカベだけは表情一つ変えずに、まるで落ちてるゴミを見るような目でそれを見つめてた。それどころか……ちょっと笑ってるようにも見えたんだ」
ニシムラさんは自分の腕を擦りながら、寒イボが立ったように顔をしかめた。
「それだけじゃない。あいつ、嘘をつく時にまったく瞬きをしないんだ。完璧な嘘を、まるで『今日の天気』でも話すみたいに平然と口にする。あいつには、人が痛がったり悲しんだりする気持ちが、ハナから理解できてないんじゃないかって……そう思ったよ」
ユウキが息をのむ音が、静かな事務所に響いた。
「……あいつは、最初からおかしかったってことですか」
「ああ。カノンの事件の時もそうだ。捜索活動でみんなが必死に山を探してる時、あいつだけは『大変ですね』なんて他人事みたいに言って、顔色ひとつ変えなかった。……ただの大人しい奴じゃなかったんだよ」
タクヤは静かに目を閉じ、すべてのピースを頭の中で組み上げた。
カノンは、マカベの秘密を知っていたわけでも、マカベとトラブルがあったわけでもない。
あの日、カノンはただサトウに本を返すために、みどり亭の庇の下で雨宿りをしていた。
そこへ、たまたまやってきたのがマカベだった。
感情を持たないサイコパスであるマカベにとって、雨の中で一人佇むカノンは、ただの「たまたま目の前に現れたターゲット」に過ぎなかったのだ。
ただの気まぐれと、不気味な衝動。
「……ニシムラさん、ありがとうございました」
タクヤが立ち上がると、ニシムラさんは心配そうに見送った。
事務所を出ると、西日がふたりの影を長く伸ばしていた。
ユウキは唇を噛み締め、震える声で吐き捨てた。
「……冗談だろ。じゃあ何だ……カノンは、ただ運悪くあいつと出会っちまったから……殺されたってのか……? そんな理由で……!?」
ユウキの動揺が、夕暮れの風に溶けていく。
「行くぞ、ユウキ」
タクヤの瞳には、揺るぎない静かな決意が宿っていた。
「マカベのところへ」




